完璧な僕の嘘を、嫌われ者の君だけが「正論」で壊した   作:テレサ二号

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こんばんわ、テレサ二号です!
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これからもよろしくお願いしますね!

早速本編です!!


第九話:伊井野ミコは叫びたい

 

『第68代生徒会長選挙における不適切行為について』

 

選挙管理委員会の規定および校則に基づき、以下の生徒を処罰の対象とする。

 

【処分内容】 一週間の校内奉仕活動

【対象者】 1年B組 杉原 耀

 

 

 

会長選の翌日、耀は授業を終えてから今回の処分の対象である奉仕活動に務めていた。

 

先日の会長選後、耀は白銀からの次期生徒会広報への就任要請を辞退し、今は特にどの部活や委員会にも属さず日々を過ごしている。

 

今回の騒動について、校則違反をしてしまった事についての処罰については耀本人も納得しており、ただ黙々と奉仕活動を続けている。

 

そんな耀のもとにミコが駆け寄ってくる。

 

「杉原くんっ!私にも奉仕活動手伝わせて?」

 

「その提案はお断りだ。……君がここに並んでしまえば、僕が受けた処罰の意味が濁ってしまう。僕は自分の不誠実を、自分自身で清算したいんだ。そこに君が介在する必要はないよ」

 

耀はミコからの提案を真っ先に拒否した。

 

「どうして?私のせいでこうなったんだから、せめて罪滅ぼしをさせて?」

 

「あの日君は何一つ間違えたことはしていない。僕は、今回の様な処罰も事前に受ける覚悟を決めた上で行動を起こした。だから全ては僕の責任。そして起こした問題には処罰を受ける義務がある。...今回の処罰の対象は僕、それだけだよ」

 

作業を続ける耀のもとに、運動部の生徒たちが通り声をかける。

 

「よっ、杉原! 奉仕活動中か、大変だな」

 

「昨日の演説マジでしびれたよ。一週間なんてすぐだ、頑張れよ!」

 

彼らは耀を「違反者」として蔑むのではなく、むしろ一人の男として敬意を払っているようだった。

 

「……自業自得だよ。でもありがとう、気にかけてくれて」

 

耀はいつものように、穏やかながらも品格のある礼を返す。

 

そんな耀の姿を見て、隠れていた他部活の部長たちが好機とばかりに次々と声をかけてきた。

 

「なあ杉原くん! 君、もう生徒会には入らないんだろ? だったらぜひ我が馬術部に!」

 

「いやいや、うちの図書委員会に来てくれ! 君の知性が必要なんだ!」

 

「ぜひとも我ら、チェス部に!!」

 

「ちょっと待ったっ!!」

 

半ば興奮状態のスカウト陣を割くように、鼻息荒く一人の女子生徒が割って入ってくる

 

「杉原くんを最も必要としてるのは我々服飾部です!」

 

"バーン"っと効果音が付きそうな感じで堂々と服飾部部長が耀とミコの前に現れた。

 

「服飾部?杉原くんにはあまり関係無さそうな気がしますけど」

 

「甘いっ!」

 

「こちらにおわすお方をどなたと心得る!?秀知院学園服飾部のレジェンド、杉原怜様のご子息である、杉原耀様であらせられるぞっ!」

 

どこかの副将軍が出てきそうな口上で耀を設定する。

 

「杉原怜さん?」

 

「僕の母です」

 

「やはり怜様のご子息だったのね」

 

「あまり人には話したことなかったのですが、良くご存知でしたね?」

 

「我々の間では怜様のご子息が入学したと噂になっていたのよ。確証はなかったけど、杉原くんの顔を見た時、あまりに怜様にソックリだったから、事実と確信してこの場に参じた次第よ」

 

「杉原くんのお母さんって?」

 

「母はアパレルブランドで社長兼デザイナーを務めてる」

 

耀は母の会社のホームページをミコに見せる。

そこには耀と良く似た20代中盤くらいの女性が写っていた。

 

「この方は?杉原くんのお姉さん?」

 

「いや、コレが母だよ。僕は一人息子だから兄弟はいない」

 

「えぇっ!?つまり40代くらい!?それでこの若さは異常よっ!?」

 

