【完結】渋谷の中心でマハムドバリオンを唱えた馬鹿者   作:双子座流星群

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最近、空を見上げていますか?


茶番:魔法使いの夢想奮戦記
夢落:空の果てから来たるもの・前編


最近、空を見上げていますか?

 

 俺の狭いアパートのリビングには、今日も今日とて大振りな世界地図が広げられていた。

 わざわざ買ったアナログの巨大な紙の地図。ここに、マッピング結果を都度書き込んでいるのだ。

 利便性は良くないが、壁に貼り付けてこれまでの眺めていると、謎の達成感があるのだ。

 

「……で、次はどこにするんです?」

 

 相田がお高い茶葉の紅茶を啜りながら、空白地帯を指差した。

 俺はソファに寝転がり、天井のシミを数えるような虚ろな目で答える。

 

「北欧は埋めた。南米も主要都市は行った。……アフリカ大陸がまだまだスカスカじゃないか?」

「エジプトのカイロ、南アフリカのケープタウンあたりは登録済みですが、内陸部が手付かずですね。またサファリ観光がてらナイロビあたりを『場所覚え』しておきますか?」

「サファリか。さてはリアルナショジオハマったな?」

 

 俺たちは平和ボケしていた。

 約一年近くひっきりなしに世界中を飛び回って災害救助や人助けをしてきたが、今週に入っては大きな事件もなく、世界は奇妙なほど穏やかだった。

 俺たち「魔法使いと騎士」のコンビも、久しぶりの完全オフを満喫しようとしていたのだ。

 

「じゃあ、来週の週末はナイロビ国際空港をターゲットに……」

 

 相田がスケジュールを書き込もうとした、その時だった。

 

 ——ビッ! ビッ! ビッ!

 

 不快な電子音が、静かな休日の空気を切り裂いた。

 それは聞き慣れた「災害アラート」の音ではない。もっと高く、神経を逆撫でするような小刻みの警告音だ。

 

「……なんだ?」

 

 俺は飛び起きた。

 相田の表情が一瞬で強張る。彼は素早くタブレットを操作し、通知の発生源を特定しようとする。

 

「地震……じゃありませんね。気象庁でもない。これは……世界規模のニュース速報アラート?」

「世界規模?」

 

 相田が画面を俺に向けた。

 そこに躍っていたのは、センセーショナルな、しかし意味の分からない見出しだった。

 

『【緊急】世界各地の主要都市上空に、正体不明の巨大積乱雲が出現』

『通信障害の報告多数。NASAが緊急会見へ』

 

「……は?」

 

 俺は間の抜けた声を出した。

 巨大積乱雲? ただの曇り空じゃないか。それがどうして緊急速報になるんだ?

 

「フェイクニュースか? またどっかのハッカーがイタズラでもしたんじゃないか?」

「いえ、ソースはCNN、BBC、それにNHKも……。複数の大手メディアが一斉に報じています。ただのイタズラにしては規模が大きすぎますよ」

 

 相田の声には、隠しきれない緊張が混じっていた。

 俺はリモコンを掴み、テレビの電源を入れた。

 

 プツン、という音と共に画面が映る。

 いつものバラエティ番組やワイドショーではない。

 無機質なスタジオで、アナウンサーが早口で原稿を読み上げている——臨時ニュースだ。

 

『——繰り返します。現在、ニューヨーク、ロンドン、モスクワ、そして東京を含む世界20カ所以上の主要都市上空において、直径数キロメートルに及ぶ巨大な雲が観測されています』

 

 画面が切り替わる。各地のライブ映像だ。

 ニューヨークの摩天楼。自由の女神の背後に、どす黒く、まるで内部で炎が燃え盛っているかのような不気味な雲が渦を巻いている。明らかに、尋常なそれではない。

 続いてパリのエッフェル塔。そしてロンドンのビッグ・ベンの背後遠くには改修工事中のロンドン・アイが映っている。

 映し出される映像の街並みはそれぞれ違えど、空を覆う絶望的なまでの「黒」は共通していた。

 

「おいおい……マジかよこれ」

「ただの雲じゃありませんね。動きが……不自然すぎます」

 

 相田が呟く。確かに、その雲は風に流されることもなく、まるで意志を持った生き物のようにその場に留まり、ゆっくりと回転しているように見えた。

 

 そして、カメラが東京・新宿の上空を映し出した瞬間。

 

 ザザーッ……!

