セラフィエルの憂鬱   作:笑顔猫

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第26話 エイル

 

 

「さてエイル。邪悪な敵国スパイよ。知っていることを全て話してもらおうか」

 

「えぇと……ご、ごめんね?本当に何も知らないんだよ」

 

 困ったように眉を下げるエイル。

 婚約者であるエイルを私の部屋に呼びつけてルベリオ王国の事を聞き出そうとしたが、やはり何も知らないようだ。  

 

 ただ、聞きたいのは試験の時の事件じゃあない。ルベリオ王国を取り巻く環境のことだ。

 

 もちろん国家機密に触れる可能性があるため、ティナには席を外してもらっている。

 

「お前の母親の事だ。サリアとか言ったか?あいつは何なんだ。現在の国王との関係はどうだ?」

 

 うーん、と首を傾げ悩むエイル。

 エイルの母親はルベリオ王国第一王女。つまり、現国王の娘だ。

 

「あまりイジーを楽しませる話はできないかな。お母様は僕に色々説明する人じゃないし。陛下も厳しいよ。ただ、お母様と陛下の仲はあんまりよろしくないんじゃないかな?」

 

 ほう。

 

「そう思った理由は?」

 

「なんとなく?楽しそうにお話してるところ見たことないし」

 

 能天気に笑顔でそう言うエイル。

 

 ……まるで参考にならんな。私の思考を乱す為の本物のスパイなんじゃないかと疑うほどだ。

 コイツに情報を求めた私が愚かだった。

 

「もういい。ご苦労だった」

 

「え!も、もう少し話そうよ!せっかく同じ学び舎にいるんだしさ。それに、今なら二人きりだよ?どんな話でもできるよ!」

 

 慌てたように話を続けるエイル。どれだけ話したいんだ。

 

「なら、聞きたい事があるなら聞いてみろ。答えられるかどうか分からんが、親睦とやらを深めてみようか」

 

 挑戦的な笑みを浮かべた私とは対照的に、エイルは満面の笑みを浮かべた。

 

「本当かい!?そ、それならイジー。イジーはどうしてそんなにカッコいいんだい?」

 

「か、カッコいい……?」

 

 私の見た目は可愛い女子のはずだが。

 

「うん。その話し方といい、佇まいといい。それにイジーの雰囲気?っていうのかな。僕なんかよりよほど男らしくてカッコいいと思う。まぁ、僕も女の子なんだけどね」

 

 それはまぁ、中身は男だからな。女として生を受けたが、男としての自分、もしくは騎士としての自分を忘れた事は無い。

 

「極めつけは、その冷たい眼差し!一目見た時から君の目に惚れ惚れしてたよ。本当に綺麗な瞳をしているね」

 

 微笑みを携えてそう言い放つエイル。

 本当に阿呆な奴だな。私の瞳が綺麗だと?笑わせる。

 

 私の中の奥底には、醜い感情が蠢いている。それに"アレ"が目覚めてから少々暴力的な思考になりつつある。

 あまり良くない傾向だが……。

 私の瞳が綺麗に見えるのは、お前が純粋だからだよ馬鹿者。

 

「でも、気になる事もあるよ」

 

 だが、また眉を下げてそう言い出した。

 

「気になることは何でも聞けと言っただろう。好きなように話せ」

 

「……イジーの友達の女の子、可愛かったね」

 

 ギクリ。

 いや、可愛いから傍に置いてる訳じゃない。

 

 その側面もあるが……。

 

「あの子はクリスタ・ウィンドミアだ。無害なところがいい。無知で、素直な良い生徒だよ」

 

「……そうだね。僕とも今度お話させてほしいな」

 

 なんだか浮気を疑われたような気分だ。

 

「それが気になることか?」

 

「いやいや!それが本命の話じゃなくてね!」

 

 慌てて取り繕った後、少々の恐れを顔に含みながら、ポツポツと話し始めた。

 

「イジー、信じられない荒唐無稽な話かもしれないけれど、聞いてくれるかい?」

 

 何?馬鹿者め。

 そんなの決まっている。私自体がそもそも信じられない荒唐無稽な存在なのだ。質問をしていいかの確認など必要無いんだ。

 

 年寄りをなめるなよ。

 

「構わん。話してみろ」

 

「……僕はね、匂いに敏感なんだよ。でもね、これは人の体臭について敏感だと言ってる訳じゃないんだ。人の存在感というか、雰囲気というか。そういった人の空気を嗅ぎ分けるようなイメージかな?」

 

 あぁ、それなら私にも多少は心得がある。以前書庫で出会ったあの男、人殺しの空気を感じた。

 皆それを直感と呼んでいるが、実は違う。経験から知っているんだ。

 

 その者の呼吸や言葉遣い、仕草などから、どういった人物なのかを無意識に測っている。私がティナのような振る舞いをしたら全員が貴族のお嬢様だと思うだろう。

 そういった物が空気感なのだ。直感ではない。経験や知識に裏付けされ、論理的に導き出された無意識下の判断。

 

