紅夢移変 ーー東方紅今郷   作:@れみリア従

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少女の独白 〜monoparanoia

空は広く深く澄み渡り、薄い雲がゆらゆらと流れていく。

 

その絵に描いたような蒼と白に、思わず心入る。

 

季節は春をとうに過ぎ、夏もすでに半ばごろまで差し掛かっていた。

 

今日の天気は、私にはそれはそれは辛いものだった。

 

ーー私に言わせれば、空模様などお天道様の気分のようなもので、毎日その表情をころころと変える。

 

それは流石の私にも予想など到底できないもの。

 

例え私の能力を使ったとしても、・・・結果は見えているだろう。

 

結局のところ、所詮地に住む生き物はみなその気分屋に振り回されるしかないのだ。

 

その気分によって着るものを余儀なくされ、あるいはその日一日を左右される。

 

この世に蔓延る「絶対」のひとつだ。

 

・・・それにしても暑いわね、今日は。

 

もし今日の天気を例えるなら、・・・そうね。

 

憎しみを持って言わせてもらおう。

 

眩しいほどの、満面の笑顔である。

 

何か良いことでもあったのだろうか、今日はここ数日の群を抜いて酷い。

 

その笑顔をいやいや見るはめになり、反比例するように私の気持ちは落ち込んでいくのだった。

 

絶好の洗濯日和で、中々の外出日和。

 

はしゃぎ回る子供共が、憎ましくもあり、・・・少しだけ羨ましくもあった。

 

と、まあつらつらと愚痴が長くなったが、私には太陽をそこまで憎む理由がある。

 

それは先天的で、絶対的なもの。

 

私は、吸血鬼。

 

太陽が大の苦手だった。

 

太陽光をその身に浴びれば、私たちの種族の者はみな蒸発するように消えてしまう。

 

風に吹き飛ばされる塵芥のように、跡形もなくなくなってしまうのだ。

 

それは吸血鬼の世界で何千年来変わらないもの。

 

何千年経っても変えられないもの。

 

私の嫌いな「絶対」のひとつだ。

 

まあ少量なら多分命には関わらないはず、うん、多分。

 

だがしかし、今日ほどに強い日差しの日の場合は話はまるっきり変わってしまうだろう。

 

下手したら一発で昇天しかねない。

 

もし痛みが伴うのなら、・・・想像してもしきれない。

 

おぞましい記憶がフラッシュバックする。

 

・・・一度、太陽の元に飛び出してやろうかと思うことがある。

 

私の長い人生のなかでたびたび。

 

それはもちろんのこと並の精神状態じゃないときの話だけど。

 

例えば、「むしゃくしゃしてやった」とか、「最高にハイってやつだ」とか、そういう得体の知れないテンションのとき。

 

そんな一時の気分に身を任せ、窓から飛び出す!

 

そしてお天道様の笑顔の下、日光に当てられて朽ち、果てる私。

 

馬鹿としか思えないような死に様を晒す私。

 

そういった想像が私の脳裏に浮かぶたび、そんなことはできないしてはいけないのだと思い至る。

 

思い通りにはならない。

 

はぁ、本当つまらないわ。

 

ーーーーーー

 

吸血鬼。

 

私たちの種族には、人間の多くにも周知の事実であるとおり、何故かやたらと弱点と呼べるものが多い。

 

それは些細なものから、絶望的な痛手を負うものまで様々だ。

 

その点人間は凡俗ながら目立った欠点がないのは羨ましいと思わないでもない。

 

背中に携えた大翼で大空を飛び回り、強靱な筋力で暴虐の限りを尽くす。

 

そんな吸血鬼という種族に誇りを持っているけれど、制限された日々はどうにもいただけなかった。

 

・・・例に挙げてみましょう。

 

とある晴れた日のこと。

 

もしそんな日に外出するのなら、その日は一日日傘を差すことを余儀なくされる。

 

先ほどから何度もしつこく述べているように、太陽光が私たちにとって有毒だからである。

 

とある雨降りの日のこと。

 

もしそんな日に外出するのなら、その日は一日雨傘を差すことを余儀なくされる。

 

まあ濡れるのは嫌だから当然差すのだが、いやそういう次元の話じゃないのだ。

 

吸血鬼の弱点の内のひとつに、「流れを持った水」というものがあるからである。

 

雨水もそれに該当される。

 

お風呂はいいけど、シャワーはだめ。

 

分かりにくいかもしれないが、そんな違いである。

 

とある節分の日。

 

もしそんな日に外出するのなら、その日は一日厚着を余儀なくされる。

 

これも二月はまだ若干寒いとか、そういうレベルじゃないから。

 

炒った豆が触れると肌がただれ、鬼は外されるからである。

 

他にも銀製のナイフとか、私にもなんだかよく分からないが魚の頭とかがある。

 

銀製のナイフは特別痛いし、魚の頭とか気持ち悪い。

 

とまあこんな具合に、思いつくだけでこれだけ挙げられる。

 

挙げられるほど、多い。

 

因みにこれで全てじゃないわけで、その全てに意識を回して生活するとなると中々気が滅入る。

 

下手したら私も知らない弱点があるのかもしれないが、怖いを通り越してもうなんかただただめんどくさい。

 

「・・・はぁ。」

 

思わずため息が零れる。

 

ーー誰が言ったか知らないが、ため息をつくと幸せが逃げるという。

 

私はそんなことはない、と思う。

 

幸せの真っ只中なら、そんなものつく暇などないだろうから。

 

まあ、浅い考え方であるとは思うけどね。

 

今の私には、逃がす幸せがあるだろうか。

 

今の私は、幸せだろうか。

 

綿布ような雲に飾られた空を眺める。

 

そして、その空を翼で切り裂く私の姿を夢想する。

 

それは決して夢と呼べるようなものではなく。

 

結局のところ、叶わない私のただの欲。

 

嘲た言い方をすれば、醜い嫉妬だ。

 

お天道様が我が物顔で空を独占し、それを屋根の下からただただ眺めるだけの。

 

そんな日々を、私は過ごしてきた。

 

同じことの繰り返し。

 

叶わないことのループ。

 

そんな生活を、きっとこれからも続けていくのだろう。

 

吸血鬼は、吸血鬼らしく。

 

・・・“今日も”、大人しくしていることにしよう。

 

「 ・・・はぁ。」

 

今の私に出来るのは、ただため息をつくことだけだった。

 

ひとりごとおしまい。

 


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