【完結】渋谷の中心でマハムドバリオンを唱えた馬鹿者 作:双子座流星群
その七『堀田悟は無下限バリアが欲しい』
ある平和な夜、息抜きも兼ねた魔法検証という名のごっこ遊びを行うべく相田を家に呼んだ俺は、おもむろに一冊の単行本をテーブルに叩きつけた。
「……これだ」
「ほう」
相田は自ら淹れた紅茶を啜りながらその表紙を覗き込む。
そこに描かれていたのは、目隠しをした白髪の男。
現在進行系で大ヒットしている少年漫画、『呪術廻戦』の単行本だった。
「ついにジャンプ作品に手を出しましたか。で、狙いは?」
「『無下限呪術』だ。厳密には魔法じゃないが、俺の特性なら再現できると思う」
俺は鼻息荒く宣言した。
「俺の身を守る防衛手段として、『
「確かに。常時発動型のパッシブスキルがあれば、生存率は格段に上がりますね」
「そこでこれだよ。五条悟の
俺は熱弁を振るう。
数年前に大ヒットした映画『劇場版 呪術廻戦 0』を観て、「かっけぇな」と中二心を刺激されたのがきっかけだった。
ただ、当時はアニメと映画で満足してしまい、原作を買い揃えるまでには至らなかったのだが、今の俺には
「なるほど、素晴らしい着眼点です。……ですが」
相田は口元にカップを当てたまま、何とも言い難い、生暖かい笑みを浮かべた。
「もしかして、
「っ!?」
言葉に詰まる。図星だった。
最強の術師・五条悟。冴えない会社員・堀田悟。
同じ
「う、うるせーよ! わかってんだよ、俺があんな高身長イケメンでもなければ最強でもないことぐらい! 名前が一緒なだけではしゃいで悪かったな!」
顔を真っ赤にして拗ねる。三十路前の男が自分の名前とキャラを重ねて赤面するなど、我ながら痛々しいにも程がある。
「まあまあ、拗ねないでください。魔法使いとしては最強ですから。……それに、形から入るのも重要だと言ったのは僕ですからね。……ほら、これを使いますか?」
相田はにやにやと俺を宥めながら、自分のカバンをごそごそと漁り、黒いアイマスクを取り出した。
「最強もクソも俺しかいないし……なんだそれ」
「以前、海外の転移先を登録するために飛行機で移動した時、機内で使っていたものです。ポーチに入れっぱなしでした」
「……用意がいいな、お前は」
俺は渡されたアイマスクを受け取り、装着してみた。
視界が真っ暗になる。当然だ、ただの布なのだから。
「……何も見えん」
「そりゃあ、堀田さんの目は『六眼』じゃなくてただの『近眼』ですからね。眼鏡外してアイマスクしたら、ただの視界を奪われたおじさんですよ」
「誰がうまいこと言えと。……アレだ、心眼で見るんだよ」
俺は杖——今は必要ないかもしれないが、イメージの補助として——を握りしめ、意識を集中させた。
イメージしろ。俺と外界の間にある、無限の距離。
アキレスと亀。収束する数列。
俺に近づくものは、限りなく遅くなり、永遠に到達しない。
指を組み、それっぽいポーズを取る。
相田がテーブルの上の消しゴムを軽く放り投げた気配がした。
うまく行けば、俺の眼前でピタリと止まるはずだ。
——コツン。
消しゴムは無慈悲にも俺の額に当たり、床に落ちた。
「…………」
「…………当たりましたね」
「……おかしいな」
俺はアイマスクをずらし、額をさすった。
何かが足りない。魔力は無限にあるはずなのに、発動しない。
「あ〜、堀田さん……貴方、無下限呪術の理屈をちゃんと
「理屈?」
「ええ。原子レベルでの空間干渉、収束する無限級数、アキレスと亀のパラドックス……あの術式は、感覚的な魔法というよりは、漫画的ながらも論理的な『計算』の上に成り立っています」
相田は、漫画の解説ページを開いて見せた。
そこには、作者による詳細な設定やこの術式に関する概念の補足が書かれている。
「……ぶっちゃけ、難しくてよくわからんかった」
俺は正直に白状した。
映画やアニメを見た時も「すげー、何もしなくても攻撃が止まるのか、最強じゃん」くらいのIQの低い感想しか抱いていなかったのだ。
「じゃあ、駄目でしょうね」
相田はあっさりと断言した。
「貴方の『認識漏洩』は、貴方が
「……うっ」
「『アギ』や『ルーモス』なんかは簡単です。『火が出る』『光る』という現象は直感的ですから。ですが、『無限を現実に持ってくる』という概念は、貴方の脳の処理能力というか、理解の範疇を超えているんですよ」
痛い。消しゴムよりも痛い指摘だった。
要するに、俺がバカだから使えないと言われているに等しい。
最強への道は、理解力という名の壁に阻まれたのだ。
「残念でしたね、悟さん」
相田が、ここぞとばかりにニヤニヤしながら言った。
