自分を後藤ひとりと思い込んだ一般ぼっち大学生が、川崎でガールズバンドを組む話 作:淵岳 月夫
「ドゥフ、ドゥフフフ……」
薄暗い部屋の中で不気味な声がこだまする。
怨霊か? いいえ、後藤ひとりです。
「は、初めて家族以外とL〇NE交換しちゃった……」
わたしのスマホの画面にはすばるちゃんとL〇NEを交換したときに送られたスタンプが映し出されていた。
かれこれ一時間以上は眺めているがまだ味がある。
「おねーちゃん、お風呂」
「今お姉ちゃん咀嚼してる最中だから」
「ご飯ならさっき食べたでしょ。馬鹿言ってないで早く降りてきてよね」
ふたりは呆れたようにそう言うと一階に降りていく。
小学校も高学年になるとお転婆だったふたりもだいぶしっかりしてきた。
誰を反面教師にしたのかな。お父さんだといいな。
「でもお父さんご飯作れるしな……。仕事してるし。
あれ、この家でダメ人間ってもしかしてわたしだけ?」
ジミヘンは……、かわいいししっかりしてるしそもそも犬だし。
やばい。わたしこのまま就職できなかったら音の鳴る廃棄物生産機でしかない。
「でもぉわたしバンド組むしぃ? ビ、ビルボードに乗ったらダメ人間も個性だから!」
──熱狂的なファンを獲得し、自身初のワールドツアーを控えたギタリスト。後藤ひとり。──
──その始まりに、迫った。──
『本当はバンドなんてするつもりなかったんですけどね。
このまま普通の会社に就職して、ギターは趣味で(やろう)って』
『でも、たまたま路上ライブしてたときにすばるちゃんと会って、その日のうちにバンドを組もうって誘ってくれたんです。カラオケルームで。
あの時は、嬉しかったなぁ』
そういって、後藤は車の外を見つめる。
その眼にはいつかの景色が映し出されているのかも──。
「あれっ」
なんてイメージ映像の途中、気づきたくないことに気づいてしまった。
キュルキュルと空想のシークバーをスクロールする。
『その日のうちにバンドを組もうって誘ってくれたんです。カラオケルームで』
「……すばるちゃんって、一緒にバンド組もうとは言ってない?」
バンドやろうって言ってくれてたけど、一緒にやろうとはあそこでは全然言ってなかったな。
あの後もL〇NE交換したけど普通にカラオケして解散したし。
バンドやろうって、「私は別の人とバンド組むけど、それぞれの立場で頑張りましょうね♪」って意味じゃないよね……?
「い、いやっ! スタバでは言ってたから! ……でもカラオケまで結構時間あったな」
もしかしたらデート中に気が変わったりしたかもしれない。
わたしエスコートとか何も出来なかったし、ダンスゲームで自分の足踏んでたし。
そういえばすばるちゃん、元ダイダスの人にスカウトされてるって言ってた。
この場合すばるちゃんは誰とバンド組むの? 教えて脳内GPT!
『ばなな』
あっだめだ役に立たない。AI後藤ひとりは後藤ひとりでしたよね、へへ。
「もしかして、直接聞くしかない……?」
いや無理無理無理無理!
そんななし崩し的に付き合ったカップルみたいなことわたしにはできない!
それに、もし直接聞いて「あー、別にそんなつもりで言ったわけじゃないんですけどね」なんて言われた日には……。
始まってしまう! 自分探しの旅が!
「何かないのか方法、迂回路みたいなサジェスト、流石に高いぜ空港、抑えろわたしの暴投!」
わたしが下手なラップを虚空に披露しているとピロピロとスマホの通知が鳴った。
聞き慣れない通知音だ。スマホをのぞいてみるとそこには『あわすばる』の文字があった。
『ひとりさん、前言ってた桃香さんとあともう1人を含めてバンド組もうかなと思うんだけど、どう?』
「アッ」
終わった……。
あ、既読付いちゃったから返信しないと。
『海外で自分を探してきます』
「心配させちゃだめだしね、へへ」
パスポートの取り方を調べていると、スマホから今度はバイブ音が鳴った。
どこからだろう、応募した覚えはないけどお祈り電話かな?
