自分を後藤ひとりと思い込んだ一般ぼっち大学生が、川崎でガールズバンドを組む話   作:淵岳 月夫

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06.Girl A

「ほんと、賑やかで目が回ってしまうわね」

「人が多いですから、ね?」

 

 わたしたちは老齢の女性と一緒に喫茶店にいた。

 なんだか高級そうな見た目だし、イスもふかふかよりだしで緊張してしまう場所だ。

 6人席の端に座ったわたしは、あたりを見渡すくらいには会話に参加してなかった。

 

 たぶん、これが世にいう高級喫茶店なのだろう。

 向こうの席でスーツを着た人がビジネスっぽい話をしているし、壺とか師匠なんて言葉も聞こえてきた。

 社会人はこういう場所で秘密の話をするんだなぁ*1

 

 なんてよそ見をしていると足にゲシッと衝撃が。

 振り向くと向かいに座ったすばるちゃんがにっこりと笑ってる。

 あっすみません。他の席ををじろじろ見てたらダメですよね……。

 

「すばるちゃん、姿勢。

 常に姿勢を大切にしなさいと言っているでしょう」

「はいっ」

「芝居には普段の言動、立ち居振る舞いが染み出てくるもの。

 いつも心と体を健全に保っていなくては」

 

 そう言って、お祖母さんはわたしたちに目を合わせてきた。

 すばるちゃんに話してるはずなのに自然と背を伸ばしてしまう。

 この人、絶対すばるちゃんのお祖母さんだ。

 

「あなたたちも、気づいたことがあれば遠慮なく注意してくださいね。

 ちょっと失礼」

 

 お祖母さんが席を立つと、みんなの伸びきった背筋が一気に緩んだ。

 

「すばるちゃん」

「わかってるよ」

「あれって、女優の安和(あわ)天童(てんどう)?」

「今更ですか?」

「み、みんなあの人のこと知ってるんですね」

「桃香さん以下がいるなんて……」

「失礼だな、色々」

 

 仁菜ちゃん、あまりぼっちの一般教養のなさを舐めない方がいいよ。

 人と会話しないせいか毎日テレビで見てる人の名前すら知らないことだってあるんだから。

 アニメキャラだったら目だけで誰かわかるのに、不思議だよね。

 

「で、どういうことか聞かせてくれ」

「……その話の前に、ひとりさん」

「あっはい」

 

 桃香ちゃんの目線を受けてすばるちゃんはわたしに話しかけてきた。

 その圧に、お祖母さんがいるときのように背筋が伸びる。

 

「おばあちゃんがいる間は必要以上にしゃべらない、動かない、いきなり奇声を発さない、わかった!?」

「あっ、あっはい!」

「よしっ!」

「躾だな」

「ですね……」

 

 わたしの返事にすばるちゃんは満足そうに頷いた。

 なんでもだからもなかったけど、すばるちゃんがいいならいいか。

 

「あの人は私のおばあちゃん。昨日急にこっちに来たから顔出すって」

「えっ、すばるって芸能人一家?」

「てほどでもないけどね。両親は普通の仕事だし」

 

 話を遮るように、仁菜ちゃんが机をたたいてすばるちゃんへと身を乗り出した。

 

「役者になるつもりはないんだよね」

「ないよ! けど言ったでしょう、今言ったら潰されちゃうって」

「じゃあなんでっ、バンド辞めるなんて送ってきたわけ!?」

「それは……、気が動転したというか、敵を欺くにはまず味方からというか」

 

 そんな話を聞いて仁菜ちゃんは不満を漏らすけど、わたしはなんとなく合点がいった。

 きっとすばるちゃんは一人で解決したかったんだろう。

 それはわたしたちのためでもあったんだろうけど、多分、一番踏み込まれたくないところだったから。

 

 わたしをバンドに引き入れるためにすばるちゃんが叫んでくれた言葉にも家族の話はあった。

 それだけが全てではないだろうけど、すばるちゃんの大事な本音だ。

 覚悟をもってさらけ出してくれたそれを隅から隅までつまびらかにしようとは、わたしにはできない。

 わたしの本音を大事にしてくれているすばるちゃんには。

 

「姿勢」

「はいっ」

 

