セラフィエルの憂鬱   作:笑顔猫

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第6話 ユリウス・ルシアン・アストリア

 

 

 ソロンは渋々といった具合だったが、私用に剣を用意してくれた。もちろん子供用に調整された上、刃引きされたものだ。

 

 ソロンとしては、三歳の女の子が剣を欲するなどと思わなかったに違いない。おままごとの遊びに誘ってきたほどだ。

 

 なんにせよ、これで一応剣を手に入れることができたな。まずは軟弱な己の身体を鍛えねばならない。

 前世は体格にも恵まれていたが、今世は女だ。男ほど筋力は付きづらい上、食事にも気をつけねばすぐに筋肉は脂肪へと変わっていくだろう。

 

 

「…………?」

 

 まただ。視線を感じる。

 城内に敵性勢力が居るのか……?

 

 

 気配を辿ると…………ソロンだった。

 

 ………………気づかないフリをした。

 

 はぁ。アルベールと共に訓練するメニューを考えるか。

 

 

「アルベールよ、この剣を持て」

 

「はい、ねえさま」

 

 アルベールは初めて剣を持つだろう。刃引きされているとはいえ、恐る恐る手にする。オモチャとは違うことを感じているようだ。

 それに、剣は重い。

 

「ねえさま、おもいです」

 

「それが剣というものだ。お前は、これを手足のように扱えるようにならねばならない」

 

「うぅ、おもいよ」

 

 軟弱だと言うつもりはない。男子とはいえ、三歳に剣を持たすなど異常だと分かっている。

 だが、今から鍛えねば後悔することになる。

 

「毎日、それを振れ。振り方は私が教えてやる。大切な人を守るのだろう。持つだけで弱音を吐くのではない」

 

 愛らしいアルベール、素直で良い子のアルベール。

 私はお前のためなら悪魔にでもなってやろう。お前の大切なものをお前自身が守るのだ。

 

 そして、剣を振り続ける日々が、アルベールにとっては地獄の日々が始まったのだ。

 

 

 

 

「ねえさま、てがいたいよ」

 

「当たり前だ。強くなるためには痛みを伴う。痛みを受け入れることだ。さすればそれは努力となり、お前の力となる」

 

 剣を振りすぎて肉刺ができたようだ。剣ダコだらけの、鍛え抜かれた良い手になることを願う。

 

 

 

「ねえさま、もうてがうごかないよ」

 

「動かないのはお前が腕を動かしていないからだ。この姉の身が危機に陥っている時、お前は腕が動かないから助けないのか? その程度の覚悟なら辞めてしまえ!」

 

 今すぐ抱き留めて癒者に見せて全ての怪我を治してやりたい。だが、それは叶わない。歯を食いしばり過ぎて、歯茎が傷んでしまった。

 

 

  

「ねえさま、今日はいっぱいできたよ」

 

「素晴らしい成長だ。さすがは私のアルベール。だが、終わりなどは存在しない。『できた』などと自惚れてはならぬ。お前はまだまだ強くなれるぞ」

 

 

 

「ねえさま」

 

 

 

「ねえさま」

 

 

 

「ねえさま」

 

 

 

  

 

 剣の鍛錬を始めて一年が経とうとしていた頃、事件が起きた。

 

 四歳となった我々が剣を振るっていたのは王城内にある騎士団用の仮訓練室だ。ソロンに言って押さえてもらっていた。

 メイド達には秘密の勉強会だと言って見逃してもらった。当時三歳の子供が思いつく程度のことしかしていないとでも思っていたのだろう。

 

 そんな訓練の日々は、唐突に終わりを迎えたのだ。

 

 

「申し開きがあるなら、聞くぞ。イザベラよ」

 

 偉大なる我が父、アストリア王国の国王である、ユリウス・ルシアン・アストリアにアルベールの手のひらを見られてしまったのだ。

 それも訓練直後の血のついた手のひらだ。

 

 

 我が父ユリウスは、十八年前に戴冠した若き王だった。前王の祖父が病により早死にし、王弟の手助けもありながら弱冠十九歳で王として君臨した。

 胸板は厚く、キリリとしたまゆ毛に鋭い目つき。王の威厳を感じる青が基調の装い。初めてしっかり見た時はイザベラの血を強く感じたほどだ。

 

 だが、会うことはほとんど無かった。アルベールの部屋に出入りしている様子も無い。

 幼少の頃に抱き上げられたようだが、幼児は視力が低い。様々な人間に抱き抱えられた内の一人がユリウスだからといって覚えているかと言われると何も記憶にないとしか言えない。

 

 日課の素振りが終わり、訓練所から出た際はいつもは井戸で血を洗い流すのだ。その間にたまたま父上が通り、何をしていたのか聞かれてしまった。

 