「も、もしもし。後藤ひとりは多分今アフリカあたりにいるので見つけたら折り返しお電話を」
『勝手に旅に出るなバカ!』
「す、すばるちゃん!?」
な、なんで電話をかけてきたんだろう。
すばるちゃんはこれから売れすぎスリーピースロックバンドとして天高く飛び立っていくはずなのに。
『あんな返信されたら誰だって電話かけるわっ! ていうか、絶対なんか勘違いしてるよね!』
「勘違い……? あ、もしかしてロックじゃなくてジャズとかですか?」
『致命的に話が噛み合ってない! 一回考えてること全部話せ!』
とりあえず、ふたりが来てからことを洗いざらい話すと、すばるちゃんは電話口の向こうで深いため息を吐いた。
『やっぱ暴走してたか、ほんと目を離せないなこの人……。
私は3人でバンドを組むなんて一度も言ってないよ』
「なる、ほど?」
『こらそこ、分かってるふりしない』
「ごめんなさい」
なぜだろう。一回社会に出たはずのわたしよりすばるちゃんの方がよっぽど社会人みたいだ。
『要は、わたしたちのバンドと桃香さんのバンドを合流させようってこと。
向こうはメンバーが欲しくて、演奏が上手くて曲も作れる。組まない理由はそんなに無いかな』
「わ、わたしたちのバンド……!」
すばるちゃん、もうバンド組んでるって思っててくれたんだ!
に、にやけ顔がおさまらない……。
『本当に伝わってんのかな……。
とりあえず、私が関係値を築いとくから、大丈夫そうならひとりさんを呼んで顔合わせしよっか。
その時に一緒にバンドやれそうか、ひとりさんが決めてね』
「えっ?」
『ひとりさんもやりたいこと、あるでしょ? 曲作りたいとかリードギターしたいとか。
私も手伝うから、そういうすり合わせは初めにしっかり済ませちゃおう』
「あっはい」
『じゃ、日程決まったら連絡するね。おやすみなさい』
「おやすみなさい……」
生返事しか返せないままプツッと通話が切れた。
バンド合流? 2人? 元ダイダスの人たちと顔合わせて、すり合わせ?
そんなの、つまり!
「か、カジュアル面接だ……!」
嫌な予感しかしない!
◇
日曜のお昼、わたしは川崎駅を出てラゾーナ側の通りを歩いている。
ここに来た理由はひとつしかない。ついに来たのだ、顔合わせの日が。
例の電話の日から今日まで一週間もかかってない。
三年かけてクラスメイトと同じ集合写真に映ることが出来たのが一番の成果のわたしとは大違いだ。
天と地ほどの差どころか、地面にめり込んでいてもおかしくない。
「わたくしは自らが経験した音楽活動を通じて社会に貢献していく所存ですといいますのもわたくしは学業とともに配信活動を行なっておりましてその中で社会の中に音楽がいかに浸透しているかそれが心の豊かさにどう役立っているのかを身をもって実感しており……」
「ママー?」
「シッ」
そんなすばるちゃんが用意してくれた機会なんだから、不意にすることはできない。
今日もいつものジャージでなくしっかりとしたリクルートスーツだ。ちゃんとギターも持っている。
ESを腱鞘炎になるほど書いたのも、面接の失敗も、全てが今に繋がっている。
ありがとう……。この顔合わせだけは、絶対に落とさない!
「ここが、
大きな一軒家だ。古さが逆に威厳を醸し出している。
門を開けて戸口に立つと、呼び鈴を押そうとする手が止まった。
「き、緊張する……」
中ではすばるちゃんが待っているらしいけど、まず初めに顔を合わせるのは河原木さんだと思う。
頭からつま先まで一挙手一投足に意識を張り巡らせないといけない。
「で、でも河原木さんって怖い印象ないし、大丈夫!」
ダイヤモンドダストのパッケージを見ても、キラキラした女子高生って感じだったし。
一、二年経ってるけどその辺りは変わらないはず!