「小さい頃から周囲を騙し続けてた僕にとって、それは必要な能力だったんだと思うよ。相手を観察して、どういった人なのかを判断して、その人を相手にした言葉選びをするんだ。顔色ばかり伺ってたんだ。特に姉上達にはそれが不快だったみたいで、酷く痛めつけられたけれどね」

 

 そう軽く言う言葉に、どれほどの重みがあるのだろうか。幼い少女が、望まれぬまま男として育てられ、そのせいで家族から酷い仕打ちを受ける事になる。

 

 エイルをただの馬鹿だと思っていたが、そう振舞っている側面もあるのだろう。もしくは、そう振る舞う事で自分を保っているのかもしれない。

 

「でもね、それもどうでもいいんだ。イジーがこうして僕の正体を理解してくれてる上で、不快に思わず話してくれてる。下手な冗談も言ってくれるしね。ふふふ、今までで一番楽しいよ。イジーの為なら、僕は何だって出来る気がするんだ」

 

 健気だ。

 

 思わず涙腺が緩む。

 こやつ、想像を絶する苦悩を抱えていただろう。私が力を付けるために、自分の為に努力をしている中、エイルは誰の為とも分からず、正体を言える相手もおらず、気軽に話せる相手もおらず。

 

 孤独だ。

 

 ただ一人、戦っていたんだ。

 そこで、私が出てきたんだ。一瞬で正体を看破し、それでも尚、婚約を解消せずに黙ったままでいてくれて、こうして軽口の応酬までこなしてくれる私は、どれほどエイルの希望になっていたのだろうか。

 

「はっ。下手な冗談とは恐れ入るな。私にとってはお前の男装の方がよほど下手だ。一人前になってから口答えをしろよ小娘」

 

「あはは。小娘なんて初めて言われたよ、何だか嬉しいね」

 

 エイルは孤独だった。

 

 それは私も同じだ。孤独な戦いを一人続けている。誰にもセラフィエルについて話す事ができず、周囲を巻き込んで傷つける事を恐れているんだ。

 

 エイルは、私などより強く生きてきたんだ。

 

 笑顔で小さく涙を流したエイルは、改めて口を開いた。

 

「イジーのその匂いの事、聞いてもいいかい?」

 

 真剣な顔付きで瞳を覗き込んでくるエイル。

 

 そうか、私の匂いは特殊だろうな。その嗅覚に優れているなら尚更、得体の知れない何かを感じ取る事があるだろう。

 

「麗しいお姫様の香りだ。さぞや素敵な匂いがする事だろうな?」

 

 そう冗談を言ったが、穏やかに笑われてしまった。

 

 あぁ、これが下手な冗談という訳か。今の若者の笑いは分からんからな、許してくれ。

 

「うふふ、そうだね。そんな事を言う君も素敵だけれどね。なんていうか、その、良い言い方が思いつかないんだけど。イジーは…………『死』の匂いがする」

 

 

 ……!

 言葉を聞いた瞬間、心臓を掴まれたような感覚に陥った。

 

 

「死の、匂い……?」

 

「うん。イジー、たくさんの命を奪ってきたんじゃないかい?過酷な人生を歩んでいないかい?それとも、何度も死にかけたのかい?今まで出会った中で一番死に近い気配がする。まるで()()()()()()()()()()()()()濃密な死を、イジーから感じるよ」

 

 

 こやつは、私の正体に気付きつつある。

 

 どんな嗅覚をしているんだ。

 無意識に警戒してしまい、目を細めた所でエイルはまた慌てだした。

 

「ち、違うよ!変な勘繰りをしてる訳じゃないんだ。ただ、以前同じような匂いをする人に出会った事があってね。……死の淵から戻れなかった、病魔に侵され生き残る事ができなかった人の匂いがするんだ。でもイジーはとっても元気そう。おかしいと思ってね。もしかしたら、死が身近にあるんじゃないかと、そう思ったんだ」

 

 そうか。

 これぞ、経験に基づいた直感とやらだろう。死の淵に近づいたのは事実だ。

 

「イジーが辛い思いをしているなら、一緒に背負ってあげたい。過酷な人生でも、隣で歩いていたい。そう、思っただけなんだ……」

 

 どんどん声が小さくなっていくエイル。最後は掠れるような声質になってしまっている。

 

 

 はぁ。

 認めざるを得ない。

 

 エイルは、良い奴だ。

 それも、とても良い奴。とんでもないお人好しだ。ここまでの馬鹿は見たことが無い。

 

 

 でも、そんな馬鹿(エイル)を好いてしまう自分もいる。

 

 

「エイル」

 

「な、なんだい!?」

 

「ありがとう。お前の事がようやく好きになれたよ」

 

「!!」

 

 エイルは目を見開き、頬が赤く染まった。

 全く、どうしてこんな奴が仮想敵国の重要人物なのか。

 

 私には勿体ない程のいい()だ。

 

「エイル、どうして私の事をそこまで好いてくれるんだ?」

 

 今一度、聞かせてもらいたい。

 エイルはその言葉を聞いた途端、また自然な良い笑顔に戻り。

 

「それはもちろん、君が僕の婚約者だからさ!」

 

 それまた、王子様らしいウインクをしてくれた。

 

 

 

 

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