 

 テレビ画面に激しいノイズが走った。

 音声が途切れ、画像が乱れる。

 

「あれ? 故障か?」

 

 俺はチャンネルを変えた。

 民放各局、どこに変えても同じだ。砂嵐のようなノイズが走り、時折、歪んだ音声だけが聞こえてくる。

 

『……信……障害……こちらは……』

『……直ちに……避難を……』

 

 ザザザザザッ……ザーッ。

 

 画面が乱れ、まともに見れる状態ではない。

 テレビだけじゃない。手元のスマホを見るとアンテナピクトが立っておらず、『圏外』の文字が無情に表示されている。

 相田のタブレットも同様だ。Wi−Fiのアイコンが消え、通信エラーのポップアップが出ている。

 

「つ、繋がらない……! ネットもダウンしてます!」

 

 相田が珍しく声を荒げた。

 現代社会において、通信の途絶は死を意味する。情報の遮断は物理的な攻撃よりも深く人々の心を不安で蝕むからだ。

 

「……ただの雲じゃないな、これ」

 

 俺は立ち上がり、窓際のカーテンを開ける。

 そこに見えたのは見慣れた東京の空ではなかった。

 真昼だというのに、夕暮れのように薄暗い。

 見上げれば、アパートの屋根ごしにでも分かるほどに空一面が「燃えるような赤黒い闇」に覆われていた。

 

 俺の背筋に、冷たいものが走る。

 

「……相田、行くぞ」

 

 俺はクローゼットから洗濯済みの黒いローブを引っ張り出し、Amazonの杖を握りしめた。

 今まで戦ってきた火災や雪崩とは明らかに違う、得体の知れない悪意が空の向こうからこちらを覗き込んでいるような気がした。

 

「各地で起きていますが……どこへ?」

「決まってるだろ。まずは一番近くの現場だ」

 

 俺が頭に杖を軽く叩きつけると、相田の姿が背景に溶け込み透明人間へと変わる。

 続けて俺は、見えない相田の腕を掴み、天井ではなくその向こうにある「空」を強くイメージした。

 

 パシッ、という破裂音と共に、アパートの風景がねじ切れる。

 次の瞬間、俺たちの体を包んでいたのは、生ぬるい風と、強烈な浮遊感だった。

 

 

 ——ヒュオォォォォォッ!!

 

 東京上空、高度数千メートル。

 重力に従い、俺たちの体は真っ逆さまに落下を始める。

 眼下には、鉛色のビル群がミニチュアのように広がっている。だが、俺が戦慄したのは足元の景色ではない。

 

 ——頭上だ。空が、燃えていた。

 ぐっと空を見上げれば、視界の全てを覆い尽くすほどの赤黒く渦巻く巨大な雲。

 内部で雷光がひっきりなしに走り、不気味な熱を発しているようなその質量は、自然現象と呼ぶにはあまりにも凶々しかった。

 

「こいつは、一体……っ!」

 

 俺は落下の風圧に耐えながら、空中で両手を組み合わせた。

 ちゃんと影絵を落とす余裕はない。だが俺のやるそれは、もはやイメージだけで十分だ。

 

「——鵺(ぬえ)ッ!!」

 

 俺の背後の空間が裂け、そこから巨大な怪鳥が飛び出した。

 バチバチと放電する翼を広げ、落下する俺と相田の身体を滑り込むようにして優しく背中に受け止める。

 ドッ、という衝撃と共に落下が止まり、俺たちは鵺の背にしがみついた。

 

「高度維持! あの雲の下へ回れ!」

 

 鵺が大きく旋回し、スカイツリーの方角へと機首を向ける。

 その直後だった。

 

——ズズズズズズ……ッ!!!

 

 空気が震えた。

 スカイツリーの真上に陣取っていた赤黒い雲が、まるで巨大な門が開くかのように左右に裂けていく。

 そして、その奥から「それ」は姿を現したのだ。

 

「……嘘、だろ……」

 

 俺は言葉を失った。

 雲の中から現れたのは、途方もない大きさの「円盤」だった。

 直径数十キロメートル。東京都心を丸ごと影で覆い尽くしそうな圧を放つ超巨大構造物。

 その表面は黒く、無機質で、複雑な幾何学模様が刻まれている。映画や漫画でしか見たことがない、典型的な「侵略者の宇宙船」そのものだった。

 

 あまりの質量差に、634メートルを誇るスカイツリーさえもが、巨象の足元にある爪楊枝のように頼りなく見える。

 

「……あ、あー……」

 

 透明化した相田の、間の抜けた声が聞こえた。

 俺たちは鵺をホバリングさせ、スカイツリーの展望回廊と同じくらいの高度で静止した。

 ガラス張りの展望台の中には多くの観光客がいるのが見える。

 彼らはパニックになって逃げ惑うどころか、一様に窓ガラスへと張り付き、頭上の宇宙船と、そして目の前に浮かぶ魔法使いを乗せた巨大な怪鳥を交互に指差し、ひどく興奮した様子でスマホを構えている。

