短編集色々   作:fire-cat

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彷徨

「会長、少しはお休みになられたらいかがですか?」

 

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 高坂の玉を転がすような声に、私はペンを止めた。

 彼女は新卒で秘書課に配属されてから10年、私を一途に支えてくれ、今では私の側近を務めている。有能で、思慮深く、言動が落ち着いていて好ましい印象を周囲に与え、そして時折、仕事の枠を超えた慈しみを感じさせる眼差しを私に向けることがあった。

 入社してきた当時から楚々とした容姿と、周りが感銘を受けるほど精神的に豊かで気高い上品な美しさの中にある種の妖艶さも兼ね備えた、高嶺の花的な存在であった彼女が独身を通している理由に、私は気づかないふりをし続けている。

 

「私がいなくても、会社は回るかね?」

「ええ。会長が育てられた若手たちが、今は競うように芽吹いておりますわ。……それに、お一人での時間も必要でしょう?」

 

 高坂はどこか寂しげな、だが温かい微笑みを浮かべてそう言った。私はその勧めに従い、行き先も告げぬ旅に出ることにした。

 幸い年末の修羅場も過ぎ、暫らくは大きな仕事もない――部下たちにも偶の骨休めということで休暇を課している。

 誰も知らない街で、肩書きを脱ぎ捨てた「ただの男」に戻るためには丁度良いかもしれない。

 

■□■□■□■□

 

 地図も持たず、私はただ気の向くままに、見たこともない街の風景を楽しんだ。

 

 東北の元藩主の血が入る家系に生まれた私にとって、東北地方は雪深いながらも、それだけで懐かしさを感じさせられる。

 雪に魅せられ、吸い寄せられたかのように街道から外れ、間道を走るバスに乗り換え、気まぐれに降りた街。東北地方の山間、雪に閉ざされた街だった。

 鄙びた酒場に入り薪ストーブの爆ぜる音と、静かなジャズが流れる店内で、穏やかに移ろい行く景色に身を委ねていた私を、一人の女性の声が現実世界へと引き戻した。

 

「あの、すいません。……こちら、よろしいですか」

「……ええ」

 

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 ややハスキーなその声に東北の訛りをかぎ取り、微かに困惑しながら私は頷いた。

 確かに、そう混んでいるわけではない酒場とはいえ、一人でテーブル席を占拠しているのはあまり誉められたことではない。

 しかし、それ以上に、私はその女性に魅せられていたのかもしれない。

 雪の妖精が迷い込んだかのような長い綺麗な銀色の髪が、店内の琥珀色の光を反射して輝いて雪のような白い肌を引き立たている。

 大きく澄んだ、だがどことなく愁いを帯びたような緑色の瞳と、ややふっくらと柔らかい曲線を描いている鼻。そして化粧の色の感じられない薄い唇。

 そして、彼女はその愛らしいというべき顔立ちにもかかわらず、例え会ったばかりであろうとも―そして実際、私はそうだったのだが―男ならその喘ぎ顔を想像してしまうだろうという微かな妖しさを湛えていた。

 年甲斐もなく胸をときめかせている私に、彼女はにこやかに話しかけてきた。

 

「どちらからいらしたんですか?」

「――からです。旅行が好きでしてね。あなたは?」

「……私も、――からなんです」

 

 ふっ、と彼女の顔に悲しみの陰が落ちたような気がした。悲しみというよりも失望かもしれない。

 私は慌てて話題を探した。憧れの少女に話しかけられて胸ときめかせた幼い頃のように。

 

「あ、そうなんですか。こちらへはご旅行で?」

「ええ、……まあ、そんなところです」

「あなたも旅行がお好きなんですか?」

「ええ、好きです。暇があればいつも旅行していたいぐらい」

「はは、それは素敵ですね。ぜひ私もご一緒したいものです」

 

 彼女が小さく微笑んだ。 天使の笑みというものがこの地上に存在できるのなら、彼女のその微笑みこそがそれに違いない。

 そう私は感じていた。

 以前、秘書から、亡くなった彼女の祖父より貰ったと言う人形を見せてもらった事がある。その人形のように整った顔立ちに柔和な微笑みを浮かべた彼女は、私の誘い掛けに対して予想だにしていなかった答えを返してきた。

 

「あの……もしよろしければ……この旅行、御一緒しませんか?」

 