そして耀と画面に映る母の顔を見比べる。

耀は間違いなく母親似だとミコは納得した。

 

「それで?何故僕が必要なのですか?母の家業と僕は関係無いですが?」

 

「あるわっ!杉原くんっ!あなたのその優秀な遺伝子、そして幼少期から培われた鑑識眼、そして杉原くん自身もモデルとして活躍できるルックス!やはりあなたは私達があなたを1番必要としてっ」

 

「ちょっと待ってください!」

 

服飾部部長の熱烈なスカウトに待ったを掛けたのは意外にもミコだった。

 

「杉原くんを誰より必要としているのは!我々生徒会ですっ!!」

 

ミコの叫びが響き渡った瞬間、校庭の温度が数度下がったかのような静寂が訪れた。

 

各部・委員会のスカウト陣が呆然とする中、ミコは自分の失言に気づき、顔を真っ赤に染め上げる。

しかし、ミコはそこで折れなかった。

 

「……そ、そうです!杉原くんは現在、校則第11条に基づき奉仕活動による『自己規律の回復期間』にある生徒です!その神聖な反省の時間を部活動の勧誘という私的な利欲で妨害する行為……」

 

ミコは愛用の生徒手帳をバッと開き、スカウト陣を一人ずつ指差した。

 

「校則第13条『奉仕活動の妨害』、および第32条『許可なき勧誘活動』に抵触します!今すぐ解散してください!従わない場合は、各部活の予算削減案の提出と、全員に原稿用紙10枚分の反省文を課しますよっ!」

 

「反省文10枚……っ!?」

 

「げっ、伊井野マジだ……」

 

その峻烈な剣幕に、さっきまで熱を上げていた部長たちも顔を引きつらせる。

 

「杉原くんっ、また後日風紀委員のいない時に伺いますわ!」

 

服飾部部長も捨て台詞を残し、スカウト達は蜘蛛の子を散らすように去っていった。

 

静まり返った校庭に、耀の箒を掃く音だけがシャッ、シャッと規則正しく響く。

 

「……助かったよ。やっぱり伊井野さんは、こういう時に一番頼りになる」

 

耀は手を止めずに、どこか満足げに呟いた。

 

「べ、別にあなたを助けたわけじゃないわ。私はただ、校則を遵守させただけよ」

 

ミコはまだ赤い顔を隠すように腕組みをし、ツンと横を向く。

そんなミコを、耀は少しだけ目を細めて見つめた。

 

「それで?君はこんなところで、僕の監視をしていていいのかい?」

 

「えっ……?」

 

「新生徒会の仕事でしょ?会長たちが伊井野さんを待っているはずだ。……今の生徒会室は、まだ書類の整理も終わっていないはず。会計監査の君がいないと、石上くんがまたサボり始めるかもしれないよ?」

 

耀は冗談を交えながら視線で生徒会室へと続く階段を指し示した。

 

「でも、杉原くんがこんな……」

 

「僕なら大丈夫だ。言っただろう、これは僕自身の処罰だ。君が心配することじゃない。……それに」

 

耀は少しだけ口角を上げ、ミコの目を見据えた。

 

「君が立派に役員を務めることが、僕のあの日の行動に意味と成果を与えるんだ。君が最高の生徒会役員になってくれれば、僕の処罰なんて安いものだよ」

 

「……っ」

 

ミコは言い返そうとして、言葉を飲み込んだ。

 

耀の言葉はいつだって論理的で、そして少しだけ卑怯だ。

自分を突き放しているようでいて、その実、誰よりも自分に期待を寄せている。

 

「……わかったわ。行くわよ。言われなくても、あなたがいなくなっても大丈夫だって、みんなに安心して貰えるくらいの役員になるわっ!」

 

ミコは精一杯の強がりを口にして、踵を返した。

 

階段を一段一段踏みしめるように上がる彼女の背中を見送りながら、耀は再びホウキを握る。

 

夕闇が迫る中、耀は一人、静かに奉仕活動を続けた。

 

 

 

 

「失礼します……」

 

ミコがおそるおそる扉を開けると、そこにはいつも通り淡々と業務こなす、生徒会メンバーの姿があった。

 

白銀はデスクで書類を精査し、石上はノートPCに向かい、藤原とかぐやは談笑しながらお茶の準備をしている。

 

