自分を後藤ひとりと思い込んだ一般ぼっち大学生が、川崎でガールズバンドを組む話   作:淵岳 月夫

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04.幼気な少女

「こん人がバンド入るって正気ですか? 100%(パー)変な人じゃないですか」

「……ごめん、何も庇えない」

「ウゥッ……」

 

 わたしの目の前には、不審者を見るようにこちらに視線を向ける女の子がいた。

 肩まで伸びる髪をおさげにした、高校生くらいのかわいい女の子。

 わたしはこの子をどこかで見た気がする。

 

「大丈夫だって。バンドマンなんて大抵どこかおかしいもんだ。

 これがオーソドックスなんだよ」

「明らかにおかしいですよ! 桃香さんはそげなとこに私を呼び込んだんですか!?」

 

 その子は今、子供がなめくじを拾ってきたときの母親ばりに抗議をしていた。

 その議題はもちろん、わたし、ゴトウオオナメクジの処遇についてだ。

 

「あ、塩かけたら萎みますので丸めて捨ててください……」

「ひとりさん、すぐ人間をやめようとしない」

「普通、ほら普通」

「なわけないっ!」

 


 

04.幼気な少女

 


 

「こっちは井芹(いせり)仁菜(にな)。18の代で、桃香さんとこのボーカルね」

「……仁菜です」

「で、こっちが後藤ひとりさん。22歳のギター担当で、私と組んでる。

 ぼっちって呼んでほしいらしいよ」

「は、はひ。ぼっちです」

 

 わたしと紹介された女の子、仁菜ちゃんはこたつの横で対面するように座って紹介を受けていた。

 すばるちゃんと桃香ちゃんはこたつに潜りこんでその様子を見ている。

 ちなみに、ヘドバンで振り回したわたしの髪はすばるちゃんに結いなおしてもらった。

 

 正面に顔を向けると仁菜ちゃんがこちらをじっと見つめていたので思わず視線をそらしてしまう。

 ふたりに視線で助けを求めても、はよ前を向けと言わんばかりに顎であしらわれた。

 なんだか昆虫相撲の虫になっている気分だ。

 

「あの、ぼっちさん」

「あっはい! ぼっちです、ふへへへ」

「ぼっちさんって、今ネットで有名になってないですか? 悪い意味で」

「え゛っ?」

 

 どうしよう、まったく心当たりがない。

 ネットで有名となるとギターヒーローの事なのかな。

 もしかして出てるのか、語らなくても伝わってしまうオーラが!

 でも悪い意味でって言ってたし……。

 

「これ、ぼっちさんですよね?」

 

 仁菜ちゃんが見せたスマホの画面には、SNS上に挙げられた一つの動画が映し出されていた。

 

『なんでもやります! なんでもやります! なんでもやります!』

 

 そこではリクルートスーツでギターを持った女がわめき散らしていました。

 ていうか、わたしでした。

 

『トイレも舐めます! お酒も拒みません! だからお仕事、お仕事を〜!』

「い……いっ……!」

 

 いかがわしい求職過ぎる! これじゃ完全に不審者みたいだ!*1

 

「わ、わたっ、わたしこんなこと言ってない……」

「言ってたんだよバカ! ていうか私も映ってるし!」

「そこそこバズってるし、顔にぼかし入っててよかったな。あと、仁菜もこういうの見てたら勉強時間なくなるぞ」

「たまたま目に入っただけですっ! ……これ見つけた時はちゃんと勉強してましたし」

 

 動画はわたしの暴走とその後のいざこざだけで、ギターの弾き語りについては載ってなかった。

 なんでギターの弾き語りじゃなくてこっちがバズるんだ。どデカいデジタルタトゥーしか残ってない。

 自己紹介の部分が載ってないのだけが唯一の救いだ。

 

「デ、デジタルタトゥー……、一生ネットの晒し者……、こんにちはプランクトン鉛筆の後藤です……! し、しかも人を巻き込んで、あ、腹切ります……」

「やるなら外でやってくれよ、賃貸だから」

「いや止めろ! この人本気でやりかねないんだよ!」

 