 そんなことを考えていると、お祖母さんが戻ってきていた。

 すばるちゃんの返事を聞いて慌ててわたしは背筋を伸ばす。

 の、伸びてるよね? 普段から猫背過ぎて正解の姿勢が行方不明だ。

 

「そろそろ戻って、どれくらい芝居が上達したのかみたいのだけれど」

「は、はい」

「お三方ともご一緒によろしいかしら?」

 

 そう言って、お祖母さんはわたしたちに微笑んだ。

 


 

06.Girl A

 


 

「ひどいよ、演技にかこつけて言いたいこと言って!」

「なにか問題でも?」

 

 地下鉄の中、お祖母さんと別れたところですばるちゃんと仁菜ちゃんは口論していた。

 原因はお祖母さんが提案したお芝居、エチュードという即興演劇の中でのことだ。

 仁菜ちゃんはすばるちゃんに、なぜバンドを辞めるなんていったのかを演技の中で問い詰めた。

 すばるちゃんはお祖母さんの手前言い返せず、芝居が終わった今まで不満を溜め込んでたのだと思う。

 

「分かってる。別にバンド辞めたいとは思ってない。

 それに役者の方はどこに行っても安和天童の孫としか見てないし。ただ……」

「ただ?」

「なんか引っかかるの。あのおばあちゃんがついでで顔出すはずない。

 そういう行き当たりばったりなことは絶対にしない人だから」

「へぇ……」

「……一番の懸念はあなただったんだけどね、ぼっちさん」

「えっ」

 

 わ、わたし!?

 そんな、すばるちゃんに迷惑をかけたことなんて……!

 あ、あり過ぎてわからない!

 

「前にバズってた動画があったでしょ。あれに私も映ってたからさ。

 ボカシは入ってたけどいつもの格好だし、巡り巡っておばあちゃんの耳に入らないとは限らない」

「えーっと、じゃあ私たちになにも話さなかったのも」

「顔を合わせたら気づかれやすくなるでしょ?」

 

 ……わけ知り顔ですばるちゃんの内心を推し量っていたわたしを誰か葬ってください。

 なにが大事だ大惨事だよわたしのバカ!

 

「……あんまり意味なかったね」

「誰のせいだ誰の。

 まあでも、塞翁が馬かな。ひとりさんたちの下手っぴな演技でもやり過ごせたのは」

「えっ、ダメでしたか」

 

 すばるちゃんに話を振られて先ほどのことを思い出す。

 演劇スクールに戻ったわたしたちは、レッスン室でお祖母さんに演技を披露していた。

 エチュードという即興の演劇で、相手を取り合う恋愛劇という題目だ。

 すばるちゃんたちの役はお祖母さんにするすると割り振られたけど、わたしは好きに役を選んでもいいと言われた。

 だからわたしの中で一番親しみのある役を選んだ。

 

『あなた、その役は?』

『あっ、木です』

『…………まあ、糸杉みたいに見えなくもないかしら。続けてくださいな』

 

 という感じで、結構好評だった気がするけど。

 

「嫌味に決まってんでしょ」

「え゛っ」

 

 ダメだったらしい。

 わたしってすばるちゃんの足を引っ張ってばかりだ……。

 

「でも、ひとりさんが変なことをしても私の交友関係についてなにも言わないってことは、多分それが顔を出した理由じゃないと思う。

 結果論だけどそれが知れただけで良かったかな。ありがとう、ひとりさん」

「す、すばるちゃん……!」

「……すばるってぼっちになんだかんだ、一番甘いっていうか」

「……ずるいですよね、自分が蒔いた種なのに」

 

 これからもすばるちゃんのためになるようなことをするぞ!

 でも今はなにもしない方がいいんだっけ。

 よし、これからも頑張ってなにもしない!

 

「でも、おばあちゃんがなにをしたいのかは結局分からないんだけどね。

 理由があることは確かだけど……ん?」

 

 そんなことを話していると、通知が来たのかすばるちゃんがスマホを取り出す。

 すばるちゃんはスマホの画面を確認すると無言でこちらに画面を向けた。

 そこにはすばるちゃん宛に『ドラマ出演依頼のご相談』という件名のメールが届いている。

 すばるちゃんはスマホを下げると、名探偵ばりの自信でこう言った。

 

「これだ!」

 

  ◇

 