かつての風景と何ら変わりない。

 

……ただ一人、そこにいるべき人物が欠けていることを除いては。

 

「ああ、伊井野。ちょうどいいところに来たな」

 

白銀は顔を上げると、特に気負う様子もなくいつもの穏やかなトーンで迎え入れた。

 

「……はい、遅くなってすみません」

 

「構わん。さて、伊井野。適当なところに座ってくれ。まずは今後のスケジュールの共有から始めよう」

 

白銀のその言葉に、ミコは室内を見渡した。

目に留まったのは入り口に一番近いソファの端。

新入りの自分が座るべきいわゆる下座。

 

だが、そこだけが不自然なほどぽっかりと空いている。

 

ミコがその場所へ歩を進めようとすると、お茶を運んでいた藤原が少しだけ名残惜しさを感じさせる声で制止した。

 

「ミコちゃん、そこに座るのはえっと...あまり良くないというか? 空けておくのがお約束というか、暗黙の了解というか……とにかく指定席みたいなもので、こっちに座ってください!」

 

「指定席……? どなたか、他の方が座るのですか?」

 

ミコが戸惑いながら尋ねると、白銀が手を休め、事も無げに答えた。

 

「そういえばそこは、元々杉原の席だったな。あいつはいつもそこに座って、来客があれば1番に挨拶に向かっていた。広報として、そこは譲らないとか言っていたな」

 

「しばらく来客対応は副会長である私がうけもちますね?」

 

「あぁ、頼む」

 

かぐやは耀の業務代行を申し出た。

それを白銀は承認した。

 

「僕としては……あの完璧超人がいないとなんか調子狂うんっすよね」

 

石上もまた、キーボードを打つ手を止めずにボソリと溢した。

 

彼らは耀がいなくなったことを恨んでいるわけでも、絶望しているわけでもない。

 

白銀は耀の『自らが行った行動への処罰はちゃんと清算したい』という申し出を、一人の男の筋の通った決断として受け入れた。

 

だからこそ、彼らは『杉原耀がいない今の形』を尊重し、いつも通りでいられる。

 

だからこそ、誰もあの日の耀の行動とミコについて責めないし、そもそも微塵もそんな気は無い。

 

しかし、ミコにその余裕はなかった。

 

「……っ」

 

ミコは、立っているのがやっとだった。

 

旧役員たちの、耀への信頼が滲む「いつも通り」の会話。

それが、今のミコには何よりも重い責め苦となって降り注ぐ。

 

(みんな、こんなに普通に……。どうして? 杉原くんは、私のためにあんな……!)

 

自分がもっと強ければ。

自分が彼を巻き込まなければ。

自分が分不相応な生徒会長になりたいと望まなければ。

きっと彼は今もこの場に残って楽しく過ごしていたはずだ。

 

彼が守りたかった生徒会の日常の中に、彼自身だけがいないという残酷な矛盾。

その原因を作ったのは自分だという実感が、ミコの心に鋭いトゲのように刺さっていた。

 

「……ごめんなさい」

 

ミコの声は震え、今にも消え入りそうだった。

 

「私、そこに座ることなんてできません。……杉原くんが外で一人、肌寒い校庭を掃除しているのに、私だけが平気な顔をしてこの温かい部屋にいるなんて……」

 

ミコは、耀の指定席だったソファの淵を、祈るようにぎゅっと握りしめた。

 

白銀たちは耀の意思を尊重している。

 

それが彼らなりの信頼の形だと分かっていても、今のミコにとって「杉原耀がいない日常」は、あまりに不自然で、残酷な空間に感じられた。

 

「……失礼します。私、まだ……皆さんと、同じ空気の中にいる資格なんて……ないですから」

 

「伊井野? 待て、まだ仕事が……」

 

白銀の呼び止める声を背中に受けながら、ミコは一礼して生徒会室を後にした。

 

扉を閉めた瞬間、視界が涙で滲み、一刻も早くこの場から立ち去りたい衝動に駆られる。

 

(走って、どこか遠くへ……)

 

一瞬、足に力が入りかけた。

だが、ミコの脳裏に『廊下は歩行すること』という風紀委員としての鉄則が、呪縛のように浮かび上がる。

 

