完璧な僕の嘘を、嫌われ者の君だけが「正論」で壊した   作:テレサ二号

10 / 14

どうもテレサ二号です!
いつも御愛読ありがとうございます!(*・ω・)*_ _)ペコリ

最近、仕事が忙しくて執筆ペースが下がり気味な気もしますがご容赦ください!

では、本編です!!



第十話:早坂愛は塗り替えたい

 

耀の生徒会への復活から数日後、その日は耀と石上だけで生徒会室で作業をしていた。

白銀は私用、かぐやと藤原はそれぞれ部活、ミコは風紀委員の見回りで不在となっている。

 

耀は自身のノルマをこなし、石上が終わるのを待っていた。

石上の仕事に都度意見を入れながら日経新聞を読んでいる。

 

「高校生が日経新聞を読むなんで中々渋いですね」

 

耀は新聞を読みながら眉間に皺を寄せている。

何か思うところがあるようである。

 

「杉原くんの家系って元々政治家や外交官の家系でしたよね?」

 

「うん、そうだよ。良く覚えていたね」

 

「まぁ、数少ない友達の家業くらいは覚えてますよ。政治家の家系なら日経新聞とか関係無いんじゃないですか」

 

「うーん、そんな事は無いよ。どこにビジネスチャンスが転がっているか分からないし、それに数字から見える未来なんかも多少はあるしね」

 

「そんなもんですか」

 

「そんなもんだね」

 

耀は新聞から目を離さず、石上はPCのモニターから目を離さずに会話をしていた。

 

基本的に礼節を重んじる耀がこの様な態度を取れるのも、石上への信頼の裏返しと言える。

 

「そういえば杉原くんに相談したいことがあって」

 

「先程から業務の相談は受けている上で、改まって切り出すところを見る限り伊井野さんがいないからゲームのお誘いか、大事なお話か......どうやら後者のようだね」

 

耀は一度石上の目を見てから真剣な相談だと判断し、読んでいた新聞をそっと閉じた。

 

「えっと...そのですね...」

 

慎重に言葉を選んでいる石上から自然と言葉出てくるのを耀は待った。

 

「えっと...僕が今から似合わない事言うけどそれでも笑いません?」

 

「笑わないよ。君が今からアメリカで大統領を目指すと言っても笑わないと誓うよ」

 

(まず日本ですら無いんですかっ!?)

 

耀は敢えてアメリカ大統領という、現実離れした巨大なハードルを提示した。

相手の脳内に極端な基準点を打ち込むアンカリング効果。

 

石上が抱く『似合わない事を言う羞恥心』を、大統領という巨大なアンカーと比較させることで相対的に矮小化させ、口外への心理的ハードルを劇的に下げたのだ。

 

「僕、体育祭の応援団に立候補しようと思ってて」

 

「あまり学校行事への参画に積極的じゃない君が珍しいね?」

 

「……自分でも、柄じゃないのは分かってるんですけどね。でも、このままじゃダメな気がして。……いつまでも周りを見ないふりしてるだけじゃ何も変わらないっていうか。……でも僕なんかが立候補しても、クラスの連中は引くだけですよね」

 

「立候補すればいいじゃないか」

 

「え?」

 

「石上くんが自身の今の状況を良しと思わず、変わりたいと願うタイミングと、体育祭というみんなの注目が集まるキッカケが重なるのは、きっとそんなに多い機会じゃないと思うんだ」

 

「.......うん、だけど生徒会の仕事もあるしやっぱり止めておこうかな」

 

「もしも君が明日、クラスで手を挙げるのを迷っている理由の半分が『自分への不安』で、もう半分が『生徒会の仕事が忙しくて余裕がないから』だとしたら、後者の言い訳は僕が会計業務を代行する事で解決しよう」

 

「だけど……」

 

