自分を後藤ひとりと思い込んだ一般ぼっち大学生が、川崎でガールズバンドを組む話 作:淵岳 月夫
話しかけたのは打算だった。
ギターを持っていたし、その人が私が会う予定の人と知り合いだったときに話を進めやすいかな、といったくらいの些細な気持ちだったけど。
話しかけた瞬間キョドった時点で間違ったな、なんて心の中で思いながら相手をしていた。
その考えこそが間違いだった。
速いテンポに反するようになめらかな運指。余分な音がない……いや、余分な音すら使い倒すストローク。コードとメロディを調和させたフレーズのアレンジ。
そのすべてが彼女が音楽に捧げた時間の長さを表していた。
熟練したギタリスト、とくにエレキの奏者は余分な力が抜けて指先が柔らかくなるらしい。
その指は努力の証というより、職人が使い込んだ道具のようだった。
(ギター、ヒーロー……)
ふと、ある動画投稿者の名前を思い出した。
十数年前からギターのカバー動画を投稿している女性だ。
画面映えもしないのに演奏の上手さだけで人気になり、今はチャンネル登録者数が60万人を超えていた。
世代も近いから何回か動画を見たことがある。
歌が投稿されていたことはなかったけど、ギターの音色は動画のそれと遜色ないほどに上手い。
なのに、今の演奏には何かが足りない。
他の楽器に埋もれず、潰さないよう丁寧に作られたディストーション。
俯きがちだけど、ふと横を向く視線。
そうか。この人は、誰かと音楽がしたいんだ。
◇
引っ張りが終わり最後の一音を鳴らすと、パチパチとまばらな拍手が聞こえた。
顔を上げるとわたしの周りには弾き始めよりも人が集まっている。
平日の昼間にしてはかなりの人で、そのほかの人影は見当たらない。
(みんな、立ち止まってくれたんだ)
動画にはたくさんのコメントがついていて、その数はたぶん今ここにいる人よりずっと多い。
それでも、聴いている人の顔が見えることが、届いてることが伝わってくることがこんなに嬉しいことだなんて思わなかった。
(あ、ぼうっとしちゃダメだ! 何かアピールしないと!)
この路上ライブは音楽業界に就職するために始めたんだ。
周りにはスーツの人も多いし、もしかしたらこの中に業界の人がいるかも!
なんか訳知り顔で腕組んでる人とか多分〇ニーミュージックとかの偉い人だ!
「ご、後藤ひとり22歳来年大学を卒業します! お仕事ください!」
「えっちょっ」
え、演奏の後だからか噛まずに言えた!
この調子で自己アピール、自己アピール……!
「なんでもやります! なんでもやります! なんでもやります!」
新卒はポテンシャル! 熱意が大事って聞いたことがある!
だからお仕事、お仕事を~~~!」
「ちょっとあんた何やってるんですかっ!」
「ひぅっ」
仕事に対する姿勢をアピールしていると、さっき機材トラブルを助けてくれた女の子がガッとわたしの肩をつかんだ。
「じ、自己アピールを……」
「多分絶対ここですることじゃないですっ!
見てくださいあっちのほうから警備員来てますよ!」
彼女が指をさした方向を見ると、制服を着た怖そうな人が遠くから近づいてきている。
まずい、無許可で路上ライブやった上で警備員さんに捕まったら……。
「しゅ、終身刑……!」
「馬鹿なこと言ってないで撤去準備!
