完璧な僕の嘘を、嫌われ者の君だけが「正論」で壊した   作:テレサ二号

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新年明けましておめでとうございます!
テレサ二号です!

皆さん、年末のかぐや様は告らせたいテレビスペシャルは観ました?
自分はずっと、会長と圭ちゃん可愛すぎだろと思いながら見てました笑

完結編の映画化も決まり、楽しみが増えましたね!!

では、本編です!



第五話:効率厨が描く非合理な曲線

 

「会長、S4って知ってます?」

 

夏休みを終えた翌日、生徒会メンバーは生徒会室で業務をこなし、休憩の合間に紅茶を飲んでいた。

 

「それは自動車メーカーが車の価値について掲げる、運動性能、安全性能、環境性能、洗練された質感の事か?」

 

「そんな指標があったんですか?逆に知らなかったです」

 

会長からの思わぬ回答に、石上は1度紅茶を口に注いでから会話について続ける。

S4と言う聞きなれないワードに意外にも藤原が食いついて来た。

 

「ふっふっふ、皆さんS4を知らないんですか?」

 

チッチッチと指を左右に振りながら、藤原が補足する。

 

「S4と言うのは正式名は『Selection 4(セレクション・フォー)』の略で、代々秀知院学園の女子生徒たちが学園掲示板などでの投票によって選ぶ、単なるイケメンという枠を超え、【家柄・知性・品格・容姿】などなどの多数の要素において、「この人こそが秀知院の華である」と認めた「学園の四天王」とも言える4人の男子を指します」

 

「なるほどな、つまりそのS4に選ばれるという事はある意味では、この学園に在籍する上でステータスになるという訳だな?」

 

「まぁ、そーいう事っす」

 

「それで?そのS4がどうしたんだ?」

 

S4の意味を理解した白銀は、話の発端となった石上に問いただす。

 

「その前に1つ確認したくて。杉原くん、2年生の西園寺 麗華先輩から告白されて断ったって今、学園掲示板が祭りを超えて暴動レベルの大騒ぎなんですけど。これってマジですか?」

 

「本当だよ、石上くん。良く知っていたね?」

 

耀は特に慌てる様子も無く、紅茶を飲みながら冷静に話す。

 

「ええぇぇ!? 麗華さんといえば、あの『秀知院の百合』とまで謳われる、男子の憧れの的の彼女ですよ!? 杉原くん、何を考えてるんですか!?てゆうか!そんな面白い話、なんで今まで黙っていたんですか!?」

 

藤原は耀の胸ぐらを掴んでブンブン振り回す。

耀は「制服が伸びるので止めてください」と冷静に藤原をたしなめた。

 

「……杉原、一体どんな断り方をしたんだ? 」

 

「西園寺先輩は『貴方がどうしても付き合って欲しいと言うなら、付き合ってあげてもいいわよ?』と言ってくれたんです」

 

(……それ、典型的な『告白を相手に言わせようとする』女子のプライドを懸けた誘い文句ですよ)

 

自身の日頃の行いを思い出し、かぐやは頭を抱えた。

そんなかぐやには気づかず、耀は話を続ける。

 

「それで?杉原、なんて答えたんだ?」

 

「僕からは『貴方の提案は、僕への慈善事業に近い。そんなことに貴女の貴重な時間を割かせるのは、あまりに無駄であり、この学園にとって損失が大きすぎる。僕なんかと付き合っても、貴女の時間が無駄になってしまいますよ』……とだけ」

 

耀のあまりにも残酷な断り方に生徒会室に一瞬の静寂が訪れる。

 

「鬼! 悪魔! 効率厨! 杉原くん!それ言われた女の子は、一生『自分との時間は無駄な存在なんだ』って呪いにかかっちゃいますよ!」

 

「心外ですね。僕は彼女の時間を貴いと評価したんです。恋愛という不確実なリソース消費に、彼女のような才女を巻き込む事を僕の良心が咎めました」

 