「君がいい意味で変わりたいと言うのなら、その努力に協力することに僕は全く抵抗は無いよ。

もし代行のお礼をしたいと言うのなら変わった君を僕に見せてくれる事だ。なぁに、心配することは何も無い。大船に乗ったつもりでいてくれ。ただし、前者の『自分への不安』は自身で乗り越えるしかない。明日のクラス委員会までに覚悟を決めておいてよ」

 

「僕が女の子だったら、今ので杉原くんに落ちてますね」

 

耀は石上の提案を全肯定した。

石上はその返事が嬉しくて照れくさくて少しだけ茶々を入れた。

耀は「ハイハイ」とそれを流してから提案する。

 

「業務の代行は僕から会長に伝えておくよ。いや、今日はもういないから副会長である四宮先輩を訪ねてみる」

 

耀は荷物を纏めると「先に帰ってて」と「明日頑張って」と石上にハッパをかけてから弓道場に向かった。

 

 

 

 

 

「なるほど、石上くんがそんな事を...」

 

弓道場にて淡々と霞的を射抜く。

かぐやの弓から放たれた矢がそこにあるのが当たり前と言わんばかりに真ん中に突き刺さる。

 

耀はそんなかぐやの様子を眺めていた。

 

「それで、石上くんが応援団に所属している間、会計業務の代行を僕が兼任してもよろしいでしょうか?」

 

「もちろん構いませんよ?私が承認します。ただし杉原くん自身も多忙の身、少しでも切迫するようでしたら、私や会長を頼ってください。ご無理をなさるのは厳禁です」

 

このさり気ないフォローもかぐやの優しさだなぁと耀は思った。

 

そして、かぐやの行射を10回程度見ていた耀からかぐやに思わぬ提案が出た。

 

「四宮先輩、僕も弓道やってみたいです」

 

「あら、杉原くんも弓道の嗜みが?」

 

「やった事は無いのですが、四宮先輩の行射を見ててやってみたくなりまして」

 

「そうでしたの。では私が手取り足取りおしえましょうか?」

 

「いえ、道具だけ貸していただければ」

 

「では、お手並み拝見と致しましょうか」

 

耀はかぐやから道具を借りる。

その瞬間、耀の事を遠巻きから見ていた弓道部員は驚くべき光景を目撃した。

 

「か、かぐや様が2人?」

 

耀は借り受けた弓を手に、静かに射位へと歩みを進める。

 

その一歩一歩の歩幅、重心の移動、先ほどまでかぐやが見せていたものと寸分違わない。

 

「……あら?」

 

かぐやの瞳が、驚きに細められる。

 

耀は教わったこともないはずの『足踏み』から『胴造り』へと移行する。

 

無駄な力みが一切排除された凛とした佇まい。

 

それは単なる真似事ではない。

耀の脳内にある『四宮かぐやの残像』と、自分自身の骨格・筋肉をミリ単位で同期させていく作業だ。

 

『打起し』から『引分け』。

 

弓がその張力を増していくにつれ、周囲で見守る部員たちは息を呑んだ。

 

「……信じられない。入りから呼吸の間隔まで、かぐや様のソレと全く同じ……」

 

「まるで鏡を見ているみたいだ……」

 

耀の瞳は霞的を射抜く、その瞳に一点の曇りもない。

 

やがて『会』。

 

張り詰められた沈黙の中で、耀の輪郭がかぐやのそれと完全に重なって見える。

 

――パァンッ!!

 

乾いた弦音が道場に響き渡る。

 

放たれた矢は鋭い軌道を描き、かぐやが先ほど射抜いた矢のすぐ隣、霞的のど真ん中を無慈悲に貫いた。

 

放たれた後の『残心』。

耀は、かぐやと全く同じ角度で視線を的に残し、静かに弓を戻した。

 

「案外、簡単ですね。……いえ、四宮先輩の所作があまりに完璧だったので。なぞるだけならそう難しくありませんでした」

 

耀が放った一射は、まるで最初からそこにあったかのように的のど真ん中を貫いていた。

 

その言葉に弓道場が騒然とする中、かぐやだけは静かに弓を引き寄せ耀を射抜くような視線で見据えた。

 