 部屋から出ようとするわたしはすばるちゃんに無事押さえつけられた。

 「何か縛るものないですか?」と桃香ちゃんに尋ねるすばるちゃんの目が怖い。

 

「この中でまともなのって、もしかすると私だけなのかも」

「えぇ……」

「うそでしょ……」

 

 わたしたちを見ていた仁菜ちゃんの呟きで、部屋の中に微妙な空気が流れた。

 すばるちゃんたちは何かを譲り合うかのように目線を合わせている。

 

「なんですか、言いたいことがあるなら言ってくださいよ」

「あー、じゃあ言うけどな。仁菜、お前も大概だぞ」

「……はぁ!?」

 

 桃香ちゃんの言葉に、仁菜ちゃんは噛みつき気味に驚いた。

 

「あたしが思うに、この中には誰一人まともな奴なんていない。

 その中でも特にヤバいのは仁菜、お前だ」

「い、言いがかりです! どこがヤバいって言うんですか!?」

「そりゃ、店員に中指立てるし」

「あれは桃香さんがホラ吹き込んだんでしょ!?」

「あげた照明も帰りしなにぶっ壊すし」

「うっ……。それは、私ですけど」

「勉強そっちのけで曲作ってたりね~」

「すばるちゃんは黙って!」

 

 なんだかよくからないけど、色々あったんだなぁ。

 仲が良さそうで少し羨ましい。

 

「それにね、ニーナ。この人、こう見えて就職活動をしている大学生なの。

 つまり、この中の誰よりも社会的にはまともな人なんだよ、恐ろしいことに」

「馬鹿な……」

 

 なんだか変に持ち上げられている気がする。

 大学生って言ってもサークルに入っても勉強に打ち込んでもないし、就活生っていっても全部の選考で落ちてるし。

 わたしは張子の虎にくっついてるトコジラミなんだと叫びたかったけど、すばるちゃんがわたしを抑える手に力がこもってきたので黙ってしまう。

 か、完全に信用を失っている……。

 

「そもそも、バンドやるのにマトモである必要なんかないしな。

 ド陰キャでもアル中でも薬中でもバンドはできる」

「最後は獄中にいなきゃダメでしょ」

「スタンスの話だよ」

 

 すばるちゃんのツッコミを軽くいなして、桃香ちゃんは仁菜ちゃんに話を続ける。

 

「仁菜が全部が全部を受け入れる必要はないけど、そういうものだと思えば見えなかったものが見えてくる。

 どうだ、ぼっちと一緒にバンドやる気になったか?」

「……別に、反対はしてないじゃないですか」

 

 不貞腐れ気味に呟くと、仁菜ちゃんはわたしに向き直った。

 それを見てすばるちゃんが解放してくれたので、わたしも姿勢を正す。

 

「井芹仁菜、ボーカルです。よろしくお願いします、ぼっちさん」

「ご、後藤ひとりです。よろしくね、仁菜ちゃん」

 

 仁菜ちゃんが差し出した手を握って応える。

 受け入れてもらえた、ということでいいのかな。

 よかった、桃香ちゃんが怖がらせるからどんな人かと思ったけど、優しい子みたいだ。

 

「決まりだな。じゃあ、早速だけどこの四人で今度ライブするから」

「ラ、ラララライブ!?」

「ストリートライブだけどね。さっき予約も取っといた」

 

 そういって桃香ちゃんが見せたバキバキのスマホには受付完了を知らせる画面が映っていた。

 ストリートライブといってもしっかりと会場がある場所らしい。

 い、いきなり過ぎる……!

