セラフィエルの憂鬱   作:笑顔猫

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第24話 教室

 

 

 朝だ。登園の日だ。

 まだ五時か。授業の開始は九時からだったはずだ。

 

 かなり時間に余裕がある。昨日の内に剣を振れる広場を見つけておいたんだ。少し運動してから朝食にしよう。

 

 ティナはまだすやすや寝ているな。寝る子はよく育つと言うが、アルベールは大して寝てなくても育った。こやつはどれ程育つのか見物だな。

 

 運動着に着替え、いつも愛用している剣を取り広場へ向かう。

 む、先客が二名いるな。あ、片方はアルベールか。

 

「いい朝だな、我が弟よ」

 

「あ、姉さんおはよう。やっぱりここを狙ってたんだね。いくら姉さんでも、先着順だよ」

 

 おいおい、そこは麗しき姉様に譲る所だろう。ま、子供の居場所を奪うような真似をする訳ないが。

 

「それなら仕方ないな。端っこでやらせてもらう。明日はもう少し早く来ることにしよう」

 

「ふふ、どっちが先か勝負だね」

 

 阿呆だな。よく寝た方がいいに決まってる。

 アルベールはちゃんと睡眠の大事さを身をもって知っているから、こんな遊びで無茶な早起きはしないと思うが。

 

「姉さん、その内姉さんところにヴォルコフが行くと思うけれど、あまり邪険にしないでやってくれるかい?」

 

「ん?ヴォルコフ?あぁ、あのヴォルコフか?」

 

 ヴォルコフ家とは、アストリア王国に籍を置く伯爵家だ。表向きは人事局を担当している貴族だが、裏では王家を秘密裏に守る影だ。

 

 王家が最も重要視している貴族家の一つだ。その子供が学園内にいるようだ。敵ではないから邪険にすることはないだろう。

 

「分かった、覚えておく。ところで、そやつは同居人か?」

 

 後ろで一心不乱に剣を振っていた男がビクッとしてこっちを向いた。

 ……何を怖がっているんだ?

 アルベールの同居人は中肉中背の平凡そうな男だ。あまり鍛えてなさそうな身体。髪の毛のケアもできていない。寝癖がつきっぱなしだ。素振りにも少々粗がある。

 

「あぁ、紹介するよ。同居人のベックマンだ。ベック、挨拶をしなよ」

 

 目を合わせないで少しだけ近寄ってきたベックマン。目線は下に落としたままだ。そして、そのまま片膝をついた。

 

「お初にお目にかかります、イザベラ殿下。私はベックマン・オーターでございます。オーター男爵家当主のブライトン・オーターの長男です。お会いできて大変光栄でございます」

 

 ふむ。地方の男爵家が王族と同部屋など、罰ゲームに近いだろう。だが、雲の上の存在が一緒に寝泊まりする事も時にはある。私とクロエがそうだった。

 この程度で緊張していては……いや、まだ十二歳の学園生だ。これから成長していくのだろう。

 

「ベックマンよ、それほど怖がらなくてもよい。だが、必要以上に恐れを無くすべきでもない。アルベールは優しいが、容赦はしない。一緒に訓練をするなら覚悟することだ。過酷な試練を耐えた者のみに結果は訪れる。ぬるま湯に浸かりたいのなら今すぐ逃げ出す事だ。臆病なだけのお前を家族が冷たく迎えてくれるだろう」

 

 ベックマンは悲痛な顔をしていた。

 試練だな。

 

 だが、試練の数ほど人は強くなる。

 これは私なりの叱咤激励だ。優しい言葉は戦場では必要無い。ましてや、騎士には必要のないものだ。

 

 果たして、理解できるかな。

 

「さて、私は奥の方に行っておく。お前たちは好き使え。ああ、ベックマン。アルベールから聞いていると思うが、私は王族の身分を隠しているんだ。オルシュ家の養子になる予定だから、そのつもりでいるように」

 

「はっ!一言一句違える事の無いよう心得ます」

 

「へえ、姉さんがオルシュ家の養子ね。あの身の程知らずと相部屋にでもなったのかい?」

 

 面白がるように笑うアルベール。相変わらずの洞察力だな。正解だよ。

 

 

 ◇◇

 

 

 キリのいい所で運動をやめて部屋に戻った。ティナはさすがに起きていたようだ。

 

「あ、戻ってきたわね。朝から何してたのよ」

 

「剣を振るっていた」

 

 ティナは驚きで口が開いていた。

 

「…………ここ、魔法学園なのだけれど」

 

「だからこそだろう。魔法は成長するにしても、剣の腕や体力などは学園において自ら鍛えなければ伸びない。手札は多い方がいいに決まっているからな」

 

 私は立ち止まっている場合ではない。一刻も早くセラフィエルに近づくほどの力を身につかねばならない。

 

「それに、魔法だけお勉強する場所でもないだろう。試験内容に剣術が含まれている事の意味を考えなかったのか?」

 

 そう言うと、ティナは考え込むように斜め下を向いた。入学試験に剣術が含まれているのは、必要だからだろう。点数の比率は低いとはいえ、無視できる程じゃない。

 お前は賢い。私の言う事に一定の理解をするはずだ。

 

「そんな事より、早く行くぞ」

 

「……それもそうね。行きましょ」

 

 さて、登園だ。

 

 

 ◇◇

 

 

「ではな、ティナ。これは心からのアドバイスだが、アルベールとは仲良くしておいた方がいい。多くの敵を作ることになるぞ」

 

「分かってるわよ。もうあんな失態は犯さないわ」

 

 なら、いいんだ。

 秘密を共有するパートナーとしてティナには頑張ってもらうつもりだ。試験の日、アルベールに『いらない』と言われてしまっているが、今の私には必要だ。

 

 

 ティナと別れた私は、Cクラスの前にたどり着いた。

 初日の私の立ち回り次第で今後の行動に影響が出るだろう。考えて行動しなければならない。

 

 教室の扉を開けると、喧騒に包まれていた部屋は刹那にして静まり返った。

 何だ?私が何かしたか?