わたしは機材系片づけるんであなたはギターとマイク片づけてください!」
「は、はぃ……」
いわれるがままに片づけをしていると、ついに警備員さんが声をかけてきた。
「ちょっと君たち。今変な声が聞こえたんだけど、客引きとかはやめてもらっていい?」
「わァ……ぁ……」
「すいません、今のは歌詞の一部だったんです。ややこしかったですよね~!」
わたしが蛇ににらまれたカエルのように固まっていると、女の子がわたしたちの間に立って話を始める。
二人が二、三言会話をした後、警備員さんは「ほどほどにお願いね」と来たほうに戻っていった。
「すごい……」
「呆けてないで片づけ! 悪目立ちしたんだからすぐ立ち去る!」
「す、すみません!」
撤収準備が終わったわたしたちは、駅から逃げるようにその場を後にした。
……実際逃げてました。見栄を張ってすみません。
◇
「へー、ひとりさんって金沢八景に住んでるんですね。遠いな〜」
「は、はい……。
あの後わたしとわたしを助けてくれた女の子─安和すばるちゃんはカフェにいた。
いろいろ迷惑をかけたからお金を渡そうとしたけど断られてしまった。
彼女にはわたしがカオナシか何かに見えたに違いない。
代わりにスタ〇を奢ってほしいと言われて、いつの間にか一緒にお茶をすることになっていた。
誰かとお茶するなんて初めてで緊張するなぁ……。
この建物も前世でムシキングが流行ってた時にしか入ってなかったし*3
「すばるでいいですよ、さんもいらない。多分年下ですし。
私は渋谷。今日はこれを届けに来たんです」
そういって彼女は足元の大きなトートバッグの口を開ける。
中には天井にかける白い照明が入っていた。
「何度か会った人に余ってたら欲しいって頼まれまして。知ってます? 元ダイダスの
「あっ、はい。カバーしたことあります」
年下でメンバーがみんなキラキラしてて眩しさで消されかけたけど、良い曲を作るバンドだった。
誰か脱退してたんだ。最近は聴いてなかったから知らなかった。
そもそも、殆どのバンドのことなんて曲とアルバムジャケットと名前くらいしかわからないんですけどね、ハハ。
「実は、その人にバンドでドラムをしないかって誘われちゃったりもしています」
「す、スカウト……! どうやって……!」
「いやー、その辺で試打していたら声がかかったというか捕まったというか……」
ま、漫画すぎる……!
教室で寝たふりをしているときに考える妄想さえこんな美少女に叶えられたら、全国の根暗ぼっちは何を妄想すればいいんだっ!
……もう妄想のアバターをすばるちゃんにした方が早いな。
頭の中ですばるちゃん主人公の来来来世が始まってしまう。
「で、ひとりさんはなんであんなことしたんです? ぶっちゃけ、いかがわしいお店へのセールスっぽく聞こえたんですけど」
「イカッ!? ちちちちちちちちがいます!」
すばるちゃんのお陰で脳内ネクスト人生は止まってくれたけど、とんでもない勘違いが生まれてる!
「あれはなんていうか、就活で……!」
「え、就活? そういえばひとりさんってスーツですよね」
「じ、実は……」
そうしてわたしが路上ライブを始めた経緯について話し終わると、すばるちゃんは震えて机に突っ伏した。
「歯ギターって、ば、馬鹿だぁ……っ……」
「馬さん、鹿さん、名誉を棄損してもうしわけございません……」
誤解は解けたみたいだけど、どうやらここに来るまでの方がどデカい恥だったらしい。
恥ずかしくて頼んだ抹茶ラテを飲む手が進んでしまう。もう溶けた氷の味しかしない。
「面接は一発芸会場じゃないっつーの……ぐふっ……。
んん゛っ、ひとりさんは音楽業界に入りたいんですね」
「は、入りたいというかそれしかできなそうというか……。
わたし、打ち込んで来たことなんてギターしかなくて。他の何かにどう役立てるとかも、できなくて……」
前世の仕事なんて長い月日の中でほとんど忘れてしまって、もう一度同じ職には就けなさそうだ。
そもそも資格がないし。
「あれだけギターが出来れば十分じゃないですか! それだけで一生食べていけますよ!」
「な、なるほど! 路上ライブで投げ銭を貰えば!」
「……実際それで食べていけそうで腹立つな、この人。
そうじゃなくて、もっと見つかりやすい方法でアピールしましょうよ!」
「見つかりやすい方法……?」
なんだろう。
やっぱ分裂したり胞子になったりできないといけないのかな。
でも、わたしはそういうのできないし……。
「わたしには切腹ショーくらいしか……」
「せんでいい! そういうパフォーマンスとかじゃなくて、バンドを組んだらいいんです」
「……バンド、ですか」
その言葉に、紙コップをいじっていた手を止めてしまう。
「ですっ。バンドを組んだらチケットも折半できてライブもしやすいですし、曲も作りやすくなりますし。
活動を続ければスタジオミュージシャンに誘われたり、売れてそのまま食べていけるようになるかもです」
「はい……」
「実は私もバンドしたいな~って思ってたんですよ。
どうです、よかったらお試しで一緒に組んでみませんか?」
「──無理ですっ」
すばるちゃんの矢継ぎ早な提案に、思った以上に大きな声が出てしまった。
しんとしずまった周囲に店内のBGMだけ響いている。
「え、えっと、あ! すばるちゃんはスカウトされている人もいますし!」
「私はまだ桃香さんに返事は出してないですし、大丈夫ですよ?
