自分を後藤ひとりと思い込んだ一般ぼっち大学生が、川崎でガールズバンドを組む話 作:淵岳 月夫
わたし、川崎生まれ川崎育ちのどこにでもいる23歳の女の子!
変わったことといえば、アニメと読書が好きなことと友達がいないこと、そして……
「買っちゃった……。ギブソンのレスポールカスタム」
楽器未経験でうん十万のギターを買っちゃったって事かな!
……どうしてこうなった。
休日をせめて有意義なものにしようと、地元の映画館で好きなアニメの総集編─「ぼっち・ざ・ろっく!Re:」─を見たところまでは覚えてる。
それがなんで同じ商業施設*1の楽器屋でギターを買っているのでしょうか。
なんで貯蓄していた初ボーナスが消えているのでしょうか。
『あっこれ……』
『そちら、ぼっち・ざ・ろっくにあやかって仕入れたんですよ〜!
初心者の方ならエピフォンのこちらがお手頃で、ぼっちちゃんが……』
『これ買います』
『えっ』
『買います』
あっ思い返してもわたしのせいでしかない。
「ど、どうしよう、ギターなんて弾いたことないのに……。お母さんになんて言ったら……!」
ギターのことなんてなんにも知らない。メジャーって言われても野球かなとしか思わないし、弦の数もアニメで初めて知ったし。
ていうか、どんくさいわたしがこんな高価なもの持ってたら壊す、まず間違いなく! なにもないところでこけるし、職場のプリンターおしゃかにしたし!
見える……! 帰宅途中に弦を全て切ってギターの頭っぽいところが飛んでいく未来が!
「………………よし、売るか。い、一番近いハードオフは……小田栄? 降りたことないやへへ」
楽器が売れそうな店をスマホで調べていると、みぞおち辺りにもやっとしたものを感じた。
こんな分不相応なもの買っちゃったんだから当たり前だよね……、なんて思っていたけど、そういう時のもやもやとは違う気がする。
「れ、レスポール売るなんて貴重な体験できて嬉しいな〜! ……あっ」
もやもやを吹き飛ばすためにボソボソと独り言を呟きながら歩いていると、体にフワッとした浮遊感が。
今までの人生でもう何度も感じたことのある、なにもないところでこける前のあの感じだ。
いつもならちょっとよろけて、背中の荷物に傷がついていないか確認する程度のこと。だけど今回は、地下へ降りる階段の手前という、すこぶる不運な場所でつまずいてしまった。
周りの景色がスローモーションで流れる。
階段周りはいつもなら気をつけてたのにとか、人を巻き込みそうじゃなくて良かったとか、どんくさいわたしに似合ったどうしようもない考えが頭の中をよぎっていく。
──一日で諦めるのはもったいないよ
その中に、好きなアニメのキャラの台詞が混ざっていた。
(あ、わたしってギターやってみたかったんだ……)
そんな、ある意味当たり前な結論に至って、わたしの視界は暗転した。
◇
「かくれんぼするひとこのゆびとまれー!」
あ、なんかすっごいみおぼえある。
なんてことをぼけーっと考えていたのが、覚えている限り最初の「わたし」の記憶。
最初の方は思い出した前世の記憶に頭が追いつかなくて、泣きじゃくっては両親や保育士さんにあやされていた。
そうして育っていくうちに、その記憶の恥ずかしさや悲しさがどうしようもないものと気づいていって、今の「わたし」についても理解が追いついてきた。
物心が付いてきた、ということなのかもしれない。
わたしは多分あの時に死んで、今のわたしに転生したらしい。
異世界転生アニメを見ていてよかった。見ていなかったらもっと混乱したり、右目が疼いていたかも……。
といっても、生まれた時代も年代も、前世とほとんど変わらない。
変わったことといえば、
「ひとりー、お夕飯の時間よ。おててを洗いましょうね」
「は、はひ……」
わたしが「後藤ひとり」だってことくらいだ。
「はーい、前世が大人のひとりちゃんは上手におててを洗えるかな?」
「すみません、できません……」
「大人になってもちゃんと洗えるように、今のうちに覚えましょうね~」
「しょうちしました……」
このおてての洗い方を伝授してくれるのは母の美智代。
リビングで料理を運んでいるのは父の直樹。
妹のふたりも生まれてないし犬のジミヘンも迎えられていないけど、ここは「ぼっち・ざ・ろっく!」の後藤家だ。
「まさかごとうひとりとは……」
「はい。キレイになったね、ひとりちゃん」
「へ、へへ」
なんでわたしが後藤ひとりになったのか、わたしにはわからない。
だけど、ここが「ぼっち・ざ・ろっく!」の世界でわたしが後藤ひとりであるのなら、やることは一つでなくてはならない。
「ひとり、今日のハンバーグはパパが作ったんだぞ~。あーんしようか、あーん!」
「お、お父さん。わたし、ギターやりたい!」
結束バンドのみんなで、有名になってちやほやされるんだ!!!