「……っ、ふぅ、っ……」

 

荒くなる呼吸を、指が白くなるほど拳を握りしめて抑え込む。

彼女は、走らなかった。

震える足で、一歩、また一歩と、自分に言い聞かせるように廊下を足早に歩いていく。

 

それは彼女に残された最後の「正しさ」であり、同時に、耀の隣に並ぶ資格を失った自分への、小さな意地だった。

 

(私は……正しい風紀委員として、歩かなきゃいけないのに。どうして、こんなに足が重いの……)

 

ミコの背中は、いつになく小さく、そして孤独に見えた。

 

 

 

 

 

まだ生徒の姿もまばらな翌朝。

 

ミコは重い足取りで廊下を歩いていた。耀が一人で始めるはずの奉仕活動を監視するために。

風紀委員から耀の奉仕活動への監視の業務は受けていない。

これはミコ自身が、耀が奉仕活動期間を終えるまで見守ることを自身への罪滅ぼしと科したのだ。

 

角を曲がったところで、耀の背中が見える。彼はいつものように、感情を排した無機質な動作でホウキを動かそうとしていた。

だが、その視線の先に意外な者を捉えた。

 

「……石上くん?」

 

耀の、戸惑いを含みつつも落ち着いた声が響く。

ミコは反射的にその背後で足を止めた。

 

視線の先には、制服の袖を捲り上げ、鼻歌混じりに窓を拭いている石上の姿があった。

 

「あ、杉原くん。おはよー」

 

「何をしてるんだよ、君は。登校時間まで、まだ一時間以上はあるだろ?」

 

「いやー、最近ゲームやりすぎてて。運動不足解消っていうか。……ま、あくまで僕の個人的な健康活動の一環だから、気にしないでくださいよ」

 

石上は耀と目を合わせず、淡々と作業を続ける。

 

健康活動の一環などという明らかな嘘。

ミコはその場に縫い止められた。

 

耀の決断を尊重し、憐れみも見せず、それでも隣に並ぶために石上が選んだ『屁理屈』。

 

そこへ、軽やかな足音が響く。

 

「あー! 石上くん、抜けがけはずるいです! 私の『品行方正美少女強化期間』の第一号ボランティア、奪わないでください!」

 

「藤原先輩……その無理矢理な設定、昨日から考えてたんですか?」

 

ホウキを抱えて乱入してきた藤原が、先に来ていた石上に抗議の声を上げる。

そして耀は藤原にも待ったをかけようとした。

 

「あのっ、藤原先輩も...」

 

「コレは私個人のプランディングの一環ですからねっ!それを止めさせようとするなら、プライバシーの侵害ですよっ!」

 

「いや、プライバシーの使い方違うと思うんですが」

 

耀は藤原の勢いに押され、その行為を諌める事ができなかった。

 

そしてそこに、火ばさみとゴミ袋を持った白銀が合流する。

 

「藤原に石上も来ていたのか」

 

「これは会長の差し金ですか?」

 

耀が抗議の目を白銀に向けると、白銀はため息をついてゴミ拾いを始める。

 

「藤原や石上が何故ここにいるのかは知らんが、俺はただのボランティア活動の一環だ。俺が勝手にボランティアをするのにお前にとやかく言われる筋合いは無いな」

 

3人がそれぞれ耀の意思を無視して、掃除やボランティア活動をしている。

 

耀は段々、抗議する事が馬鹿らしくなってきた。

きっとこの人達は自分が何を言っても、それらしい屁理屈を並べてこの場に留まるだろう。

耀は怒るどころか呆れを通り越して、思わず笑ってしまった。

 

「あらあら、皆さん考えることは一緒でしたか。会長、私もゴミ拾いしたいのですがまだゴミは残ってますか?」

 

最後にかぐやが火ばさみとゴミ袋を持って合流した。

かぐやも「おはよう、杉原くん」と耀に挨拶を済ませると、耀へ手伝いの許可など取らずに勝手にゴミ拾いを始める。

 

「全く...これじゃあ罰にならないじゃないですか」

 

耀が思わず小さな愚痴を零すと同時に、彼の表情に笑みが溢れた。

 

