【完結】渋谷の中心でマハムドバリオンを唱えた馬鹿者   作:双子座流星群

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召喚術ってなかなかに浪漫溢れていますよね


付録:四方山話『仲魔に使い魔、守護霊を添えて』

その四『効率:堀田悟は召喚したい 1』

 

「……非効率的だよな」

 

 週末の夜。いつものように相田を伴って河川敷に降り立つと、俺は杖をくるくると回しながらボヤいた。

 

「何がですか? 今日のカモフラージュは完璧ですよ。ほら、『天体観測に来た理系サークルの先輩後輩』という設定のために、わざわざこの安っぽい望遠鏡まで用意したんですから」

 

 相田はドン・キホーテの袋からプラスチック製の天体望遠鏡を取り出し、嬉々として組み立て始めている。

 こいつの小道具へのこだわりは相変わらず異常だ。

 

「そうじゃなくて、移動の手順だ」

 

 そう言って深くため息をつく。

 

「お前を呼ぶ時、いちいち俺がお前のマンションまで『姿あらわし』で飛んで、そこからお前を掴んでまたここに『付き添い姿あらわし』で飛んでくる……。これ、二度手間じゃないか?」

 

 マリンカリンが解けてなお、テンションが上がると相田はノリノリで俺を主呼ばわりしているというのに、主がわざわざ下僕を迎えに行くというのはどう考えても構図がおかしい。

 

「まあ、確かに恐れ多いことではありますね。貴方様の尊いお時間を、僕の送迎ごときに割いていただくなんて……」

「だろ? だから、もっと効率的な方法を考えたんだ」

 

 俺は杖を構え、夜の闇に向かってニヤリと笑った。

 

「召喚魔法だ」

「ほう! サモンですね!」

「ああ。ゲーム的には『サバトマ(仲魔召喚)』だ。仲魔を喚び出す召喚魔法。これがお前に適用できれば、俺が部屋にいながらにして呪文を唱えるだけで、お前を瞬時に手元に呼び寄せることができる」

 

 相田の目が輝いた。

 

「素晴らしい……! まさに『召喚に応じる使い魔』、主のコール一つで時空を超えて馳せ参じる……ロマンの塊じゃないですか!」

「まあ、実際にやるのは空間転移の強制発動みたいなもんだけどな」

 

 そう言って俺は冷静に分析を始める。

 

「少々、リスクがある。転移先が壁の中だったり、地面に埋まったりする、いわゆる『石の中にいる』状態になる可能性がある……俺の認識次第だから、大丈夫だとは思うんだが」

「ウィザードリィですね。即死じゃないですか」

「ああ。だから、最初はなるべく開けた場所で試したい。ここなら障害物もないし、座標ズレしても大事には至らないはずだ」

 

 ここはアペロ・マグルタム(マグル避け)を掛けたいつもの深夜の河川敷。だだっ広い草地。これ以上ない実験場のはずだ。

 

「万が一、地面に埋まったら?」

「すぐに魔法で掘り出して『ディア(回復)ラハン(完全)』かけてやるよ。それでも万が一があったら……それでも、なんとかするよ」

「頼もしいですねえ。あ、なんなら、『ネクロマ(死体操り)』でもいいですよ? ゾンビがどんな思考をしているのかも気になりますから」

「……アホか。アンデッドのストーカーとか怖すぎて泣くわ」

 

 軽口を叩き合いながら、俺達は距離を取る。

 

 実験の手順はこうだ。

 まず相田が少し離れた場所に待機する。

 俺が彼を意識しながら、サバトマ(仲魔召喚)を唱える。

 成功すれば、相田は瞬時に俺の目の前に転移してくるはずだ。

 

「準備はいいか、相田」

「いつでもどうぞ! 僕の身も心も、貴方様の召喚に応じる準備は万端です!」

 

 10メートルほど離れた場所で、相田が両手を広げて待ち構えている。その姿は、UFOに連れ去られるのを待つ狂信者のようでもあった。

 

 深呼吸をし、集中する。イメージするのは、相田守という存在。

 『アナライズ』で解析済みの、あの歪なステータス画面。

 俺の共犯者。俺の使い魔。俺の仲魔。俺の、友人。

 

 ——来い。

 

「……サバトマ(仲魔召喚)ッ!!