「ひとりちゃん、まずご飯、食べましょうか」
「……いただきます!」
◇
なんてやり取りから十年くらい。わたしはギターを背負ったまま公園のブランコに座っていた。
そう、虹夏ちゃんが声をかけてくる、あの公園だ。
彼女がいつここに来るかわかないから、放課後はひと月くらいこの公園でスタンバっている。
「に、虹夏ちゃんまだかな……、へへ……」
小学校に上がったころから毎日ギターを練習していた。
つまづくところには全部つまづいたけど、たくさん練習したから少しは結束バンドの力になれるはず。
「に、虹夏ちゃんまだかな……」
ギターヒーローのY〇uTubeチャンネルも最近は登録者が10万人を超えた。
ネットのみんなに認められていると思うと、少しは自信がついてきたかも。
「……に、虹夏ちゃんまだかな……」
実はすこし歌の練習もしていたり。
アニメの本編では歌うことはなかったけど、最終話のエンディングでは歌っていたし、その後の原作ではわたしの歌が必要な時もあったのかも、なんて。
「……まだかな……」
そうして、わたしはゴールデンウイークが開けて二週間たっても公園にいた。
「あ、あれ。場所、間違えたかな」
ブランコから少し離れて公園を眺める。
うん、ここで合ってるはず。秀華高校にも近いし。前世では聖地巡礼もしていたし。
「……まさか、原作版、とか?」
全然考えてなかったけど、あり得るかも。
てっきりアニメで出てきたこの公園だと思い込んでいたけど、漫画でどのように描かれていたかなんてアニメ勢のわたしは知らない。
じゃあ、虹夏ちゃんは別の公園に寄っているのかもしれない。
「ど、どうしよう。実はもうライブが終わってたりしてるかも……。
…………よ、よしっ!」
わたしは公園を出て駅のほうに向かった。
ライブがいつ始まるかわからないのなら、スターリーで日程を直接確認すればいい。
本当は原作通りに出会うのがいいなって思ってた。
だけど、それができなくて困るのは虹夏ちゃんとリョウさんだ。
喜多ちゃんも、自分がいないせいでライブが失敗すらできなかったら傷つくかもしれない。
それだったら、わたしの方から言うんだ。「わたしも結束バンドに入れてください」って!
下北沢駅で電車を降りて、東口を出る。
懐かしい。前世で聖地巡礼に来たぶりだ。
オオゼキとヴィレッジヴァンガードを抜けて、スターリーに向かう。
「はっ、はっ、……」
虹夏ちゃん、急にバンドに入りたいって言ったら驚くかな。
リョウさんは普段通りな気がする。
店長さんとPAさんは会ったら怖いかもだけど、本当は優しいことをわたしは知ってる。
喜多ちゃんの居場所にも、なってほしいな。
そんなことを考えながら走っていると、あっという間にそこについた。
「喫茶店……?」
地下に続く階段の先にはオシャレな看板が立てつけられていた。
ネオンで描かれた『STARRY』という文字はどこにもない。
ここで、間違いないはずだ。
中には入ったことはないけれど、聖地巡礼で何度か来た。
お店の迷惑にならないように平日の昼に写真を撮りに来たことが懐かしい。
だけど、その看板はスターリーのモデルになったお店のものですらなかった。
「ん……? すいません、今日はもう閉めちゃいまして。また明日お越しください」
「あ、あの……。こ、ここ、ここここ」
「……ニワトリ?」
「ここっ! ラ、ライブハウスじゃ、ないですか!?」
「いえ、うちは開店以来ずっと喫茶店ですが」
そこから先はあまり覚えていない。
気づいたら家の前にいたから、なにもせずに帰ったんだと思う。
次の日、わたしは5組の教室の前にいた。
「……あの、うちのクラスになにか用?」
「ぁ、キィッ!! ……き、喜多ちゃん、いますか?」
「うわっ……。キタちゃん? うちのクラスにはそんな人いないけど」
「あっはい失礼シマシタ」
「……秒で消えた」
次の日は、下北沢高校の校門前で出てくる生徒をずっと眺めていた。
虹夏ちゃんたちは出てこなかったけど、教師とお巡りさんは出てきた。
「そんな恰好で待ち構えられたら、みんな怖がるから。
今日はもう帰っていいよ」
「は、はい……」
帰り道、わたしはようやく現実というものを理解し始めた。
「わ、わたしってぼっち・ざ・ろっくの後藤ひとりじゃないんだ……」
そうして、現実と創作の区別がついていなかった後藤ひとりの物語は幕を閉じるのでした。
「なんてことがあっても、人生は続くわけでして……」
あれから大体6年くらい。わたしは大学生になっていた。
あの後藤ひとりが大学? 行けるの?