 私はこの上なく間の抜けた顔をしていたに違いない。 社交辞令とまではいかなくても、まさか実現すると思っていなかった提案があっさりと認められたという事実、その提案が自分にとって最高の状況を作り上げるであろうという期待が、私の頬を緩めていた。

 

「……もちろん、お邪魔でなければ、ですけど」

 

 ある種蠱惑的にも見える微笑みを浮かべたまま、彼女はもう一言付け加えてくる。私は彼女に向かって笑みを投げ返しながら答えた。

 

「邪魔だなんてとんでもない、光栄の至りですよ。……私はトシ……トシオと言います。あなたは?」

「あ、はい……ス……スミレです」

 

 煩わしさを避けるため、普段旅するときに使う偽名はかつて私の下にいた同姓の部下の父の名を借用していたが、その地元が近いここでその名を使うには危険すぎる。私はとっさに別の偽名を使っていた。

 彼女も微かに口ごもったところを見ると、偽名なのだろう。しかし、そんなことはどうでもいい。必要なのは、お互いを呼びあうための記号に過ぎない。

 むしろ、お互いに仮面を被っての関係のほうが後腐れがなくていい。

 私はそう判断すると、彼女に向かって手を差し出した。

 

「判りました、スミレさん。数日間ですが、よろしく」

「……スミレと呼んでください。私もトシさんとお呼びしてよろしいですか」

「……判りました、スミレさん」

「ふふ……こちらこそよろしくお願いします」

 

 食事も済み、二人連れ立って酒場を後にした時、天から降ってくる白い粉雪が私たちの視界を彩っていた。

 

「……雪、ですね」

「ええ」

「寒くないですか……?」

「寒いですね」

 

 短く答えながらも、無色に澄んだ幻想的な風景に見入っている私に、彼女はふっと腕を絡めてきた。 不快ではなかったが、不審げな表情をしていたのだろう、彼女は私の顔をじっと見つめた後、ゆっくりと――そしておずおずと――口を開いた。

 

「……お邪魔ですか……?」

「え……いえ、そんなことは」

 

 心臓が壊れそうに激しく脈打つ。私はどぎまぎしながら彼女を見返した。腕に押し当てられた程よい感触が、私から正常な判断力を奪い取っていた。

 ほんの数瞬の逡巡の後、私は彼女をそのままに正面に向き直っていた。それは一種の魔法のようなものだったのかもしれない。あるいは、私が幻想に囚われていたのかもしれない。

 いずれにせよ、私はそれ以上考えることを止めた。

 もともと、日常から離れて非日常を楽しむために旅行をしているのだ。それなら、その中でどれだけ非日常に踏み込もうとも同じじゃないか。できる限り日常から離れた生活を楽しむほうがいい。

 ……おそらく、彼女もそういう心境だったのだろう。

 彼女は私を悪戯っぽく見つめると、可愛らしく微笑みを傾けてくる。

 

「ふふ……よかった」

「……」

 

 私は完全に言葉を失っていた。どう答えることもできないほど、まるで心臓を鷲掴みにでもされたかのように、彼女の微笑みに魅了されていた。

「……どうかされましたか?」

「あ……いや、何でもありませんよ。ちょっと雪に見とれていただけです」

「……」

 

 私の答えに満足したのか、彼女も私と同じように、この幻想的な風景に視線を向けた。二人の視界の中で、白い妖精がちらほらと天から地へ降り積もっていく。

 

「……宿を探さないといけませんね」

 

 私が次に見付けた話題――いや、むしろ声として出せる内容なら何でもよかったのだろう。その言葉に、彼女は頷き、小さな声で答えてきた。

 

「……そうですね」

 

 その後、私たちは雪の降る街を歩き回り、一軒の旅館に宿を取ることにした。

 有名な洞窟が近くにあるとは思えないほど、閑散としていた宿だった。

 温泉が自慢の宿だったが、露天風呂は、混浴だった。彼女が気にするかと思ったが、幸い湯あみ着があり、二人で湯あみ着を着て入ることにした。

 

 夕食を終えた後、私たちは宿の奥にある、雪に埋もれた小さな露天風呂へと向かった。 見上げれば、雲の切れ間から時折、冷たい月が顔を出す。吐く息は白く、肩に触れる夜気は刺すように鋭いが、湯船に浸かった身体の芯は、燃えるように熱い。

 湯船には木桶が浮かび、熱めの燗がついた徳利が置かれている。 私は盃を満たし、彼女に差し出した。

 