 ジャーン、というギターの音が二人の言い争いを止めた。

 スタジオに戻ったわたしたちはレコーディングの準備中、すばるちゃんからメールの内容について説明を受けた。

 ドラマ撮影の影響で、一週間ほど練習に参加できないらしい。

 それを気にした仁菜ちゃんがすばるちゃんと口論になり、それを桃香ちゃんが止めていた。

 

「喧嘩すんな」

「だって、すばるちゃんいなくなっちゃうかもしれないんですよ!」

「バンドじゃよくあることだ」

「そんな……」

 

 桃香ちゃんの言葉に仁菜ちゃんは狼狽えていた。

 尤もな言葉かもしれないけど、桃香ちゃんの話は今の状況にはあまり当てはまらない気がする。

 ある程度説明を受けた今、わたしにはすばるちゃんがいなくなるとはどうしても思えなかったからだ。

 桃香ちゃんも同じ考えだと思うけど、そう言ってあげないのはなにか理由があるのかな。

 

「時間がもったいない、今日はすばるのところだけ録り直しするから、仁菜は帰っていい」

 

 なんて言おうか迷っている間に桃香ちゃんが会話を断ち切った。

 こういう時に誰の力にもなれないのは、もどかしい。

 

「あっ、じゃあわたし仁菜ちゃんを送ってきますね」

「は?」

「んー、了解」

 

 桃香ちゃんたちの了承を得て、わたしはギターを片づける。

 すると、仁菜ちゃんがそそくさと帰り支度を始めた。

 

「いりません。子供扱いしないで下さい」

「まだガキだろ」

「桃香ちゃん。……ごめんなさい、わたしが仁菜ちゃんと帰りたいだけなんだ。ダメかな」

「……駄目じゃ、ないですけど」

 

 そう言って、仁菜ちゃんは片づけの手を遅らせた。

 

 よかった。もう遅い時間だし、一人で帰らせるのは心配だ。仁菜ちゃんは区は違うけど川崎住みだし*2

 もし帰り道でなにかがあったら連座で腹を切らなければいけなかった。

 ありがとうお母さん論法!*3

 

「なんなの、思いやりしかないっつーの! この……!」

「へへ……」

 

 スタジオから出ると、仁菜ちゃんはすばるちゃんたちへの恨み節をこぼした。

 お母さん、行き場のない不満を和らげる方法も教えておいてください……!

 

「ていうか、なんで役者になる気もないのにスクールなんて通ってるの!

 行く意味ないですよね!」

「ウッ……」

 

 言葉が鋭すぎる……。

 陰キャ大学生の過半には刺さる言葉*4だから、もう少し優しい言葉で切り付けてください。

 そんな陰キャの悲哀はおいておいて、すばるちゃんがなんでスクールに通い続けるのかはわかる気がする。

 

「……す、すばるちゃんはお祖母さんが好きなんだよ。

 好きだから、なるべく期待に応えてあげたいんだと思うな」

 

 そう、仁菜ちゃんにわたしの推測を話す。

 それは本人が話してくれたことじゃなくて、わたしが感じたことだから確かなものじゃない。

 

 そもそも、すばるちゃんはわたしなんかより頭も良くて、いろんなことを考えている。

 でも、その中のどれか一つだけが本音というわけじゃないはずだ。

 だから、わたしのこの推測もすばるちゃんの本音の一つなんだと思う。

 

「わたしも、家族が好きだから。なるべく家族の思いには応えたい。

 すばるちゃんは、そのなるべくが人より大きいんじゃないかな」

 

 それこそ、自分の進路まで変えられるくらいには。

 すばるちゃんはこういう言い方は嫌いかもしれないけど、わたしはそれがすばるちゃんの優しさに思えてならなかった。

 

「恵まれてるんですね、ぼっちさんって。

 家族のためだからって、自分を殺していいわけないじゃないですか」

「……うん、そうだね」

 

 俯いた仁菜ちゃんの顔は見えなかったけど、その声色だけで十分だった。

 その後、わたしたちはほとんど話さずに、仁菜ちゃんを家の前まで送り届けるとわたしも家に帰った。

 夕食の時間には遅れたけど、ご飯はまだ温かかった。

 

  ◇

 

 大学は東京の方にあるから帰り道は長い。電車の窓の夕陽を見ながらわたしは考えた。

 四年になってほとんど授業は取り終えているけど、ゼミのために週に一度は大学に行かないといけない。

 

(でも、もう慣れちゃったな。高校のときから同じくらいかかってたし)

 

 行きは大体座れるし、授業もほとんど無くなったから満員電車に巻き込まれることもなくなった。

 帰りはだいたい混んでいるのが困りどころだけど、弾いてみた用の曲を聴き込んでいると時間も過ぎる。

 ていうか、今の時期は就活用のエントリーシートの文言を考えないといけないから、ギターが触れない時間があることがありがたくもあった。

 

(実は最近もう一つ書類選考通ったんだよね。もしかしてわたしって就活の天才なのかも……!)