なんて、ぼざろを知っている人には思われるかもしれないけど。
前世では大学を卒業していたことと、要領が悪いなりに小学生から勉強を続けていたおかげでなんとか大学にも合格できた。
そう、わたしは表ではごく普通の大学生。
裏ではチャンネル登録者60万人越えの孤高のギタリスト、後藤ひとり!
ゆくゆくは令和の米⚪︎玄師と呼ばれ将来⚪︎ステで「いやー、大学ってぼっちにはほんと厳しくて〜」なんて小粋なトークを飛ばしちゃったりして……!
「え、来週も来てほしい? い、いいとも~、へへ……」
「お待たせしました、チーズ牛丼並盛です」
「あ、はい」
「就職活動ですか? 応援してます♪」
「ミ"ッ」
セミの寿命より短い現実逃避が終わってしまったわたしの服はリクルートスーツ。
お母さんにお願いして後ろ髪もお団子に結われている。
はい、後藤ひとりは現在大学4年生にして目下就職活動中なのでした。
「なにが就活だよぉ……!」
「……あのお客さん独り言うるさくない?」
「まあ、他のお客さんもいませんし」
牛丼をかき込みながら世間の厳しさを噛み締めた。
おかしいな、まだ3月なのになんで受けた企業の選考に全部落ちてるんだろう。
今日だって初めて面接まで進んだのにその場で帰されたし。
『ご、ゴトゥひ↑とりて゛すぅ! 歯ギターします!』
『あ、お帰りください』
なにもかもが駄目だった気がする……。
前世より陰キャが極まってしまってなにが正解なのかわからない。
わかってるのは最近両親の視線が生易しくなってきてることだけ。
「違うんだよふたり、お姉ちゃんは家計にお金を入れてるの。ニート予備軍じゃないんだよ……」
「…………」
「もうすぐ春ですねぇ」
そうだっ! もうわたしは有名Y⚪︎uTuber、と言ってもいい、はず! なにも働くだけが道じゃない!
好きなことで、生きていく!
「チャンネル登録者60万人 月収」……ヒャ!?……ソンナニモラッテ……ケンリ……カバー……アー……。
一生実家住まいなら……? ダメだ、厳しくなってきたふたりの視線の温度が絶対零度にまで落ちる!
「稼ぐならオリジナル曲、か……」
まとめサイトを閉じて音楽アプリのライブラリを開く。
何度も聴いたデモ音源。わたしが高校生になってから、前世の記憶を必死に思い出して打ち込んだ曲。
「ギターヒーロー」のチャンネルは弾いてみたを上げていて、オリジナル曲はない。
その中にこれらの曲を上げることはできなかった。
「お会計、649円になります」
「ハイ……」
「ありがとうございました♪」
とりあえず、これからは音楽業界でも就活してみよう。
ギターが弾けるだけで雇ってくれる会社なら入れるはず!
「でも、音楽業界ってなにか全然わかってないし、そもそも面接苦手だし……」
そう呟いて、前世と同じ川崎の街並みを歩く。
大学に近いわけでもないし通過駅でもない。
だけど、前世で生まれ育った街だから、東京の方に用事があった時は今日みたいに寄っていた。
駅のほうには大道芸人や路上ライブをする人がいつものようにいて、その姿を見ると実家に帰ってきた気分に、なる……?
「……路上ライブ! こ、これだぁッ!」
テレビで有名な人も最初は路上ライブしてたって言うし、山〇一郎*2も下北沢でやってたし!
これで有名になって音楽業界の人に見つけてもらったらいいんだ!
『こんなところにダイヤの原石が落ちていたなんてぇ! 君、名前は!?』
『ふっ。後藤、ひとりです』
『素晴らしい……! 是非わが社と十年1000億円でメジャー契約を!』
うん、イケる!