「え、えいっ!」
ピンポーンという音が響くと、ゆっくりとした足音が聞こえてくる。
横引きの戸口がガラガラと開いて、その人は出てきた。
「はいはーい。いらっしゃ、あぁ? なに、セールス?」
プリン頭! ピアス! ガン飛ばし!
「し、新入りの足ふきマットです。汚くなったら捨ててください……」
「……すばるー! これ返品したいんだけど!」
「えぇ、自分で対応してよ……。ひ、ひとりさ、お前ーっ!」
地べたに横たわるわたしを叩き起こして、すばるちゃんは十分ほどお叱りになりました。
こうして、わたしの第一印象は無事最低点を獲得したのでした。
◇
「ごめんごめん、一緒にバンドやりたいって奴がスーツ着てるなんて思ってなくてさ」
「い、いえ。わたしの方こそ変なことをしてすみません」
「謝罪が信用ならん……」
わたしたち三人は河原木さんの部屋に移動して、まだ仕舞っていないこたつを囲んで座っていた。
部屋の中には灰色の猫もくつろいでいた。河原木さんのペットかな。
河原木さんは最初の印象と全然違った。お水を出してくれたし、気さくな感じだし。
「か、河原木さん。わたし、後藤ひとりです」
「すばるから聞いてるよ。あたしは河原木桃香。よろしく」
「よ、よろしくお願いします……」
すばるちゃんは一体どういう風にわたしを紹介したんだろう。
「ひとりさんは音楽関連以外は見た限り全部駄目だけど、ギターとか歌とかははほんと凄いよ」
「いるよなー、そういう奴」
……褒められてる、よね?
「別に地べたに寝てたくらいで怒んないよ。あたしも学校とかじゃ変な奴寄りだったし」
「桃香さんは変っていうか我が強そうなイメージだなー。
ひとりさんは学校ではどうだった?」
「はいわたくしは学生生活では学内外の音楽活動に従事していました60万人規模の顧客に向けてコンスタントにギターの楽しさを伝えるのはわたくしの生きがいです欠点があるとすればその活動に熱中しすぎて学業がおろそかになったことがありましたがそのことが計画的に複数の事柄に取り組むことの大切さという学びになりました」
「はい?」
「ちょっとひとりさんこっち来ようか」
会話を振ってくれて嬉しいな、なんて考えながら受け答えをしているとすばるちゃんに部屋の外に引っ張られた。
心なしか扉を閉める音が大きい。
「え、何さっきの」
「さっきの?」
「倍速視聴みたいな高速詠唱のことだよ」
「あ、面接の動画を見て練習しました」
「努力の方向音痴が過ぎるでしょ。
ひとりさん、お願いだからもうちょっとだけ人間に寄って。今いちばん近いのチャットBotだから」
前のカラオケルームの時より圧が凄かった。
どうしよう。過去一すばるちゃんを困らせてることだけは分かる。
こんなことにならないために気合を入れてきたのに……。
「あー、2人とも。反省会とかいいから戻ってきなよ。言ってること何も分かんなかったけど別に気にしてないって」
「ごめん桃香さん、今が一番大切な時期なの。ここで粗相を見逃すと一生癖になるから」
「犬の躾かよ……」
知ってますか、この中で一番年上なの多分わたしなんですよ?