 

 いろんな会社に何十枚と送った甲斐があったなあ。

 もうそろそろ⚪︎ッキンゼーとかア⚪︎ゾンに出しても受かるかもしれない。

 役員とバンドの二足の草鞋は大変だな、有給の取りやすさでどっちに行くか選ぼうかな。

 そんな計画を練っていると、電車の扉が開くとともにぞろぞろと人が入ってくる。

 

(あ、次で降りたら川崎に行けるな)

 

 電光掲示板をちらりと見る。

 まだまだ都内だけど、このあたりで川崎を通るかそのまま横浜に行くかが決まる。

 どうしようかな。今日はバンドのみんなと集まる予定はないけど、辺りをぶらつく余裕はある。

 それに、なんだか家までの足も重い。

 

「あれ、ぼっちじゃん。今日はスーツなんだ」

「ヒッ……、も、桃香ちゃん?」

 

 電車の中で話しかけられるという人生初の事態に慄きながら声の方を向くと、呆れ顔の桃香ちゃんがそこにいた。

 

「ぼっちの大学って東京の方なんだ」

「はい……。桃香ちゃんのバイト先にも近いのは驚きました」

「単発だけどね。給料高いとこならどこでも行くから」

 

 車内で偶然会ったわたしたちは川崎の居酒屋に場所を移していた。

 まだ夕飯には早い時間だけど、駅から近いからか店の中は賑わっていた。

 桃香ちゃんいわく、安く飲めてなおかつ座りたいならここが一番らしい。

 

「倉庫整理とかならアプリ入れときゃいつでも見つかるから、即金が欲しい時には便利だよ」

「あっすごいですね。わたしがやったら荷物落として弁償しないとですし」

「弁償? ないないそんなの。

 荷物なんて雑に扱ってもなんも言われないし、出禁になっても別のとこで働けばいい話だし」

「えぇ……」

 

 それはそれでどうなんだろう。

 バイトというものに対しての幻想みたいなのが壊れていった。

 

「ぼっちは酒は飲めるんだっけ」

「あっ飲んだことないです」

「えっ、大学生って一年目の歓迎会で吐くまで飲まされるんじゃないの?」

「歓迎会とか聞いたことないです」

「まじか……」

 

 桃香ちゃんの大学像も壊してしまったらしい。

 ていうか、一年目だとほとんどの人は未成年だ。

 

「じゃあ今日はあたしだけ飲むか……。

 すいませーん、生とタコ天ともつ煮込み、あとチャーハンください」

「あっこのカシスカルピス「それ酒」えっ……、う、ウーロン茶と、ハムカツと、オムライスで……」

「はーい」

 

 そうして、わたしと桃香ちゃんはとりとめのない話をしながら箸を進める。

 バイトのこととか大学のこととか、家のこととか趣味のこととか。

 わたしたちがバンドに関わらない話をこんなにするのは初めてだった。

 

 しばらく経って、顔が赤みがかった桃香ちゃんが口を開いた。

 

「いやー、ぼっちって漫画とか本とか色々知ってるんだね。

 正直ギター以外触ってないものかって思ってた」

「今はもうずっとそんな感じですね……」

 

 桃香ちゃんの言ってることは正しくて、今世では五歳頃からずっとギター漬けの日々だった。

 今もテレビとかは少しは見るけど、ほとんどは前世の趣味やら仕事やらの名残だ。

 

「ぼっちなら作詞も全然できるな、うん、できる。

 ……ていうか、そんだけギター弾けて受けてる会社は普通のとこなんだな」

「あっ音楽業界っぽいところにも出し始めたんですけど全部落ちてます」

「おっおう……、なんかごめん」

 