耀は『自分の行動に対する責任は、一人で泥を被る』ことを自分に科していた。

 

しかし、白銀たちが当たり前のように隣で泥を被り始めた事により、無理やり耀から自責の念を取り上げた事で、彼の頑なな自罰心がふっと解けてしまった。

 

耀にとっての"罰”が、ただの"仲間との共同作業"に上書きされた瞬間をミコは目撃してしまった。

 

そしてこの場を見ているだけの自分と、奉仕活動を手伝っている旧生徒会役員の格の違いを感じた。

 

ミコは昨日から耀の奉仕活動を監視している。

その中で、耀に声を掛ける者は多くいたが横に並ぼうとする者はいなかった。

 

耀は一人で責任を取ろうとしていた。

そしてそれを望んでいた。

 

そしてこの四人は、耀のその誇りすらも守りながら、一緒に責任を背負おうとしている。

 

彼らは耀を『罰を受けている可哀想な人』ではなく、『大切な仲間』として、屁理屈を並べてまで守り抜いているのだ。

 

それに引き換え、自分はどうだ。

 

監視という義務を罪滅ぼしを免罪符にして、高い場所から彼を見ていただけではないのか。

 

そんな自分が悔しくて、恥ずかしくて、情けなくて、堪らなくなってミコの視界に涙が浮かんで来た。

 

「伊井野」

 

白銀の呼び掛けが、ミコの思考を遮った。

 

顔を上げると白銀がこちらを見ている。

その眼差しはただ静かに、彼女の選択を待っていた。

 

「伊井野はどうしたい? ボランティアという大義名分を背負えば、この”屁理屈野郎”の意思を無視して、作業に加わることができるが」

 

「だ、誰が屁理屈野郎ですかっ!? どちらかといえば今の会長ですよっ!!」

 

耀の、いつもの鋭いツッコミが入る。

 

その響きが、ミコの胸の奥に眠っていた"何か"を震わせた。

 

「私は……」

 

ミコはおずおずと、壁際に立てかけられたホウキへ手を伸ばす。

 

それは風紀委員としての公務ではない。

自分を責めるためでもない。

ただこの眩しい輪の中に、自分も自分の責任で入りたいという、初めての身勝手な願い。

 

「……私も、ボランティア活動に従事します。これは……私個人の、意志です」

 

耀の反応を伺うように上目遣いで耀を見る。

 

「…全く、困った人達だ」

 

耀はぶっきらぼうに背を向けたが、その耳が微かに赤い。

 

朝日が差し込む校庭で、5人と、少し離れた場所にいる1人。

 

ミコはまだ、輪の完全な中心にはいない。

けれど、自分で選んだホウキの感触だけが彼女をこの場に繋ぎ止めていた。

 

 

 

 

1週間後、耀の奉仕活動の期間が終えたが生徒会室に耀の姿は無かった。

 

やはり一度辞退すると決めた耀の覚悟を変えるのは生半可な事では無い。

 

そんな耀の不在の中、白銀達は奉仕活動を手伝っていた分滞っていた作業に手をつけていた。

 

「しっかし、結局杉原くん戻って来ませんでしたね」

 

石上が無意識に、みんなが気にしている事柄に触れる。

皆が一瞬だけ体を硬直させた。

 

「あ、すいません。悪気は無いです」

 

「杉原くんは、あー見えて頑固な所ありますからねぇ。いっそミコちゃん、色仕掛けとかどーですか?」

 

「不謹慎ですよっ!」か「風紀を乱す行為です!」といった返事が来ることを期待した藤原のボケに対して、返って来た言葉は真逆に近い物だった。

 

「......ごめんなさい、私のせいで。私...こんなつもり無くて......。皆さんの積み上げてきた信頼も努力も壊してしまって......。本当にごめんなさい」

 

遂にせきとめていた物が崩壊してしまった。

 

ミコにとって、メンバーから「杉原くんが帰って来ないのはお前のせいだ」と罵られた方がよっぽど楽だっただろう。

 

しかし、ミコを否定する事はあの日の耀の行いを否定する事に等しい。

だから誰もミコを否定しない。

そもそも行動をすると決めたのは耀本人であり、それについてミコに責任を押し付けるつもりなど元々全員無い。

 