と淡々と話して再び紅茶を啜る。

今日の紅茶が彼の好みに刺さったのか、時折微笑みを浮かべている。

 

「それで?僕が西園寺先輩からの交際の提案をお断りした事と、先程から話題に上がっているS4になんの関係があるんだい?」

 

「あぁ、そうでした。その『高潔すぎる拒絶』が逆に女子生徒の心に火をつけたみたいで。……おめでとうございます杉原くん。女子生徒の投票で決まる秀知院で最も華のある男子の称号である”S4”に、1年生で唯一選出されました」

 

石上は耀を拍手で称える。

正し心の底から称えているかは定かではない。

 

「あら、S4ですか。……確かに杉原くんのルックスと聖人君子のような雰囲気は、ある種のアイドル的な魅力がありますものね」

 

かぐやは耀のS4入りを肯定する。

 

「いいですか杉原くん。これは単なる人気投票じゃないんです。『この人の隣に立つだけで自分の価値が上がる』と女子に思わせる、いわば動くブランド品みたいな称号なんですよ。選ばれているのは、圧倒的なカリスマ性を持つ者のみ。今までは2、3年生の独壇場だったんですが……そこに1年生の君が、2年生の学園のマドンナを秒殺した『高潔な怪物』として、彗星のごとくランクインしちゃったわけです」

 

「……ブランド品の様な価値かぁ...。つまり僕は、女子生徒にとっての『資産価値』として評価されているわけだね。……理解不能だ。僕という人間の本質ではなく、付随するスペックで判断されるのは、価値観の相違でしかないね」

 

耀は困るように苦笑いを浮かべる。

そんな耀に藤原はいい機会なので興味本位で恋バナを振ってみた。

 

「じゃあじゃあ、杉原くんってどんな人がタイプなんです?」

 

「好きなタイプですか?そうですねぇ...。言語化するのであれば、知性は刃のように鋭いのに、心は驚くほど純粋で、時折とんでもない非合理なお節介や自己犠牲をしちゃうような人ですかね?」

 

耀はそんな質問されたのは初めてだったので、照れくさそうに頬をかいた。

そんな耀の好みのタイプを聞いて、藤原は恥ずかしそうに両手の人差し指を合わせツンツンとしている。

 

「つまり、杉原くんのタイプは私みたいな女性と言う事ですか。まぁ、いくら杉原くんでも私のような高嶺の花を手にすることは簡単にはできませんよ?」

 

「藤原先輩の知性の刃はプラスチックでできているでしょう?」

 

「......ぶん殴りますよ?」

 

耀の胸を藤原はポカポカと殴る。

耀は自分でもこんな冗談が言えるようになったのかと思っておかしくなって小さく笑った。

 

そんな小さく笑う耀を見て、石上は自分も嬉しくなって耀に質問を続ける。

 

「今更ですけど、杉原くんって彼女はいないんすか?」

 

「いないよ!……正直に言えば、僕は恋愛適正が0なんだろうなって思うんだよね。生まれてこのかた、異性を見て『可愛い』や『美しい』と心の底から思ったことが一度もないんだよ」

 

「え、西園寺先輩とか見ても何も思わなかったんですか?」

 

「うん、そうだね。造形としての左右対称性や、肌のキメの細やかさによる光の反射率は世間一般の美の基準対して高い数値を叩き出しているという認識はあった。美的センスという基準は持っているんだよ。これでも一応ファッションブランドの社長子息だしね。ただ、それが僕の心拍数を変えることは無かったんだ。多分……一生、そうなんだろうと思ってる」

 

耀は少し悲しそうに困った素振りを見せて、小さく笑った。

 

「まぁ、それはそうと杉原くん、S4になるとファンクラブができたり、待ち伏せや告白の回数が今の比じゃなくなりますよ。マジで気をつけてくださいね」

 