 別に謝ることはなかったと思うけど、なんかってなんだろう。

 

「まあなんだ、大変かもだけど就活は辞めないでくれよ。

 責任取れないから」

「あっはい。……桃香ちゃんはこれからどうしたいんですか?」

「というと?」

「えっと、バンドの今後とか、夢とかです」

「んー、そうだな……」

 

 桃香ちゃんはビールジョッキに口を付けて、少しの間考える。

 

「現状維持かな」

「現状維持、ですか?」

「そっ、バイトしてスタジオ練して、たまにライブ出来ればそれでいいや。

 ……なんていうかさ、恵まれてるんだよ、あたしは」

 

 そう言って桃香ちゃんは背もたれに身を任せた。

 少し遠い目をしているのは、酔いのせいだろうか。

 

「あたしの歌が歌っていて、すばるみたいな気も遣えるドラマーが拾えて、ぼっちまでいる。

 凄いことなんだよ、これは。これ以上なにを望むっていうんだ」

 

 そう目を閉じると、桃香ちゃんは再びビールで口を潤し始めた。

 

 ……嘘だ。この人は自分に嘘を付いている。

 桃香ちゃんの話には一つの視点が欠けていた。わたしたちの曲を誰に聴かせたいのか。

 音楽というのは人に聴かせるためのものだ。相手は特定の誰かだったり、ライブハウスに来た人だったり、ネットの中だったり。

 他人の曲でもそうなんだ。ましてや自分で曲を作る人には伝えたい思いも、人もいるだろう。

 それを彼女は、さも隠者のように自分で聴いてるだけで満足だと言う。

 

 それを指摘できないのは、嘘を付いた理由まで分かってしまったからだ。

 もう届かないんだ。聴かせたい人にも、聴いて欲しかった思いにも。

 

 そんな残酷な真実を暴いて、まだまだ上を目指せる、桃香ちゃんの曲を待っている人がいるなんて言えなかった。

 わたしも同じなのだから。

 

「わっわたしもずっとモラトリアムを続けたいですね」

「それは違うくないか?」

「えっ」

 

 当たり障りのない返しでお茶を濁して、その話は終わりとなった。

 

 その後、飲み直すついでにセッションでもしようと桃香さんの家に向かうことになった。

 途中のコンビニでビール缶を籠満タンに詰めていくのを止めらなかったのも、どうしようもない事なんだろう。

 お願いだからライブ中に酒を飲むようにはならないで欲しい。

 

「そういえば、あの後仁菜はどんな感じだったんだ?」

「あっ怒らせちゃって帰りはずっと無言でした」

「おいおい……」

 

 道の途中聞かれたことに答えると、桃香ちゃんからジト目を返された。

 しゅ、就活で得た自己肯定感が吹き飛んでいく……!

 

「なんか変なこと……、はいつものことか。怒らせる前になに言ったんだよ」

「えっと、すばるちゃんの話とか、あっ家族の話とか自分語りしてましたね、いきってすいません……」

「家族か……。確かに、今の仁菜には地雷かもな」

 

 そう頷く桃香ちゃんに、わたしは疑問に思っていたことを口に出した。

 

「あの、仁菜ちゃんって、ご家族となにかあったんですか?」

「あれ、話してなかったっけ。

 仁菜は家出っていうか、学校辞めて一人暮らししてるんだよ。色々あったみたいでさ」

 

 熊本弁が結構出てるだろ、という桃香ちゃんの言葉にわたしは納得した。

 アニメキャラ特有の語尾みたいなものかなと思って全然気にしてなかった……。

 

「ぼっちはその点、大学も行ってて実家住まいだし、家族仲もいいだろ。

 癪に障るところがあったのかもなぁ。……怒ったか?」

「あっいえ。事実なので」

 

 特に実家住まいについては特に耳が痛い。

 なんなら就職した後も実家に居続ける気は満々だ。

 四十……、せめて三十歳までは出たくない。

 

「そっか。あたしも全部知ってるわけじゃないけど、実家を出た時の気持ちも少しは分かるんだよ。

 家帰っても明かりがついてなかったり、飯も自分で作らなきゃだし」

「えっ、餓死しませんか」

「しねぇよ。ま、ぼっちも仁菜の分かるところだけでも分かってやってくれ」

「……はい」

 

