セラフィエルの憂鬱   作:笑顔猫

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第16話 死の毒

第16話 死の毒

 

 さて、アルベールは……いたな。 

 

 おや?

 

「おええええーーー!!」

 

 さすがに盛大に嘔吐してるな。

 そりゃあ人生で初めて見た死体があれなら普通は吐く。私も初めて人を殺した日は一日吐いたし、しばらく食事が喉を通らなかった。

 

 だがな、アルベール。直視せねばならないぞ。

 それが王族の罪であり、背負うべき責任なのだ。

 

 貴族や王族は民よりも良い服を着て、良い飯を食べ、良いベッドで寝て、良い女を抱くんだ。

 そしてその分、民よりも重い責任を持ち、その生命を賭して国に還元するのだ。

 

 それが、貴族と王族の果たすべき責任だ。

 

「アル、どうだった」

 

「ね、姉さん……」

 

 かなり弱々しいな。顔は青ざめ、直前まで吐いていたため呼吸が荒く、苦しいのか胸を抑えている。こんなに弱々しいアルベールは初めて見たかもしれない。

 

「僕、治せなかったよ。見ただけで、その場で吐いてしまった」

 

 大人びて見えようとも、まだ十歳の子供だ。力だけ強くなったただの子供。心まで強くするのは、自分自身の体験による。

 

「アル、あれを見てどう思った」

 

 私の脳裏にも過ぎるあの黒く変色した手足、身体中にある黒い斑点、肉が腐った臭い。

 あれが生きている人間だとは思えないほど、凄惨な現場だった。

 

 それに、この村の張り詰めたような空気。村人が死の恐怖によって重苦しい雰囲気だ。

 あの変色した遺体はその家族だけでなく、村全体を絶望に追い込むのに十分な破壊力を持つだろう。

 

 次は自分の番かもしれないのだ。

 

「僕は……僕は、強いんだと思ってた。実際そこら辺の魔物なんか敵じゃなかった。それよりも強い魔物や悪者だって、姉さんとならなんでも倒せると思ってた。なんでもできると思ってた……」

 

 悔しそうに顔を歪めるアルベール。

 

「何を学んだ」

 

「己の無力さ、弱さをこれでもかと自覚したよ。どれだけ強くても、どれだけ鍛えても、出来ないことはあるんだ。僕が強くても守れない事もあるんだ……。人は…………弱いんだ」

 

 嫌という程感じただろう己の弱さ。

 それをこの歳で自覚できるのは凄まじいことだ。私の時代の十歳の貴族なんて剣を振り回して遊んでいるだろう。

 

 だが、アルベールよ。心が折れてはいけないぞ。

 

「それでも民たちは暮らしていかなくてはならん。我々王族が膝を着いて休んでいる暇は無いぞ。原因を突き止め、対処しなければならない。それが、王族の務めだ。アル、動けるか?」

 

「解決できるの?」

 

「解決はできんだろう、私達だけでは難しい。だから()()の務めだと言っている」

 

「……あぁ、父さんに頼むんだね」

 

 もちろんだ。我々だけで解決できるなど驕ってはいけない。だが、これ程重症化する病を放っては、どんどん拡大していくだけになるだろう。まず真っ先に王家に報告せねばならない。

 それに、私たちは王族だ。下手に関わってこの病に感染したら目も当てられないだろう。

 

「アル、よく聞け。私達だけで解決できる事などほとんど無いんだ。だからこそ、学園で仲間を見つけなければならない。共に駆け上がり、付いてきてくれる仲間を」

 

「仲間……」

 

 アルベールは神妙な顔つきで頷いた。

 

「まあ、ひとまず原因の推測くらいはしておくか。何も分からないまま報告するのも格好がつかん」

 

 今回のケースは一分一秒を争うものではない。確実な情報を持ち帰って、仮説を立てて持ち帰り報告するべきだろう。

 

「アル、あの大きい家は村長の家だったか?」

 

「うん、そうだね。中には村長のご遺体があって、色々説明してくれたのは村長の奥さんだったよ」

 

 遺体、遺体ね。

 

「燃やしたか?」

 

「当然燃やしたよ。……あの臭い、耐えられなかった」

 

 アルがまた顔を歪めてそう言った。

 十歳の子供には辛い事だっただろう。

 

「原因はディアサーペントだって言うけれど、かなり疑わしいね。あれは麻痺毒のハズだし、咳が出て手足が腐り落ちるなんて毒は聞いたことも無いよ」

 

 やはり同じような話をしていたか。

 

「よく似た他の魔物か、もしくは突然変異か?」

 