 

「桃香さん、いつのまに……」

「まず、録音して動画上げるって話でしたよね?」

「それももちろんやるよ。けどさ、なんかライブって感じがするんだよね、この四人って。

 すばると仁菜がこのまえ写真を送ってきただろ?」

 

 桃香ちゃんに話を振られた二人はうんと頷いた。

 

 仲良いんだなぁ。

 わたしなんてすばるちゃんが誘ってくれるまで家族以外の誰かと二人で出かけたことなんて一度もないのに。

 あ、そもそも家族以外の誰かと出かけたことがなかったな。

 

「それを見て思ったんだ。なんか二人とも、拭えない不幸感というか不満が滲み出てる」

「失礼な」

「そうですよ!」

「でも、そう言うのがいいなと思ってさ、すばるがギターの子を連れてきたらまずやろうって決めてたんだ。

 急でごめんね、ぼっち」

「い、いえっ、路上ライブやってたのでまかせてくださぃ!」

「そっか、頼もしいな」

 

 そう言って桃香ちゃんははにかんだ。

 な、なに言ってるんだわたし。相手はプロ入りしたバンドの元メンバーでライブ経験なんか比べられないくらいあるのに!

 そもそも路上ライブも一回しかしてないのに!

 

「でも、ライブってベースもなしにできるの? ニーナは楽器出来ないんでしょ」

「そこはあたしがギターからベースに転向でもしようかな。ぼっちも加入したことだし」

「…………は?」

 

 桃香ちゃんのその言葉に仁菜ちゃんが重く聞き返した。

 

「……桃香さんってベースも弾けるんだ」

「いいや、触ったことある程度。ただ、今の構成じゃバランス悪いからな」

「なんですか、それ」

「4ピースバンドじゃ普通の構成だろ。ボーカルにギターにドラムにベース。

 当面はこの四人で活動することになるだろうし、早いうちから慣らしとかないと」

「なんで、桃香さんがギター辞めるんですか!」

 

 こたつを蹴っ飛ばしそうな勢いで立ち上がった仁菜ちゃんに思わずびくついてしまう。

 だけど、仁菜ちゃんの言葉はわたしの気持ちと一緒だった。

 

「桃香さん、ギターに専念したいって言ってたじゃないですか!」

「あの時とは状況が違うんだよ。ていうか大袈裟。ちょっと持つもの変わるだけだって」

「変えなくていいじゃないですか! ボーカルギターギタードラムで!」

「あのなぁ、ベースなしでバンドはできないんだよ。

 打ち込みもできるけどさ。制限ができて窮屈だし機材もかさばるしトラブったらかっこ悪いわで、メインの楽器は人が弾くのが絶対に良い」

 

 桃香ちゃんの言い分は理解できる。というより、仁菜ちゃんの提案がだいぶ無茶だった。

 ベースは曲のノリを左右する大事な楽器だ。

 流石にベースの音がないとバンドは成り立たない。

 

 打ち込みについても、パソコンやMTR*2を使ってベースを再生することはできる。

 バンドでも少し変わった音源を流したり、決めの音にギターを追加したりなんかで使うこともあるらしい。

 でも、テンポはクリックに支配されるし、専門のエンジニアさんがいないとアドリブも効かせ辛い。

 かっこ悪いっていうのはよくわからないけど、秀華祭みたいなアクシデントが起きたら立ちなおすことは難しいと思う。

 

「難しい言葉でごまかさないでください! そういうことを言ってるんじゃないんです!」

「別に難しいことは言ってないだろ!」

「ニーナ、開き直ってるな~」

 

 仁菜ちゃんは桃香ちゃんの言い分を一言で全部吹っ飛ばしてしまった。

 あまりにも力技すぎる……。ていうか、なんですばるちゃんはそんなに楽しそうなの?

 

「あ、あの……。わたしがベースを持つのはダメなんですか?」

「駄目だ」

「あっはい」

 

 びょ、秒で断られた。

 たしかにわたしはベースも打ち込みだけで弾いたことないけど、そんなにダメなのかな。

 あ、ギターも全部に躓いたからベースを覚えるのも時間がかかるか。

 いや、もう十年待ってもらえば……!