 

 危機感がない。まるで、目の前で突然極上のエンターテインメントショーが始まったかのようだった。

 

「……なぁ、相田」

 

 俺は乾いた唇を舐め、頭上の円盤を眺めながら震える声で問いかけた。

 

「俺は、夢を見てんのか? これ、現実か?」

「……かもしれません」

 

 相田の声は妙に落ち着いていた。あるいは、彼もまた現実感を喪失しているのかもしれない。

 

「現実世界に魔法使いが現れたと思ったら、次は宇宙人の襲来ですか。この世界のジャンル設定、一体どうなってるんでしょうねえ。SFとファンタジーの悪魔合体ですよ」

「笑えねえよ……。俺というバグだけで手一杯だってのに、宇宙船まで追加コンテンツで来るとか世界の運営は何考えてんだ」

 

 俺は杖を握る手に力を込めた。

 目の前の円盤は、ただ静止している。音もなく、威圧感だけを撒き散らして。……それが余計に不気味だった。

 

「夢が溢れていて大変よろしいじゃないですか」

 

 相田の軽薄な声が響く。

 不気味に沈黙する空の円盤をめがけ、空気の杖を降るような仕草をしてみせる。

 

「どうします、堀田さん? 歓迎の花火代わりに、いっちょ『メギドラオン』でもぶっ放してみますか? あのでかい図体なら絶対に外しはしませんよ?」

「馬鹿野郎」

 

 俺は即座に却下した。

 

「あれがもし、友好的な使節団だったらどうすんだ。いきなり攻撃したら、それこそ星間戦争の引き金だぞ」

「友好……この見た目で、ですか?」

「……それにだ」

 

 俺は天を覆う黒い円盤を見上げた。

 あまりにも、デカすぎる。

 

「あのサイズだぞ? 俺のメギドラオンがいくら強いっつっても、所詮は対人、対軍レベルだ。あんなでかい島みたいな質量相手じゃ表面を焦がす程度で終わるかもしれん」

 

 俺たちは動けなかった。

 攻撃もできず、かといって逃げることもできず。

 ただ、スカイツリーの横で羽ばたく鵺の背に揺られながら、空からの「審判」を待つしかない。

 そんな中、周囲が騒がしくなってくる。

 

 バタバタバタ……。

 

 無機質なローター音が近づいてきていた。

 警視庁の航空隊か、あるいは報道各社のヘリコプターだろう。

 彼らは円盤の周囲を羽虫のように飛び回り、決定的瞬間を捉えようとカメラを向けている。

 

 その喧騒の中、巨大円盤に異変が起きた。

 

 ズゥゥゥン……。

 

 重低音と共に、円盤の底面中央部が機械仕掛けの花弁のようにゆっくりと開き始めたのだ。

 その奥から漏れ出すのは、深海のような神秘的な青い光。

 スカイツリーの展望台にいる人々からは、「おおーっ!」という感嘆の声が漏れるのが聞こえてきそうだった。

 未知との遭遇。宇宙からの来訪者。

 誰もが、映画のワンシーンのような劇的な展開を期待し、その光に見惚れている。

 

 ——だが、俺は違った。

 

 背筋を、氷柱で撫で上げられたような悪寒が走る。

 美しい? 違う。あの光は、生命の輝きじゃない。

 もっと無機質で、冷徹で——そして圧倒的な「死」のエネルギーだ。マハンマバリオンでも降り注いで来るような心持ちだ。

 

「……やばいぞ、これ」

 

 理屈じゃない。

 これまで数々の災害現場を渡り歩き、大自然がもたらす死線を超えてきた俺の直感がサイレンのように警鐘を鳴らしていた。

 あれは握手をするための友好の手じゃない。

 害虫を駆除するための、殺虫スプレーの噴射口だ。

 

「鵺、急上昇ッ!!」

 

 俺は叫び、鵺の首筋を叩いた。

 怪鳥が鋭く鳴き声を上げ、垂直に近い角度で空へと駆け上がる。目指すは円盤の開口部と、その真下にあるスカイツリーおよび地上の都市との「中間地点」だ。

 

「ほ、堀田さん!? 何をする気ですか!?」

「来るぞ、相田! あれは多分、攻撃だ!」

「えっ!? でもまだ何も……」

「勘だ! でも、こういう時の俺の勘は当たるんだよ!」

 

 俺は鵺の背に立ち上がり、杖を頭上へ掲げた。

 もし、俺の勘違いだったら?

 ただの友好的な光のシャワーで、俺が一人で勝手にバリアを張ってパントマイムを演じていたら?