「……簡単ですか。杉原くん......」

 

かぐやの唇が冷ややかに、しかし愉悦を含んだ曲線を描く。

 

「ならばその『簡単』が本物かどうか、私と勝負していただいてもよろしいかしら? 敗者は勝者の言うことをなんでも聞くと言うのはどうでしょう?しかし杉原くんは初心者ですからね、ハンデを差し上げましょう。私は片目を瞑って行射しますわ。……三射を交互に射て、より中心に近い方の勝ち。それでいかがでしょう?」

 

かぐやは滅多に現れないレベルの好敵手の誕生に、娯楽の1つとして勝負を耀に提案した。

 

「いいでしょう。……乗りましょう、四宮先輩」

 

耀は真っ直ぐに彼女の瞳を見返した。

四宮かぐやが片目を封じてなお、自分に負けるはずがないと確信しているそのプライド。

耀はその挑戦を真っ向から受けるべく、一射目の位置についた。

 

耀の一射目。

全身の神経を研ぎ澄ませ、先ほど見たかぐやの重心移動、肩の入れ方、指先の離れを寸分違わず再現する。

放たれた矢は、完璧に中心を射抜いた。

 

対するかぐや。

左目を閉じ、右目だけで放たれた一射。

 

矢は無慈悲に中心を射抜く。

片目を塞いだハンデなど微塵も感じさせない、吸い込まれるような皆中。

 

耀の二射目。

呼吸を合わせ、再びかぐやをトレースする。

だが、この時すでに耀の肉体には異変が起きていた。

初心者の筋肉にとって、四宮かぐやという達人の動きを強引に再現することは、エンジンの回転数を限界以上に跳ね上げる行為に等しい。

背中から腕にかけて焼けるような熱気と、引き千切られるような倦怠感が一気に押し寄せた。

 

(……くっ、身体が……重い……!)

 

冷や汗が顎を伝う。

それでも無理やり筋肉をねじ伏せ、二射目も中心を貫いた。

 

かぐやの二射目。

当然のように中心。

一射目の矢のすぐ隣を抉る。

 

そして、運命の三射目。

耀が弓を引き絞った瞬間、ついに悲鳴を上げていた筋肉が限界を迎えた。

 

指先が微かに痙攣し、腕のラインが正解から数ミリだけズレる。

 

耀の肉体は天才の動きを99%トレースできるという最強の能力を持っているが、その反面天才のイメージを維持するだけの持久力を持たずそのクオリティを保てる時間があまりにも短い。

そしてこの能力を使うと、激しい倦怠感や強度の全身筋肉痛に襲われる。

 

耀はこのトレース能力には自信を持っているが、運動部に属さないのはこの為である。

 

そんな耀から放たれた矢は、かぐやの軌道をなぞりきれず、的の端を虚しく掠めて地面へと落ちた。

 

「…………っ、……はぁ、はぁ……」

 

耀は肩を激しく上下させ、崩れそうになる膝を強引に支えた。

全身を襲う、鉛のような倦怠感。

 

そんな耀の前で、かぐやは最後の一射を放った。

 

――パァンッ!!

 

矢は一射目の筈(はず)を叩き割り、的のど真ん中へ。

 

「杉原くん、少し意地悪をしました。確かにあなたのトレース能力は素晴らしい物があります。しかし私にとって片目を瞑ると言うことはそれ程ハンデになっていないのですよ」

 

「へ?」

 

耀は引き続き肩で息をしながら、かぐやの説明の続きを待った。

 

「構える場所と射る場所さえ定まっていれば...」

 

かぐやは再び弓を構える。

しかし今度は両目を瞑っている。

 

「あとは過去の理想的な動作を繰り返すだけ」

 

――パァンッ!!