「……それは困ったなぁ。このままでは僕の作業効率が著しく低下する。……何か対策を講じなければ」

 

耀は真剣に考え出した。

 

「大変だな、杉原……」

 

他人事のように白銀はコーヒーを口にする。

 

「あ、会長。他人事じゃないですよ? 今年のS4には、当然のように会長も選ばれてますから」

 

「は?」

 

「『努力する天才、鋭い眼光の貴公子』として、2年生の間で圧倒的な支持だそうです」

 

――ピキッ、と何かが凍りつくような音がした(比喩)。

 

「……石上くん。今、何と? 2年生の間で圧倒的な支持率?それはつまり生徒会長としての支持率の話ですか?」

 

「四宮先輩、知らないんですか? 会長、今や学園トップクラスのモテ男ですよ?」

 

(なんですって……!? 私の会長が、不特定多数の泥棒猫たちに狙われている!? S4!? 華のある男子!? 不要ですわ、そんな称号! 今すぐ会長に群がる害虫達を駆除しないとっ!!)

 

「四宮?どうした?顔が怖いぞ?」

 

白銀は一瞬だけ、かぐやから阿修羅のようなオーラを見た気がした。

思わぬライバルの出現の可能性にかぐやは動揺しているが、口元を隠しながら極めて冷静を装って石上に不明点を問いただしていく。

 

「……石上くん。一つ確認したいのだけど。会長も杉原くんも、生徒会の公務で多忙な身です。そんな彼らにS4などという……まるでアイドルか何かのような不名誉な肩書きを背負わせるのは、本人たちにとっても多大な迷惑な話だと思うの」

 

「……不名誉ですかね?少なくとも女子から羨望の眼差しを向けられるのは素直に羨ましいと思いますし、かなりの名誉だと思いますけど?」

 

「だ!か!らっ!そのS4の辞退届、あるいは抹消申請書のようなものはあるのかしら? あるなら、2人の負担を減らすために、私から2人分提出しておくわ。ええ、あくまで生徒会副会長としての事務的な義務感からですけれど」

 

腕をブンブン振り回しながらかぐやは石上に抗議する。

しかし返ってくる回答はかぐやが納得するような内容では無かった。

 

「……いや、四宮先輩。S4って女子生徒が勝手に選んで、勝手にそう呼んでるだけの自然発生的なあだ名なので、辞退届もクソもありませんよ。仮にあったら誰に出すつもりなんですか?」

 

石上は半ば飽きれたようにかぐやを諭した。

擬音があるとするなら”ガーン”という衝撃音がしそうな顔をかぐやしている。

 

「……届出制、ではないのですか? 非公式な組織だとおっしゃるの?」

 

「ええ。言うなれば、学園全体の女子の推し活です。止めるのは、校門の前で全員息を止めろと言うのと同じくらい無理ゲーっすね」

 

そんな2人を見つめていた耀はかぐやが白銀の心配をしている事を察して、代替案を提案する。

 

「……四宮先輩、そう悲観することはありません。このS4という迷惑な制度も、逆手に取れば利用可能です」

 

「……利用? どういうことですか?杉原くん?」

 

「群衆心理の隙を突くんですよ。いくら会長がS4と言われてチヤホヤされようとも、その近くに特定の、それも非常に親しい女性がいれば他の女性陣も中々付け入る隙がないはずです。……いわゆる『高嶺の花には、相応のパートナーがいる』という認識を植え付けるわけですね」

 

(……嫌な予感がするぞ、杉原お前まさかっ!?)

 

「ですので四宮先輩、あなかが会長のそばにいる機会を、今の1.5倍から2倍に増やしてはいかがですか? 校内を移動する際も、常に隣に四宮先輩がいれば、他の女子生徒も物理的に接触できません。結果として、会長の忙しさも現状維持、あるいはそれ以下に保てるはずです」

 

耀の軍師的な提案を受け、かぐやには燿から後光が差しているように見えた。

今のかぐやなら、杉原耀が諸葛孔明(しょかつこうめい)の生まれ変わりだと言われても全く疑わないだろう。

 

(な……なんですって……? つまり、杉原くんは『私が公式に会長の隣を独占し、近づく女をすべて威嚇しろ』と……?それも、生徒会の防衛業務として公認で!?)