わたしは平日の昼間でガラガラのラゾーナを通り抜けて、J〇川崎駅の東口に降りる。
アゼリア前のこの広場はよく路上ライブに使われている場所だ。
駅前だから平日でも人通りはそれなりにある。
運がいいことに、今は路上ライブや大道芸や選挙演説をしている人もいない。
やるなら、今だ。
「め、面接のためにギターと機材一式、持ってきててよかったぁ」
なんなら、「一曲歌ってよ」と言われても大丈夫なようにマイクスタンドも持ってきている。
弾き語りができるように、ポータブルアンプ*3とマイク、エフェクターボード、ギターをつなげていく。
「あ゛ー……。あ、あれ?」
マイクに声を入れてみると、スピーカーから割れた声が響く。
「ギターは『キィ───────ン』耳がぁぁ!!!
わ、割れない音量…………生音しか聞こえない」
アンプの設定を何度か変えてみるけど、まともな音は一向に出なかった。
どうしよう。こういう時なにをしたらいいのかまったくわからない。
外でギターを弾いたことなんてなかったし、家の中だとコンセント式の別のアンプで済んでた。
「も、もしかして壊れちゃった?
どうしよう、お父さんから借りたものなのに……」
「電池切れなんじゃないですか?」
「ヒュ」
顔を上げるとそこには女子高生がいました。
ブレザー姿に黒髪ロングの女の子がわたしの手元にあるアンプを覗き込んでいました。
しかもすっごいかわいい。近い。いい匂い。
「エッドゥッエッ」
「この機種って電池が少なくなると音割れもノイズもひどくなるんですよ。
最近電池換えたりしました?」
「エアッ……ノ、ノー!」
「なぜに英語……。じゃあ、換えてみますか。
もう機材広げちゃってるんで、私が買いに行っちゃいますね」
「エッ、あっ」
女の子はわたしがなにか言う前に駅ナカの方に走っていった。
て、展開が早すぎて理解が追い付かない。
今どきの女子高生ってわたしみたいなミジンコ以下の下等生物に話しかけてくるものなの……?
後藤ひとりに優しいギャルは実在した……?
「あ、夢か。馬鹿だなー、わたし。日中に夢見ちゃうなんて」
「はい、買ってきましたよ~」
「夢じゃなぃっ!?」
「え、なに? あ、これ電池です。単三で合ってますよね」
女の子はなに言ってんだこいつ? という顔を一瞬してわたしに電池を手渡してくる。
それを受け取るとき、少し硬い指先がわたしの手に触れた。
「あ、マメ……」
「ふふっ、私ドラムやってるんです。
ちょっと昔はバンドでライブもやってたんで、ほっとけなくて」
そういって彼女ははにかんだ。
「あ、あのっ!」
「? はい」
「あの……! あの……」
「……なんですか?」
「あ、ありがとう、ございます」
「……いいライブ、期待してます!」
どもって、ひきつって、全然まともじゃないけれど。
久しぶりに家族以外の誰かと話ができた気がした。
「せっ、はー。せーっ、はー」
マイクとギターの音作りをしながら、考えを巡らせる。
そういえばギターも歌も、人前では初めてだな。
あっだめだ緊張して手が勝手にエイトビートを刻みそうだ。
目をつむって弾くか……?
でも、話したことがある人の前だとそっちのほうが恥ずかしいかも。
アニメにならって片目だけ開けておこう……。
(あ、そういえば。なにを演奏するのか決めてなかったな)
聴いてもらうならみんな知ってる曲がいいのかな。
……売れ線は知ってても、平日の昼間の川崎でスーツを着ている人たちの知ってる曲なんて知らないっ! BAD H〇P*4ですか!?
うん、今のわたしが歌える、私に合った曲にしよう。
あれとかいいかもしれない。
意識を自分の外側に向ける。
わたしを助けてくれた女の子は少し遠まきに立って演奏を待ってくれている。
チューニングの音を聞いて、足を止めてくれている人がいる。
──ここにいるのは、君の演奏が聴きたくて立ち止まってくれた人たちだ
ふと、きくりお姉さんの言葉を思い出した。
わたしには縁がなかった人だけど、その言葉はわたしの胸にも届いた気がした。
自然と両目が開く。
「聴いてください」
・前世の人
頭の打ちどころが悪くて亡くなった可哀そうな人。
好きなものは家族とアニメと読書。
・後藤ひとり(偽)
自分を後藤ひとりと思い込んでいた可哀そうな人。
素で挙動不審。
好きなものは家族とギター。
・黒髪ロングの女の子
路上でスーツにギターを担いでいる不審者に声をかけられる人。
多分聖人。
01.ドーナツホール
ハチ「ドーナツホール」2014.