 

矢は再びの筈を叩き割り、的のど真ん中へ。

 

「だから元々ハンデなんて無かったのよ」

 

かぐやは少しイタズラな笑みを浮かべて微笑んだ。

 

「完敗です.......。舐めた事を言ってすみませんでした」

 

「いいのよ、私も楽しかったから。罰ゲーム、楽しみにしておいてくださいね?」

 

かぐやの心からの笑みに耀は背中が涼しくなったのを感じつつ、本来の目的である『石上の会計業務の代行承認』を得たので複雑な気持ちになりながら、弓道場を後にした。

 

 

 

 

 

翌日、耀はかぐやとの激戦の代価として激しい全身筋肉痛に襲われながら生徒会室で業務をこなしていた。

その生徒会室には耀しかいない。

 

白銀は私用で不在、藤原は誰かにソーラン節を教える為に不在、かぐやは遅れて合流するが、ミコは風紀委員の仕事で、石上は応援団の練習で生徒会に来るかも定かでは無い。

 

耀は自身のタスクと石上の業務をこなしているが、石上が無事応援団に立候補してくれた喜びで充実感を持ちながら作業をこなしていた。

 

そんな生徒会室にかぐやと石上が入ってきた。

石上はどこかこの世に絶望したような表情を浮かべていた。

 

「お疲れ様です、四宮先輩。石上くんも」

 

「杉原くんもお疲れ様」

 

耀の隣に石上が座り、耀の反対側のソファにかぐやが座った。

耀は「席を外した方が良いですか?」と尋ねたが、かぐやからそのままで良いと言われ、石上が話し出すのを作業をこなしながら待った。

 

「実は応援団で困った事になってて...」

 

石上は困った表情を浮かべながら相談を始めた。

 

「今年の紅組の応援服は女子が学ラン、男子が女装に決まりまして」

 

「応援団の人達は頭大丈夫なのかい?」

 

耀は自身の感性の外からの提案に、思わず応援団全体の頭を心配した。

 

「そんな訳で、女子生徒から制服を借りないといけなくなりまして......。でも借りるあてもなくて......。正直、応援団は辞退しようかとも思ってて」

 

耀は石上の要望に応えるべく、交渉可能な人をリストアップするためにタブレットを取り出した。

 

しかしそんな耀の心配を他所に、貸し出し人はすぐ目の前で見つかった。

 

「別に私ので良ければ貸しますけど?」

 

「えっ!?いいんですか?」

 

「いいわよ?」

 

耀は2人の会話を見てからタブレットをそっとしまった。

 

「僕なんかに貸すなんて抵抗感ありません?」

 

「まぁ、少しも無いと言えば嘘になりますけど、後輩が困っているんだから仕方ありません」

 

「四宮先輩、まじ卍っす.....」

 

「それはどういう意味ですか?」

 

「僕にも分かりません」

 

どうやら石上は応援団のパリピ感に少しあてられてしまったようだった。

 

「せっかくですし、今ちょっと着てみましょうか?」

 

「え?今ここで?」

 

「気になるなら出ていますけど?」

 

「いや、それは大丈夫ですが」

 

「杉原くん、石上くんの補助をしてもらってもいいかしら?」

 

「承知しました」

 

かぐやは2人に背を向けた。

そして耀が補助しながら、制服が伸びないように丁寧に丁寧に着替えていく。

 

「なんとか入りました」

 

その声を受けて、かぐやは振り向く。

 

「あら、お可愛い」

 

そしてかぐやは何故か石上と耀を交互に数度見た。

 

「あの?どうかしました?僕と石上くんを交互に見て」

 

耀がかぐやに確認をするとかぐやから思わぬ提案が返ってきた。

 

「石上くんだけじゃ、ちょっとイメージ湧かないわね?.......杉原くん、あなたも女装してみなさい」

 

「ハァっ!?」

 

耀は予想の斜め上を行く提案に思わず声を荒らげた。

 

「嫌ですよ!なんで僕が女装しなくちゃいけないんですかっ!?そんな黒歴史を産むような行いはお断りです!」

 

「いや、その女装をしようとしてるこっちの身にもなってよっ!?」

 

耀の拒絶に石上は思わずツッコミをいれる。

 

「杉原くんはそんな事を言える立場だったかしら?」

 

「うっ......分かりましたよ」

 

(杉原くん、四宮先輩にどんな弱みを握られてるんだ?)