「雪を見ながら一献、いかがですか」

「……ええ、喜んで」

 

 湯気に濡れた彼女の白い指先が、私の差し出した盃を受け取る。 ひらひらと、天から舞い落ちる粉雪が、彼女の持つ盃の中に一つ、また一つと落ちては溶けていく。

 彼女のハスキーな声が言葉を紡いでいた

 

【露天にて 交わす盃 降る雪に 負けぬ想いを 二人で抱き】

 

 まさにその歌の通りの夜だった。冷え切った大気の中で、互いの体温と、盃を満たす酒の熱さだけが、私たちがここに生きていることを証明していた。

 

「……綺麗ですね」

 

 彼女の呟きが、夜の静寂に吸い込まれていく。

 

「雪よりも、あなたの方が」

 

 私の気恥ずかしい台詞に、彼女は困ったように、けれど愛おしそうに微笑み、飲み干した盃を私に返した。

 

「露天にて、交わす盃ですね」

「ええ……。なんだか、このまま雪に溶けてしまえそうな気がします」

 

 彼女の濡れた髪が月光に透け、上気した頬が桜色に染まっている。 私は彼女の隣に寄り添い、凍える夜気の中で、彼女の肩を抱き寄せた。

 

 思うところもあり、彼女を先に上がらせ、内湯に入り十分に暖まってから部屋に戻ることにした。部屋に入り小さく深呼吸して襖を開ける。すると、すでに敷かれている布団の上にぺたんと腰を下ろしている彼女の姿があった。

 

「ただいま。内湯もいいお湯でしたよ。スミレさんも入りなおしてきたらいかがです?」「そう……ですね。それじゃ、行ってきます」

 

 彼女が立ち上がり、部屋を出て襖を閉め、その姿が見えなくなった後、私は知らず知らずのうちに、ため息を漏らしていた。

 やはりどこかで緊張していたのだろう。私はそのことに小さく苦笑してから、ふと部屋を見回した。二組の布団が、ぴったりと揃えて敷かれていた。

 これをこのままにしておくのもまずいだろう。といって、動かすのも妙に意識しているようでためらわれる。

 しばらくは熊のように部屋の中を動き回っていた私だったが、結局、気付かなかったふりをすることにした。

 窓側に据えつけられた籐の椅子に座り、曇ったガラス越しに雪を眺める。明かりを地面に積もった雪が照り返して、まるで天と地、昼と夜が逆転したかのような印象を受けた。

「……おまたせしました」

「ああ、お帰りなさい。どうでした?」

 

 そう言いながら視線を向けると、そこには、湿った髪を包んで上げ、白い浴衣に身を包んだスミレが立っていた。軽く合わせられた襟元から、桜色に上気した胸元が見えていた。

 

「ええ、とても気持ちよかったです。生き返ったような気がします」

 

 彼女を見つめている私に向かったまま、湯上がりに上気した頬に微笑みを浮かべ、彼女はそう答えてきた。 私は思わずその天使を思わせるような微笑みに照れて視線を床に落とし、そして、揃えて敷かれている布団に目が止まった。

 ……否、止まってしまった。 赤面した私に気付いたのだろう、不審そうな声で彼女は私に問いかけてきた。

 

「……どうかされましたか?」

「い、いえ……」

「……ふふ、変なトシさん」

 

 彼女は穏やかに笑いながら、すっと布団の上に腰を下ろす。私は椅子から立ち上がり、引き寄せられるように彼女に近づいた。

 私のすぐ側に座りこんでいる彼女の襟足、湯上がりのうなじがほんのりと紅く色づいていた。 早鐘のように私の心臓が高鳴る。彼女のほのかな香りが、私の鼻腔をくすぐる。

 

「……スミレ……さん?」

「はい?」

 

 柔和な笑みを浮かべたまま、彼女は私に視線を向ける。私は彼女の瞳に吸い寄せられるかのように、その場にすっとしゃがみこみ、彼女の華奢な身体を布団の上に押し倒していった。

 

「あっ。……優しく、してくださいね……」

 

 

 震える小さな声でそう言うと、彼女は目を閉ざした。私はその彼女の上から覆いかぶさるように身体を重ね、そしてそっと薄い唇に唇を重ねた。

 

 

 雪の白さと、夜の闇。その狭間で、私たちは互いの存在を深く刻み込んだ。

 

 

■□■□■□■□

 