その純粋な誠意が逆にミコを苦しめた。

終わりの無い自責の念。

それが彼女を蝕んで限界まで来ていた。

 

そんなミコをあやすように藤原はミコを抱きしめて頭を撫でる。

 

そして白銀が重い口を開いた。

 

「こんな時に申し訳ないが、伊井野に一つ仕事を頼んでもいいか?」

 

白銀の言葉に生徒会役員の視線が集まる。

ミコと目が合うのを待ってから、白銀は仕事の内容を告げる。

 

「伊井野に頼みたいのは新しい生徒会広報のスカウトだ」

 

「なっ!?会長!!」

 

石上が異議を唱えようとしたが、白銀は「最後まで聞け」と言わんばかりに石上を目で制した。

 

「俺が新しい広報の人材に求める条件は3つだ」

 

白銀が人差し指を立てて1の数字を示す

 

「一つ、次期生徒会の幹部候補としての活躍を期待できる一年生である事」

 

「二つ、俺と同等、もしくはそれ以上のコミュニケーション能力・語学力・交渉力を有し、この学園をより良いものにしたいと高い志を持って活動ができる人材である事」

 

「そして3つ、風紀委員を兼任する伊井野がこの人ならと、胸を張って推薦できる人格者である事。...以上だ。......あとわがままを言うなら、男子がいいな。女子4、男子2だと俺と石上の肩身が狭くなってしまうからな。なぁ石上?」

 

「そうですね」

 

石上は全て納得したように白銀のわがままに同意した。

 

「もし、その条件に該当する人材がいればこの場所に連れてきてくれ。交渉は俺がする」

 

白銀はミコに「頼めるか?」とアイコンタクトを取る。

ミコはそれを受け、涙を拭いてから走り出した。

 

生徒会室から出ていくミコの背中を見送ってから、石上が口を開いた。

 

「あーあ、風紀委員が廊下を走るなんて校則違反だってのに」

 

「あっ!石上くん!そんな乙女心が分からない発言するからモテないんですよっ!?」

 

「ふふっ、それについては私も藤原さんに同意ですね。ですが皆さん、校則違反している方など見ましたか?会長はどうです?」

 

「さぁな?俺は書類に目を通していたから分からなかったな」

 

ミコのここでの行動についてはお咎めなしと満場一致の結論を出してから、各々自身の作業に戻った。

 

ミコが素敵な人物を連れて来る事を祈って。

 

 

 

 

一方その頃、耀は職員室にて奉仕活動の終了報告をしていた。

 

「今日まで良く頑張ったな、これにて奉仕活動は終了だ」

 

「はい、ありがとうございました」

 

「杉原、これだけは言わせてくれ」

 

学年主任が凄みを出して耀に向く。

 

「俺たちだってなぁ...。教育者である前に1人の人間なんだぁ...。ホントはお前に罰なんて与えたくなかったんだからなぁ?」

 

学年主任は涙を流して耀を称えた。

耀は少し笑いながらそれに応えた。

 

「はい、僕のわがままに付き合っていただきありがとうございました。甘やかすだけが教育では無いという、先生方の理念に敬意を抱きます」

 

耀の誠実な言葉を受け、職員室に暖かい空気が流れる。

 

晴れて無罪放免となった耀は職員室を後にする。

 

「失礼しました」

「杉原くんっ!!」

 

職員室の入口で退室の挨拶をしていた耀に、ミコが声をかける。

 

生徒会室から職員室まで随分距離がある。

ミコが肩で息をしている所を見て、耀はミコが走って来たのだと察した。

 

「どうしたの?そんなに慌てて」

 

「......えっと、そのっ、会長から新しい広報のスカウトの仕事を頼まれて」

 

「なるほど、会長の事だからきっと無理難題を投げたんだろうなぁ。それで、僕にその条件に合う人物を紹介して欲しいと訪ねて来た訳だね?会長はどんな条件を出したんだい?」

 

耀はタブレットを取り出し、メモ機能を開いた。

ミコは条件を一つずつ説明しだした。

 

「1つ目は次期生徒会の幹部候補としての活躍を期待できる一年生である事」

 

「2つ目は会長と同等、もしくはそれ以上のコミュニケーション能力・語学力・交渉力を有し、この学園をより良いものにしたいと高い志を持って活動ができる人材である事」

 