 

かぐやの脅しに屈する耀を見て、石上は改めてかぐやの怖さを思い知った。

 

「さすがの私も2人同時のメイクは苦ね。ウチのメイドを呼ぶわ」

 

「えっ?四宮先輩のおうちってメイドさんいるんすかっ?羨まし過ぎるだろっ!?」

 

かぐやは自身の携帯を開き、早坂に電話を始める。

 

「もしもし、早坂?お願いがあるのだけど?」

 

2人の電話をやり取りを見ながら、石上は耀に話を振る。

 

「あっ、僕分かりましたよ。典型的なお笑い展開で、四宮先輩のメイドさんって60歳くらいのおばあちゃんってオチでしょ?」

 

「いや、僕は何度かお会いしたことあるけど、四宮先輩と同い歳で聡明で慎みを持ってて、とても綺麗な方だよ?」

 

「えぇ!?尚更羨まし過ぎるでしょー!?」

 

石上はこれから来るであろう、かぐやのメイドへの期待に胸を膨らませた。

 

「……というわけだから、早坂。今すぐ生徒会室横の準備室にメイク道具一式とスペアの制服を持ってきて頂戴。聞こえてる? ……早坂?」

 

電話越しの早坂からの返事が途絶えかぐやは動揺している。

 

「……もしもし? 早坂? 聞こえてるなら返事なさい。……もしもし?」

 

「……失礼いたしました、かぐや様。……少々、立て込んでおりまして。……5分後に向かいます」

 

「えぇ、お願い」

 

かぐやは依頼を済ませると携帯をしまい、2人に向き合った。

 

「も、もしかして四宮先輩っ、この後本物のメイドさんに会えるんですか?」

 

「えぇ、ただウチのメイドに会えるのは杉原くんだけよ」

 

「えぇっ!?なんでっ!?」

 

「石上くんの女装は私が、杉原くんの女装はウチのメイドがするわ」

 

「僕もメイドさんがいいです!!」

 

「あら、石上くん?あなたに制服を貸してあげるのはどこのどなたでしたっけ?」

 

「四宮さんちのかぐや様です」

 

「よろしい。では杉原くんは隣の生徒会準備室に向かってください」

 

「ハァ......」

 

耀は罰ゲームなので、かぐやには逆らえずトボトボと隣の準備室に入る。

既に早坂は到着してメイクの準備をしている。

 

「早坂さん、お久しぶりです。以前は僕が倒れた際に看病をしてくださってたみたいで、その後1度もご挨拶できず、申し訳ありません」

 

「いえ、とんでもございません」

(そういえば、杉原様は私と花火を見た日の変装についてはバレていないと思っているんでしたね)

 

早坂は耀との認識の差を改めて確認した。

 

「かぐや様はどちらに?メイクの依頼を受けたのですが」

 

その瞬間早坂のスマホが鳴り、メールが届いた。

送り主はかぐやであった。

 

『杉原くんにメイクを含めた女装を施して。どのような女の子にするかは早坂のセンスに任せるわ』

 

早坂はかぐやから送られたメールを耀に見せた。

 

「えっと……それで、この地獄(女装)から僕を救ってくれる……わけじゃないんですよね?」

 

「はい、主からのご命令ですので。『杉原耀・史上最高に可愛い黒歴史』作戦開始です。ご覚悟を」

(かぐや様、今までで初めてあなたの無茶ぶりに感謝しています!)