 

 俺が叫び、杖を振り下ろした瞬間。

 ブォン、という低い音が響き、相田の足元に青白い魔法陣——六芒星のような幾何学模様——が一瞬だけ浮かび上がった。

 

「おおっ!?」

 

 相田が驚きの声を上げる間もなく、彼の姿が発光しながら虚空に吸い込まれる。

 そして次の瞬間。

 

——シュパッ!!

 

 俺の目の前、わずか50センチの至近距離に、相田が「落下」してきた。

 それも、空中で棒立ち姿勢のまま、重力に従ってアスファルトに激突する形で。

 

「ぐべっ!!」

「うおっ!?」

 

 相田は顔面からべしゃりと地面に突っ込み、カエルのようにのたうち回った。

 

「だっ、大丈夫か!?」

「い、いったぁ……! 鼻が、鼻が曲がりました……!」

 

 相田は鼻を押さえて起き上がった。血がボタボタと流れている。

 

「すまん! 高さの調整ミスった! ……ディア!」

 

 緑の光が相田を包み、折れかけた鼻骨と擦り傷が瞬時に修復される。綺麗に治った傷にホッとする。

 相田は血を拭いながら、しかし満面の笑みを浮かべていた。

 

「成功……ですね!」

「いや、失敗だろ。顔面着地させてどうする」

「いいえ、成功です! 今、僕は確かに『呼ばれた』感覚がありました! へその緒を引っ張られるような、強烈な引力が働いて……気づいたら貴方様の目の前にいたんです!」

 

 相田は興奮気味にまくし立てる。

 

「これならいけますよ堀田さん! あとは『着地地点』の微調整だけです! 今の座標指定だと、たぶん『足元』じゃなくて『腰の位置』あたりが基準になってたんでしょう。だからちょっと浮いた状態で出現して落ちた」

「なるほど……座標のZ軸がズレてたのか」

 

「もう一回やりましょう! 今度はもっとスムーズに、貴方様の腕の中に飛び込むくらいの精度で!」

「腕の中には来なくていい。暑苦しい」

 

 俺は苦笑しつつ、再び距離を取るように指示した。

 かくして、深夜の河川敷で「おっさんがおっさんを召喚しては落とす」というシュールな実験が繰り返されることになった。

 地面に埋まることはなかったが、高いところから降ってきたり、背中合わせに出現してぶつかったり、あるいは俺の頭上に出現して押し潰されそうになったり。

 

 

 そして数時間後。

 怪我をしてはその都度ディアで治しつつも、相田はようやく「俺の右斜め前に、スッと音もなく出現して跪く」という、完璧な召喚シークエンスをマスターした。

 

「完璧です……! これでいつでも、貴方様が名を呼べば、僕は地獄の底からでも駆けつけられます!」

「ああ、助かるよ。……ただ、これからは部屋の中でやるから、天井に頭ぶつけないように気をつけろよ?」

「善処します! ヘルメット買っておきます!」

 

 夜明け前の空の下、俺達は満足げに帰路についた。

 

 

 


その五『浪漫:堀田悟は召喚したい 2』

 

 数日後。俺達はまたしても、テーブルを挟んで向かい合っていた。

 議題は引き続き「召喚魔法」についてである。

 

「……なぁ、相田」

「はい、何でしょう?」

「召喚魔法は成功した。お前を呼び出す『サバトマ』は完璧だ。いつでもどこでも、俺の『呪文』一つでお前は現れる」

「ええ、光栄の極みです。昨日はトイレに入っている時に呼ばれたので少々焦りましたが」

「それは悪かったと思ってる、直前の連絡は徹底しないとな。……で、だ」

 

 俺は渋い顔をして、テーブルの上の『ハリー・ポッター』の文庫本を指先で弾く。

 

「俺は魔法使いだぞ? ちょっとしたファンタジーの住人だぞ? それなのに、呼び出せるのが『近所に住むおっさん一人』ってのは……どうもこう、アレじゃないか?」

「アレ、とは?」

「地味だ。そして夢がない」

 

 当の相田を前にしつつも俺はバッサリと言い切った。

 

