【完結】渋谷の中心でマハムドバリオンを唱えた馬鹿者   作:双子座流星群

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ファストトラベル解放って楽しいですよね


蛇足:贖罪の魔法使いの活動記録
日常:魔法使いの二重生活


 午前八時五十分。

 都内の一般的なサラリーマンであれば、満員電車という名の鉄の棺桶に揺られ、既にHPとMPの大半を削り取られている時間帯だ。

 だが、俺——堀田悟は、自宅の洗面所で悠々と歯を磨いていた。

 

 鏡に映る自分を見る。顔色はいい。目の下の隈もない。

 昨夜は南米の森林火災の鎮火作業で現地時間の深夜まで飛び回っていたが、帰宅直後に自分自身にディア(回復)ラハン(完全)アムリタ(復調)をかけ、泥のように眠ったおかげで、疲労物質は完全にリセットされている。

 最強の回復魔法を栄養ドリンク代わりに使うなど、バチが当たりそうだが、背に腹は代えられない。

 

「……さて、行くか」

 

 口を漱ぎ、スーツの上着を羽織る。

 本来なら一時間半はかかる通勤時間だが、今の俺に「移動時間」という概念は存在しない。

 俺は玄関で杖を一振りし、自分自身の頭頂部へ杖をコツンと当てた。

 冷たい卵を頭から割られたような感覚と共に、俺の姿が周囲の景色と同化する。鏡にはもう何も映っていない。

 “目くらまし術”で透明人間になった俺は、さらに杖を振るい、会社の最寄り駅近くにある、人気のない雑居ビルの隙間を強くイメージした。

 

 へそ周りをフックで引っかけられたような不快な圧迫感。

 視界がねじれ、次の瞬間にはパシッという音とともに俺はドブネズミとエアコンの室外機しかいない薄暗い路地裏に“姿あらわし”していた。

 時計を見る。八時五十二分。

 ドア・ツー・ドアで二分。究極の時短だ。

 

 目くらましを解除し、何食わぬ顔で路地を出て、オフィス街の人の波に混ざる。自動ドアをくぐり、「おはようございます」と挨拶をしてタイムカードを切った。

 これぞ、魔法使い流のエクストリーム出社だ。

 

※※※

 

 午前中の業務は、ひたすら退屈なデータ入力だった。

 カチャカチャとキーボードを叩きながら、俺の思考は不純な方向へとトリップしていく。

 

(……ジェミニオ(そっくり)を使えば、この備品のボールペンとか無限に増やせるんだよな)

 

 複製の呪文。

 ハリー・ポッターの世界にあるその魔法を使えば、理論上、物質的な欠乏からは解放される。貴金属を増やして売れば、一生遊んで暮らせるだけの金など一瞬で手に入るだろう。

 

 だが、俺はそれをしない。

 倫理観? いや、そんな高尚なものではない。

 もっと現実的で、恐ろしい敵がいるからだ。

 

——税務署(マルサ)だ。

 

 日本の国税庁を舐めてはいけない。

 無職の人間が派手な暮らしをしていれば、彼らはどこからともなく嗅ぎつけてくる。「この金の出処は?」と詰められた時、「魔法で増やしました」なんて言えば、脱税以前に精神鑑定か人体実験コースだ。

 それに、社会との繋がりを絶って引きこもれば、俺はただの「力を持った孤独な怪物」になってしまう。この退屈な事務作業と、安月給こそが、俺を人間社会に繋ぎ止めるアンカーなのだ。

 

 とはいえ、だ。

 安月給は安月給だ。もう少し小遣いが欲しいのも本音。

 

(……レパロ(直せ)を使った修理屋、とかどうだ?)

 

 壊れた家電、割れたスマホ、動かなくなった時計。

 『直す』だけなら、魔法だとバレにくい。「ゴッドハンドを持つ修理職人」として口コミで広まれば、そこそこの副収入になるんじゃないか?