 

耀の顔色が逃げられない事を悟って悪くなる。

反比例するように早坂の顔色は新しいおもちゃを手に入れた子供のように輝いてきた。

 

まずは制服を着替える事から始める。

 

「……杉原様。会計くんがかぐや様の制服を着用される以上、予備はありません。……ですから、これを使ってください」

 

早坂さんが差し出したのは、彼女が今朝登校してから体操服に着替えるまで、ずっと身に纏っていた秀知院学園の女子用の制服だった。

 

「……これ、早坂さんが今日着ていらしたやつ……ですよね?」

 

「ええ、予備をロッカーから出す時間も惜しいですから。……何か文句でもありますか?」

 

「いえ……文句なんて。ただ、その……早坂さんの私物を借りるというのは、少し緊張します」

 

「……っつ、余計なことを考えないでください。ほら、早く」

 

早坂はそっけなく背を向ける。

 

耀は観念して、筋肉痛に顔をゆがめながら学ランのボタンを外していく。

 

背後で聞こえる衣擦れの音。

早坂は振り返りこそしないが、背後で男子生徒が着替えをしているという事実に顔を真っ赤にしている。

 

続けてセーラー服を手に取ると驚くほど軽い。

そして頭から被った瞬間、朝から昼過ぎまで早坂纏っていた香料と、彼女自身の体温の残滓が、耀の感覚を支配した。

 

それは、洗濯済みの予備からは決して漂わない、生活感のある『早坂愛』という一人の女性の匂いだった。

 

「……っつ」

 

耀の喉が、無意識に上下する。

 

袖を通した瞬間、まだ僅かに残っていた彼女の温もりが、生地を通じて自分の肌に溶けていくような錯覚。

 

「……着れました。……でも、やっぱり……その、すごく……早坂さんの香りがしますね」

 

「……っつ! 黙ってくださいっ! 髪を整えますから、早く座って!」

 

振り返った早坂の顔は、夕焼けよりも赤くなっていた。

 

自分の制服を、少し窮屈そうに、しかし完璧なラインで着こなしている耀。

 

耀は早坂の香りがすると言った。

そして帰りはもちろん、早坂もこの制服を着て帰るだろう。

その時には耀の体温や香りを自身が身に纏うのかと思うと、頬を赤らめずにはいられなかった。

 

ウィッグを被せて髪の毛を整えると、その時点でかなりの美少女が完成していた。

 

耀の顔立ちは元々母親似の中性的な顔立ち。

そこに女性用のウィッグと制服が相まって、1人の女子生徒として完成している。

 

早坂はスマホを取り出すと、かぐやに向け一通のメールを送る。

 

『とんでもない怪物が誕生しそうです。会計くんに性癖を歪められないように覚悟してくださいとお伝えください』

 

「……さて、衣装はこれで完璧です。次は顔ですね。……そこに座ってください、杉原様」

 

早坂は、カバンロから使い込まれたメイクポーチを取り出した。

 

それは四宮家から与えられた備品ではなく、彼女が自分自身を『ハーサカ』や『学校用メイド』へと作り変えるために揃えた、こだわりの私物だ。

 

「……それ、早坂さんの私物ですよね? なんだか、宝箱みたいだ」

 

耀が素直な感心を漏らすと、早坂は「ただの仕事道具です」とそっけなく返し、顎を上げるよう促した。

 

まず吹きかけられたのは保湿用のミスト。

早坂が毎朝使っている爽やかなシトラスの香りが霧となって耀を包み込む。

 

「……杉原様。改めて近くで見ると、あなたの肌きめ細かすぎませんか? 毛穴がほとんど見えない……」

 

早坂はプロの視点で観察しながら、思わず溜息を漏らした。

 

指先でファンデーションを馴染ませていくと、吸い付くような肌の弾力が伝わってくる。

 

至近距離で見つめ合う形になり、耀はやり場のない視線を彼女の瞳に固定するしかなかった。

 

「次は眉です。……角度を和らげますから、目を閉じて」

 

指示通り耀が目を閉じると、早坂の視線はより自由になった。

伏せられた長いまつげが、頬に深い影を落としている。

 

「……まつげも長いですね。……これだけ密度があると、アイラインも最小限で済みます。……正直、女性として嫉妬してしまいますよ」

 