 それはそれでいい。笑い話で済むなら、いくらでもピエロになってやる。

 

 ——だがもし、あれが俺の想像通りの「破壊の光」だったら。

 俺が動かなければ東京は地図から消えるかもしれない。

 

「頼むから、杞憂であってくれよ……ッ!!」

 

 俺は祈るように叫び、ありったけの魔力を杖に注ぎ込んだ。

 イメージするのは、絶対的な拒絶。何者も通さない最強の盾。

 

「——プロテゴ・マキシマ(最大防御)ッ!!」

 

 杖先から、青白い光の奔流が噴き出す。

 それは空中で広がり、巨大なドーム状の皮膜を形成していく。

 だが、これだけじゃ足りない。相手は宇宙規模の質量だ。念には念を入れる!

 

「——フィアント・デューリ(守りを固めよ)!」

「——レペロ・イニミカム(敵を避けよ)!」

 

 重ねがけされた防御呪文が光のドームに幾何学的な紋様を刻み込み、強度を飛躍的に高めていく。

 ここからさらに俺の切り札を追加してやる。

 

「——テトラカーン(物理反射)! マカラカーン(魔法反射)!」

 

 メガテン系の反射結界をドームの表面にコーティングする。

 物理的な質量弾だろうが、エネルギー兵器だろうが、来た道をそのままお帰り願うための鏡の盾。

 

 ブォォンッ!!

 

 東京の上空に直径数キロメートルにも及ぶ、虹色に輝く半透明の巨大な傘が出現した。

 地上から見上げれば、それはまるでオーロラか、あるいは幻想的な光のショーのように見えたことだろう。

 スカイツリーの展望客たちが、新たな歓声を上げ、カメラのフラッシュを焚くのが視界の端に見えた。

 

——笑っていられるのも、今の内かもしれないぞ。

 俺は歯を食いしばりながら頭上の円盤を睨みつけた。

 

 青い光が、収束していく。

 エネルギーの充填率が、臨界点を超えようとしている。

 

——カッッッ!!!

 

 音が消えた。

 世界から色彩が奪われ、純白の閃光だけが網膜を焼く。

 円盤の中央から放たれたのは、細く鋭いレーザーではない。

 それは巨大な光の柱、空から落ちてきた「破壊の滝」だった。

 

 ズドドドドドドド……ッ!!

 

 光の奔流が、俺の展開した多重結界の中心点に直撃する。

 『プロテゴ・マキシマ』のドームが、悲鳴のような高音を立てて軋んだ。

 バチバチバチッ! と激しいスパークが散り、虹色の被膜が内側へたわむ。

 

「ぐっ、うおおおおおおおおおッ!!」

 

 俺は杖を両手で握りしめ、絶叫した。

 

 重い。熱い。物理的な接触はないはずなのに、頭上から数億トンの鉄塊でプレスされているような圧力が全身にかかる。

 あちら側から組み上げた魔力が逆流し、血管が焼き切れそうだった。

 

「堀田さんッ! 出力上昇! まだ上がります!」

 

 相田の悲鳴に近い報告。

 結界の表面で、行き場を失った破壊エネルギーが渦を巻き、太陽のような光球となって膨れ上がっていく。

 このままでは押し切られる。バリアごと、俺たちも、スカイツリーも、東京も消し飛ぶ!

 

——させるかよッ!!

 

 俺は踏ん張った。鵺の背に足を食い込ませ、ありったけの魔力を「反射」の結界へと注ぎ込む。

 耐えるんじゃない。弾き返すんだ。

 それが『テトラカーン』と『マカラカーン』の真髄だ!

 

「——返品だコラァあああああッ!!!」

 

 俺の咆哮に呼應するように、バリアの表面が鏡のように輝く。

 臨界点に達した光球が一瞬収縮し——そして、物理法則を無視したベクトル変換を起こす。

 

 ズギュゥゥゥゥゥゥンッ!!!

 

 光の奔流が、来た道をそのまま逆流した。

 地上へ降り注ごうとしていた死のエネルギーが、一束の槍となって、発射元の円盤へと牙を剥く。

 

 直撃。

 

 ドゴォォォォォォォォォォンッ……!!!