 

「おい杉原、それは四宮に負担がかかりすぎるだろ! 四宮だって忙しいんだし……」

 

「いえ、会長。これは生徒会全体のリスクマネジメントです。……四宮先輩、どうですか? 嫌なら他の....例えば藤原先輩にこの役目をお願いしますが?」

 

「そのプランは却下です!! 藤原さんのあのガードの緩さでは1分で突破されてしまいます! ……分かりました、杉原くん。貴方の提案は非常に論理的です。この生徒会の平穏のため、この四宮かぐやが、四宮の名にかけて会長の身を守る重役を務めさせていただきますわ!」

 

(うわぁ……。四宮先輩の目が、完全に自分の子どもを守る猛獣のそれだ……。これ、会長がトイレ行く時もついていく勢いですよ。ドンマイ、会長)

 

「では、決まりという事で。僕にはそのプランが使えるほど親しい女性はいないので、自分の身は自分で守らせて貰いますね」

 

耀は合法的にかぐやと白銀が一緒にいる時間を増やした事に満足しながら、ティーカップの片付けを始めた。

途中、藤原から「杉原くんの身は私が守りますね?」と提案されたが「丁重にお断りします」と耀は提案を突っぱねるのであった。

 

 

 

 

 

そんな生徒会メンバーもいよいよ、夏休み明けの実力テストを迎えようとしていた。

 

生徒会メンバーの中で唯一留年の危機に見舞われている、石上は担任に職員室に呼び出しされていた。

 

「石上...お前本当に分かっているのか?これ以上、赤点を取ったら進級すら危ういんだぞ?」

 

「はぁ....」

 

「少しは同じ生徒会の杉原を見習ったらどうだ?同じクラスで同じ生徒会のメンバーでありながら、杉原は常に成績上位の模範的生徒と言えるだろう。石上も杉原のようになれとは言わないが、彼から学ぶ事も沢山あるだろう?」

 

「はい、分かってます」

 

石上はこの手の話が嫌いだった。

 

耀と石上は先程述べられたように、同じクラス、生徒会でありながら成績は天地ほどの差があり、クラスメイトや担任からの人望も天地ほどの差があると自負している。

それなのに同じクラスで同じ生徒会と言うだけで、何かと2人は比較されることは多い。

 

そんな事が積み重なって軽い自暴自棄になっており、本人は留年が掛かっているというのにあまりにも危機感が無かった。

 

そんな石上に希望の矢が向けられたのである。

 

「石上くん、ちょっと付き合って貰えますか?」

 

「えっ、なんです?ここじゃダメなんですか?」

 

「はい、人のいない所で私と石上くんだけで」

 

かぐやの氷のような微笑みに、石上は死ぬ気で逃げようとしたが確保されてしまい、地獄の特訓の日々が幕を開けた。

 

都度都度逃げようとする石上をかぐやは捉え続け、いつしか石上は抵抗する気力すら失い、大人しくかぐやと毎日図書室で勉強をしている。

 

 

耀は石上の事はかぐやに任せて自身は教室で作業をしていた。

 

その傍らには風紀委員である、伊井野ミコが席について勉強をしている。

今はクラスで2人きりの状態だ。

 

迫る実力テストに向け、ミコは耀の警護という風紀委員としての仕事をこなしながら、自身の勉学に励んでいる。

そんなミコに耀は改めて謝罪した。

 

「伊井野さん、改めて本当にすみません。僕の警護なんかを伊井野さんにお願いする形になってしまって」

 

「いいの、困っている生徒を助けるのも風紀委員の仕事だから」

 

