セラフィエルの憂鬱   作:笑顔猫

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第28話 独り

 

 

 

 人気のない学園内の空き教室。人払いのための人員が空き教室の周りに散開している。

 

「やっぱり門前払いされちゃったね」

 

「はっ。申し訳ありません」

 

 暗い中、密談を交わす二人。

 

「どう思った?」

 

「はっきりと申しまして、化け物以上かと。王国で敵う相手は一人としていないでしょう。ソロン殿下がここまで警戒する理由がよく分かりました」

 

「やっぱりそうだよねえ。アルベール君とはまるで別物だよ」

 

 長身の女は、頭を垂れて淡々と報告している。先日と同じ、感情の無い顔だ。

 

「それに、異端の力も感じました」

 

「異端?まさか……」

 

「はい。恐らく魔神の力であると」

 

 ドンッ!!!

 

「何で早く言わねえんだよッ!」

 

 怒りに任せた拳が、話している最中の長身の女の腹に吸い込まれる。

 

「ぐぶっ……」

 

「この愚図ッ!大事な事は即報告しろと言っただろクソ女!死ね!死ね!」

 

 短髪の女が何度も蹴り上げる。長身の身体が血だるまになるまで蹴られ、言葉を漏らした。

 

「も、申し訳ございません……クリスタ様」

 

 

 

 ◇◇

 

 

 

 その日、珍しくクリスタが体調不良で休んだ。

 私の癒しはどこに……。

 

 仕方ない、サボるか。

 

 そうと決まれば話は早い。いつもの森に行くべく教室を抜け出した。

 

 

 

 魔神の力の制御は学園から十キロメートルは離れた地点の広場で行っている。というか、制御の練習をしていたら広場になった。環境破壊はお手の物だ。

 

 合計二百時間くらいは制御に費やしてるとは思うが、未だに御し切れてはいない。あと数年はここに篭もりたい気分だ。

 

「"常闇(とこやみ)"」

 

 前世では"薄闇"として放っていた私の黒の領域は、規模を拡大した黒魔術に進化した。いや、魔神による魔法なのかもしれない。ここは意見が分かれる所だろう。私しか知らないが。

 今や魔王の五感を奪い取ることすら可能だ。世界は暗く、闇の世界だけが顔を覗かせるだろう。

 これを一番最初に放つ事で動きを止める目的がある。初のセラフィエル戦ではヤツを拘束する事はできなかったが、今では多少なりとも影響を与えることができるだろう。

 

「"闇死棘(やみしにのとげ)"」

 

 黒く太い槍を持ったまま武器として振ってみる。軽く振っただけで樹木が根こそぎ吹き飛ばされる威力だ。

 魔王の腕を吹き飛ばした闇棘は、制御を失わずにそのまま威力を増大させることができた。

 だが、セラフィエル戦では威力もさながら、魔術を構築するスピードや当てる技術も必要になるだろう。

 

「"薄黒葉(うすくろば)"」

 

 セラフィエルに当てる事が出来なかった必殺の瞬刃。達人程度なら知覚すらできない神速の斬撃だ。魔神の魔力をコントロールする事で、魔神の力で生み出した刀の刃を黒く染め上げ抜刀する。

 応用すれば肉体でも再現する事ができるだろう。

 

「"神斬(かみきり)"」

 

 文字通り神を斬ることを目標にした絶大な威力の剛刃。その極意は、ありったけの魔力を刃に乗せて思い切り振る。ただそれだけだ。

 だが、エヴァンとアルベールに鍛えられ超進化した身体強化術式に魔神の魔力が上乗せされ、周囲一帯が生物が生きる事のできない地にしてしまう程強力になった。

 以前の"神斬"も城を破壊してしまう威力だったが、今全力を出せば城どころか王都すら飲み込んで崩壊させてしまうだろう。

 ここは改善の余地がある。その破壊力を一点に集中させてセラフィエル単体に集める事ができれば、少なくないダメージを与えられるだろう。

 

 そして最後に。

 

「"黒雷(くろいかづち)"」

 

 雷鳴が轟き、指定した地面を絶大な質量を持つ魔力の塊が蹂躙する。

 怒れる雷龍の拳だ。あのセラフィエルの鎧を黒焦げにした威力には目を見張る物がある。

 

 だが、本気で放ったコレとぶつかった『聖魔法』とやら。

 たしか、『聖龍の咆哮(ドラゴンロア)』とか言ってたか。アレは尋常ではない威力だ。今の本気の黒雷とぶつかっても、必ず勝てるとは言えない力の奔流だった。あれこそ、神の奇跡だ。

 

 あんなのを連発されたら、たまったものではない。

 

「ふぅ……」

 

 さすがに汗をかいた。近くの倒木に座り込む。

 たった五つの技を威力を抑えて放つだけで全身が疲労し、立つことさえ難しくさせてしまう。

 だがまぁ、前世よりは制御できるようになっているだろう。前世では三つ放つだけで気絶したり、四つを放って死にかけたりしたんだ。

 あの頃に比べたらかなり成長している。

 それに、この身体もいい。身体の成長と共に魔力なども育ってきている。大変都合がいい。

 

 だが……。

 

 セラフィエルはどこにいる。

 あの日、あの運命の日。セラフィエルは空から地上に降りてきた。空の上など、私の手は届かない場所だ。

 

 思わず空を見上げた。

 

 雲一つない快晴。

 

 あの日、あの運命の日。空は金色だった。

 

 金色の空を見た、という内容の書物は無かった。セラフィエルの痕跡が一つもない。

 やはり世界を何度も滅ぼしているんだろう。

 