 

「あたしがベースに転向するのは、あたしよりぼっちの方がギターが上手いからだ」

 

 桃香ちゃんからこぼれた言葉に、この場にいる全員が言葉を詰まらせた。

 

「上手いやつが続けて、下手な奴が転向。納得感があるだろ?

 ぼっちはあたしが見たことのある誰よりもギターが上手い。なら、観客に聴かせるのはあたしたちにとって最高のものであるべきだ」

 

 まっすぐにわたしを見つめる桃香ちゃんを見て気づいた。

 これは、全部わたしたちの、バンドのためなんだって。

 ただバンドを組むだけならベースはそれこそ打ち込みでいい。

 難しいかもだけど、大規模フェスを埋めるようなバンドでも打ち込みは全然使われているし、別に悪いことじゃない。

 でも桃香ちゃんは、機械の制約を取っ払って自由に演奏をすることで、わたしたちの音が化けると信じている。

 

 そんなストイックさが桃香ちゃんの哲学なんだ。

 わたしはただギターを弾いてきただけで、そういったものを持っていない。

 だから、何も言えなくなった。

 

「決まりだな。

 まあ、打ち込みよりベースが上手くないと話にならないんだけどな。芽が出なかったら笑ってくれ」

「……なんですか、その理屈」

「仁菜、こればかりは譲れないからな」

「上手いとか下手とか、そんなことじゃないんです!」

 

 だけど、仁菜ちゃんは違った。

 

「桃香さんよりギターが上手い人なんて、探せばきっといくらだっていますよ!」

「お前っ!」

「でも! 私は桃香さんのギターに心打たれたんです、桃香さんの曲だから救われたんです!

 桃香さんもそう思ってくれたから私の歌を好きだって言ってくれたんじゃないんですかっ!?」

「っ、仁菜……」

 

 すばるちゃんに二人のバンドと合流するって言われたとき、思ったことがある。

 桃香ちゃんは歌わないのかな、って。

 自分が歌うよりも優先したいもの。

 もしかしたらわたしは今、その答えを見ているのかもしれない。

 

「……ここに来るとき、ギターの音が聞こえたんです。一緒に弾いてたんですよね?

 そんな簡単に辞められるのに、なんで一緒に弾いてたんですか!?」

「……」

 

 たしかに、そんなことじゃなかった。

 仁菜ちゃんはずっと、桃香ちゃんが何をしたいのかを訴えてたんだ。

 

「あ、あのっ! わた、わたしも楽しかったです!」

「……ぼっち」

 

 だからわたしは、仁菜ちゃんの、桃香ちゃんの力になりたい。

 

「桃香ちゃんとなら、ベースでセッションしてもきっと楽しいと思います!

 でも、桃香ちゃんのギターとじゃないと見えない景色がありました!」

 

 わたしだけが自由でも意味なんてない。

 

「わたしたちは、もっと上手くなれます!

 もっと上手くなって、もっともっと、見えるものがあると思うんです!」

 

 桃香ちゃんとギターを弾いたから、もっと外側を知れた。

 きっと、それはすばるちゃんや仁菜ちゃんと弾いたときにも同じことなんだと思う。

 

「だ、だから、桃香ちゃんと一緒にギターを弾いて、みんなでバンドを組むのがやりたいことですっ!

 ゴホッゴホッ!」

 

 慣れない声の出し方をしてむせていると、桃香ちゃんとすばるちゃんが見つめ合っていた。

 

「……つまり、あたしには一択しかないわけだ」

「やりたいことが合致しなきゃ、組んでも意味ないもんね。

 ひとりさんもワルだな? この~」

「み、みんなより大人ですから」

 

 そうやって三人で笑っていると、仁菜ちゃんが困ったようにこちらを見ていた。

 

「えっと。つまり、どういうことですか?」

「弾くよ、ギター。ベースは当分打ち込みだ」

「……はいっ!」

 

 桃香ちゃんの言葉で、部屋の中に笑顔がひとつ増えた。

 やっぱり、バンドっていいな。

 わたしは、こういうのが見たくてバンドがしたかったのかも。

 