耀は少し頭を抱えた。

 

「その条件は中々難しいかもなぁ。でも広報と広報補佐の2人に役割を分散すれば、その条件を満たせるかもっ!」

 

「そして3つ目が、私が胸を張って推薦できる人格者である事。その3つの条件を満たした人を生徒会室に連れてこいって言われた」

 

3つ目の条件を聞いた瞬間、タブレットを操作していた耀の手が止まった。

 

そして気づいた。

 

このスカウトにおける人選は、条件に合う人材を探すことでは無く、伊井野ミコに全権が握られていることを。

 

「私が推薦したいのはあなたよ、杉原くん」

 

ミコは真っ直ぐな目で耀に語りかける。

 

「......僕は、もう生徒会には戻らないと決めているから」

 

「そんなの関係ないわ。あなたが戻らないと決めていても、私があなたを推薦したいという事実は変わらない」

 

ミコが少しずつ耀の理屈による退路を狭めていく。

 

「......そこまで評価してくれてるのは素直に嬉しい。だけど、僕は僕を許せない。あの日の僕は、それまでのみんなの努力を踏みにじる行為をしたんだ。みんながいいと言っても、僕がみんなの想いを踏みにじった事実は変わらない」

 

「うるさい...」

 

「へ?」

 

「うるさいっ!うるさいっ!うるさいっ!そんな高潔な理屈も、あなたがあなたを許さない気高い言い訳も聞き飽きたのっ!そんな事どうでもいい!!杉原耀はどう思ってるのよっ!?いつまでも賢い言葉ばかり並べてないで、本音を言いなさいよ!!」

 

ミコの魂の咆哮が廊下に響き渡る。

耀は少し面をくらっていた。

 

話し合いや交渉は利益や理屈、理論の出し合いであり、感情的になるのはもっとも愚かな行為である。

 

しかし耀が構える理論や理屈を、ミコは真正面から感情でねじ伏せた。

その純粋なまでの想いが、少しだけ耀の硬い決意に綻びを産んだ。

 

「......そりゃ、僕だって戻りたいか戻りたくないかと言えばもちろん戻りたいよ。だけど、今の僕にその価値も資格も無いんだ」

 

ミコは自分の耳に入ってきた耀の言葉の必要で無い部分を削ぎ落とし、都合のいい言葉だけを受け取った。

 

杉原耀は間違いなく、戻りたいと言った。

これにより、ミコが耀を引っ張って行っても耀の本心に背く行為では無いという免罪符を手に入れた。

 

きっと耀はこの後、何を言っても巧みな理屈でかわしてくるだろう。

しかし、それについてはほぼクリアされた。

 

生徒会室に行けば、白銀会長がいる。

あとは連れてさえ行けば、きっと元通りにしてくれる。

 

ミコが自身の責任の行方を人生で初めて、他人の力量に全て委ねた。

 

「ついてきて」

 

「ちょっと!?伊井野さん!?」

 

ミコは耀の腕を引っ張り、半ば強引に生徒会室に向けて連れ出した。

 

 

 

 

 

耀を連れたミコは生徒会室の扉を勢い良く開いた。

そして、役員全員の視線がミコと耀に集まる。

 

一瞬だけ不安が混じった視線ではあったが、ミコが連れてきた人物が役員全員の納得の行く人選であったのか、すぐに皆いつもの表情に戻った。

 

「ほう?伊井野が選んだのは杉原だったか」

 

ふてぶてしく、かつ不敵に白銀はほくそ笑んだ。

 

耀は白銀の前まで行くと、白銀は耀に向けてその口を開いた。

 

「奉仕活動は済んだか?」

 

「はい、無事先程終わりました。皆さんもお手伝いいただきありがとうございました」

 

耀が大きく頭を下げた。

白銀は耀が口を挟む前に、白銀から発言する。

 

「では、これでもうあの日のお前の行いは無罪放免だ。改めて依頼する、杉原、生徒会に戻って来てくれないか?」

 

ミコを含めた全員の視線の熱意が高まる。

この日1番聞きたい言葉を白銀は敢えて序盤に切り出した。

 

「お断りします」

 

「なぜだ?」

 