「それにしては……だね」

 

 そう、それにしては弱過ぎる。村の狩人が仕留められる程だ。毒の強さに魔物の強さが伴っていない。

 更に言うと、毒性が強い魔物は獲物をその場で食べる筈だ。時間をかけて苦しめ対象を腐らせる毒、なんて魔物の毒としてはあまりにも不完全だ。腐らせてしまえば、食べられなくなるだろう。

 それに、即効性もない。魔物の強毒で死ぬまでに数日かかるなんていうのは異常だ。

 

 敵の正体に見当がつかない。

 

「やっぱり姉さんでも聞いたことないよね」

 

「さっぱりだ。……そのディアサーペントが現れた場所に向かってみるか」

 

 現場を見ないと何とも言えないが……。

 

「それもね、場所が分からないらしいよ。知る前に死んじゃったってさ」

 

 これはお手上げだ。専門の調査員が直接確認するべき案件だな。

 

「そもそも、どう考えて毒だと判断したんだ?」

 

「その狩人さんが足を少し噛まれたらしいね。傷自体は深くなかったけど、その後に咳と一緒に高熱が出て全身が痛くなったんだって」

 

「それで?」

 

「数日間痛くなったあと、黒い斑点がポツポツでき始めて、また数日したら手足が黒く染まって動かせなくなったみたい。……これ本当に毒なのかな?」

 

 分からない。

 分からないが、毒としては聞いたことが無い。だが、何らかの病気だとしても寡聞にして知らない。

 

「やはり分からんな。とりあえず村人に再度聞き込みをして、情報の確度を上げるぞ。陛下に伝えねばならない」

 

「分かった。この村、浄化術式で覆ってもいいかな?」

 

「構わん。思い切りやれ」

 

 アルベールが幾何学的な術式を空中に組み上げ、家ほどの大きさになってようやく止まった。

 

「"浄化"」

 

 これは汚れたものを綺麗にするしか効果がない浄化()()じゃない。この世の()()を神聖な銀の光によって滅ぼす、極小の滅却術式だ。

 穢れた存在であるアンデッドや魔物の毒、微小な悪性魔力物質など、たちまち消え失せて欠片すら残らないだろう。

 

 ただまぁ、この規模とまでなると凄まじい威力の術式だろう。前世の魔王に浴びせることができれば嫌な顔をされる程度には強力だ。

 

「では、二時間後にここで再会するぞ。合流後はすぐに陛下にご報告だ」

 

「りょーかい。……がんばる」

 

「頑張れ」

 

 まだ恐れが見える顔だ。

 初めての王城以外での人との会話でこれだ。恐れない方がどうかしている。

 

「負けていられんな……」

 

 我が可愛い弟が涙をこらえて頑張っているのだ。私もやらねばな。

 そうして、他の村人にも聞き込みを開始した。

 

 

 

 二時間後、村長の家の前に再度合流した我々は来た道を引き返した。

 

 結局、新しい情報を得ることはお互いできなかった。

 村民の表情は皆暗く、死臭のするボロ家も放置されていた。

 

 帰る際に見せた村長の妻の顔が忘れられない。

 

 この場で解決できなかったことが実に悔しい。

 

「姉さん、父さんに報告って言ってたけど……」

 

 アルが気まずい顔で聞いてきた。

 何だ?ユリウスに頼るのが悔しいのか?

 

 まぁ、今回の件は難しい。我々だけで解決するのは不可能だろう。特にディアサーペントが現れた場所を発見するのは人海戦術が必要だ。二人でやる事じゃない。

 

「あぁ、それがどうした?」

 

「僕たち、抜け出して来てるんだよね?」

 

 

「………………………………」

 

 

 忘れてた。

 

 報告なんてしたら全部バレるじゃないか。

 

「……エヴァンが抜け出した事にしよう」

 

「エヴァン兄さんが家を抜け出す方が考えづらいと思うけど」

 

「じゃあソロンだ、ソロンが家出した」

 

「はぁ。ソロン兄さんは僕たちのアリバイ作りに協力してる最中だよ」

 

 くそ!どうしたらいいんだ!

 

「姉さん、僕にいい考えがあるよ」

 

 おぉ、さすがは我が弟だ。十歳に発想で負けた事に目を瞑れば誇らしい程だ。

 

「聞かせてみろ」

 

 

◇◇ 

 

 

「という訳で、協力してくださいソロン兄様」

 

「なんなんだよお前達は…………」

 

 ソロンは頭痛を堪えるようにこめかみを押さえた。

 

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