あれ、おかしいな。視界がぼやけて前が見えないや。
「わん……」
「あ、諦めた。人であることを、諦めた……」
「人の家でここまで落ちれるのは才能だな。ほら後藤さん、こっち」
首根っこを掴まれて部屋に戻されると、先ほどの猫がこちらを見ている。
先達の住民に頭を下げると後頭部を小さい足で踏まれる感触がした。
「格付けされちゃった……」
「桃香さん、この子どう? バンドで飼える?」
「まー、大丈夫だろ。人として終わってても輝けるのがロックだから。
大事なことがまだ聞けてないけどな」
「だ、大事なことですか?」
すばるちゃんが猫の足をそっと降ろしてくれたので、姿勢を人並みに戻す。
河原木さんはわたしの問いかけにうんと頷いた。
「結局、後藤さんがあたしらとバンドを組んでどうしたいかだ。
うちはギターもボーカルもいるから、すばるならともかく後藤さんが入ると編成も考えなくちゃいけなくなる」
河原木さんは両手に二本ずつ指を立てて、がちんと合わせる。
「そのときにあたしらと後藤さんらのやりたいことが合致しなかったら、どれだけ上手かろうが意味ないだろ」
「そうなったら、ひとりさんと私は別でバンド組むしかないわけだ」
「そういうこと。……で、後藤さんはバンドで何やりたいの?」
バンド経験があってしっかりと考えを持ってる河原木さん。
それでもわたしとバンドをしたいと思ってくれているすばるちゃん。
しっかりと答えないとどっちにも失礼だ。
だけど大丈夫。この質問なら、わたしは自分の言葉で答えられる。
「わたしは、ギターでロックがやりたいです」
「……え、それだけ?」
すばるちゃんは驚いたように目を見開いている。
「え、はい」
「歌は? 曲作りは? 前弾いてた曲、オリジナルでしょ?」
「う、歌はちょっとはともかく毎回は無理です……。
曲作りも……。わたしには多分、できません」
ぶっ通しでフロントマンとかわたしに出来る気がしない。
前に弾いた曲も前世の記憶から起こした劣化コピーだ。
それなら、わたしはできることを全力でやりたい。
「えー、もったいなぁ……」
「じゃあやることは一つだ」
河原木さんはそう言うと、部屋の隅にあるアンプを指さした。
「ギター弾いてよ。ここで、今」
「はいっ」
自分のギターをアンプにつないでわたしは弦を弾き始める。
決まった曲でもない、自分の持っているフレーズのつぎはぎ。
だけど、好きなテンポ、お気に入りのテクニック、今のわたしの気持ちの全てを込める。
わたしは、こういうロックがやりたいんだっ!
「……ありがとうございました」
時間にしたら30秒未満のギターソロ。だけど、やり切った自負があった。
これで合わなかったなら、仕方ない。
「なるほどね。なるほど……」
わたしの演奏を目を閉じて聞いていた河原木さんは、そう言うと口に手を当てて頷いた。
なるほど、ってどういう意味だろう。
「そっか……。なるほどなぁ。そりゃ、勿体ないわ……」
「桃香さん、具体的なことなにも言ってないんだけど」
うんうんと頷くばかりの河原木さんにすばるちゃんは不満げに声をかける。
でも、なんでそんな腕を組んで誇らしげというか、どや顔というか。
「あぁ、ごめん。後藤さんが良かったら組もう。バンド」
その言葉を聞いて、思わずすばるちゃんと目を合わせる。
すばるちゃんはふふっと笑うと、わたしに向かってウィンクをした。
わたしの演奏を信じてくれてたことがありありと伝わってくる。
「あたしらの感じは……録音してたかな」
「あ、河原木さんのギターは少し前のならわかります。ダイダスの曲は聴いてたので」
「えっ、そう? あー、でも仁菜の歌だけでも聴かせるよ。あとで」
「私もニーナの歌、まだ聞いてないんですけど」
「あぁ、ごめん」
なんか桃香さん、ソワソワしてるな。
さっきまでのどっしり構えた感じとかがどっかに行っちゃったみたいだ。
