【完結】渋谷の中心でマハムドバリオンを唱えた馬鹿者 作:双子座流星群
「よーし、感覚は掴めた! 次だ、次はどいつだ! いっそもう魔虚羅を呼び出して、俺の魔法で消し炭にしてやろうか!」
鵺を一撃で葬り去った俺は、アドレナリンが脳内を駆け巡るままに杖を振り回して叫んだ。
——いける。余裕だ。
十種影法術最強の式神だろうが、俺の極大魔法の前には塵に等しいだろう。
さあ来い、法陣を回す暇もなく沈めてやる。
そんな興奮状態を諌める者がいる。
「……お待ちください、堀田さん」
岩陰からカメラを回していた相田だ。彼は冷静な声で水を差した。
「調子に乗るのは結構ですが、いきなり魔虚羅はリスキーすぎます」
「あ? なんでだよ。今の火力見たろ? ワンパンだぞ」
「堀田さん、貴方の攻撃力と魔法による防御力は確かに『特級』クラスです。ですが、精神面はどうでしょうか?」
相田は眼鏡の位置を直しながら、痛いところを突いてきた。
「鵺が突っ込んできた時、貴方、一瞬硬直しましたよね? 『スクカジャ』で動体視力が上がっていたから反応できましたが、もしあれがもっと速い、例えば『赫』のような速度の攻撃だったら? あるいは、予備動作のない不可視の斬撃だったら?」
「う……反応できずに、死んでたかも」
「ええ。いくら『テトラカーン』や『マカラカーン』を張っていても、それらは万能ではありません。一度は決まるでしょうが、適応によって二度目はないでしょう」
魔虚羅の適応、そうだ。障壁で一度防げたとしても、返す刀でバッサリやられれば、たとえ障壁を張り直していたとしてもあっさりと貫通し、俺は死んでしまうはずだ。
「貴方は圧倒的なMPと火力を持っていますが、戦闘技術に関しては『まともに喧嘩したこともないド素人』です。最強の武器を持った赤ちゃんと言ってもいい」
……赤ちゃん。
三十路手前の男に向かってなんて言い草だ。だが、反論できなかった。
鵺の爪が迫ってきた時、俺の体は確かに竦んだ。スクカジャで動体視力が上がっていたから避けられたものの、脳の処理速度と体の動きが噛み合っていなかったのは事実だ。
「魔虚羅は格が違います。知能も戦闘センスも段違いでしょう。恐怖ですくみ上がっている間に首を飛ばされては、無限のMPも宝の持ち腐れです」
「……じゃあ、どうしろってんだ」
「まずは慣れましょう。『戦う』という行為に。幸い、十種影法術には手頃な練習相手が揃っています」
玉犬☑ 脱兎□ 蝦蟇□ 円鹿□ 大蛇□
鵺☑ 貫牛□ 満象□ 虎葬□ 魔虚羅□
相田は手元のノートパッド——いつの間にか式神リストを作成していたらしい——を見せた。
「『動く標的に当てる』『攻撃を冷静に見極めて避ける』これらは魔法で補えますが、堀田さんにとって一番大事なのが『
一理ある。いや、百理くらいある。
「……分かった。お前の言う通りにする」
俺は素直に従った。命は惜しい。
ということで、即席の『十種影法術・調伏マラソン』が開催されることになった。
「分かった。安全マージンを取ろう。……で、どれからやる?」
「そうですね。まずは比較的怖くなさそうなやつから……」
「
「
「
そして「
こいつは魔虚羅前の中ボスとして設定し、後回しにする。
「まずは……こいつらからだ」
俺は震える手で、印の形を確認した。
比較的マスコット感があり、殺傷能力が低そうな連中。
——まずは、
カエルだ。サイズはでかいが、所詮はカエル。これなら落ち着いて対処できるはずだ。
俺は両手を合わせ、影を作る。
「……
俺が影絵を作ると、影の中からヌルリと巨大なカエルが現れた。
デカい。軽車両くらいのサイズがある。
だが、牛や象に比べればまだ愛嬌がある……か?
「ゲコッ!」
蝦蟇がいきなり長い舌を射出してきた。速い!
だが、今の俺には『
飛んでくる舌が、スローモーションのように見えた。
(……見える。避けられる!)