 たしかに、わたしには仁菜ちゃんの気持ちはわからない。

 帰ったら家にはいつも明かりがついてるし、美味しいご飯も用意されている。

 だけど、家族と会えない辛さや、後悔は知っていた。

 ちょっと違うかもしれないけど、そういう痛みに寄り添えたらいいな、なんてことを考えてしまう。

 

「あれ……。桃香ちゃん、これ」

「ん?」

 

 桃香ちゃん家の玄関まで来たとき、脇の床にあるものを見つけた。

 そこには紙袋に入ったみかんがあり、その前に『すみませんでした にな』と石を並べて書かれていた。

 

「気にするなら、最初から怒るなっつーの」

「へへ、笑ってますね、顔」

「うるさっ」

 

 届けられたみかんはその日のうちに食べ尽くしてしまった。

 

  ◇

 

「本当に話すのか?」

「言ってました。きっとスクールは辞めなくちゃいけなくなるから一旦実家に戻るかもだけど、バンドは続けたいって」

「そんな大事になるのか。じゃあ無理に言わなくていいよ」

「そうですよね……。でも、いつか言わなくちゃって思ってはいたみたいで」

 

 少し離れたところで行われる撮影を眺めながら、桃香ちゃんと仁菜ちゃんの話を聞いている。

 あれから数日、すばるちゃんの撮影にわたしたちは立ち会っていた。

 どうやらすばるちゃんはやり過ごす方ではなく、根本的な解決を選んだみたいだ。

 

 そのせいか、今日のすばるちゃんは遠くから見ても気合が入ってるように見えた。化粧も濃いし。

 

「あの、ぼっちさん」

「あっはい」

 

 そんなすはるちゃんを見てると、横にいた仁菜ちゃんから声がかかる。

 今日は話しかけられなかったからいない者モードになっていた。

 

「あの、ぼっちさんにも、すみません。

 わたし、ものすごく失礼なことを言ってました」

「あっうん、全然大丈夫っていうか、ちょっと面目ないっていうか」

「……私の謝罪なんて要らないってことですか」

「え゛っそうじゃなくて」

「もう貰ってるんだよ、ぼっちは」

「て、ですっ」

「は、はぁ……、ならよかった、です……?」

 

 戸惑っている仁菜ちゃんを見て、わたしと桃香ちゃんは目を合わせて忍び笑いをした。

 その様子を見て仁菜ちゃんがむすっとむくれる。

 そんなことをしていると、前の方から「チェック入りまーす!」という声が聞こえた。

 撮影がひと段落着いたのだろう、すばるちゃんのお祖母さんがこちらに向けて手を挙げていた。

 

「いいんですか?」

「ええ、今日はもうおしまい」

 

 椅子に座って休憩を取るお祖母さんに仁菜ちゃんはそう問いかけた。

 わたしたちは彼女に呼ばれてロケ地のだいぶ中まで入っている。

 それを許されているのは彼女が有名な女優だからという理由もあるんだろう。

 

「初めての共演なの」

「良かったですね」

「……ずっと夢だった。あの子と同じ作品に出るのがね」

「やっぱり女優になって欲しいですか」

「そりゃね。すばるの名前は、私の出世作の名前と同じなの」

 

 仁菜ちゃんの言葉にうんと頷き、おばあさんは続けた。

 

「私ね、娘にはこの仕事酷く嫌われてるの。家には全然いないし、偉そうな割に家のことはなにもできないって。

 だから、嬉しかったなぁ。すばるが私の仕事を好きって言ってくれたときは」

 

 お祖母さんの目線の先には、別のカットを撮っているすばるちゃんがいた。

 その姿は、確かに綺麗だった。

 

「あの子だけは笑ってくれたの。私の仕事、あの子だけが好きだって。やってみたいって。

 感謝してる」

 

 そこで、すばるちゃんのカットが撮り終わった。

 お祖母さんは映像の出来を確認するためにモニタ前に移動して、すばるちゃんがお祖母さんに話しかける。

 ここで話すんだなと、はたから見ていたわたしたちは皆思ったのだろう。

 

 夢が終わるときというのは残酷だ。

 痛むのに、まだ覚めることができないこともある。

 それを下すのが、すばるちゃんであるという事実に耐えられなくて、少しの間目を瞑った。

 

「すばるちゃん、たいへーん!