もし桃香さんと組みたくなっても、ひとりさんも一緒の方がありがたいですし」
「そ、そのっ、わたしは人と弾いたらど下手になるんですよねぇ~!
聴くも無惨というか聴く地獄というか~!」
「…………ふーん、そっか」
すばるちゃんは頷いて、グイっと自分のカップを傾けた。
そのまま飲み切るとバッグを持って椅子から立ち上がる。
「あーあ、バンド組めないならス〇バだけじゃ足りないな~」
「……すみません、あの、これっ」
いそいそとお財布を出そうとするわたしの腕をすばるちゃんがつかんだ。
「いや、たかりじゃないから。あーいや、じゃないこともない、かな?」
「えっ?」
「ひとりさん、今から私とデートしましょう」
「……えっ」
こうして、後藤ひとり22歳。前世含めて四十数年の人生で初めてのデートが始まりました。
◇
「ひ、ひとりさんって音ゲーど下手ですね……。太〇の達人もダメとは」
「う、腕がぁ、つるぅ……」
「下手以前の問題だったかぁ」
「オシャレ怖い……店員さん怖い……」
「ひとりさんには絶対甘い系が似合うと思ったんですよね~! 似合ってますよ!」
「あっはい似合ってます」
「お、おう……。自信凄いな……」
「こ、こうですか?」
「その構え方じゃ多分ずれますよ。キューはこう持って、手はこう構えて……」
(ち、近い……いい匂いする……)
「ま、最後はここですかね」
すばるちゃんは扉を開けて、どうぞと手招きをする。
少し薄暗い部屋にはマイクが二つとテレビのような機械がひとつ。
「ひとりさんはカラオケはよく来ます?」
「か、家族とならたまに」
「へー、仲いいんですね」
「へへへ……」
照れながらわたしはコップをテーブルに置く。
そう、今日のわたしはすでにドリンクを手にしている。
すばるちゃんが受付でドリンクバーを頼んでくれたからだ。
ワンドリンクだと歌っている間に店員さんが入ってくるかもしれない。
つまりデッドオアドリンクバー。
すばるちゃんはわたしのスプラッタショーじゃなくて歌を楽しむ選択をしてくれた恩人だ。
(後ろで念じててよかった~!)
「はい、ひとりさん」
「あ、はい」
すばるちゃんは私にマイクを渡すとカラオケの機械のつまみを回し始める。
慣れてるなぁなんて思っていると、気になっていたことを思い出した。
「そういえば、すばるちゃんの用事は大丈夫だったんですか……?」
「大丈夫ですよ。夜に向かいますって連絡したんで」
「なるほど……」
すばるちゃんは本当にすごいなぁと、その後ろ姿を見つめる。
音ゲーは上手いし、人に気を遣えるし。何より見ず知らずのわたしに声をかけて助けてくれた。
わたしにはそんなことできない。
「じゃ、私が先に曲選んじゃいますね」
「あっはい、お願いします」
すごいなぁ。カラオケで一番最初に歌えるなんて。
わたしだったら誰も知らない曲を入れてのっけから場の空気をお通夜にする自信しかないのに。
あっでも今日はわたしとすばるちゃんの二人きりなんだから、わたしのことなんて気にしなくていいか。
「あ、わたしは4分33秒*4とかでも全然盛り上がれます!」
「黙れってか?」
「ぅえ、そ、そうじゃなくて……!」
気遣いのつもりが逆効果にしかなってない……!