ミコはそう言うがこれはミコ自身が立候補して、生まれた話では無い。

 

そもそも生徒会役員の有能さは各委員会でも有名であり、特に耀は校内外に問わす発揮される交渉術や語学力、コミュニケーション能力に長けているため、耀をスカウトしたいと思っている委員会や部活は多い。

 

そして、ミコが所属する風紀委員もその1つの組織であり、風紀委員長から何度か耀をスカウトしたいと相談を持ちかけられていた白銀は、そこを逆手に取り、風紀委員が耀の警護をしてくれないかと提案してみたのだ。

 

結果として、白銀のその案は採用となり同じクラスのミコに白羽の矢が立ったという訳である。

 

「いざとなったら色仕掛けでもいいから、杉原くんをスカウトしてくるのよ!」

 

と委員長に言われた事を思い出しながら、ミコは顔を横にブンブンと振った。

 

そんな耀の作業を見つめていたミコから耀へ質問をしてみた。

 

「杉原くん、今なんの作業してるの?」

 

「これの事かな?これは石上くん用に次の実力テストで出そうな所をレジュメに纏めている所だよ」

 

耀はミコからの質問に視線は向けずに淡々と答える。

 

「あー、石上ね。アイツ、赤点ばかりで留年の危機みたいね。そうだっ!石上が赤点を取る可能性を下げる為に、杉原くんが0点取ればいいんじゃない?」

 

秀知院学園の赤点のボーダーラインは学年の平均点の半分になる。

つまり上位常連の耀が0点を取れば必然的に平均点が下がり、赤点のボーダーラインも下がる。

そうすれば、石上が赤点を取る可能性を下げられるというロジックだ。

 

ミコとしてはいつも成績トップを争っている耀が対抗馬から降りてくれるという意味で半ば冗談で提案したのだが、耀は1度ペンを止め一切の温度を排した瞳で抗議の意味を込めてミコを瞳を凝視した。

 

「………」

 

「え……な、なに?」

 

「伊井野さん。その提案は、二つの理由で受理できない。一つは、僕がこの学園で杉原の苗字を背負っている以上、その価値を意図的に毀損させることはできないと言う事。そしてもう一つは……」

 

「……もう、一つは?」

 

「それが、石上くんの努力に対する最大の冒涜になるからだよ。彼が今、四宮先輩と共に知識を詰め込んでいるのは、自らの過去の努力不足を精算し、留年という最大の問題を乗り越えるためだ。僕が0点を取る事でそのハードルを歪めてしまうということは、彼の努力を真正面から否定する行為に等しい」

 

冗談だったとはいえ、無意識の内に石上の努力を否定しようとしていた自分に行いに、ミコはとても恥ずかしくなってしまった。

 

「……っ。……そうだね。冗談でも、そんなこと言ってごめんなさい。私が間違ってた」

 

ミコは自身の言動を反省し、素直に耀に謝罪した。

このやり取りで、むしろ耀はミコを嫌いになるどころか評価を上げていた。

 

それはこのプライドの塊の様な秀知院学園に在籍しながらも、自らの言動に間違いがあれば、即座に行いを改められる誠実さ。

 

その誠実な伊井野ミコが風紀委員を務めている。

適材適所だなと耀は改めて関心した。

 

自らの浅はかな言動を悔いてシュンとしているミコを見て、耀は少しだけ罪悪感にかられた。

耀は瞳の温度を元に戻してから、ミコに返事をする。

 

「……謝罪は不要だよ。次に提案するなら平均点を下げる方法ではなく、石上くんの脳への定着率を上げる方法を一緒に考えてくれたら嬉しいな」

 

そう言って耀は自身が常備しているキットカットをミコの机に置いた。

 

「え……?」

 

「キットカット……『きっと勝つ』という、この国特有の非科学的な験担ぎだね。だけど、カカオに含まれるテオブロミンと糖分は疲労した僕たちの脳細胞には、どの理屈よりも即効性のある解決策と言えるかな」