 

 円盤の開口部、青い光の中心に、自分自身の最大火力が突き刺さった。

 

 一瞬の静寂——そして、天地を揺るがす大爆発。

 

 黒い円盤の一部が内部から膨れ上がり、炎と破片を撒き散らして吹き飛んだ。衝撃波が空気を叩き、スカイツリーのガラス窓がビリビリと震える。

 

「……はぁ、はぁ、はぁ……ッ!」

 

 俺は杖を下ろし、鵺の背中に膝をついた。

 やったか? 見上げると、円盤の下部は黒煙を上げ、青い光は消え失せている。

 少なくとも、第一撃は防いだ。

 

 地上は、静まり返っていた。

 誰もが口を開け、空を見上げている。

 歓迎ムードは消え失せ、代わりにそこにあるのは、遅れてやってきた理解と、底知れぬ恐怖だった。

 

 あれは、挨拶ではなかった。攻撃だったのだ。

 

 もし、あの魔法使いがいなければ。

 もし、あのバリアがなければ。

 今頃、自分たちは蒸発していたのだと。

 

「キャアアアアアアアアッ!!」

「Run! It's an attack!(逃げろ! 攻撃だ!)」

「Aliens are killing us!(宇宙人が殺しに来たぞ!)」

 

 悲鳴。怒号。サイレン。

 パニックの連鎖が、爆風のように東京を駆け巡る。

 人々は我先にと建物の中へ逃げ込み、車は暴走し、街は一瞬で戦場へと変わった。

 

「……クソッ、やっぱりこうなるか」

 

 俺は鵺の背から、混乱する地上を見下ろした。

 だが、安堵している暇はない。

 

 黒煙を噴き上げながら、巨大円盤がゆっくりと高度を下げていく。反射された自らの熱線で心臓部を焼かれて連鎖的に爆発でも起こしているらしく、何度も空気を揺るがしながら黒煙を吐き出している。

 東京の空を覆っていた絶対的な圧迫感が、物理的な質量となって街へ墜落しようとしている。

 このまま東京湾に不時着してくれれば御の字だが、そう簡単に終わるはずもなかった。

 

 ——ブォンッ! ブォンッ! ブォンッ!

 

 円盤の周囲が、不規則に明滅した。

 それは断末魔の輝きか、あるいは最後のあがきか。

 次の瞬間、無数の光の筋が地上へ向けて放たれた。

 

 ドスン! ズドン! ドォン!

 

 光が着弾した場所から、土煙と共に「それ」らが立ち上がる。

 新宿、渋谷、銀座、お台場。

 東京の主要エリアに次々と現れたのは、見上げるほどの巨体を持つ、異形の機械兵器だった。

 

 三本の細長い脚。上部にはドーム状の頭部と、蠢く触手のようなアーム。金属とも生物ともつかないその姿は、地球上のどんな兵器とも似ていない。

 

 ——ブオオオオオォォォォンッ……!!

 

 腹に響くような重低音が街中に響き渡る。

 霧笛のようでもあり、猛獣の咆哮のようでもあるその音と共に三本脚の怪物——便宜上、トライポッドとでも呼ぼうか——が動き出した。

 一歩踏み出すたびにアスファルトが砕け、車が玩具のように踏み潰される。

 

「な、なんだあれは……!?」

 

 相田が双眼鏡を構えたまま絶句する。

 さらに、円盤の側面ハッチが無数に開放され、そこから大量の小型戦闘機が蜂の大群のように飛び出してくる。

 空を埋め尽くす飛翔体。地上を蹂躙する巨大兵器。

 

「……陸空同時侵攻かよ、徹底してんなぁ」

 

 俺はポツリと呟く。あまりにも絶望的な光景だった。

 俺一人で、これだけの数を相手にできるか?

 一発の巨大ビームなら反射できた。だが、数千の敵が四方八方から襲いかかってきたら?

 無数に散る戦闘機に、地上を闊歩する三脚の巨体群。

 

 呆けている間にも地上ではパニックに拍車をかけていた。

 トライポッドが放つ熱線がビルを薙ぎ払い、戦闘機が逃げ惑う人々を狩る。地獄絵図だ。

 そして誰もが悟っていた。あの魔法使いでさえ、この数の暴力の前には無力かもしれない、と。

 

「……無理だ」

 

 俺は呻いた。

 何より悪いのが、これがこの東京だけの出来事ではない可能性が高いということだ。アメリカ、フランス、イギリス、中国、そして日本だと大阪にもあの黒雲は現れていたという。

 

 SFめいたエイリアンによる地球規模の同時多発侵略。

 超常には超常を、超科学には大魔法を——そうは言っても手数は有限。地球生まれの魔法使いは、確認されるだけで俺一人だ。

 東京を守るだけで精一杯、いや、この数を相手にすれば東京を守り切ることすら不可能に近い。

 

 

 地上では、三本脚の巨大兵器——トライポッドが、不気味な機械音を立てながらビル街を蹂躙している。その先端から放たれる熱線が、逃げ遅れた車列を蒸発させ、アスファルトを溶岩のように変えていく。

 

——どう考えても無理なんだ、逃げてもいいんじゃないか?