「組む前に喧嘩、練習より前に喧嘩。これはいいバンドになりそうだな」

「絶対面白がってるだろ。ま、とりあえず合わせ練習だな」

「あの……」

 

 緩い雰囲気の中、仁菜ちゃんが恐る恐る手を挙げる。

 

「ところで……。ストリートライブって、もしかして人前で歌うということですか?」

 

 その後ひと悶着あったけど、こうしてわたしたちのバンドは始まった。

 

  ◇

 

「お、結構いいやつ置いてあるじゃん」

「ここら辺じゃ一番安いんだけどね」

「どれどれ~」

 

 あの後、わたしたちは合わせ練習のためにスタジオにやってきた。

 すばるちゃんは備え付けられたドラムセットを軽快に鳴らしている。

 桃香ちゃんと仁菜ちゃんのやり取りを横目に、わたしも持ってきたギターをつなげようとアンプをいじる。

 すると、桃香ちゃんがわたしの隣にやってきた。

 

「ぼっちも、この前渡された曲は覚えた? すばるから貰ってると思うけど」

「あっはい、大丈夫です」

 

 ちょっと前にすばるちゃんからL〇NEでデモ音源と譜面をもらっていた。

 リードとサイドのどっちになるかわからなかったから、とりあえず両方弾けるようにしている。

 

「じゃあ、ぼっちはリードをお願い。

 ちなみに仁菜。これは別に役割の話で、やりたいやりたくないの話じゃないからな」

「……すみません、そもそもなに言ってるのか分かってないです」

「それ以前の話だったか……」

 

 あったなぁ、私にもそういう時期が。

 あ、今の考え方すごい大人っぽくてかっこいい。

 

「じゃ、一回歌ってみるか。いいか仁菜、練習なんだ。

 どうせうまくいかないんだ。どうせ失敗するんだ。ほれっ」

「うぉっ」

 

 そう言って、桃香ちゃんから仁菜ちゃんにマイクが投げ渡された。

 それに合わせてすばるちゃんが声出しを始める。

 みんなが仁菜ちゃんを見つめると、仁菜ちゃんはごほんと咳払いをした。

 

「あーあーあーあーあー」

(──あ、この子)

 

 わたしの気づきをよそに練習は始まって、わたしたちは音の世界に飲まれていった。

 

  ◇

 

「ごっつぁんです」

 

 練習の帰り、わたしたちは牛丼屋で晩ごはんを一緒にすることになった。

 声が枯れた仁菜ちゃんをわたしを挟んだすばるちゃんがからかっていると、仁菜ちゃんは小指をピンと立てた。

 どういう意味だろう。今どきの女子高生の流行りなのかな。

 

「喉は大切にな。明日には治るだろうけど」

「4ピースですか?」

 

 すると、ビールをもってきた店員さんがわたしたちに話しかけてきた。

 牛丼屋でビール飲む人っているんだ……。

 

「ギターケースが見えたので」

 

 店員さんはそう言ってわたしに向けてウィンクをした。

 あ、この人この前にもお話しした人だ。どうしよう、就活サボってバンドやってるとか思われたら。

 ていうか、あれ? そういえばわたし最近全然就活してない……?

 

「あ、ああ、これは戦略というかなんというか……」

「ひとりさん、出口に向かって話しても誰に言い訳してるか分かんないよ」

「仲がいいんですね~」

「よかったらこれ、見に来て」

「ありがとうございます♪」

 

 すばるちゃんがわたしの看護をしている間に話は済んだみたいで、店員さんは去っていった。

 

「それにしても、ぼっちのギターも想像以上だったな。

 バンド組むどころか合わせすら今日が初めてだったんだろ?」

「あっはい」

「私と桃香さんはバンド経験あるから合わせられるけど、ひとりさんはリズムが凄い正確だもんね」

「それ、私も思った! 歌って気持ちよくて、こう、ビシッと重なった感じがして」

 

 す、すごい。何だこの空間は。みんなわたしのことを褒めてくれてる。

 この二十余年、ネット以外でここまで褒められたことなんて家族以外からは一度もなかった。

 体に巣くった承認欲求たちが飛び立つ音が聞こえてくる……。

 

「へへ、ぐへへ。こ、ここも奢りますね。みんなにチップもつけよっかな~!」

「チョロすぎる……。あとチップってお金配りのことじゃないですから」

「私、このぼっちさんと比べられてるんだ」

 

 すばるちゃんと仁菜ちゃんが何か言ってる気がしたけど、気のせいかな?