 ひとしきりの情熱が過ぎ去り、静かな雨音のような雪の音が部屋を包む。彼女は私の腕の中で、何かを振り切るように、ぽつりぽつりと話し始めた。

 

「……本当は、迷いがあったんです」

 

 それは、昼間の彼女からは想像もつかないほど、弱々しく、透明な声だった。

 

「少しだけ不安で……。だから一月待って頂いて、それから返事をしますって、そう伝えて旅に出たんです。それで……」

 

 彼女が誰に対して、何の返事を保留にしているのか、私はあえて訊かなかった。この非日常の旅において、彼女の現実を暴くことは無粋だと思ったからだ。

 

「……初めてお会いした方にこんな事話せるなんて思いませんでした。トシさんだから話せるんだと思います。トシさんの腕の中って何でも素直に話せそうだから」

 

 彼女は私の胸に顔を埋め、子供のように小さく息をついた。

 その温もりを感じながら、私は彼女の銀髪を撫でた。彼女がふと見せる、緑色の瞳の奥の愁い。それは、重責を背負って生きてきた私自身の孤独と共鳴したのかもしれない。

 彼女が抱えている迷いも、一ヶ月という期限も、今はただ、この降り積もる雪の下に深く埋めてしまいたかった。

 

「トシさん……」

 

 そう呟くと彼女は口を閉ざし。少しの間、沈黙が二人を覆った。

 やがて彼女が何かを決めたかのような声を上げた。

 

「そうですね。……私、決めました。トシさん、ありがとうございました」

「私は何もしていませんが」

「いいえ。色々と聞いて頂けたので」

「そうですか」」

 

 彼女が出した「答え」が何であれ、今はただ、この刹那の温もりだけが真実だった。

 

 

■□■□■□■□

 

 

 翌朝、私は、外から差し込んでくる日の光で目を覚ました。布団の中に彼女の姿はなく、私は愕然とした。

 考えてみれば、最初から話がうまくいきすぎた。もしかすると、全て夢の中の出来事だったのかもしれない。

 枕許には私の荷物と共に彼女がつけていた手袋が残されていた。それが昨夜の事が夢でなかったことを物語っている。

 昨日も座った籐の椅子に腰を下ろすと、眩しいほど白く光り輝く雪が目を灼く。私はより深く腰かけ、天井を見るような角度に身体を倒した。

 不思議と、荷物の中身を確かめる気にはならなかった。

 どうせ、数万円入っている財布ぐらいしか価値のある物は入っていない。一夜の夢の代償としてはそう高いものでもないだろう。

 私は一種諦めにも似た感情を抱きながら、天井を眺めていた目を閉じた。

 そんなことを考えていると、すっと襖が開かれた。私はそちらに視線を走らせ、そして、そこに立っている普段着の彼女を見た。

 

「あ……起きてらしたんですか」

「……ええ」

 

 手に持っている物をみると、風呂上がりなのだろう。

 

「おはようございます、トシさん」

「……おはようございます。今日はどこに行きましょうか?」

「そうですね……」

 

 

■□■□■□■□

 

 

 昼間は聖女の如く、夜は娼婦の如く。

 世間一般で言われているような言葉が女性の理想だとすれば、彼女はまさに理想の女性だった。

 雪に包まれた古い街並みをゆっくりと歩いたり、あるいは街中にある古美術店に足を寄せたり、骨董品店で見つけた水晶の首飾りを私が贈った時。そうして散策している時はあくまでも慎ましく、淑やかに。 

 そして、夜、宿に帰った後には激しく求めてくる。

 

 

 三日目の朝、私たちは雪解けの風が吹くバス停で向かい合っていた。

 お互いに、出逢った時と同じ格好で。

 

「……楽しかったですよ、この3日間」

「そうですね。……ありがとうございました」

 

 スミレは、今までと同じような微笑みを浮かべながら、小さく会釈してきた。

 私もまた、彼女との旅行を回顧していた。

 別にどこに行ったというわけではないけれど、何となく心に残った旅。ただ単なる、どこにでもある田舎に行っただけの、それだけの小旅行だった。

 スミレが、泣き出しそうなのを堪えるような、歪な微笑みを浮かべた。

 

「あの……トシ……いえ、私、本当は……」

 

 何か言おうとする彼女を手で制し、私はことさらに微笑みを浮かべて答える。

 

「私はトシ、あなたはスミレ。それでいいじゃないですか。縁があったら、また逢えるでしょう」

 