「っ!! てめぇ、このタイミングで名前呼びやめろや!!」
俺は耳まで真っ赤にして怒鳴った。
アイマスクを投げつけ、ふて寝を決め込む俺と、それを楽しそうに眺める相田。
最強の術師への道のりは、あまりにも遠く、そして険しいものであった。
その八『堀田悟は式神が使いたい』
相田との「無下限呪術ごっこ」が失敗に終わってから数日後。
俺はアパートのソファに寝転がり、スマホでネットサーフィンをしていた。検索ワードは『呪術廻戦 無下限術式』。
未練がましく、何とか理解できないかと粘っていたのだ。
『人気漫画「呪術廻戦」初のスピンオフ「呪術廻戦≡(モジュロ)」連載中!』
画面にちらりと見えた見慣れた作品名と、見慣れない単語の組み合わせ。
「……は?」
俺は思わず声を漏らした。
『呪術廻戦』は現在進行形で読んでいる途中だ。まだ最終巻まで読み進めていないのに、いきなりスピンオフ、それも未来編の情報が飛び込んできたのだ。
「うわぁ、盛大にネタバレ食らった……」
俺はガックリと項垂れた。
まだ最後まで読み終わっていないというのに。
ネット社会はリアルタイムに作品を追っている者以外にとって地雷原なのだ。
「自分にオブリビエイトするか? ……大袈裟か。続き読もっと」
気を取り直し、テーブルに積んであった呪術廻戦の単行本を手に取り、ページをめくる。
渋谷事変。とても胸の痛くなるワードだ。
考えるべきではないと半ば現実逃避しつつ、そこで描かれる圧倒的な暴力と、緻密な術式の応酬に目を向ける。
中でも俺の心を鷲掴みにしたのが、伏黒恵が自爆覚悟の切り札として召喚し、そして宿儺が倒してしまった最強の式神。
——
あらゆる事象への適応能力を持ち、背中の法陣が回るたびに敵の攻撃を無効化し、カウンターを叩き込む。
その神々しくも禍々しい姿に、俺の厨二心が激しく反応した。
「……かっけぇ」
単純な感想が漏れる。
俺に電流が走る。ある
俺は慌ててページを戻り、伏黒のセリフや解説を読み込む。
術者は最初に与えられる玉犬以外の式神を、自らの手で倒し、服従させなければならない。
「……これだ」
俺は本を閉じ、ババンとテーブルを叩いた。
「これならいける!!」
十種影法術の式神たちは、術士がえっちらおっちらと探し出して契約を結ぶわけではない。
まずは術式によって
つまり、
この術式を発動さえすれば、システムが勝手に式神を目の前に具現化させてくれる——調伏対象として。
精霊だの悪魔だの、居もしない相手を探す必要はない。呼び出して、倒せばいい。
倒す? 容易いことだ。今の俺には『
式神を力でねじ伏せ、従える。
これほど今の俺のスタイルに合致した召喚術があるだろうか!
「相田! 相田ァ!!」
俺はスマホを掴み、即座に相田を呼び出した。
数分後、
「なるほど……。調伏の儀式ですか。確かに理にかなっています」
「だろ? 五条悟の術式は複雑すぎて無理だったが、伏黒恵のコレなら『影を媒介にする』『呼び出して倒す』というシンプルなルールだ。俺の認識漏洩でも再現できる可能性が高い!」
「しかし、堀田さん。リスクもありますよ」
「リスク?」
「はい。呼び出した式神が、もし制御不能な強さだったら? 調伏に失敗すれば、術者は殺されます。それが『調伏の儀式』のルールですから」
相田の指摘はもっともだった。
特に、俺が狙っている『魔虚羅』は、作中でも最強最悪の式神だ。適応能力を持った怪物を、果たして倒せるのか。
「……だから、
俺はニヤリと笑った。
「ここじゃ狭すぎるし、近所迷惑だ。以前、俺たちが世界を回っていた時に見つけた、あの場所に行こう」
「ああ……あそこですね」
「ジャングルの奥地。半径数十キロに人はいない。開けた岩場。火災の心配もない。……あそこなら、
俺たちは頷き合った。
準備はいいか? と問うまでもない。
俺は杖を、相田はビデオカメラと救急セットを持って、姿くらましした。
※※※
南米某所、未開のジャングル深部。
鬱蒼とした木々が途切れ、岩肌が露出した広大な台地が広がっている。
頭上には南半球の星空。周囲には鳥や虫の声だけが響く、天然のコロシアムだ。
「ここなら誰にも邪魔されませんね」
相田が安全な距離——岩場の陰——に陣取り、カメラを構える。
「堀田さん、準備は?」
「いつでもいける」
俺は台地の中央に立った。
湿った夜風がローブを揺らす。
緊張感で掌が汗ばむ。
これから呼び出すのは、俺の妄想が生み出した「偽物」かもしれないし、本物の「怪物」かもしれない。
だが、確信めいたものはあった。