 

と理屈っぽい事を言いながら自身もキットカットを口に運ぶ。

 

「杉原くん……」

(さっきの謝罪を気にしてくれてるんだ)

 

「……分かった。……ありがとう、杉原くん。いただきます」

 

ミコは耀からの小さな気遣いが嬉しくなって小さく笑みをこぼす。

こういう小さな配慮ができる所がS4たる所以なのかと関心しながらキットカットを口にした。

このキットカットのおかげで、2人は仲直りとなった。

 

耀は引き続き、教科書を印刷した小冊子の余白に手書きでメモを付け加えていた。

 

ふとミコはその内容が気になりレジュメに目を向ける。

するとその中には、手書きのクマが「ここがテストに出るクマっ!」などとイラスト込みで描かれている。

 

(く、クマちゃん可愛い...!)

 

耀は好みでクマを描いている訳では無い。

後から秘密裏にこのレジュメを石上に渡そうと思っている。

その際に送り手が誰か分からなくする為の偽造工作として、耀はクマちゃんを抜擢した。

 

そんな無意識なギャップがミコの胸にいい意味でトキメキという槍をぶっ刺した。

 

普段は生徒会会計を努め、頭脳も学年上位、品行方正という言葉が似合うこの男が似つかわしくない、可愛らしいクマのイラストを描いている。

あまつさえ、語尾はクマっ!である。

 

そんな耀がとても可愛らしく感じてしまい、ミコは顔を真っ赤にしている。

 

ミコは耀にクマを描いた意図を尋ねた。

 

「杉原くん……その、クマちゃん、凄く上手ね……」

 

「上手? これは差出人を特定されない為の偽造工作だよ。更に認知科学に基づいた、親しみやすい曲線で構成されたキャラクターを採用することで、石上くんのテスト範囲のレジュメを読む=勉強という、発生しうる拒否反応を30%程度抑制し、学習内容のインプットを高める狙いがある」

 

(……そこまで計算してクマちゃん描いてたの!?)

 

毎ページにいる訳では無いクマではあるが、要所要所で出てくるその可愛らしさに自分なら逆に集中できなくだろうなとミコは思った。

 

そして、周囲から聖人君子のイメージを持たれがちな耀の意外な秘密を知った気がして少し嬉しさと恥ずかしさの両方をミコは得た。

 

 

 

それからしばらくは、作業と勉強に集中していた2人だったが、ミコは先ほどの「クマっ!」という文字と愛くるしいイラストが脳裏から離れずに悶々としていた。

 

ミコは自分のノートの隅っこをじっと見つめる。

しかしそこには、自分で書いた几帳面すぎる、少し堅苦しい文字が並んでいるだけである。

 

(私のノートにも……一匹くらいいてもいいじゃない?……いえ、ダメよ! 勉強のノートに落書きなんて、風紀委員として許されない!)

 

自分を律しようとすればするほど、耀が描いていたクマの丸っこいフォルムが愛おしく思えてくる。

 

今度は「この文法はこの後も出るから覚えておくようにクマっ!」と書かれている。

 

ミコは手元のノートをぎゅっと握りしめ勇気を出して、震える声で切り出した。

 

「……ねえ、杉原くん。……私、さっきのあなたの理論に、一つ重大な欠陥を見つけてしまったわ」

 

「欠陥? 僕の理論に?それは興味深い。是非、聞かせてよ?」

 

耀はペンを置きミコと正対した。

ミコは耳を真っ赤にしながら話を続ける。

 

「それはね?杉原くんは『石上くんの拒否反応を抑制するため』って言ったけど……。……それって、私にも当てはまると思わない?」

 

「うん?」

 

ミコは顔まで赤くして、早口で畳み掛ける。

 