 アルベールは素直に剣を握っていたと伝え、発覚。

 

 これはまずい。私が弟を痛めつけているとでも思われたら敵わん。いや、実際に痛めつけているのだからタチが悪い。

 

「とうさま、ちがうよ。姉さまは」

 

「アルベール、黙れ」

 

 遊びの延長にしては度が過ぎていると考えているのだろう。その通りだ。

 

 だがな、我が父よ。

 これは騎士の誓いによって果たされた努力の証だ。

 

 鍛錬を中止され、今までの努力を無かったことにされるのだけは我慢ならん。

 

「父上。これは決していたずらに怪我をさせた訳ではありません」

 

「…………」

 

「父上は、アルベールの才覚をご存知でしょうか」

 

「アルベールの何の才能だ?」

 

「アルベールは、魔力がすでに発現しています」

 

「…………!!」

 

 我が父ユリウスは、目を見開き驚いていた。

 そうだろう。お前はまだ知らないことが多過ぎる。私から言わせれば、ユリウスもまだ若い。

 

「アルベールの魔力の発現に初めに気づいたのは私です。私が稽古をつけるべきでしょう」

 

「アルベールとお前は双子だ。お前にも魔力の才があるとでも?」

 

「もちろん、ありますよ」

 

 その場で鍛え上げた魔力をチラつかせてやった。

 あまり表情は動かなかったが、少し緊張したな?

 呼吸が少し浅くなったし、肩の筋肉も強ばった。脈拍も上がっているだろ?

 ようやく気づいたか。このうつけ者め。

 

「……お前にも才覚があるとは驚いたな。だが、稽古はそれ専門の人をつければよかろう。お前がアルベールに無茶な稽古をつける必要は無い」

 

 それはそうだな。私が元近衛騎士でなければそれは正しいのだろう。

 だがそうはいかない。私はアルベールと約束したのだ。

 

「子供の魔力の発現にすら気付かぬような者に、才覚ある子を育てる人物の目利きができるのですか?」

 

「……」

 

 ユリウスは目を薄めて警戒した様子だ。四歳の娘の言葉を警戒するに値すると踏んだか。

 遅いぞ。既に勝負は始まってるんだ。

 

 アルベールの才覚は本物だ。並の者に鍛えられれば並のものにしかならない。せめて私といい勝負ができる剣術士を用意して欲しいものだが、この時代に魔術師は存在しない。

 

 怪しい魔法に染まった剣術士に我がアルベールの稽古をつけさせるなど、断じて容認できるものではない!

 

「無茶な稽古は百も承知!アルベールという一人の男の固い決意に水を差す愚か者に用はありませぬ!」

 

 いつの間にか集まっていたメイドや兄上、ついでに母上までもが全員口を閉ざした。

 だが、一番驚いていたのはユリウスだろう。まさかこの間産まれたばかりの娘から「愚か者」と呼ばれるとは夢にも思わなかったに違いない。まさに、言葉の槍で意表を突かれたという訳だ。

 

 それに、事情を知らぬことにちょっかいをかけ掻き回すようなマネをしてくれたユリウスに、私は憤っているんだ。

 

「行くぞアルベール。そこのたわけは放っておけ」

 

「は、はい。姉さま」

 

「…………待て」

 

 ユリウスは歩き始めた私たちを再度止めた。

 

「イザベラよ。その口調はどこで覚えたんだ?」

 

 ……クソ、痛いところを突いてくる。一度メイドのナタリアに突っ込まれた時は情けない言い訳をしたんだったか。

 

「初めは子供なりに父である私の口調を真似たのかとも思っていたが、違うな。私はお前の前で『たわけ』など言ったことは無い」

 

 しまったな。親の前で子供らしからぬ言葉を使ってしまった。

 口調がおかしいのは子供だと言い訳できる。だが、あまり使わない難しい言葉を四歳の子供が自然に使う様子は、彼らの目には不気味に映るだろう。

 

「誰かが入れ知恵をしたのかとも思ったがそれも違うな。お前の周りでそんな口調で話す者などおらぬ。本で学んだにしては早すぎる。書斎で文字が分からない様子だったことも報告を受けている。お前はどこで、その言葉を学んだのだ?」

 

 私は半分の顔だけ振り向き、皮肉げに答えた。

 

「子供に興味のない陛下には関係の無いことでありましょう」

 

 苦虫を噛み潰したような顔をするユリウスを横目にアルベールと私は歩き出した。

 

 こんな所で無駄話をせず、国民の声に耳を傾けては如何だろうか。ユリウスよ、己の周りを見渡してみろ。お前の罪がそこら中に転がっているぞ。

 

 獄炎で焼かれた極刑の罪人が、お前の心臓に喰らいつかぬことを祈るとしよう。

 

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