 困惑しつつ後方の適当な席に座る。決められた席など無いだろう。

 

 先程まで誰かと話していた男がこちらに向かってきた。

 

「やぁ、初めまして。僕はエリオット・スティングレイ。スティングレイ伯爵家の長男をやらせてもらってるんだ。君は?」

 

 自己紹介か。突然挨拶されるとは思わなかったな。Cクラスの伯爵家ならクラスのリーダー格だろう。私に挨拶する前も複数人と話していた。

 

「私はイザベラ。それ以上名乗る名はない」

 

「へえ、平民ってことかい?」

 

 うん?こやつの目の色が変わったな。

 

「平民……ね。想像に任せるが、安易な事はしない方が身のためだ」

 

「……僕の行う事に、平民が口を出すのかい?」

 

 微笑みが深くなったな。腹が立った事は明白だが、何なんだコイツは。

 

「何が言いたいんだ?迂遠な言い回しはやめろ、イライラするんだ。それに、幼気な少女を相手に貴族の長男が喧嘩をふっかけるものじゃない。お前こそ立場を弁えろよ馬鹿息子」

 

「ちょっと!やめなさいよ!」

 

 エリオットと先程まで話していた女子生徒が制止の声をあげた。

 そうだそうだ。仮にも伯爵家の長男が平民を軽んじるなどあってはならん事だ。民あっての国、民あっての王族という事をユリウスも分かっている。

 平民を軽んじる貴族は、王国を軽んじている。

 

「あなたイザベラと言ったかしら?エリオット様に失礼でしょう。世間知らずにも程があるわ。早く頭を地面に擦りつけて謝りなさい」

 

 は?

 

「なぜ私が謝らなくてはならんのだ。馬鹿息子なのは事実だろう」

 

「っこの!」

 

「おいおい」

 

 取り巻きの女が頬を叩いてきそうだったので、避けた後そのまま女の頬をぶっ叩いてやった。

 

「ギャ」

 

 四回転ほどしながら宙を浮いて吹っ飛んだ後、地面に叩きつけられた。

 

 ああ、力加減を間違えたな。アルベールを基準に弱めにしたつもりだが、ここまで鍛えていない人間に攻撃するのは危ない。

 

「……っ!」

 

 エリオットが怯んだ。今のビンタの威力に目を剥いているようだ。それに、その様子だと魔力を使っていないことも把握しているな。

 

「何を驚いているんだエリオット。この学園に来たということは、既に全員がそれなりに優秀だという事だ。頭を使え馬鹿息子。今までとは違うぞ。お前のやり方は通用しないだろう。どうする?私を力づくで襲ってみるか?」

 

 少し本気の魔力を出して脅してやろう。

 

「うっ……!」

 

 あまりに濃密な魔力は呼吸もしづらいだろう、エリオット。また一つ賢くなったな。

 馬鹿息子は大粒の冷や汗を垂らし、瞳孔を開かせて呼吸を荒くさせている。

 こんなもんでいいだろう。格付けは済んだ。

 

「脅しが過ぎたようだな。だが覚えておけ、貴族というのは民あってのものだ。決して軽んじてよい相手ではない。民が強ければどうなるのかを少しは考えろ。答えは今度聞いてやる。また間抜けな事を言い出したら次はお前の頬を引っ叩いてやるから覚悟しておけ。さぁ、さっさとその女生徒を治療室に運べ」

 

 そう言うと、少々の恐れを見せた馬鹿息子とその取り巻きは大人しく治療室へ向かった。

 

 エリオット自身は心から悪い奴じゃあない。元より心から悪い奴などいない。これは親の教育だ。スティングレイ領の視察を命じるべきだな。ソロン辺りに報告すれば誰かしら向かわせるだろう。

 

「い、イザベラさん!今の凄かったね」

 

 次は短髪の栗毛の少女が話しかけてきた。

 むむ、なかなか可愛らしい子だ。さぞ可愛がられて生きてきただろう。

 

「大したことじゃない。それに、力加減を間違えた。私が吹っ飛ばした女子に後遺症が残らないかどうか、内心ドキドキしてしまってな」

 

 思わず苦笑いだ。

 

「あはは!大丈夫だよあれくらい。学園の治癒魔法士は優秀だって話は有名でしょ?」

 

 そうなのか。少し安心した。未来ある若者へ反省を促すべく少しパフォーマンスをしてやったが、それが未来を閉ざす結果になってしまえば本末転倒だ。

 

「あ、私はクリスタ!クリスタ・ウィンドミア!イザベラさんって、平民じゃないでしょ?」

 

 やはり分かるか。恐らくエリオットも気づいていただろう。だから大人しく引いたんだ。

 

「まあ、そうだ。マナー違反で悪いが、家名は伏せさせてもらう。名乗る許可を得ていないんだ」

 

 ティナの家から養子の出生をもらうまでは名乗れない。

 

「ほえ〜、大貴族様なのかな?」

 

「大したものじゃない。それより、私が教室に入った途端に静まり返ったが、何があったんだ?」

 

 あれは気になる。

 

 

「ああ、それはね。みんなイザベラさんに見惚れてたんだよ!」

 

 

 ああ。聞かなければよかった。

 

 

 

 

 

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