俺は横にステップを踏んだ。
ヒュンッ、と風切り音を立てて舌が通り過ぎる。
いける。体が軽い。こんな気持ちで戦うのは初めて!
「悪いな、カエルさん。……
俺は杖を振り、衝撃波を放った。
カマイタチのような刃が蝦蟇の眉間を直撃し、「ゲコォッ!?」と悲鳴を上げてひっくり返ると、そのまま黒い霧となって消滅し、俺の影に吸い込まれる。
「よし、一丁あがり!」
「ナイスステップです堀田さん! 今の回避、腰が入ってましたよ!」
岩陰から相田が親指を立てる。
なるほど、確かに「避けてから撃つ」というプロセスを経るだけで、なんとなく自分が強くなったような錯覚に陥る。これが戦闘経験値か。
「次は……これだ。
影からワラワラと飛び出してきたのは、無数の白いウサギたちだ。
可愛い。普通に可愛い。だが、その数は尋常じゃない。
数十、いや百匹近いウサギの群れが、一斉に俺に向かって突撃してくる。
「うわっ、ちょ、多い多い!」
一匹一匹の力は弱いが、これだけの数に揉みくちゃにされたら流石に危ない。
原作だと、本体を叩かないと無限に増えるんだったか?
どれが本体だ? 『
……いや、面倒だ。
「まとめて吹き飛べ! ……
俺は杖を薙ぎ払った。全体攻撃魔法はメガテン魔法の真骨頂だ。
扇状に広がった炎の波が、ウサギの群れを一瞬で飲み込む。
本来なら動物虐待で訴えられそうな光景だが、相手は式神だ。炎に触れた端からポンポンと煙になって消えていく。
「……数で押す相手には全体魔法、か。ゲーム通りではあるが」
「容赦ないですねえ。あんな可愛いウサギさんたちをウェルダンにするなんて」
「うるさい。次行くぞ、次!」
そして、三体目。
俺は少しだけ緊張して、両手を組んだ。
「……
現れたのは、立派な角を持った巨大な鹿だった。
神々しい。月明かりの下、その毛並みは淡く発光しているように見える。
こいつの能力は『反転術式』による治癒。そして、対戦相手の呪力を中和・減衰させる能力だ。
ここで一つの疑問が浮かぶ。
俺の力は
呪力は負のエネルギーであり、
では、魔力はどうだ?
プラスなのか、マイナスなのか。
「……試してみるか」
俺が杖を構えると、円鹿はこちらを見据え、静かに鳴いた。
その瞬間、円鹿を中心に暖かい波動——恐らくは反転術式のエネルギーが広がり、俺の体に到達した。
——フワッ。
奇妙な感覚だった。体にまとっていた『
「……ッ!?」
「堀田さん! バフの光が弱まってます!」
相田の叫び声。
やはりか。細かい理屈は分からないが、円鹿の能力は「異質なエネルギーを中和して平坦にならす」という性質を持っているらしい。
メガテン的に言えば、こいつは『
「やばい! バフが切れたら俺はただのおっさんだ!」
焦りが生じる。
強化魔法が剥がされれば、俺の動体視力も防御力も紙くず同然になる。鹿の角で突かれたら即死だ。
円鹿が頭を下げ、こちらに向かって突進の構えを見せる。
——やらなきゃ。剥がされる前に、火力で押し切る!
「……っ、
俺は焦って最強クラスの単体攻撃魔法を放った。
紫電が円鹿に直撃する——はずだった。
だが、雷撃は円鹿のまとう光のオーラに触れた瞬間、ジジジ……と音を立てて、威力が半減したように細くなった。
「中和された!? 攻撃魔法もかよ!」
魔力そのものを相殺しに来ている。
だが、完全に消えたわけではない。細くなった雷撃は円鹿の肩口を焦がし、円鹿は悲鳴を上げてよろめいた。その反転術式《?》の出力には限界があるようだ。
(……効く! 減衰されるけど、俺の
「これならどうだ、
放たれた目が痛くなるほどの雷撃の威力は、先程の比ではない
円鹿は必死に中和しようと光を強めるが、強大な雷撃の奔流に耐えきれずついにその防壁が崩壊した。
——バヂヂヂィッ!!