 だが、ここで問題になるのが()()だ。

 古物商許可が必要になるが、当然俺は持ってない。

 でもこういう資格取るのって手間なんだよな、ちらっと調べただけでも2ヶ月くらい掛かるらしいし警察署に手続き行かないとだしで正直めんどくさい。

 

 俺がそんな世俗的な悩みに頭を抱えていると、ポケットのスマホが短く振動した。相田からだ。

 俺は周囲を伺い、デスクの下でこっそりと画面を確認する。

 

『定時連絡です、堀田さん。

 本日の世界情勢ですが、南米の火災は鎮火後に自然発火の形跡なし。

 その他北欧で小規模な雪崩がありましたが、現地当局が対応可能レベルです。

 今の所、あれの出番はなさそうです。平和ですね』

 

 優秀な「ハンドラー(支援者)」からの報告に、俺は胸を撫で下ろした。

 今日は残業せずに帰れそうだ。

 ……ん? まだ続きがある。

 

『追伸。

 ふと思ったのですが、堀田さん。

 もし今後、あの特技を活かしてジャンク品の修理転売やその他の修理請負などを視野に入れているのでしたら、古物商許可や電気工事士等の必要そうな資格は僕が取っておきましょうか?

 そうすれば僕を主体と言い張れば、法的なクリアランスは確保できます』

 

「…………ッ!?」

 

 俺は思わずスマホを取り落としそうになった。

 心臓がドクンと跳ねる。周囲を見渡す。

 オフィスのどこかに監視カメラでも仕掛けられているんじゃないか?

 いや、そもそも俺は今、頭の中で考えていただけだ。口には出していない。

 

 ……相田のやつ、まさかMP45の才能を開花させてレジリメンス(開心せよ)でも習得したのか?

 それとも、俺の思考パターンを完全にプロファイリングした上での()()なのか?

 

……どっちにしろ、怖ぇよあいつ!!

 

 俺は震える指で『検討する。あと心を読むな』とだけ返信し、スマホを伏せた。

 日常に潜む魔王と、その心を読み取る有能すぎるストーカー。

 俺たちの平穏な一日は、今日も綱渡りの上で成り立っている。

 

※※※

 

 定時のチャイムが鳴り、少しの残業をこなしてオフィスを出る。

 「お疲れ様でした」と頭を下げてビルを出た瞬間、俺の顔つきは「疲れたサラリーマン」から「裏稼業の運び屋」のようなものに切り替わる。

 

 人気のない雑居ビルの陰に滑り込み、スマホを確認する。相田からの指令だ。

 

『本日の開拓ターゲット:イスタンブール空港(IST)。

 中継地点:ヒースロー空港(LHR)。

 ヒースローから20時発のTK1972便、エコノミークラスの34F席が空席のまま離陸予定です。そこを狙ってください』

 

 完璧な指示だ。

 俺は周囲を警戒し、杖を振る。

 まずは中継地点であるロンドンのヒースロー空港へ「姿あらわし」する。

 一瞬のねじれと共に、俺は数千キロ彼方の空港のトイレの個室へと移動していた。

 

 ここからが本番だ。

 個室を出る前に、「目くらまし術」を掛けて俺の姿は背景に溶け込むカメレオンのようになる。

 あとは相田の指定した搭乗ゲートへ向かい、係員の目を盗んで機内へ滑り込むだけだ。指定された34F席に座り、こっそりとシートベルトを締める。

 離陸のGを感じながら、俺は小さく溜息をついた。

 

 これは「ファストトラベル地点の解放作業」だ。

 「姿あらわし」には制約がある。

 いわゆる『3つのD』——Destination(目的地 )Determination(決意 )Deliberation(熟慮 )が必要であり、要するに「一度行って、その場所を明確にイメージできなければ飛べない」のだ。

 だからこうして地道に飛行機に乗って未登録の空港へ行き、現地を視認して()()()()()をする必要がある。

 世界中の主要空港を網羅してしまえば、俺は地球上のどこへでも一瞬で駆けつけられるようになるからだ。

 

 数時間のフライト。

 狭いエコノミー席でじっとしていると、足がむくみ、腰が痛くなり、時差ボケで頭がガンガンしてくる。

 普通なら最悪の体験だが、俺には魔法がある。

 

「……アムリタ(復調)

 

 小声で唱えると、全身を清浄な光が駆け巡る。

 エコノミークラス症候群も、時差ボケによる自律神経の乱れも、一瞬でリセットされる。

 状態異常回復魔法が、こんな地味な福利厚生に使われるとは、開発スタッフも思うまい。

 

 やがて飛行機が着陸し、俺は客に紛れて降機する。

 イスタンブール空港。巨大なハブ空港だ。

 到着ロビーの喧騒、異国の言葉、スパイスの混じった空気。

 俺は「目くらまし」を解かないまま、空港内の特徴的なオブジェや構造を脳に焼き付ける。

 

(……よし、覚えた。これで次からは直で飛べる)

 

 本来「姿あらわし」による超長距離移動は極めて危険だとされている。

 距離が遠ければ遠いほど、術の難易度は上がり、失敗すれば体がバラバラになる()()()を引き起こすからだ。

 ……だが、俺にはなぜかその制限がない。

 日本からロンドンへ飛んでも、指一本欠けることはない。

 

 魔力が無限だからか?