「別に好きな曲入れるんで気にしなくていいですよ。
……それより、ひとりさんってなんでさっき嘘ついたんですか?」
「えっ?」
すばるちゃんはわたしをじっと見ていた。
曲を選んでいるはずのその手は迷う様子もなく止まっている。
「バンドを組もうと言ったときに無理ですって言ったじゃないですか」
「あ、あぁ……」
その後の発言が衝撃的過ぎて忘れていた。
すばるちゃんがデートに行こうって言ってくれたのもそれが理由だった。
でも、
「バンドを組むのが無理っていうのは、嘘じゃないです」
「そっちじゃないですよ。私が言ってるのは言い訳の方です。
ひとりさん、その様子じゃバンド組んだことないでしょう?」
「ウッ」
「なのにバンドを組んだらど下手になるとかなんで分かるんですか」
この子、人の弱点を的確に突いてくる!
たしかにバンドなんて一度も組んだことないけど! アニメの後藤ひとりもバンドだと全然弾けなかったんだからわたしができる訳がないっ!
でもそんなこと言っても伝わらないし、伝わってもアニメキャラに自己投影している痛いやつだと思われる……。
「ていうか、伴奏が下手なら練習すればいいじゃないですか。
もともとあんなにギター上手いならすぐですよ」
「そ、それは、そうなんですが……」
それでも、わたしは。わたしなんかが……。
「あー、もう! 陰キャの言い訳聞き苦しいなぁ!」
勢いよく机に手を置いたすばるちゃんに思わずびくっとしてしまう。
彼女は手を大きく振って部屋の中を指さした。
「ひとりさん、ここはカラオケで私たち以外は誰も聞いてないんだよ!
なのに変な言い訳でごまかそうとしやがって!」
「ちが、そんなつもりじゃ……」
「私はひとりさんにバンドやってほしい! だから誘ってんの!
私が嫌ならお前なんかと組みたくねぇよバーカって言えばそれで終わり! 今日知り合った奴と明日以降は会わなくなってハッピーハッピーで済む話なんだよ!」
どうしよう、すばるちゃんが怖すぎてなにも言えない。
人に怒られるとか久しぶりすぎて泣きそうだ。
「ここでどんな酷いこと言ったって、ひとりさんの人生には何の影響もないっ!
だからさ、本音で話してよ……。なんでバンドやりたいのに、やろうとしないの……!」
「ぁ……」
わたしのためなんだ。わたしのために、すばるちゃんはここを選んでくれた。
わたしのために怒ってくれて、わたしのためにバンドをやろうと言ってくれている。
だからわたしも、設定とか言い訳とかじゃなくて、わたしの言葉で答えなきゃいけないんだ。
「……に、にせもの、なんです」
「え?」
「わたしって、にせものなんです」
だからわたしは、ずっと考えないようにしていて、ずっと考えていたことを初めて口に出した。
「わたし、ほ、ほんとはわたしじゃなくて。ギター始められたのだって、ちやほやされたいからですらなくて、ただ、わたしだからできるって思い込んで、続けられただけで……」
胸のもやもやが大きくなって体を飛び出そうとする。
ひと言話すだけで舌が渇いて、ろれつが回らなくなる。
「ぎ、ギター弾けるのも、歌えるのも、わ、わたしだからじゃなくて、後藤ひとりだからで。
だからっ、わたしは、本当に何もなくて、だからみんないなくて……!
だからわたし、バンド組めないんです。くんじゃだめなんです!」
言葉が漏れるたびに涙がこぼれて。
ずっと、
「なにもないからっ! 喜多ちゃんもリョウさんも虹夏ちゃんもいないからっ!