 わたしのお財布にはギターヒーローの活動で貯めたお金があるから遠慮なく頼っていいからね。

 支払いは任せろー!*3

 

「流石にあたしの分は出すからな……。

 で、どうやったんだ? 流石に一人じゃ合わせ練習もできないだろ?」

「あっいえ。ずっと一人で練習してました」

「……えっ?」

 

 そう返すと、バンド経験のある二人が目を見開いてこちらを見ていた。

 

「せ、セッションで曲全体がダメになる原因の大半はテンポがズレるせいだと思ったので、メトロノームに合わせて手拍子や足踏みをしたり、BPMを1ずつずらしたときの違いを聴き分ける練習をひたすらしてました。

 それができたら弾き分ける練習をして、次は複数のメトロノームをずらして決めたBPMに合わせる練習をして、それができたら拍子を変えて同じことを……と、これに3年ほど費やしました」

「ひ、一人でそんなに……」

「ぼっちを極めすぎてる、この人……」

 

 あとは脚と手、手首と指、指と指を分離する練習とか、リズムが変わったときの練習とか、ワザと前ノリや後ろノリをしてグルーヴ感を作る練習とか、生音源と合わせる練習とか、いろいろやった。

 後藤ひとりに転生して、たとえギターが上手くなっても誰かと息を合わせた演奏ができなくなるのは自明だった。

 だから、せめて人の演奏に合わせられるように練習法は考えつくした。

 ギターを持つ体も出来てない頃から時間は山ほどあったし、()()()の力になりたかったから、本当に頑張った。

 

「そんなに練習しないとなんだ。ぼっちさんって凄い頑張ったんですね」

「……うん。そうだね」

 

 そんな話をしているうちに、牛丼が運ばれてきた。

 

  ◇

 

「ひ、人が多すぎて窒息する……」

「川崎ってお店にもこんなに人がいるんですね。東京だけだと思ってました」

「と、東京の方はもっとすごいよ」

「えぇ……」

 

 日曜日、わたしと仁菜ちゃんはショッピングモールの人ごみに気おされていた。

 なんでわたしたちがここにいるかというと、ここがストリートライブの会場だからだ。

 すばるちゃんたちはもう控室に着いているらしい。

 川崎駅の人ごみにもみくちゃにされていたら、控室の場所がわからない仁菜ちゃんと合流して今に至る。

 

「ら、ラゾーナはたくさん来てるから、わたしについてきてね!」

「ぼっちさん、私の後ろに隠れながら言わないでください……」

 

 だって、いつも来るときは前世含めて家族がいるときか平日だったから……。

 休日のショッピングモールなんていうキリングゾーンに一人で足を踏み入れられるわけがない!

 

「えっと……、ここですね。遅れてすいません!」

 

 スタッフの人に場所を─仁菜ちゃんが─教えてもらって、関係者用の控室にたどり着く。

 ホワイトボードの前に立っていたすばるちゃんと桃香ちゃんは、すでにかっこいいライブ衣装に着替えていた。

 そんな二人は、わたしたちの方に振り向くと、なんか、すごい顔をしている。

 

「もしかして……」

「……それでステージ上がるつもりか?」

「い、いけませんか?」

 

 仁菜ちゃんは桃香ちゃんの言葉に、少しもじもじしている。

 ここはわたしがライブ経験者として、年長者として振舞わないと!