 それとも、『認識漏洩』の特性上、俺が「体がバラけるってそもそもどういう事? 何が原因?」と理解力がいまいち足りていないからか?

 あるいは、俺の魔法の基盤がゲーム的だから、「座標移動は座標移動であり、距離による事故判定など存在しない」という理屈なのか。

 理由は不明だが、結果として俺は地球規模のルーラ使いとなっている。

 

 ……さて。

 「ファストトラベル解放」が終わった今、本来ならトルコ観光と洒落込みたいところだ。

 ケバブも食べたいし、モスクも見たい。

 だが、俺はパスポートを持っていない。

 見咎められたらまずいし、現地通貨も持っていない。

 透明になって無銭飲食などをするほど、俺の倫理観はまだ麻痺していなかった。

 

 何より、眠い。

 魔法で肉体的な疲労は消せても、「今日一日働いた」という精神的な摩耗までは消せない。

 眠らなくなったら、俺は人間としての最後の一線を越えてしまいそうで怖かった。

 

「……帰るか」

 

 俺は空港のトイレに入り、再び杖を構えた。

 イメージするのは、東京の狭いアパート。

——パシッ。

 

 一瞬のねじれ。

 次の瞬間には、俺は湿気た畳の匂いがする自室に戻っていた。

 滞在時間、わずか十分。まさに究極のとんぼ返りだ。

 

 俺はスーツを脱ぎ捨て、ベッドに倒れ込む。

 世界中を飛び回っているのに、パスポートは真っ白。

 マイルも貯まらない。土産話もない。

 ただ、Googleマップの「行きたい場所リスト」のような感覚で、俺の脳内地図にピンが増えていくだけ。

 

「……虚しいな、これ」

 

 呟きながら、俺は目を閉じた。

 明日は早朝から会議だ。

 世界を救う準備を着々と進めている魔法使いの夜は、今日も地味で、退屈で、そして忙しない。

 

※※※

 

 休日の過ごし方は人それぞれだ。

 家族サービスに勤しむ者、趣味に没頭する者、あるいは泥のように眠る者。

 だが、俺——堀田悟の休日は、「世界地図の塗りつぶし作業」に費やされる。

 

 舞台は、ヨーロッパ上空数千メートル。

 俺は今、重力を無視して空を飛んでいる。

 

 箒? いや、そんな可愛らしいものではない。

 俺の身体は黒い煙のような霧に包まれ、ジェット機並みの速度で大気を切り裂いている。

 映画『ハリー・ポッター』シリーズにおいて、例のあの人(ヴォルデモート)やその手下たちが見せていた飛行魔法だ。原作と違い映画だと結構使い手が多い。

 「箒なしで飛べたら便利だな」と思ってイメージしてみたら、あっさりできてしまった。俺の『認識漏洩』は、どうやら俺を闇の陣営に引き込みたくて仕方がないらしい。

 

 まあ、移動手段としては極めて快適だ。魔法によって風圧も感じないし、寒くもない。

 問題は——俺の腰にくくりつけた()()の方だ。

 

ヒャッハーーーッ!! 最高です! 最高ですよ堀田さん!!」

 

 俺の後方から、気圧の低い上空でも元気な悲鳴が聞こえてくる。

 俺の足首から伸びた魔法のロープ。その先には、目には見えないが、巨大な風船のような物体が結び付けられ、プカプカと——というよりは暴風に煽られながら——牽引されている。

 

 この奇妙な風船こそ相田だ。

 相田を連れて飛ぶ際、生身のまま抱えて飛ぶのは案外大変。

 そこで俺が編み出した輸送方法がこれだ。

 

 1.相田に『インフラータス(膨張せよ)』をかけ、風船のように膨らませて質量を軽くする。

 2.『目くらまし術』で透明にする。

 3.ロープでくくりつけ、凧のように引っ張って飛ぶ。

 

 字面だけ見れば、ジュネーブ条約に違反しそうな虐待行為だ。

 だが、当の本人は「我が君との空の散歩! しかも僕自身が風船になるなんて!」と大喜びしているのだから、需要と供給は一致している……のか?

 

「着陸するぞ、相田!」

「了解です! ああ、もっと飛んでいたかった!