「魔法使いの召喚っつったら、もっとこう……ドラゴンとか、キマイラとか、あるいは可愛い妖精(ピクシー)とか。そういう()()()()()を呼び出すのがロマンだろ?」

「ふむ。確かにビジュアル的には映えませんね、僕では」

 

 相田はあっさりと認めた。こいつのこういう冷静さは本当に助かる。

 

「そこでだ。俺は思い出したんだよ。青春時代にドハマりしていた、あるネット小説のジャンルを」

「ネット小説?」

「ああ。ゼロの使い魔の二次創作だ。『〇〇がルイズに召喚されました』シリーズだよ」

 

 俺は目を輝かせつつ、その情熱を語った。

 

「当時、2ちゃんねるでSSスレとかアルカディアとかで読み漁ってたんだ。いろんな作品のキャラが、ルイズの召喚魔法で異世界に呼ばれるクロスオーバーものをな。あれこそが俺の『召喚』の原体験と言っても過言ではない」

「なるほど……。かなりコアな遍歴をお持ちで」

「うるさい。とにかく、あの作品における召喚魔法『サモン・サーヴァント』。あれなら、俺の『認識漏洩』のフィルターを通しても発動する可能性がある」

 

 そして俺は熱弁を振るう。

 

「基本的には使い魔召喚だから、動物とか魔法生物が出てくるはずだ。もしも版権キャラそのものが出てきたら色々とヤバいが、まあそこは多分俺のイメージ次第で調整できるだろう。可愛い幻獣とか、賢いフクロウとか。そういうのを呼び出したいんだ」

「ふくろう……ハリーポッターにも通じますね」

「そうだろ? 郵便を運んでくれたり、偵察してくれたり。お前以外の『手駒』が増えれば、戦略の幅も広がるかもしれない」

 

 相田は少し考え込んだが、やがてニヤリと笑った。

 

「いいでしょう。やってみましょう。ただし、制御不能なモンスターが出てきたら、僕が全力でタックルして抑え込みますから、すぐになんとかしてくださいね?」

「巻き込みそうで逆に危ないわ」

 

 俺達は立ち上がり、部屋の中央にスペースを作った。

 普通なら、でかいのに備えて広い場所を取るのが正解なんだろうが、俺の魔法は俺の認識に縛られる。

 つまりは俺が欲しい小型の可愛いやつ確定ガチャとなるのだ!

 イメージするのは、異世界の扉。まだ見ぬ相棒との契約。

 『ゼロの使い魔』の世界観を、脳内で再生する。

 

「——我が名は堀田悟。五つの力を司るペンタゴン。我の運命に従いし、"使い魔"を召喚せよ」

 

 かつて何度か口ずさんだ呪文を高らかに詠唱した瞬間。

 部屋の空気が歪み、緑色の光が渦を巻いた。

 

「おおっ! 反応ありです!」

 

 相田が声を上げる。

 光の渦は収束し、やがて楕円形の「鏡」のようなゲートが空中に形成された。

 召喚の門だ。この向こうから、俺の運命の使い魔が現れる——!

 

 ……はずだった。

 しかし、ゲートは俺の正面ではなく、なぜか相田の目の前に出現した。

 

「え?」

 

 相田がキョトンとした顔をする。

 その直後、ゲートの表面が波打ち、強い吸引力が発生した。

 

「うわっ!?」

 

 相田の体が、ズズズ……とゲートに吸い込まれていく。

 まるで掃除機に吸われる埃のように、抵抗する間もなく彼の上半身が鏡面の中に消え——。

 

「——ぬっ」

 

 次の瞬間。俺の目の前、杖の先端から50センチの空間にもう一つのゲートが開き、そこから相田がニュッと飛び出してきた。

 ところてんのように押し出された相田はそのまま床にゴロンと転がり、受け身を取って立ち上がった。

 

「…………」

「…………」

 

 部屋に、重苦しい沈黙が流れる。

 俺は力なく杖を下ろし、呆然と相田を見つめた。

 相田は自分の体を確認し、服の埃を払い、そして——。

 満面の笑みで、俺に向かって片膝をついた。

 

「成功ですね、我が主」

「……何がだ」

「サモン・サーヴァントです。使い魔召喚。……つまり、この世界における貴方様の『運命の使い魔』は、やはり僕だったということが証明されたわけです」

 

 相田は恭しく右手を差し出した。

 

「さあ、仕上げの儀式をしましょう。原作通りなら、使い魔との契約には『口づけ』が必要ですよね? コントラクト・サーヴァント、しますか? 使い魔のルーン、刻んじゃいますか? ヴィンダールヴ(神の右手)のルーンでお願いします!!!