にせものだからっ、誰も、なにもない……」
そんなこと、気づきたくなかった。一生あの公園で待っていたかった。
「……ひとりさん、はい」
黙ってしまった私にすばるちゃんはハンカチをくれた。
「チーンッ、ズズッ……。す、すみません、意味わかりませんよね」
「鼻水かむなよ。……つまり、ひとりさんは自分が誇れるものが何もないからバンドを組めないってことですか?」
「あっはい、そうです」
すごい。陽キャって読解力も高いんだ。
「んー、何もない、何もないか……」
すばるちゃんは腕を組んでしばらく考え込むと、よしと顔を上げた。
「ありがとう、ひとりさん。本音で話してくれてうれしかった。
やっぱバンド組むなら本音をぶつけ合わなきゃね」
「えっ、えっ?」
「ようは、何もなくてもバンドが組めたらいいわけだ」
そういってすばるちゃんはマイクを持って立ち上がった。
曲も入れてないのに、彼女はすぅっと息を吸う。
「──私はっ! 安和すばる! ボンボンの家に産まれただけのクソガキだ!」
マイクは彼女の怒鳴るような声を拾って、部屋の中に響き渡らせる。
「親の指図を受けたくないから実家を出たのに、学校行く金も家もぜーんぶ借り物っ! 私のものなんて一つもない!」
すばるちゃんの言葉にはリズムもメロディもなくて。
お世辞にも曲だなんて言えないものだった。
「全部お前らが持ってるくせに願望だけはブッキングしやがって子供に気を遣わせんなっ! それを聞いてる私も私だその気もないのにうんうんうなずいて何やってんだよ! お前ら全員消えろクソが──────!!」
だけど、その声には何かがこもってて。
わたしはただただその言葉に耳を傾けていた。
「はっ、はっ、はぁ……。どう? 何もない、だけで、これくらいは、あるけど」
どなって、がなって。息も絶え絶えになったすばるちゃんはにやっと笑って、
「何もないならさ、バンドやろうよっ!」
そう、わたしに言った。
「……わたし」
「ん?」
「わたし、弾きたい曲があるんです。ずっと、弾きたかった曲なんです」
「そっか」
「……聴いて、くれますか?」
すばるちゃんはわたしの目を見つめて、ゆっくりと頷いた。
ギターを持って、エフェクターとアンプをつなげて、ペグを回してツマミをいじる。
本当はテストもするべきなんだけれど、その曲に合わせたチューニングだけは何度も繰り返していたから、体が覚えている。
いや、そんなこと本当は言い訳で、ただただその曲を弾きたかった。
顔を上げると、すばるちゃんと目が合った。
昼より全然人もいないし、狭いし、暗い。ただのカラオケルーム。
だけど、どこよりもここがよかった。
「聴いてください」
音をひとつ鳴らすだけで、何もないわたしの中にあったものが溢れていく。
お父さんとお母さんには、全然親孝行できなかったな。
今の両親はわたしのことを受け入れてくれたけど、申し訳なさで眠れなくなる夜がある。
そんなときは二人に手を繋いでもらっていた。
ふたりが産まれたときもジミヘンがうちに来たときも、嬉しかったなぁ。
ふたりに対してお姉ちゃんらしく振舞おうとしたけど、ずっと舐められっぱなしだ。
虹夏ちゃんたちがいないって気づいたとき、泣けなかった。
きっと信じられなかったんだろうな。多分、今も。
……なんで、なんでいないんだろう。
なんでみんないないのに、わたしは生まれたんだろう。
なんでみんながいないのにわたしは後藤ひとりなんだ。秀華高校なんて高校もなんであったんだ。
……なんで。……なんで、なんでっ!
どこを向いて弾いたらいいのかもわかんないのに! 聴かせることすらできないのに!
いてよ! 聴いてよ! わたしはここに居るんだってっ!
弾いて、弾いて、弾いて。
弾いたけれど、結局なにも分からないまま曲が終わった。
だけど。
「……すばるちゃん」
「なに?」
「わたし、バンドやりたいです」
少しすっきりした。
・後藤ひとり(偽)
22年間後藤ひとりとして生きてきたので自己認知が歪みに歪んだ人。
それはそれとしてやべー奴。
・安和すばる
初対面の不審者に対してバンドをやろうと言ってくれる人。
やべー奴は好きだけどそれはそれとして苦労人属性が見え隠れしている。
02.ギターと孤独と蒼い惑星
結束バンド「ギターと孤独と蒼い惑星」2022.