 

 そんな悪魔の囁きが聞こえた。

 『姿くらまし』を使えば、俺と相田だけならどこか安全な無人島やシェルターに逃げ込むことができる。

 世界が滅びても俺たちだけは生き残れるかもしれない。

 

——だが。

 俺の脳裏に雪山で救った子供の笑顔や、ロンドンで向けられた歓声がフラッシュバックする。

 そして何より、あの日。渋谷の交差点で犯した過ちを覆しもせずに見殺しにしてしまった人々の顔が。

 

「……逃げられるわけ、ないだろ」

 

 ここで背を向けたら。

 俺は一生、鏡を見ることもできなくなるだろう。

 死ぬまで罪悪感に押しつぶされ、呼吸をするたびに自分を呪い続けることになる。そんな生き地獄を味わうくらいなら、ここで派手に散った方がマシだ。

 

「……相田! しっかり捕まってろ!」

 

 俺は覚悟を決め、杖を鵺の背中に突き立てた。

 

「——プロテゴ・トラタム(万全の護り)!!」

 

 鵺の背中を防護結界の出力を最大まで引き上げて覆う。

 さらに、これまで単なる移動手段としてしか扱ってこなかったこの怪鳥に初めて明確な「殺意」を込めた命令を下す。

 

「行くぞ鵺! 戦闘機動だ! あの三本脚を狩るぞ!」

 

——ギャアアアアアッ!!!

 

 鵺が歓喜とも取れる鋭い鳴き声を上げた。

 本来の鵺は雷を操る強力な式神だ。これまでは俺の過保護な安全運転で大人しくしていたが、主からの「暴れろ」というGOサインに、その野生が目覚めたのだ。

 鵺は翼を畳み、弾丸のような速度で急降下を開始した。

 

 目指すは、隅田川沿いを闊歩し、橋を焼き払おうとしている一体のトライポッド。

 

「機械相手なら、電撃が特効だろ!」

 

 ゲーム脳全開の理屈だが、物理的にも電子回路を焼くのは有効なはずだ。俺は黒い煙の姿で風圧に耐えながら杖を構える。鵺もまた、帯電した翼を広げて放電の準備に入る。

 

「合わせろ! ……ジオバリオンッ!!!」

 

 俺の杖から放たれた極大の雷撃と、鵺が全身から放出したプラズマが空中で交じり合い、一本の巨大な雷の槍となってトライポッドに直撃した。

 

 ——バヂィィィィンッ!!!

 

 直撃、したはずだった。

 だが、トライポッドの機体表面から数メートルの位置で、雷撃は何かに阻まれたように四散した。

 空中に浮かび上がる、ハニカム構造の緑色の光壁。

 

「……シールド、だと!?」

 

 トライポッドは衝撃で大きく仰け反ってたたらを踏んだが、本体は無傷だ。

 SF映画でよく見るエネルギーシールド。魔法の雷撃すらも物理的なエネルギーとして無効化してしまうのか。

 

「硬い……! こちらの攻撃が通じていません!」

 

 鵺の上で相田が叫ぶ。トライポッドが体勢を立て直し、その単眼のような発射口をこちらに向けた。

 ヒュン、という音と共に熱線が放たれる。

 

「マハラギバリオンッ!」

 

 鵺が紙一重で回避する中、俺は最大威力の火炎を放つ。

 トライポッドの上半身を爆炎が包み込み、既に半壊しているビルの表面を焦がしガラスを融解させる——だが、炎が消えると、中からは無傷の機体が飛び出して反撃を仕掛けてきた。

 

「くそっ、やっぱり魔法使い一人じゃ火力が足りないか……!」

 

 俺は熱線をプロテゴで逸らしながら歯噛みした。

 トライポッドは目の前のこいつだけじゃない。東京だけでも何十体も我が物顔で練り歩いている。

 一体倒すのに手間取っていたら、その間に街が更地になる。

 

 ——手数とともに、圧倒的な暴力が必要だ。

 シールドごと叩き割り、粉砕する理不尽なまでの暴力が。

 

 俺は鵺から離れ、まだ奇跡的に無事なビルの屋上に立つ。

 周囲は逃げ惑う人々の悲鳴と、爆発音に包まれている。

 だが、俺の意識は一点に集中していた。

 

 影。俺の足元に伸びる、濃密な闇。

 そこには、俺が従えた最強のカードが眠っている。

 

 俺は足を肩幅に開き、重心を落とした。

 右腕を前に出し、左の拳を当てる。南米のジャングルで、雪山で、そしてロンドンのテムズ川で。

 幾度となく呼び出し、そのたびに土木作業や人命救助に従事させ、帰宅すれば家事を押し付けられる不遇の最強式神。

 

「……頼むぞ。今回は多分、お前の好きな仕事だ」

 

 俺はニヤリと笑い、呪言を紡いだ。

 

「——布瑠部由良由良(ふるべゆらゆら)……!」

 

 ズズズズズ……ッ!