早坂の声には隠しきれない賞賛が混じっていた。

 

自分のアイシャドウパレットから耀の瞳の色に合わせた色を選び、丁寧にまぶたを染めていく。

 

彼女がいつも自分に使っている『早坂愛の色』が、耀の顔を理想の美少女へと塗り替えていく。

 

そして、仕上げの一本。早坂が取り出したのは、一本のリップスティックだった。

 

ケースの微かな擦れ跡は、彼女が日常的に愛用していることを物語っている。

 

「……それ、早坂さんがいつも使っているリップ……ですよね?」

 

「……そうです。私の唇に一番馴染む色ですから。……これを塗れば完成です。……少しだけ、口を開けてください」

 

早坂は、自分の唇を彩るために愛用している私物のリップスティックを手に取った。

 

それを耀の唇に滑らせようとした瞬間、彼女の脳裏を『関節キス』という言葉が掠める。

 

(……落ち着きなさい、早坂愛。これは単なる作業。素材の良さを引き出すための、当然の工程よ……)

 

自分に言い聞かせ、顔を近づける。

吐息が混じり合うほどの至近距離。

 

耀の、薄く、しかし形の良い唇。

そこに自分の私物が触れ、朱に染まっていく。

そのあまりの艶やかさと、自分に向けられた耀の真っ直ぐな視線に、早坂の心拍数は限界を突破した。

 

「……杉原くん。あなたの唇……形が良すぎて困ります」

 

無意識だった。

 

鉄壁だったはずの「様」呼びが崩れ、震える声で漏れたのは一人の少女としての呼びかけ。

 

「……紅を差すと、そのっ……嫌になるくらい、綺麗ですから」

 

「……早坂さん?」

 

不意に名前をくん付けで呼ばれた耀が、驚いたように瞬きをする。

その拍子に、耀の唇が早坂の指先に触れそうになり、彼女は弾かれたように身を引いた。

 

「……終わりました。……鏡を見てください、杉原くん」

 

一度溢れ出した熱は、もう完全には仕舞い込めない。

 

早坂は真っ赤な顔を隠すように背を向け、ガタガタと音を立ててメイク道具を片付け始めた。

 

彼女はもう、彼を「様」と呼んで距離を置くことさえ、今の自分には難しいと悟っていた。

 

 

 

 

『メイクまで完了しましたので、私は一旦教室に戻ります。最高傑作ができたと自負しています。メイク落とし等で必要な際にご連絡ください』

 

「杉原くんがこっちに戻ってくるみたいです」

 

早坂からのメールを見たかぐやは、携帯から石上に視線を戻した。

 

そこには舞子さんのような白粉の肌とピンクがかったパウダーチークに眉間に『果肉入り』と書かれた石上が佇んでいた。

 

「いや、どう考えてもおかしいでしょう!?」

 

かぐやはその顔を見て、爆笑するのを肩を震わせて堪えている。

 

そこに生徒会室のドアが開く音がした。

 

「杉原くんもこの石上くんの顔見てくださっ......」

 

扉の前に立っていたのは少年というにはあまりに瑞々しく、少女というにはどこか神秘的な、一つの奇跡のような存在だった。

 

まず目を引くのは早坂の制服に包まれたことで強調された、耀の持つ『線の柔らかさ』。

 

男子にしては細い肩を少しすぼめ、慣れないスカートの裾を落ち着かなげに弄る仕草は、見る者に『守らなければ』という強烈な保護欲を抱かせる。

 

早坂が施したチークによって上気したように染まった頬はマシュマロのような質感を帯び、少し引きつった困り顔がかえって『庇護欲をそそる小動物のような愛らしさ』を爆発させていた。

 

しかし、その愛らしさの土台にあるのは、一級品の『美』である。

 

ふとした瞬間に伏せられた長いまつげが頬に落とす影や、スッと通った鼻筋のライン。

それらは紛れもなく、彫刻のような端正な美貌の片鱗を感じさせる。

 