「僕は僕自身の事が許せません。例え奉仕活動を済ませ、教師が許したとしても、僕が皆さんの想いや努力を踏みにじったという事実は変わりません」

 

「なるほどな、お前の言い分は分かった。ではこうしよう」

 

白銀は背もたれに体重を預けると、視線を耀から残るメンバーに切り替えた。

 

「この中にあの日の杉原の行いを許せない者がいれば挙手してくれ。杉原の行動によって、自身の想いや努力が少しでも無駄になったと感じている者も同じく挙手してくれ」

 

誰からも手は上がらない。

当然である。

 

あの日の耀の行動は確かに皆の想いを踏みにじる可能性のある行為ではあった。

 

しかしあの場で、誰もミコへの周囲の態度に異を唱えず、それを利用した勝ち方をするならきっと白銀御行はその場で生徒会長を辞任しただろう。

 

動くべき時に動ける人間は美しい。

 

よってあの日の耀の行動は誰からも恨まれることなど決してなかった。

 

「多数決により、お前のあの日の行動は全員にたった今許された」

 

「.......」

 

耀がずっと自身を苦しめていた、その高潔さ故の自責の念を白銀は多数決という簡単な民主主義で奪い去ってしまった。

 

「なぁ、杉原?ハムラビ法典には『目には目を歯には歯を』という有名な言葉がある。お前はその真意を知っているか?」

 

「...同害復讐法。......報復の連鎖を止めるため、必要以上に罰を与えてはいけないという法理です」

 

「その通りだ。......なら奉仕活動を終え、誰一人としてお前を責めていない今、お前が自分自身に与え続けている罰は、不当な処罰と言えないか?」

 

「.......」

 

「それにな、杉原。あの日のお前の行動は、校則という面から見れば違反ではあるが、道徳という面から見れば褒められる事はあっても咎められる行いでは決してない」

 

白銀は耀が自身に科している言葉による鎖を一つずつ、自らの言葉で紐解いて行く。

 

「それでもお前なら、自身の行動に責任を持ちたいと言うだろう。だがそれは、この場から逃げ出すこと、投げ出すことがお前の言う責任の取り方なのか?逃げ出した今のお前を近い将来『あの場で良く逃げた』と誇る事ができる選択か?」

 

夕陽がさして、生徒会室を包むように輝き出した。

耀にはこの情景も相まって、白銀がとても尊く神々しいものに見えた。

 

「周りを見てみろ、今のお前には俺が手を離してやらないといけないくらい、世界が荒んで見えるか?」

 

「???」

 

耀以外には伝わらない言葉を敢えて白銀は持ち出す。

 

白銀は耀が飛び降り自殺未遂を行った際に耀にかけた言葉である、『俺のように恋をしてみても、お前の景色が綺麗に見えないなら……その時は、この手を離してやる』と言った耀にとって人生で最も価値のある言葉を持ち出した。

 

耀は周りを見渡す。

 

両手を合わせて耀が戻ってくるように神に祈っている藤原と石上。

白銀を信頼し、任せたと言わんばかりに1ミリも疑う素振りを見せないかぐやの瞳。

そしてことの成り行きを不安げに見つめるミコの視線。

 

耀にはこの景色が荒んでいるようにはとても見えなかった。

人生で初めて、この景色が愛しいとさえ感じるような感覚に襲われた。

 

「改めて言うぞ杉原」

 

白銀の耀を呼ぶ声に、慌てて耀は白銀に向き合った。

 

「俺たちにはまだまだ杉原の力が必要だ。これは伊井野がお前を選んだ事と同じ。同じ能力があれば誰でもいいのでは無い。俺たちはお前を選んでいる。......生徒会広報、引き受けてくれるか?」

 

耀は少し自傷気味に笑うと真面目な顔つきで白銀に頭を下げる。

 

「謹んで、お受けいたします」

 

その瞬間、藤原と石上から「よっしゃー!!」という歓喜の声と、ミコから1粒の安堵の涙が零れ落ちた。

 

 

 





長文お疲れ様でした!

今回は大事な会長選からの二期目の生徒会のスタート回になるので、ついつい力が入ってしまいました笑

これからもご愛読いただけると嬉しいです!!

では、また次回!!
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