「——しないッ!!! 絶対にしないッ!!!

 

 俺の絶叫がアパートに響き渡った。コイツとキス? ありえねえよ!!

 

「たまにキッッショいんだよお前は! つーかなんで俺の運命がお前に吸い寄せられるんだよ! 呪いか!? お前そのものが俺への呪いなのか!?

「酷い言われようだ。その絆こそが『ガンダールヴ(神の左手)』ならぬ『アイダールヴ(堀田の相棒)』ですよ」

「上手いこと言ったつもりか! 帰れ!」

 

「ここ僕の家じゃないんで、帰る場所は二つ隣の通りですけど……送ってくれます?」

「知るか! 歩いて帰れ!」

 

 結局、俺の「人外召喚計画」は、相田という強すぎる磁場によって無惨に散った。

 俺の魔法が相田以外の何かを呼び出せる日は来るのだろうか……。

 それは、神のみぞ知る——もしかしたらアトラスとKADOKAWAあたりが知っているのかもしれない。

 

 

 


その六『未練:堀田悟は召喚したい 3』

 

「……やっぱ、疑似生命体じゃダメだって」

 

 週末の夜、いつもの河川敷。

 俺はドン・キホーテで買った安物の望遠鏡の三脚に腰掛け、重い溜息をついた。

 目の前では、俺が『エイビス(鳥よ)』の呪文で作り出した十数羽のオカメインコが、相田の頭の上でわちゃわちゃと毛づくろいをしたり、肩にとまって首を傾げたりしている。

 

「いやあ、でも可愛いじゃないですか。ほら、この子なんて僕の耳たぶを優しく甘噛みしてますよ。癒やされますねえ」

「そいつらは俺の魔力でできた、ただの動く粘土細工みたいなもんだ。魂がない。命令は聞くが、対話はできない。……これじゃあ、ただの便利ドローンだ」

 

 俺が杖を振って『オパグノ(襲え)』と命じると、オカメインコたちは一斉に相田にじゃれつき始めた。

 

「うわっ、やめなさい! こら、そこはダメ……あはは、くすぐったい!」

 

 楽しそうな相田を横目に、俺は虚しさを噛み締めていた。

 相田を呼び出す『サバトマ(仲魔召喚)』は成功した。サモン・サーヴァントは相田が呼び出された。

 だが、俺が本当に求めているのは、人間ではない、異世界の相棒だ。ピクシーやジャックフロストのような、俺に寄り添ってくれる幻想的で愛らしいパートナーだ。

 しかし、創作の世界における召喚魔法の大半は、「召喚主」と「召喚獣」の間の『契約』が前提となっている。この現実世界に、契約を結ぶべき精霊や幻獣がいるとは思えない。

 

「結局、俺の魔法は俺の知ってる創作のルールに縛られる。契約対象がいないなら、召喚はできない。……詰んでるじゃないか」

「ふむ……。では、契約が不要な召喚魔法を探すしかないですね」

 

 オカメインコたちを優しく手で払いながら、相田が真剣な顔で言った。

 

「ちょっと毛色はちがいますが、例えば『守護霊の呪文』なんていかがでしょう?」

「守護霊……ああ、『エクスペクト・パトローナム』か」

 

 ハリー・ポッターの世界における、最も高度な防御魔法の一つ。

 吸魂鬼を退けるための銀色に輝く守護霊を呼び出す呪文だ。

 俺の求めていたパートナーとは少々違う。だが、その響きはなかなかに魅力的だ。

 

「あれなら契約は不要。術者の魂そのものを具現化させる魔法です。実体はないので物理的な戦闘はできませんが、貴方の魂がどんな形をしているのか……見てみたくはありませんか?」

「俺の魂の形……」

 

 その言葉は、妙に俺の心を惹きつけた。

 俺は人間なのか、悪魔なのか。境界に立つ俺の魂は、一体どんな姿をしているのだろうか。

 それに、あの呪文の発動条件は、他の魔法とは少し違う。

 