特に、早坂の愛用するリップで彩られた唇。

艶やかに光るその場所だけが、子供じみた可愛さの中にゾッとするほど大人びた、そして『毒のある色香』を放っている。

 

「……嘘でしょ」

 

最初に声を漏らしたのは、かぐやだった。

 

常に冷静で、美しさに対しても厳しい審美眼を持つ四宮かぐやが、手に持っていたポーチを床に落とす。

 

「可愛い……。何なのこの可愛さはっ!?早坂あなた、なんてものを作ってくれたの……!?」

 

かぐやの瞳には、勝利の確信を超えた収集欲に近い情熱が灯っていた。

 

耀の少し困ったような、それでいて誠実な可愛さ。

それが早坂の私物という『日常のスパイス』によって、手の届かない高嶺の花ではなく『クラスに実在する、男子の夢を形にしたような美少女』に昇華されている。

 

「その少し内股な立ち方、不安げに揺れるまつげ……! それでいてその唇だけが妙に色っぽくて……。ああっ、もう! 杉原くん!そのまま一歩も動かないで! 四宮家の総力を挙げて、今のあなたを保存したいわ!!」

 

かぐやは携帯を取り出すと、あらゆる角度から写真を連写する。

 

そんな興奮するかぐやとは対照的に石上は自身の性癖のボーダーラインで葛藤していた。

 

「あ、分かったぞ。そうだ、これは杉原くんじゃない。四宮さんちのメイドさんなんだ。だからこうすればきっと...」

 

理性が崩壊しかけている石上はブレザーのスカート部に手をかける。

そんな石上の手を耀が押さえた。

 

「いい加減に怒るよ?石上くん?」

 

声は間違いなく、杉原耀である。

しかし石上はその現実を受け入れられない。

 

「声は杉原くんだ.......いや、まだ〇矢 昴のように首元に何か仕込んでいるパターンかもっ」

 

そして首元に視線を向けると、男性の象徴である喉仏があった。

 

その残酷な事実に石上は膝から崩れ落ちた。

 

そしてあらゆる常識をねじ曲げられた石上が口を開く。

 

「間違っているのは僕じゃない、間違っているのはこの世界だ...」

 

「さっきから君は何を言っているんだい?」

 

耀はいい加減、言動が定まっていない石上を心配し始めた。

 

「それにしても石上くん......。君の女装姿、中々個性的で面白いね」

 

「僕が望んだ姿じゃないのでっ!!」

 

耀はほぼ笑いながら石上の容姿に茶々を入れる。

 

「よし、決めましたわ」

 

かぐやの言葉に石上と耀が振り向く。

 

「今のあなたは杉原 耀の反転した姿。名付けて、松園 冥(まつぞの めい)さんよ!!」

 

耀はかぐやのノリノリっぷりに絶句した。

 

「それでは冥さん、明日の学校は体育祭の準備で休校なので、明日はその姿で登校してきて?事前準備の視察と言うことで、校長には話を通しておきますわ?それと夕方から、伊井野さんの女子だけの歓迎会もあるからそちらにも出席して」

 

「絶対嫌です」

 

「あら?敗者は勝者の言うことを何でも聞くんでしょ?」

 

「だから、女装してるじゃないですか」

 

「私は1度でも罰ゲームで女装してなんて言ってないわよ?」

 

「........」

 

「だから明日、女装して登校して1日を過ごすこと。これがあなたへの罰ゲームです。女装については明日の朝ウチにいらっしゃい?早坂にもう一度メイクを依頼しておくわ」

 

この瞬間、耀の地獄が明日まで継続する事が確定した。

 

 

本日の勝敗:かぐやの勝利

 





いかがでしょうか?

次回も引き続き、耀の地獄が続きます笑
楽しみに待っていてくださると嬉しいです( *´꒳`* )

引き続き、高評価・お気に入り登録・感想お待ちしております。

ではまた次回!!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。