 正直な話、彼女ともっと親密になりたいという欲求がなかったわけではなかった。

 しかし私はあえて、連絡先も本名も訊かなかった。この思い出を美しいまま、雪の中に封じ込めたかったのだ。彼女にのめり込んでしまうのが恐かったのかもしれない。

 彼女は私の答えを聞いて申し訳なさげに微笑むと、そのままバスの中に消えていった

 バスに乗り込む彼女の背中が、雑踏の中に消えていく。 私は自分の胸の中に、ぽっかりと空いた穴を自覚しながら、日常へと戻る列車に乗った。

 

 

■□■□■□■□

 

 

 数日後。会長室の窓から見える景色は、あの街の雪が嘘のように乾いていた。

 

「会長、お疲れのようですね。……やはり、旅先で何かあったのでしょうか」

 

 お茶を運んできた高坂が、探るような、どこか嫉妬を含んだ視線を私に向けてくる。彼女の女としての勘が、私の変化を見逃さなかったようだ。

 

「はは、そうだな。……少し、忘れられない雪景色を見ただけだよ」

「……そうですか。会長にそう言わせる景色、私も拝見したかったですわ」

 

 高坂が寂しげに目を伏せたその時、ドアがノックされた。

 

「あ、参られたようです。――株式会社から役員としてお招きしました、スミカさんです。彼女は――」

 

 私の耳に、それ以上の声は聞こえなかった。

 高坂の示した手の先にいた女性の、人形のように整った顔に浮かんだ驚愕の表情を見た時から。

 旅先での簡素な服ではなく、洗練された紺のスーツに身を包み、銀髪を隙なくまとめ上げた知的な美女。

 

「はじめまして。本日からお世話になります、スミカ・ハイドランジアです」

 

 彼女の声に、私は息が止まった。

 彼女の緑色の瞳が私を捉えた瞬間、その瞳孔が微かに開く。

 私たちは、数秒間、沈黙の中で視線を絡ませた。

 それは、言葉以上に雄弁な再会だった。「トシ」と「スミレ」として過ごしたあの三日間の熱量が、冷徹なビジネスの場を一瞬で溶かしていく。

 

 彼女の瞳には、驚きと、それ以上に深い「歓喜」の色が宿っていた。 私の視線もまた、彼女の唇に、あの夜の盃の感触を思い出して釘付けになる。

 

「……会長? いかがなさいました?」

 

 高坂の訝しげな声が響く。彼女は鋭敏に察したはずだ。目の前の新役員と、自分の敬愛する会長の間に流れる、部外者を寄せ付けない濃密な空気の正体を。

 私は、ゆっくりと立ち上がり、彼女――スミカへ向かって一歩踏み出した。

 

「……ようこそ。あなたのことは、よく存じ上げている気がします」

 

 彼女は、あの露天風呂で見せたのと同じ、天使のような、そして妖しげな微笑みを口元に湛えた。

 

「ええ……。私も、あなたとお会いできるのを、心から待ちわびておりました」

 

 かすかに息をのんだ高坂。その握りしめた拳が微かに震えていた。

 

 雪に埋めたはずの想いと出会うはずのなかった軌跡が交わり、今、春の嵐となって吹き荒れようとしていた。

 

 

 

<FIN>

 




高坂由梨(32歳)
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経歴: 大卒後、秘書課一筋10年間、一途に支えてきた。

22歳から会長の背中を見続けてきた「守護者」。会長の体調、仕事の癖、好み、すべてを把握している自負がある。
自分の人生のすべてを彼に捧げてきたといっても過言ではないのに、自分はあくまで「秘書(影)」であり、一線を越えられないもどかしさを抱えている。

【全体の印象・年齢感】
10年という歳月が与えた自信と、元来の精神的な豊かさが融合し、ただ立っているだけで周囲の空気を清浄にするような、静謐なオーラを纏っている。隙がなく完璧に見えるが、決して冷たくはなく、むしろ芯の強さと温かみを感じさせる佇まい。

【顔立ち・表情】
輪郭・肌:卵型の整った輪郭。肌はきめ細かく、陶器のように白く滑らかで、丁寧な手入れがうかがえる。派手さはないが、一つ一つのパーツが洗練された和風の美人。