甲高い声を上げて円鹿が角の先端を発光させながら激しく痙攣する。
そのまま地面に転がり、光の粒子となって消滅した。
「はぁ、はぁ……」
俺は肩で息をした。
怖かった。バフが消えかける感覚、自分の魔法が通じないかもしれない恐怖。
ワンパンで終わらなかった初めての相手だ。
「……お疲れ様です。いやあ、ヒヤヒヤしましたよ」
「ヘッヘッヘ……!」「ワオーン!」
相田が護衛の玉犬と一緒に駆け寄ってくる。
心なしか玉犬たちも祝福してくれているようだ。
「どうやら『反転術式』は『デカジャ』に近い効果を持つようですね。魔力にプラスマイナスがあるかは不明ですが、『場を正常化する』力とぶつかり合った結果、貴方のゴリ押しが勝ったというところでしょう」
「ゴリ押し言うな……必死だったんだよ」
俺は汗を拭った。だが、手応えはあった。
不測の事態、魔法が効きにくい相手、バフの解除。
それらの「想定外」を体感できたことは大きい。
「よし……。カエル、ウサギ、鹿。小物は片付けた」
俺は顔を上げた。
次は、大型獣たちだ。象に牛に蛇。
そして、その先には「虎」が待っているのだ。
「バフのかけ直しだ。……
俺は念仏のように唱え、剥がれかけた強化を厚く塗り直す。
恐怖はある。だが、足は止まっていない。俺は杖を握り直し、次なる影絵の形を脳裏に描いた。
カエル、ウサギ、鹿。ここまではまだ《b》「動物園のふれあいコーナー」レベルだった。
だが、ここからは違う。猛獣エリアだ。
「……行くぞ」
俺は呼吸を整え、両手を組み合わせた。
まずは、一番の生理的嫌悪対象から片付ける。嫌なものは先に終わらせる主義だ。
「——
叫ぶと同時に、足元の影が不気味に波打ち、そこから鎌首をもたげるようにして巨大な白蛇が現れた。
——デカい。想像以上にデカい。
太さはドラム缶ほどもあり、長さは10メートル以上あるんじゃないか?
赤い目がギョロリと俺を睨み、二股に分かれた舌がチロチロと出入りする。
「うっ……やっぱ無理、キモい!」
俺は反射的に後ずさった。
大蛇がそれを隙と見たか、バネのように体を収縮させ、弾丸のような速度で噛み付いてきた。
——シャアアアアッ!
巨大な牙が迫る。毒があるのか? 巻きつかれたら絞め殺されるぞ!
『
避ける? いや、コイツの巨体相手に横移動だけで躱しきれるか?
俺は咄嗟に防御魔法ではなく、物理的な干渉魔法を選んだ。ハリー・ポッター魔法の一つ。
「寄るなッ——
杖を突き出すと、見えない巨大な掌で押されたような衝撃が大蛇の顔面に直撃した。
ドゴォッという鈍い音がして、突進の勢いが殺される。大蛇の頭がカクンと大きく後ろにのけぞった。
(効いた! 物理には物理干渉だ!)
怯んだ隙を見逃すな。
トドメだ。氷漬けにして動きを止めてやる!
「……
全てを凍りつかせる局所的な吹雪が大蛇を包み込む。
爬虫類は変温動物だ。急激な温度変化には弱いはずだ。
パリパリという音と共に、巨大な白蛇があっという間に氷の彫像へと変わっていく。
動きを封じられた大蛇は、そのまま重力に負けて横倒しになり、粉々に砕け散って影へと還っていった。
「ふぅ……。なんとかなったか」
俺は冷や汗を拭った。
やはり生物的な弱点を突くのは有効だ。ゲームの属性相性みたいなものか。
「ナイス判断です堀田さん! 『デパルソ』からの『ブフダイン』、鮮やかなコンボでしたよ!」
遠くの岩場から、相田がカメラを回しながらサムズアップしてくる。その横には白と黒の玉犬がお座りして尻尾を振っている。
なんだあの安心感のある光景は。癒やされるわ。
「よし、次は牛だ!」
俺は気を取り直し、両手を突き出すポーズをとった。
「——
現れたのは、筋肉の塊のような巨大な黒牛だった。
その額からは、槍のように鋭く長い角が突き出している。
貫牛の特性は『直線的な突進』。そして『距離を取るほど威力が増す』という単純かつ強力な能力だ。
ブモォォォォッ!