 

 俺は高度を下げ、フランス・パリの路地裏へと滑り込んだ。

 しっかりと着地すると、ロープを手繰り寄せ、透明な巨大風船(相田)を引きずり下ろす。

 

「……フィニート(呪文よ、終われ)

 

 杖を一振りすると、ボヨンッという間の抜けた音と共に相田が元の姿に戻り、地面に転がった。

 目は回り、顔色は青く、三半規管は崩壊しているはずだ。

 

「うぷッ……、さ、さすがに……目が……」

「じっとしてろ。……アムリタ(復調)

 

 すかさずメガテン系最上位の状態異常回復魔法をかける。

 清浄な光が相田を包み込むと、青かった顔色が瞬時に健康的なピンク色に戻り、吐き気も霧散した。

 

「ふゥーッ! キマりますねえ、アムリタは! サウナの後の水風呂より整いますよ!」

「変な依存の仕方するなよ……。ほら、行くぞ」

 

 俺たちは服の埃を払い、何食わぬ顔で路地を出た。

 目の前にはセーヌ川、遠くにはエッフェル塔。優雅なパリの午後だ。

 だが、俺はパスポートも持っていない不法入国者であり、一文無しの無銭旅行者だ。

 

「お腹空きましたね、堀田さん。あそこのカフェでガレットでも食べましょうか」

「……金は?」

「抜かりありません。ちゃんと日本でユーロに換金してきましたから」

 

 相田が懐から革財布を取り出して振ってみせる。

 有能なスポンサー様だ。俺の財布には日本の硬貨とレシートしか入っていないというのに。

 

 テラス席に座り、運ばれてきたガレットとリンゴ酒(シードル)を口にする。

 美味い、本場の味ってやつか。だが、心からはくつろげない。

 通りの向こうから警官が歩いてくるのが見えると、俺は反射的に杖を握りしめてしまう。

 

(……職質されたらアウトだ)

 

 パスポート提示を求められたら?

 『オブリビエイト(忘れよ)』で記憶を消して逃げるか、『姿くらまし』でトンズラするか。

 やっていることは、まさに指名手配中の魔法使いの逃避行だ。

 俺は罪滅ぼしのために人助けをしているはずなのに、なんで休日は国際指名手配犯みたいなムーブをしてるんだ?

 

「美味しいですねえ。堀田さんとパリでランチなんて、デートみたいだ」

「……キッッショいこと言うな」

 

 俺は顔をしかめつつ、ふと隣の席を見る。

 そこには、日本人らしき若い男女のカップルが座っていた。

 ガイドブックを広げ、「次はルーヴルに行こうか」「マカロンも買いたいね」と幸せそうに微笑み合っている。新婚旅行だろうか。

 

 彼らの指には結婚指輪。テーブルの上には正規の手続きで取得したパスポートと、真面目に働いて貯めたお金で楽しむ正規の旅行の輝き。

 

(……くそっ

 

 俺はガレットを乱暴に切った。

 俺たちのテーブルはどうだ。

 大量殺人犯の魔法使い兼社畜と、そのストーカー兼ハンドラー(支援者)の男二人。

 片方はさっきまで風船にされて空を飛んでいた変態で、もう片方はいつでも国家権力の記憶を消す準備をしているテロリスト予備軍。どちらも密入国者だ。

 

 あっちが「光」なら、こっちはドス黒い「闇」だ。

 社会的エリートと、社会的アウトロー。

 

「……いいなぁ、普通の人生」

 

 ボソリと呟くと、相田がキョトンとして、それからニヤリと笑った。

 

「おや、羨ましいですか? でも彼らは風船になる喜びも知りませんよ?」

「知りたくもないだろ、普通は……」

「なにより彼らの人生には魔法のマの字もないんですよ。なんと退屈な人生か!

「……お前、本当にポジティブだな」

 

 俺は呆れてため息をつき、残りのリンゴ酒(シードル)を飲み干した。

 まあ、いい。俺には俺の、ドブネズミなりの空の旅がある。

 隣の席の「エリート」たちが見たら卒倒するような方法で、俺たちは世界中どこへだって行けるのだから。




リアルでもファストトラベル解放したいですね……
職場と自宅の二箇所だけでも開放させてください

あけましておめでとうございます!
今しばらく後日談にお付き合いください!

追記1/6に予約投稿するつもりのやつが一瞬誤爆しました、めちゃくちゃネタバレごめんなさい
一瞬だったのに数人は見てる可能性があるのがビビります、投稿日までナイショで……
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