目元:知的で涼しげな切れ長の目。仕事中は怜悧な光を宿し、テキパキと状況を判断するが、語り手(ボス)に向ける時だけは、その瞳の奥に深い湖のような慈愛と、微かな憂いを帯びた熱が宿る。伏し目がちになった時に落ちる長いまつ毛の影が、隠しきれない「妖艶さ」を醸し出す。

口元:「玉を転がすような声」を発するにふさわしい、上品で形の良い唇。色は控えめなローズピンク。微笑むときは口角が静かに上がり、穏やかで知的な印象を与える。

【髪型・メイク】
髪:漆黒、あるいは深いダークブラウンの艶やかな髪。仕事の邪魔にならないよう、計算された美しさでまとめられている。
後れ毛一つない完璧な夜会巻き、あるいは、うなじの美しさが際立つ低い位置でのエレガントなシニヨン。動くたびに微かに良い香りが漂いそう。

メイク:流行に左右されない、その人の素材を活かしたミニマルかつ上質なメイク。清潔感を最優先しつつ、目尻や唇にほんの少しだけ色気を滲ませる、計算されたバランス。

【服装・スタイル】
体型:気高い上品な美しさの中に妖艶さも兼ね備えた体型。華奢に見えるが、長年の激務をこなすだけの健康的なしなやかさがある。所作は無駄がなく、流れるように美しい。

服装:決して華美ではないが、仕立ての良い上質なスーツやセットアップを着用。色はネイビー、チャコールグレー、ベージュなど、落ち着いたベーシックカラーが中心。デザインはシンプルだが、首筋のラインや手首の華奢さが際立つようなカッティングのものを選んでいる。
胸元には、主張しすぎない本真珠のネックレスや、質の良いブローチが控えめに輝いているかもしれない。


彼女と旅行していたらこんな場面もあったのかもしれない
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10年前(新卒時)
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スミカ・ハイドランジア(33歳)
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経歴: 国内大学卒業後、外資系コンサルを経て海外でMBA取得。その後、他社で実績を上げ、役員としてヘッドハンティングされた、自分の力で道を切り開いてきた「開拓者」。知性と美貌、大胆さを併せ持ち、会長とは「対等なビジネスパートナー」として向き合える立場。
バリバリのキャリアを歩む裏で、女としての孤独や「本当にこれでいいのか」という迷いを抱えている。


【顔立ち・表情】
アイルランド人の母と日本人の父を持つ。愛らしいというべき顔立ちにもかかわらず、例え会ったばかりであろうとも、男ならその喘ぎ顔を想像してしまうだろうという微かな妖しさを湛えている。

輪郭・肌:卵型の整った輪郭と雪のような白い肌。ややふっくらと柔らかい曲線を描いている鼻。

目元:大きく澄んだ、だがどことなく愁いを帯びたような緑色の瞳

口元:ややハスキーな声と化粧の色の感じられない薄い唇。

【髪型・メイク】
髪:雪の妖精が迷い込んだかのような長い綺麗な銀色の髪

メイク:流行に左右されない上質なメイク。

10年前
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会長:48歳

 企業家として成功を収め、次世代の育成を考える立場。若すぎず、かといって枯れすぎてもいない、男の円熟期。
 酸いも甘いも噛み分けた男が、理屈を抜きにして本能的に「スミカ」という非日常に溺れてしまった。仕事では絶対の信頼を置く高坂と、魂を揺さぶられたスミカ。二人の有能な女性に囲まれ、公私の境界線が崩れていく……。




ン年後

「高坂さん、会長の午後のティーセット、今日はアールグレイではなくハーブティーに変えて差し上げて」
 スミカが事もなげに言う。それは、高坂が十数年間守り続けてきた「会長の好み」という聖域への、鮮やかな侵食だった。
 高坂の切れ長の目が微かに細まり、沈黙が流れる。
「……左様でございますか。スミカ様は、私よりも会長の『最新の』お好みに明るいようですわね」
 高坂の微笑みは崩れない。しかし、彼女の手元にあるトレイが微かに、ほんの微かに震えていた。

「十数年間、私の歩幅に合わせて歩き続けてくれた高坂と、あの日、雪の中で熱き想いをぶつけ合ったスミカ。同世代の二人が、私の前に『静』と『動』の火花を散らして立っている。その中心にいるのは、名前も告げずに逃げ出した、身勝手な私なのだ。どうすればいい……」
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艦これで使った下の絵を基に昔の作品を手直ししたら、少々まずそうな気が……。

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某東海テレビの愛憎ドロドロ劇一直線になりそうな気がする。
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