 

「に、仁菜ちゃん。ライブをするときはライブ用の衣装に着替えるんだよ。

 衣装を着てライブをすると、か、かっこいいんだよ!」

「……いや、ひとりさんの格好こそなんなの」

 

 わたしが仁菜ちゃんを鼓舞していると、すばるちゃんはすごい顔のままでわたしの服を指さした。

 

「なにって。普段着です、休日なので」

「うっそでしょ」

「裸どころか内臓見えてるな……」

 

 みんな何を言ってるんだろう。ただのピンクジャージなのに。

 後藤ひとりがジャージを着るのなんて普通のことだよね?

 

「東京の流行りとかじゃなかったんですね……」

「それに、わたしもライブ衣装は持ってきてます」

「そ、そうか、よかった。本当によかった……」

 

 桃香ちゃんのすごい顔が引きつった顔ぐらいになったところで、わたしは自分の衣装を荷物から取り出した。

 いつかは着たいなと思っていたけっこうお気に入りの逸品だ。

 

「〇U〇〇Iのブルゾンです」

「げぇっ!」

「うっわ」

「す、すごい……」

 

 わたしが取り出したのは、真っ赤な下地に金色の刺繡が入ったジャケット*4だった。

 ポケットには二頭の馬が片方ずつ、向かい合うように施されている。

 真っ赤なパンツもセットで、ちゃんと上下そろえた。

 

「大学生になってやっと買えたんです。かっこいいですよね」

「……ひとりさん。Z〇RA行こう」

「だ、ダメですか!?」

「ひとりさん、本当に、本っ当に勘弁してください。

 もう、いろんな意味で」

 

 そうして、わたしは用意したものとは別の服でライブのステージに立っていた。

 黒いシックなシャツとチノパンという、リョウさんが着てそうなシンプルなものだ。

 用意した衣装が着られないのは残念だけど、すばるちゃんが選んでくれた服だから、いい気分になれる。

 けど……、

 

「人……! 目……!」

「こらそこ、放心してないで音合わせ終わらせる!

 路上ライブでは普通に弾けてたでしょうが!」

「あ、あのときはテンションおかしくなってて……」

「いつもがおかしくないみたいに言うなっ」

 

 だって、そもそも緊張の度合いが違いすぎる……。

 失敗したら恥をかくのはわたし一人じゃないし、頑張らないとって思うとりきんでしまう。

 

「ったくもう。桃香さんもニーナに言ってたでしょ、駄目で元々だって。

 だからさ、ひとまず私に聴かせてよ。ひとりさんが弾きたい音をさ」

「……はい!」

 

 そうだ、虹夏ちゃんも言ってたじゃないか、音は感情が出やすいって。

 下手な気遣いで縮こまった音にしちゃったら、それこそ余計だ。

 音に寄り添うのは体が勝手にやってくれる。だから、わたしは気持ちを載せるだけでいい。

 

「いい顔じゃん。で、後は……」

「仁菜だな」

 

 舞台横の小さなテントを桃香ちゃんは見つめる。

 そういえば、仁菜ちゃんはどんな衣装を着たんだろう。

 音合わせを終えて桃香ちゃんが合図をすると、スタッフさんが少し笑いながら頷いた。

 

『さあ、次のバンドはなんと、今日が初ライブ!

 川崎が産んだ女の子四人の4ピースバンド、その名は新川崎(仮)!』

 

 司会の人の声が響くと、桃香ちゃんは顔をマイクに近づけた。

 

「あー、業務連絡、業務連絡。仁菜が絶対嫌がる衣装がいいと思ってさ」

 

 桃香ちゃんが仁菜ちゃんへマイクを通して呼び掛けているけど、その実わたしはあの子のことをそこまで心配していなかった。

 それはすばるちゃんがかけてくれた言葉もあるし、あの子のことを知っていたからだ。

 