「今、私も膨大な暗記作業で脳が消耗してるの。あなたの理論でいけば、私の学習効率を最大化するためにも、同様の……その、『親しみやすい曲線で構成されたキャラクター』の介入が必要不可欠なんじゃないかしら?」

 

「……伊井野さん、君は石上くんと違って自己規律能力が高いじゃないか」

 

「規律の問題じゃないの! 公平性の問題よ! 私はこんなに頑張ってるのに、私の方には一匹も……その、クマちゃんがいなくて……これじゃあ、私の脳細胞が不公平だってデモを起こして、記憶効率が著しく低下しちゃうと思うの!!」

 

ミコはノートの端を指さし、涙目で必死に抗議した。

 

「……要するに、クマを描いてほしいってこと?」

 

「……そうよ。効率のためなんだから。……だから……その、私のノートにも……『がんばれクマっ!』って……描いて……ほしいの……クマっ……」

 

「…………最後、語尾。移っているよ、伊井野さん」

 

「うるさいわね! 早く描いて!?効率のため、なんだから……!」

 

顔が爆発するんじゃないかというくらいに赤くしながら、耀にクマを描くことを要求する。

 

燿は少し困ったように笑いながらも、ミコのノートの端に、迷いのないペン捌きで一匹のクマを描き上げた。

 

そこには、レジュメに描かれた物より少しだけ表情が柔らかいクマと共に、端正な字でこう添えられていた。

 

『いつも頑張ってて偉いクマっ! 休む事も覚えるともっといいクマっ!』

 

「…………っつ」

 

ノートを返されたミコは、その文字を読んだ瞬間、心臓が跳ね上がるのを感じた。

 

理屈では分かっている。

これは彼が言うところの”効率を高める為の手段”に過ぎないのだと。

 

けれど、文字から伝わってくるのは、間違いなく”杉原耀は自分を見てくれている”という事実だった。

 

耀が描き終えたノートを受け取り、ミコはそこにある『休むことも覚えるともっといいクマっ!』という言葉を指差して、顔を赤くしながら抗った。

 

「……ちょっと、杉原くん。どうして『がんばれ』って書いてくれないの? 石上のにはあんなに力強く書いていたのに、私には……これじゃ、私がサボっているみたいじゃない」

 

照れ隠しで、わざと不満げな声を出すミコ。

けれど、ペンを片付けようとしていた耀は、動きを止めて真っ直ぐにミコの目を見た。

 

「……伊井野さんは、既に最大限の努力をしているだろう?」

 

「え……?」

 

「僕の目から見て、君の努力量は、理想的な規律の維持を優に超えている。これ以上、何を頑張る必要があるんだい?」

 

耀は少しだけ、慈しむような、それでいて理知的な眼差しをミコに向ける。

 

「限界まで走っている人に、これ以上『がんばれ』と言うのは、ただの失礼な無茶振りだよ。……だから、僕が今の君に贈るべき言葉は『がんばれ』ではなく『休息のススメ』になる。当然の結論だと思わないかい?......いや、僕からじゃなくてクマからだったね?」

 

耀は少しだけ恥ずかしそうに微笑んだ。

 

「…………っつ」

(ダメ……。そんな風に、真っ直ぐ言われたら……)

 

ミコは何も言い返せず、ただノートをぎゅっと抱きしめた。

今まで誰にも言われたことのない、けれど一番欲しかった、『今のままで十分だ』という言葉。

 

「……そう。……貴方が、そう計算したなら、そうなんでしょうね……」

 

そう呟くミコの耳たぶは、夕焼けよりも赤く染まっていた。

 

 





いかがでしょうか?

石上くんの赤点回避回を書いてたら、かなりの文字数になっちゃったので一旦この辺で区切ります!!
構想はできているので、次回までそんなに期間は空かないと思いますので、楽しみに待っていてくださると幸いです!

引き続き、お気に入り登録、高評価、感想などなどお待ちしております!!

では、また次回!!
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