 魔神と敵対しているセラフィエル。であるならば、私のこの魔神の力は想定外だっただろう。

 だからこそ、『聖魔法』という超常の力を使わざるを得なかった。

 

 だが、この魔神の力も超常の力と言えるだろう。あのセラフィエルが警戒する程だ。

 

 そう、魔神の力は異常な力のはずだ。だから王国内ではアルベールとエヴァンにしか明かしてはいない。

 バレたら監視どころでは無い。

 

 

「…………監視?」

 

 

 そうだ。ソロンはずっと監視していた。

 あらゆる手を使って私の事を警戒し、監視し続けていた。監視がバレても、手段を変えて意地でも監視し続けた。

 

 何故か。

 最初は私の事が可愛過ぎたからかと思ってたが、結局ヤツの母親である第一王妃ミネルヴァの為だったと分かった。

 だが、王位継承権も破棄して、ソロンが王位についた暁にはアルベールの継承権も破棄する同意書も記載した。

 

 それでも、監視吸虫を私の服につけた。あの虫は、居場所だけならず音声までも虫使いの元に届けるものだ。

 

 執拗に監視を続けている。

 

 何故か。

 

 答えは簡単だ。

 

 私を警戒しているから。

 

 それしか無い。

 

 だが、分からないのはあの吸虫は()()()に付けられていたという事だ。あんなものはすぐにバレる。ただの女生徒なら難しいかもしれないが、こと私に限って言えばあんなものは小細工に過ぎない。

 それは、ソロンも分かっているハズだ。なぜなら、それこそが私を監視する理由なのだから。

 

 監視というのは、バレないようにするから監視なのだ。

 

 

 ……少し、考えてみるか。

 

 光の届かない深海に存在する、精神の宮殿へ身を沈める。

 記憶の棚を私の手が引く。棚を開けて、過去の記憶を取り出すんだ。

 

 さて、よく思い出せよ。

 

 

 超常の力、魔神の魔力。

 エヴァンとアルベールにしか話していない。だがアルベールが最初に気づいたように、他に私の力を感知する方法があるのかもしれない。

 

 

 突如現れたヴォルコフ家。

 アルベールが予想していた登場だが、時期が妙だ。もっと早く登場していてもおかしくはないだろう。

 

 

 執拗な監視。

 わざと気づくよう誘導されたバレバレな事。以前も似たようなことがあったな。そう、あれは学園が襲撃された時だ。

 

 

 セラフィエルを信仰する光神教。

 魔神の力を秘める私とは敵対していてもおかしくない。

 

 

 …………そして、クリスタ。

 

 

 

 

 あぁ、そうか。

 あまり考えたくない結論を出してしまった。

 

 

 ソロンは、光神教徒だ。

 

 

 それも、熱心な。

 

 

 ……馬鹿がッ!

 

 

 私はこのやるせない気持ちを森にぶつけた。

 

 

 ◇◇

 

 

「ふぅ……」

 

 感情を森に捨て、冷静になる事ができた。周囲一帯は暫く生物の住めない環境になってしまったが、問題ないだろう。

 

 ソロンは、熱心な光神教徒だ。これは間違いない。

 

 だが、王族でもあるし、私の兄でもある。だからあんな()()()()な対応しかできなかったのだろう。

 

 ソロンの手元の戦力には、私のこの力を把握している人間がいるのだろう。それをソロンに報告した。

 そして、すぐに分かった。私の力がセラフィエルに依存していない事を。だから、その信仰心と王太子という身分故に最初警戒した。

 

 だが、中途半端な吸虫を使ったのは、兄心もあったんだ。吸虫に気づかなければそのまま王太子としての使命を果たす事ができ、気づかれれば『警戒されている』というメッセージを()に残す事で、兄としての立場を守る事ができる。

 

 ソロンの王太子としての顔と、妹を愛する兄の顔。両方を立たせる事ができなかったんだ。

 

 その時のソロンのやるせなさと言ったら…………。

 

 …………くそ。

 

 そして、自分ではなく他の力に頼る事にした。

 

 ヴォルコフ家は裏の人間だ。王族を守るという大義名分の元、監視をしていてもおかしくはない。ソロンは次期国王にほぼ内定している。ヴォルコフ家は、ソロンに命じられれば私を監視するだろう。

 

 だが、ヴォルコフ家は私をよく見ていても魔神の力に気づけなかったのだろう。だから、恐らく感知役であろうイルシアを使って接触してきた。

 

 吸虫を使ってきたのは陽動もあったんだ。ヴォルコフ家の監視を隠すための隠れ蓑が吸虫だ。

 

 そう、ヴォルコフ家。やはり、クリスタはヴォルコフ家だ。

 

 イルシアは監視にしては唐突過ぎる。気配を感じた事もない。私は近衛騎士だ。監視に気づかないなどあるはずがない。ましてや、()()()()()()()()()()()など気づかない訳が無い。

 

 だとすれば……吸虫を陽動としたならば、それを斬り捨てた私を今の今まで監視しているのは誰だったのか。

 

 それは、私の警戒網に引っかからない程身近な人物。

 

 

 

 クリスタだ。

 

 

 

 私は、誰を信用すればいいのだ。

 

 あぁ、我が姫クロエよ。

 弱い私を助けてはくれまいか……。

 

 心が、挫けそうなんだ。

 

 

 誰でもいい。

 

 …………助けてくれ。

 

 

 雲一つない快晴だが、覆っている森が私だけを日陰にしていた。

 

  

 

 

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