河原木さんもそれに気づいたのか、すーっと息を整えている。
「これで第一関門突破ってわけだ。よかったねひとりさん」
「あっはい」
……第一関門って何だろう。
「じゃ、これからよろしく。あたしのことは桃香でいいよ。
後藤さんのことは、なんて呼べばいい?」
「あ、ぼっ、ぼっちでお願いします!」
「センシティブすぎる……。ていうか、あだ名あったんだね、ひとりさん」
思わず原作のあだ名を言ってしまった。
でも、誰かにはぼっちって呼ばれたかったし……。
「オッケー。よろしく、ぼっち」
「よろしくお願いします、も、桃香ちゃん」
「ちゃん付けは、初めてだな……」
そういって、桃香ちゃんは笑った。
◇
その後、すばるちゃんがコンビニに行くと言って出て行って、部屋にはわたしと桃香ちゃんの二人きりになった。
「ミャーン」
あ、人間一人に獣二匹でしたね。思い上がっていました。居住まいを正します。
「……ぼっち。せめて座るときは二足で座っててくれ」
「あっはい」
このシマのボスに注意されてしまった。
スフィンクス座りから正座に姿勢を戻す。
「…………」
「…………」
き、気まずい。
すばるちゃんがいなくなってから、わたしと桃香ちゃんは会話らしい会話をしていなかった。
ここ数日は人と会話できてたから忘れてたけど、雑談って何を話せばいいんだろう。
何か話題を振ってくれてたのってすばるちゃんだったな……。
わたしは会話をしてたんじゃなくて会話をさせていただいてたのか。
……というか、桃香ちゃんはなんでずっとギターを弾いてるんだろう。
すごくいい音だけど、何も言わずにずっと弾かれるのって怖いんだなぁ。
いよいよ使うしかないか……? 天気デッキという奴を。
どこの天気がいいのかな。金沢八景はずっと晴れだったけど。
あ、ブラジルとかいいかもしれない。スコールが降るからすごく変わりやすいし。
子供のころは春になったら暖かかったけど、最近はずっと寒いなぁ。でもこれからすぐ暑くなるんだよな。
こういうの曲に使えないかな。エルニーニョ・ヘルファイヤ~東京熱帯窯~みたいなタイトルで。
……あ、これデスメタルだ。
「……ぼっちはさ」
「は、はい」
ダメだ。いつの間にか天気デッキを一人で回してしまっていた。
脳内で会話しててもイマジナリーフレンドしか喜ばないのに!
「やっぱりハリケーンみたいな分かりやすいタイトルの方がいいですよね!」
「え、何の話?」
「あっすいません」
なんで脳内で作り出した架空の曲について話しだしてしまった後藤ひとりぃ!
思わず頭を抱えていると、桃香ちゃんはギターを弾きながら話を続けた。
「ぼっちはさ、どんな曲を聴いてるんだ?」
「あ、青春コンプレックスを刺激しない曲ならなんでも聴きます……」
後藤ひとりとして二十二年も生きていたら聴いてる曲の傾向も似たような感じになっていました。
そもそも前世からしてぼっちだったんで、睡〇花とかついぞ歌ったことがなかったんですけどね。へへ。
「ぼっちと話すと謎の語彙が増えていくな……。具体的には?」
「さ、最近ならクリムトの夜とかです」
人気だし、なんだか気になったからよく知らずにカバーしたけど、曲は好きだった。
「へー、新し目のバンドだ。ならさ、こういう感じはどう?」
そう言うと、桃香ちゃんは鳴らしていたギターの曲調をがらりと変えた。
それは今挙げたバンドの曲の伴奏にありそうで、だけど一度も聞いたことのないフレーズだ。
「あっはい。……こういうの好きです」
「っし、当たった。シンセに合わせるならこうじゃないかって思ったんだよ」
「な、なるほど」
「他にはこんな感じとか……」
桃香ちゃんがギターを弾いて、わたしが好き嫌いを答えていく。
そして、桃香ちゃんがあるフレーズを弾いた。
「ぁ…………」
「……あたし的には、やるならこっちだって思ったんだ」
そのフレーズはわたしがさっき桃香ちゃんに弾いてみせたもののアレンジだ。