 ビルの屋上のコンクリートが、黒い沼へと変貌する。

 底なしの闇から、白い巨体がせり上がってくる。

 

「——八握剣(やつかのつるぎ)……異戒神将(いかいしんしょう)……魔虚羅(まこら)ッ!!」

 

 顕現したのは身長10メートルの業務用サイズ魔虚羅だ。

 背中の法陣が静かに回転し、右手の退魔の剣が月光を反射する。神々しくも禍々しい、異形の巨人。

 だが、相手は高層ビル並みの大きさを持つトライポッドだ。このままではサイズ負けする。

 

「まだだ! ロンドンの再現で行くぞ!」

 

 俺は杖を魔虚羅に向けた。

 ロンドン・アイを支えた時と同じ、あの巨大化魔法。

 魔虚羅はすでに、この魔法に適応済みだ。

 俺が詠唱するよりも早く、彼はビルの屋上から飛び出しながら受け入れる姿勢を取った。

 

「——エンゴージオ・マキシマァッ!!!」

 

 ドォォォォォンッ!!!

 

 光の爆発と共に、魔虚羅の身体が膨れ上がる。

 10メートル、30メートル、50メートル……!

 あっという間に、60メートル級の超巨神へと変貌を遂げた。

 新宿の高層ビル群と肩を並べる白い巨体が、東京に屹立する。

 

 テムズの巨神、再来。

 だが今回は、倒れそうな観覧車を優しく支えるためではない。

 

「行け、魔虚羅ッ!!」

 

 俺は杖を振り上げ、目前に迫るトライポッドを指し示した。

 

「敵を倒せ! 人を助けろ! ……思う存分、暴れてこいッ!!」

 

 その命令が届いた瞬間。

 魔虚羅の全身から、凄まじい闘気が噴き出した。

 

——ガコンッ!!!

 

 背中の法陣が、かつてない勢いで回転した。

 それは「戦闘」への適応。

 そして「市街地防衛」という制約への適応。

 

 魔虚羅が吠えた。

 

「■■■■■■■■■——ッ!!!」

 

 その咆哮には、明らかな「歓喜」が混じっていた。

 整地だの雪かきだの観覧車支えだの。最強の戦闘能力を持ちながら、裏方の力仕事ばかりさせられてきた鬱憤を晴らすかのような、魂の叫び。

 

 ——俺は家政婦じゃない! 重機でもジャッキでもない! 

 ——これこそが! 破壊と殺戮こそが、我が本分なりと!

 

 ドォォォンッ!

 魔虚羅が地を蹴った。60メートルの巨体が、信じられない速度で間合いを詰める。

 トライポッドが反応して熱線を放つが、魔虚羅はそれを退魔の剣の腹で無造作に弾いた。

 

 そして、一閃。

 

 ——ガギィィィンッ!!!

 

 トライポッドが展開する緑のシールドに退魔の剣が激突する。

 一瞬、拮抗したかに見えた。

 

 ——ガコンッ!

 

 法陣が回る。

 「異星人のシールド」という事象への適応完了。

 

 ズパァァァァァンッ!!!

 

 ガラスが割れるような音と共に、鉄壁のシールドが粉々に砕け散る。止まらない刃は、そのままトライポッドの装甲を豆腐のように切り裂き、胴体を両断した。

 

 ドガアアアアアアンッ!!!

 

 巨大な爆発と共に、侵略兵器が崩れ落ちる。

 魔虚羅はその残骸を見下ろし、勝ち誇るように剣を掲げた。

 その背中からは、「もっとだ! もっと寄越せ!」という貪欲なまでの闘争本能が溢れ出しているかのようだ。

 

「……ははっ、すげぇ」

 

 俺はその光景を見て、震えた。

 恐怖ではない。頼もしさへの震えだ。

 

 そうだ、これが俺の切り札。バリオン級の火炎を退けたバリアをも容易く切り裂く、俺の最強の「仲魔」だ。

 

「よし、このまま押し返すぞ! 新宿中のトライポッドをスクラップにしてやれ!」

 

 一体の巨神が暴れ回るだけで、新宿の戦況は一変した。

 近くに居たトライポッドを一体、また一体と切り伏せていく。

 