「……()()()()()、だったな」

 

 そうだ。あの呪文を成功させるには、心の底からの幸福な記憶を思い浮かべ、それを力に変えなければならない。今の俺に、そんなものが残っているだろうか。

 俺は目を閉じた。

 

 子供の頃、親にゲームを買ってもらった日のこと。

 学生時代、友達と朝までバカ騒ぎした夜のこと。

 社会人になって、初めてボーナスをもらった瞬間のこと。

 

 いくつもの「楽しかった」はずの記憶が、脳裏をよぎる。

 だが、そのどれもが、すぐに色褪せていく。

 全ての光景の向こう側であの日の渋谷の交差点が、音のないモノクロームの映像となってチラつくのだ。

 崩れ落ちる人々の波。静寂。絶望。

 俺が引き起こした惨劇の記憶が、過去の全ての幸福を上書きし、汚染していく。

 

「……駄目だ。思い出せない」

 

 俺は力なく首を振った。

 原作で死喰い人がこの呪文を使えないとされる理由がなんとなくわかった気がした。

 

「どんな楽しいことを思い出そうとしても、すぐに()()()()()()()()()()()()()って思考が割り込んでくる。こんな薄汚れた心じゃ、守護霊なんて呼べるわけがない」

「……」

 

 相田は黙って俺を見つめている。

 その視線には、いつもの狂信的な熱ではなく、静かな憐憫の色が浮かんでいた。

 

「堀田さん。幸福な記憶とは、必ずしも過去の楽しい思い出だけを指すわけではないと思いますよ」

「……どういう意味だ?」

「トラウマを上回るほどの希望。あるいは、絶望の淵から這い上がった瞬間の()()。それもまた、強力な『幸福』ではないでしょうか」

 

 希望。安堵。

 俺はハッとして、ある光景を思い出した。

 

 ——薄暗い自室。

 絶望に打ちひしがれ、自分の力が破壊しかもたらさない訳ではないと気付けた、あの夜。

 砕け散った眼鏡の残骸。俺が、震える手で杖を向け、『オキュラス・レパロ(眼鏡よ、直れ)』と唱えた、あの瞬間。

 

 軽快な音を立てて、俺の日常の象徴が再生していく光景。

 直った眼鏡をかけた時の、世界に再び焦点が合ったあの感覚。

 

「……ああ」

 

 そうだ。あの時だ。

 俺は、ただの破壊者じゃない。

 壊してしまったものを、自分の手で()()こともできるのだと知った。前に進めるかもしれない、と。

 ほんの少し、未来に光が差したように感じたあの瞬間こそが。

 

 今の俺にとって最も強力で、最も純粋な「幸福な記憶」なのだ。

 

 俺はゆっくりと立ち上がり、杖を構え直した。

 心臓が、静かに、しかし力強く鼓動している。

 

「……見てろよ、相田」

 

 俺は目を閉じ、あの時の感覚を、希望を、心の中心に灯す。

 大丈夫だ。俺はまだ、終わっていない。

 そして、目を見開き、夜の闇の最も深い一点に向かって、杖を突き出した。

 

——エクスペクト・パトローナム(守護霊よ来たれ)ッ!!

 

 叫びと共に、杖の先から激しい銀色の光が迸った。

 確かな意志と質量を持った光の奔流が、渦を巻き、一つの形を成していく。

 

 銀色の光の粒子が、夜の河川敷の空気を震わせながら収束していく。

 それは、映画で見たような疾走する牡鹿でもなければ、空を舞う不死鳥でもなかった。

 ドラゴンやペガサスといった、相田が期待していたであろう「ファンタジーの住人」ですらなかった。

 

 光の渦の中からぬっと姿を現したのは、四つ足の、毛むくじゃらで大きな獣だった。

 

「……犬、ですか?」

 

 相田がポカンと口を開けて呟いた。

 そう、犬だ。それも、スマートなドーベルマンや、精悍なシェパードではない。

 分厚い毛皮に覆われ、垂れ下がった大きな耳と、どこか眠たげで愛嬌のある瞳を持った、どっしりとしたな大型犬。

 

——セントバーナードだ。

 