手が加えられているのはほんの少しだけ。なのに、わたしが弾いたものとはだいぶ調子が違う。
なんて言ったらいいんだろう。わたしはさっきのフレーズに好きなことを全部詰め込んでいたつもりだった。
夜道は落ち着くけど心細いとか、誰も見てないからエアギターして歩いたりとか、ネオンの光は怖いけど綺麗だとか、そんなことまで。
だけど、桃香ちゃんはそこにそろそろ空が明るくなってくるぞと、朝の訪れを教えてくれたような。
すごく近くにあったはずなのに、これが好きなんてわからなかった。
「そこの下にあるから、小さいけど」
「え?」
「アンプ。弾くだろ?」
「……はいっ!」
わたしが準備を終えたころには、桃香ちゃんはわたしの詰め込んだフレーズに空きを作ってくれていた。
その空間に乗るように音を重ねていく。
不思議だ。何も話してないのにさっきの気まずさは微塵も感じない。
それどころか、桃香ちゃんの思いが伝わってくる。
たぶん、話をするよりもずっと鮮明に。
──楽しいな。
──はい。
こじらせた春のような、雑踏の中のような、ひずむような、朽ちるような。
爆ぜて咲くような、思い出すような、空っぽの箱のような、朝が降るような。
そんな時間だった。
──バラバラの個性が集まって、一つの音楽になって。それが──
そっか、こういうことなんだ。
初めて分かった気がする。
──もう終わるのか?
──はい。名残惜しいですけど、ここで終わるのが、綺麗だから。
──なら、仕方ないな。
そうして、最後の音を鳴らす。
弦の震えが自然に収まるまで、わたしたちは何も言わなかった。
「ぼっち。曲作りなよ」
「曲……ですか」
「ああ。やっぱ、ぼっちが作らないのは勿体ない。
今じゃなくてもいいから、覚えといて」
「は、はぁ……」
生返事を返していると、玄関の方が騒がしくなってきた。
すばるちゃんが戻ってきたのかな。
「戻ってきたか。この調子じゃもう一人もいるな」
「もう一人ですか?」
「ああ、うちにも一人いるんだよ。とっておきが」
そういえば。
緊張ですっかり忘れていたけど、合流するバンドは桃香ちゃんともう一人、ボーカルの人がいるんだった。
「あー。先に言っとくけど、
うちのフロントマンは強烈だから覚悟しておけよ」
「え゛っ」
「ぼっちはビビるかもな」
桃香ちゃんが警告してくる? 第一印象ヤンキーの桃香ちゃんが?
そんなの、顔面白黒で肩パッドして「お前の母ちゃんマザー【自主規制】カ───ッッ!!!」と言ってる人のイメージしか湧かなくなってしまった!
ど、どうしたら……。な、何か擬態できるものは……!
(だめだよ、ひとりちゃん!)
その声はギタ男くん!
(擬態型はすばるちゃんに怒られたばっかりなんだから!)
そうだった。足ふきマットになったときにこってり絞られたんだ。
これ以上すばるちゃんに迷惑はかけられない。
わたしは、人間なんだ!
「え、ぼっち何して」
「ただいま〜、ついでにニーナ拾ってき……ぇ゛」
「マザーとファザーが【自主規制】カーして生まれたわたし、地元最高でマジ卍夜露死苦────ゥッ!」
髪を解いてヘドバンをかましメタルゾーンばりのひずみとハイゲインでギターをかき鳴らす。
なるべく相手に伝わる言葉を選んだはずだ。
後ろ髪がかかって見えなくなった前を見つめて返答を待つ。
「……なんですかこれ」
返ってきたのは、可愛らしい声色の困惑だった。
・後藤ひとり(偽)
ぼざろはアニメ勢な人。
彼女はまだ真の姿(ピンクジャージ)を見せていない。
・河原木桃香
すばるをスカウトしてたと思ったらいつの間にかおまけがついてきた人。
これくらいの狂人には動じない。川崎だから。
・安和すばる
後藤ひとり海外修行ルートを止めた人。
コンビニに行くついでに別の狂人を連れて帰ってきた。
03.PRETTY DOLL
COMPLEX「PRETTY DOLL」1989.