 忘れ物だよ、すぐ行かなきゃっ!」

 

 そんな声が、わたしの目を開かせた。

 仁菜ちゃんはすばるちゃんに駆け寄ると、その背中を押してどこかに去っていく。

 桃香ちゃんも叔母さんに一礼すると、その後に続いていった。

 

 仁菜ちゃんは、やっぱりすごいな。

 わたしはすばるちゃんのためになることを何一つできなかった。

 でも、仁菜ちゃんはすばるちゃんの気持ちを動かして、止めることすらできた。

 そういうところが、少し眩しい。

 

 って、ポエムみたいなこと考える前にみんなを追いかけないと。

 

「あなた、ちょっとだけ話せるかしら」

「あっはい」

 

 はい、追いかける前にお祖母さんに捕まってしまいました。

 ついにSNSでバズった動画が見つかったのかもしれません。

 わたしのせいです、あ~あ。

 

「あの子の相手、大変でしょう。甘えてばっかりで」

「えっあっ、あの子? 甘え……?」

 

 よかった。SNSのことじゃないみたいだ。

 でも、言ってることの要領を得ない。甘えられてるって、誰にだろう。

 

「あら、気づいてなかったのね。

 すばるちゃん。あの子、ずいぶんとあなたに甘えてるみたいだけれど」

「ぜ、全然気づいてないです」

 

 こ、心当たりがなさ過ぎる……!

 それをいうならわたしが甘えているというか、要介護レベルなんじゃないだろうか。

 

「なにも言わずに理解されたがるのは、甘えだと思うのだけれどね。

 あら、私も孫のことをとやかく言えなかったわね。この年になるとつい自分を棚に上げてしまうの」

 

 そういって、お祖母さんはからころと笑った。

 なにがツボに入ったんだろう。結構笑う人なのかな。

 こほん、と咳をすると、お祖母さんはわたしをまっすぐ見つめて言った。

 

「あの子のこと、よろしくね。

 あの子、見ての通り甘え下手なところがあるから。あなたが居場所になってあげて」

「……なれますかね」

 

 わたしはなにもなくて、いなくてもいい人間だ。

 バンドに誘ってくれたのはすばるちゃんの方で、わたしは今もそれに任せて場違いな場所に居続けている。

 そんなわたしが誰かの居場所なんて、なれるのだろうか。

 

「さあ。私はあなたのことをよく知らないし、分からないけれど。

 あなたは、なろうとしているように見えたわ」

 

 そういって、彼女はわたしの手を握った。

 

「ただ、変な噂になるような真似はしないでね」

「あっはい」

 

 き、気づかれてる!

 わたしは今、最大限に練られた京言葉を放たれているっ!

 終わった……、わたしの居場所は牢獄です。

 

「よろしい、じゃあお行きなさいな。

 映像のチェックがまだありますもの」

「し、失礼しましたー!」

 

 手をぱっと離されると、わたしはリリースされた小動物のように逃げ出した。

 お祖母さんの顔が怖くて正直振り返れない……!

 

 でも、話せてよかったな。

 すばるちゃんがわたしに甘えてるなんて今でも思えないし、わたしになにができるかも分からなかった。

 それでも、なにかをしようとすることを、あの人が肯定してくれた気がした。

 

 風が気持ちいい。

 もう少し走れば、みんなに追いつけるだろう。

*1
しません

*2
川崎は東に行くほど治安が悪い、という共通認識がある

*3
後藤美智代の編み出した子育て中の会話法。主にイヤイヤ期のふたりに使われた。

*4
日本陰キャ協会調べ




・後藤ひとり(偽)
追い付く前に息切れした人。
人外じみた原作ぼっちちゃん並の変形能力は有していない。

・安和すばる
ひとり(偽)だけおばあちゃんに呼ばれて気が気じゃなかった人。
甘えているかなど化け物の飼育と比べたら可愛いもの。

・井芹仁菜
帰り際結構気まずかった人。
置いてきたみかんは仕送りか否か。

・河原木桃香
大学のイメージが飲みサーのみの人。
バイトアプリのGood率は高そう。

・安和天童
孫がひとり(偽)に節々で介護しているところを目で追っていた人。
お付きのマネージャーに例の動画を見せられた時には流石に一瞬肝が冷えた。

06.Girl A
[Alexandros]「Girl A」2015.
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