 最初の練習のとき、その歌声を聞いて思い出した。多分、この子が主人公なんだって。

 前世で死ぬ前くらいに、新作のガールズバンドアニメが流行っていた。主人公の女の子が中指を立てていたことが話題になっていた気がする。

 気になったけど、なんとなく見ていなかった。だけど、曲は何曲か聞いていたと思う。

 その声を、今になって思い出した。

 

 仕方ないよね。別のアニメなんだから、誰もいないって。

 この三人がバンドをやる作品だったんだろうな。いや、もう何人かいた気もする。

 バンドアニメなら、メンバー構成が変わって大丈夫なのかな。

 すばるちゃんがわたしとデートしてた時間も、ほんとうは桃香ちゃんと組むときの重要なイベントとかだったのかも。

 やっぱわたしって、いなかったほうが。

 

「それに、仁菜が一つ恥かく前にぼっちが十は恥をかいてくれるしな」

「えっ」

「ほら、ぼっちも言ってやれ」

 

 きゅ、急に話を振られても困る、全然話聞いてなかったし!

 と、とりあえず何か言わなきゃ!

 

「に、仁菜ちゃんと恥をかきたいです!」

「なんだそりゃ」

 

 マイクから顔を引いたすばるちゃんの笑いまじりの声が聞こえた。

 その声に、思わずわたしも笑ってしまう。

 あれ? さっきの胸のもやもやはどこに行ったんだろう。

 

「ほら、こうやって一緒に間違えてくれる奴らがここにいる。制御なんて気にしなくていい。仁菜が溜めているエネルギーを押さえつけるな。

 それは、まぎれもないロックだ」

 

 そうやって、桃香ちゃんは舞台前にいる観客の歓声を受けて、リフを奏でながら言葉を続けた。

 円形の広場に差し込む夕焼けがやけに綺麗に見える。

 その光景に目を奪われていると、フリフリの衣装を着た仁菜ちゃんがステージに飛び出してきた。

 

「あーあーあーあー、

 あああああああああ────────っ!!!」

 

 仁菜ちゃんの叫び声でマイクがハウリングする。

 

「仁菜は、ロックンロールなんだよ」

 

 桃香ちゃんの呟きにすばるちゃんがカウントインで答え、曲が始まった。

 指版を見る目線を横に向けると、仁菜ちゃんと桃香ちゃんがアイコンタクトを送りあって、すばるちゃんが笑っている。

 仁菜ちゃんが前に出て、してやったりという顔で桃香ちゃんがこちらに目をやる。

 そこに音楽的な意味をわたしは汲み取れなかったけど、なぜかそれが嬉しかった。

 

 なんで、なんでわたしはここにいるんだろう。

 いなくていいはずなのに、なんでわたしの指は音を出してるんだろう。

 西陽がこんなにも眩しいのに、なんで彼女から目を離せないんだろう。

 その声は、そんなわたしの気持ちも一緒にぶちまけてくれているようだった。

 

 あっという間に曲が終わる。みんな息が上がっているけど、笑っていた。

 こんなに息がしやすいのはいつぶりだろう。

 

 これをもたらしてくれたのは。

 たしかに、仁菜ちゃんはロックンロールだ。

*1
不審者です

*2
マルチトラックレコーダー。音源ごとに音量の調整もできる

*3
もちろんバリバリ財布

*4
587368 XJBOY 5153で検索。にじさんじの樋口楓さんの私服らしい。うっそだろ




・後藤ひとり(偽)
デジタルタトゥーを背負った人。
それ以前におそらくどこにも就職できない。

・河原木桃香
スマホバキバキな人。
ピンクジャージを見た時に畏怖を感じた。
ギターやってたらベース弾けるだろって思ってる。

・安和すばる
デジタルタトゥーに巻き込まれた人。
それよりも後藤ひとり(偽)の私服を何とかしてほしい。
リズム隊なめんなって思ってる。

・井芹仁菜
勉強せずにスマホをいじっていた人。
何気に部屋着は真っ赤ジャージ。
ベースがなになよくわかっていない。

04.幼気な少女
SAKANAMON「幼気な少女 」2014.
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