 銀色に輝くその巨犬は召喚されるや否や、威嚇するでもなく、周囲を警戒するでもなく、ドサリと重そうな体を地面に横たえた。

 そして、「ふぅ」という溜息が聞こえてきそうなほど気怠げに、前足の上に顎を乗せて、上目遣いで俺の方を見つめてきた。

 

「……なんだよ、それ」

 

 俺は杖を下ろし、苦笑した。

 あまりにも、今の俺に似すぎていたからだ。

 疲れている。重たい荷物を背負って、雪山のような過酷な現実を歩き回り、それでもまだ歩き続けなければならない、老いた救助犬。

 

「なるほど……。セントバーナード、ですか」

 

 相田が、地面に寝そべる銀色の犬に近づき、興味深そうに観察を始める。

 

「雪山遭難救助犬として有名な犬種ですね。首にブランデーの樽を下げて、凍えた遭難者を温め、救出する……。四〇〇人の死人という命の遭難者を出してしまった貴方が必死で世界中の被災地を駆け回り、人々を救助している姿そのものじゃありませんか」

 

 相田の分析は、いつものように鋭く、そして痛いところを突いていた。

 俺の深層心理は、自分を「英雄」だなんて思っちゃいない。

 ただ、罪の重さを首にぶら下げて、トボトボと雪道を歩く労働者だと思っているのだ。

 

「それに見てくださいこの顔。情けなくて、頼りなくて、でもどこか憎めない……。まさに堀田さんの本質を具現化したような愛らしさです!」

「褒めてねえだろ、それ」

褒めてますよ! ドラゴンやライオンじゃなくて、人を助けるために改良された使()()()というのが、実に貴方らしい!」

 

 相田は嬉々として、実体のない銀色の犬の頭を撫でる仕草をした。パトローナスは気持ちよさそうに目を細め、尻尾をパタン、パタンと地面に打ち付けた。

 

 俺はしゃがみ込み、自分の魂の形を見つめた。

 決して格好良くはない。強くもないかもしれない。……でも、醜悪ではない。

 居ないだろうが、仮に吸魂鬼が現れた時こいつが勇敢に立ち向かってくれるか怪しいものだ。

 だが、俺が『オキュラス・レパロ(眼鏡よ、直れ)』で眼鏡を直した時に感じた、「壊れたものを治したい」「誰かを助けたい」というささやかな希望の正体は、確かにこいつなのかもしれない。

 

「……よろしくな、()()

 

 俺が手を差し出すと、セントバーナードはのっそりと起き上がり、俺の手に冷たそうな鼻先を押し付けてきた。契約も、魔法陣もいらない。

 俺自身の心から生まれた、俺だけの心の守護者。

 

 俺は立ち上がり、杖を振った。

 パトローナスは銀色の霧となって霧散し、夜の闇に溶けていった。

 

「……とりあえず、まあ、召喚魔法は成功ってことでいいか」

 

 ぶっちゃけ、求めていた“使い魔”の基準に届くものではない。パトローナスとは触れ合えないし、俺のために何かをしてくれる事も、多分ない。……でも、今日のところは妥協してもいいか、と思える程度には深い満足感があった。

 

「ええ、大成功です! 『使い魔』としては少々パンチが弱いですが、マスコット枠としては百点満点ですよ!」

「ええ、マスコットっぽいか……?」

 

 俺たちは望遠鏡を片付け、帰路についた。

 戦闘力なんかは欠片も期待できないし、物理的に何かできるわけではない。

 けれどあの大きく温かそうな背中を思い出すだけで、少しだけ、明日の仕事も頑張れるような気がした。




もしゼロスレは私が創作活動に触れたオリジンの一つです。
投稿もしましたがエタりました……あとで自力での加筆修正が必須とはいえ、イメージをある程度ちゃんとした形にしてくれる対話型AIの登場は創作活動の革命と言えるかもしれません。

ただ、これもまたプロットと言うものは必要不可欠です。どんな物語を作りたいか、どんな展開をやりたいか、その具体的な展望がなければ、そこそこ読める文章をしてるだけの中身の薄い何かにしかなりません。
逆に文章が上手く書けないけどやりたいことは具体的に決まってるって時は抜群にサポートしてくれます。
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