『認識漏洩』が、俺の脳内でカチリと音を立てて噛み合っている感覚がある。
——影を媒体にする。
——式神を形作る。
俺は両手で影絵の形を作った。
まずは玉犬、十種影法術使いに配布される基本の式神だ。これが呼べなければ話にならない。
「……
両手で作った影絵の印に合わせて叫ぶと、足元の影が沸騰するように盛り上がった。
ズルリ、と闇から這い出してきたのは、二匹の犬。
一匹は真っ白で、もう一匹は漆黒。額には逆三角形の紋様。
紛れもなく、原作通りの玉犬「白」と「黒」だ。
「おおぉ……っ!」
俺は思わず駆け寄り、黒い方の首元に抱きついた。
温かい。パトローナスのセントバーナードのような、透き通った光の感触ではない。
筋肉の張り、少し硬めの毛並み、そして湿った鼻息。
確かにそこに「命」がある感触だ。
「成功ですね、堀田さん! 見事な具現化です!」
岩陰から飛び出してきた相田も、白い方を撫で回してご満悦だ。
「すごい……この毛並み、この肉球の弾力! これが
「ああ、生きてる。こいつらは生きてるぞ!」
俺もしばらく二匹をモフり倒し、その温もりに癒やされていたが、やがてハッとして表情を引き締めた。
「……遊んでる場合じゃない。ここからが本番だ」
玉犬は最初から与えられる式神だ。
これを使えたのは、あくまで
ここから先は、未調伏の式神を呼び出し、ガチンコで殴り合って従わせなければならない。
「相田。お前はあっちの岩場に隠れてろ。絶対に顔を出すなよ」
「了解です。撮影は任せてください」
「玉犬、お前たちは相田を守れ。ジャガーとか毒蛇が出るかもしれん」
「ワンッ!」「ワッ!」
命じると、白と黒の犬は短く吠え、相田の両脇に侍った。
早速の活躍だ。これで相田の安全は確保された。心置きなく暴れられる。
俺は広場の中央に戻り、杖を構えた。
相手は未知の式神。原作通りの強さなら、生身の人間なんて一瞬でやられる。
俺自身は、格闘技経験もないズブの素人だ。反射神経も体力も人並み以下。
まともにやり合えば死ぬ。
「……ナメプなんてしてられるか。最初からクライマックスだ」
深呼吸をし、自分自身に向けて杖を振った。
ありったけの強化魔法(バフ)を重ねがけする。
「……
「……
「……
「……
メガテンの4大
身体が軽く、力がみなぎる感覚がある。皮膚が硬質化したような頼もしさも感じる。
さらに念には念を入れる。
「……
「……
自分を包み込むように、見えない障壁を展開する。これで一撃死のリスクは減ったはずだ。
最後に、杖の先に攻撃魔法を装填するイメージを固める。
「よし……」
準備は整った。
俺は両手で新たな印を結んだ。
狙うは、空を飛ぶあの式神。機動力が高く、偵察や移動にも使える便利なあいつだ。
「——
影が大きく広がり、そこから異形の怪鳥が翼を広げて飛び出した。
仮面のついた猿の顔、狸の胴体、虎の手足、そして蛇の尾。
奇怪な鳴き声を上げながら、鵺が上空へ舞い上がり、鋭い眼光で俺を睨みつける。
敵意むき出しだ。調伏の儀式が始まった合図だ。
ギャアアアッ!
鵺が急降下してくる。帯電した爪が、バチバチと音を立てて俺に迫る。
速い。普通の人間なら反応すらできない速度だ。
だが、
「……遅い」
一歩横にステップし、爪撃を回避する。
通り過ぎざま、至近距離で杖を突き出した。
「——
——バヂヂヂッ!!
紫電一閃。杖先から極太の雷撃が放たれ、鵺の背中に直撃した。
鵺自身も電気を操る式神だが、メガテン系上級魔法の威力は桁が違う。
ズゥン、という轟音と共に、鵺は黒焦げになって地面に叩きつけられた。
ピクリとも動かない。
影に戻っていく様子もない。……倒したか?
警戒しながら近づくと、鵺の体がスゥッと薄くなり、俺の影の中へと溶けていった。
同時に、脳内に
「……調伏、完了!」
俺は汗を拭った。
呆気ない幕切れだったが、それは俺の火力がオーバーキル気味だったからだ。
岩陰から相田が飛び出してきた。
「やりましたね堀田さん! 一撃必殺! 完璧な勝利です!」
「ああ……バフのおかげだな」
俺は自分の手を見つめた。
いける。この調子なら、他の式神もいけるはずだ。
俺を久しぶりに高揚感が包み込んでいく。
全体的にあっさりさせ過ぎてた(全編で10000字程度で一話完結)ので、せっかくの(そしておそらく唯一の)戦闘回なのでバトルもう少しちゃんとしよう、ってしたら文字数が倍くらいに膨れ上がってしまった
1日で全部投下しちゃおうかな……と思ったんですが、ストックがもう尽きそうなので三分割にします
それ故、先日うっかり誤爆投稿したコレのあとのお話は6日の予定が8日に伸びました、ごめんなさい