鼻息を荒くし、貫牛が前足で地面を掻く。
そして、ロケットスタートを切った。
ドシンドシンと地響きを立てながら、一直線に俺へ向かってくる。
「……距離を取ると威力が上がる、だったな」
あるいは、その突進力を利用してやればいい。
俺は杖を構え、じっと待った。
迫りくる巨大な暴力。角の切っ先が俺の腹を狙っている。
怖い。逃げ出したい。だが、絶対に行ける、勝てる!
あと10メートル。5メートル。3メートル。
今だ!
「……
俺は呼び寄せの呪文を唱えた。
ブモッ!?
加速のついた貫牛の体が大きく体勢を崩しつつも更に加速して俺にぶつかってくる。
「お前自身のパワーだ、存分に味わえ!」
——ガキイイイン!!
壮絶な音とともに、
面白い程の勢いで錐揉みして飛び、ビターン! と地面に崩れ落ち、そのまま影へと還る。
「よしッ!」
テトラカーン前提とはいえ、大質量の突進にも動じずにいられた。
俺自身は立っていただけとはいえ、少しは度胸がついた気がする。
「最後は象だ! ——
呼び出したのは、ピンク色の象……ではなく、象の骨格をベースにしたような、重厚感あふれる巨獣だ。
その能力は『大量の水』と『圧倒的な質量』。
空から降ってきて押し潰すか、鼻から高圧の水流を放ってくるか。
パオォォォン!
満象が長い鼻を掲げ、そこから消防車の放水のような水流を噴射してきた。水圧カッターだ。当たれば身体が両断される。
「水には雷……いや、ここはあえて力技でいく!」
俺は
……と思ったが、満象の水は「魔法」扱いなのか、それとも「物理的な水」なのか?
アマゾンの火災の時、俺が降らせた雨は物理現象として火を消した。ということは、こいつの水も物理かもしれない。
……あっ、
「ああもう、どっちでもいい!!
ならば奥の手として温存し、代わりにハリポタ系の強力な物理障壁を展開した。
青白い光のドームが俺を包む。
直後、激流がドームに直撃し、激しい飛沫を上げた。
バシャアアアアッ!
ドームが軋む。
凄い圧力だ……だが、耐えきった!
「お返しだ! デカい図体は的が大きいってことだろ! ……
俺はドームの内側から、特大の火球を放った。
水蒸気爆発を起こさせ、視界を奪う。
蒸気にむせて満象が怯んだ隙に、俺は杖を振り上げた。
「
メガテン系の破魔魔法。聖なる光で敵を浄化し、昇天させる。
即死効果を持つが、『
天から降り注いだ光の柱が、巨象を包み込む。
満象は抵抗するように鼻を振り回したが、やがて光の中に溶けるようにして消滅した。
「……はぁ、はぁ」
三連戦。流石に息が切れる。
MPは減らなくても、集中力の消耗が激しい。
だが、終わった。
蛇、牛、象。重量級の式神たちを、全て調伏した。
「すごい……凄すぎます堀田さん! 完全勝利ですよ!」
相田がカメラを回したまま駆け寄ってくる。玉犬たちも「ワンッ!」と嬉しそうに吠えている。
「魔法の選択、相手に合わせた搦め手、冷静な対処。全ての対応が的確でした。これなら、いけますよ。次の『虎』も、そしてその先の『魔虚羅』も!」
相田の興奮した声に、俺も少しだけ自信を取り戻していた。
やれる。俺はもう、ただ逃げ回るだけのおっさんじゃない。
戦えるんだ。
「ああ。……次で最後の中ボスだ」
俺は岩場に腰を下ろし、相田から渡された水を一口飲んだ。
次なる相手は『虎葬』。恐らくは、これまでの式神たちよりも一段階上の戦闘力を持っているはずだ。
「少し休んだら、呼ぶぞ。……準備しておけ」
「はい! しっかりと記録させていただきます!」
南米の夕風が、汗ばんだ肌を冷やしていく。俺は杖を握り直し、静かに闘志を燃やす。
この調伏マラソンを完走した時。俺はきっと、何かが変われる気がした。
手札が多すぎると逆に咄嗟に何やるか決めるの難しそうですよね
次回がこの式神調伏編ラストとなります