 だが、敵の数は多すぎる。東京だけでも降下したトライポッドは数百体、小型戦闘機に至っては数千機に及ぶだろう。

 魔虚羅が一体で無双したところで、手が回らないエリアでは被害が拡大し続ける。

 

「……足りないな」

 

 かつてロンドンで、俺は観覧車を支えるために「禁じ手」を使った。

 あの時は魔虚羅は身体を痙攣させながらなんとか適応した。

 だが一度適応したこいつならば、「戦闘」という本能的欲求が満たされている今の状態ならなおさらに、もっとスムーズに受け入れるはずだ。

 俺は杖を、戦場に立つ白い背中に向けた。

 

「受け入れろ、魔虚羅! ここは戦場だ、遠慮はいらない!!」

 

 イメージするのはロンドンの再現。いや、それ以上の増殖。

 俺の無尽蔵のMPを、惜しみなく注ぎ込む。

 

「——ジェミニオ・マキシマッ!!!!」

 

 黄金の光線が魔虚羅に直撃する。

 魔虚羅は振り返りもせず、その光を「当然の戦力増強」として全身で飲み込んだ。

 

 ——ガコンッ!!!

 

 法陣が軽やかに、かつ力強く回転する。

 「自己複製」への適応。そして「集団戦闘」への最適化。

 

 ズギュュュュュンッ!!!

 

 空間が多重にブレた。

 二体、三体……いや、もっとだ。

 光の中から、次々と白い巨体が湧き出してくる。

 一体、二体、三体、四体……五体。

 新宿の高層ビル街に、五体の超大型魔虚羅が顕現した。

 

 それぞれが60メートル級。

 神話の巨人兵団が、俺の魔力によって量産されたのだ。

 

「……ははっ、壮観だな」

 

 五体の魔虚羅は、一糸乱れぬ動きで散開した。

 それぞれが個別の意志を持ちながら、全体として統率された軍隊のように動く。

 

 一体目が、目の前のトライポッドの脚を掴んでハンマー投げのように放り投げ、崩壊したビルに叩きつける。

 二体目はビルを崩そうとしていた別の機体にタックルをかまし、マウントポジションから退魔の剣を突き立てる。

 三体目は逃げ遅れたバスを踏み潰そうとしていたトライポッドの足を受け止め、逆にへし折った。

 

 ——破壊だけではない。

 四体目の魔虚羅が、崩落してきたビルの瓦礫を背中で受け止め、地上で逃げ遅れた親子を守るように屈み込む姿が見えた。

 五体目は、炎上するガスタンクを引っこ抜き、安全な空き地へと放り投げている。

 

「……すげぇ。あいつら、『人を守れ』って命令も忘れてない」

 

 ただ暴れるだけの破壊神じゃあない。

 この黙示録の如き現場で護りながら戦えという俺の出した無茶振りに、彼らは完璧に適応している。

 災害救助で培った「繊細な力加減」の経験値が、この戦闘でも生きているのだ。最強の戦闘力と、重機並みの作業精度を併せ持った完璧な守護神たち。

 

 地上は彼らに任せておけばいい。

 問題は、空だ。

 

「相田! 生きてるか!」

『ピンピンしてますよ! いやあ、絶景ですねえ!』

 

 インカム越しに、相田の興奮した声が響く。

 見上げれば、頭上を巨大な影が高速で旋回していた。

 鵺だ。相田を乗せたまま、鵺は空を埋め尽くす小型戦闘機の群れに突っ込んでいく。

 

『鵺さん、右舷より敵機多数! 迎撃をお願いします!』

 

 相田がまるで戦闘機のナビゲーターのように指示を飛ばす。

 鵺が翼を翻えし、鋭い爪で戦闘機を鷲掴みにした。

 敵機もさるもの、即座に緑色のエネルギーシールドを展開する。——だが。

 

 ギャアアアアッ!

 

 鵺はシールドごと掴んだ敵機を、そのまま急旋回しながら別の敵機へと投げつけた。

 あるいは二機の敵機を両足でそれぞれ掴み、シンバルのように激突させる。

 

 ——ガギィンッ!! ドカァァァンッ!!

 

 シールド同士が接触した瞬間、激しいスパークと共に双方が消滅し、機体同士がひしゃげて爆散した。

 

『奴らのバリアは、同質のエネルギー干渉に弱いんです! ぶつければ壊れますよ!』

 

 相田の分析が冴え渡る。

 鵺はそれを本能で悟ったのか、あるいは相田の入れ知恵か。

 ドッジボールでもするかのように、敵機を蹴り飛ばし、ぶつけ合い、連鎖的な爆発を引き起こしていく。

 空中格闘戦においても、俺の式神は無双していた。

 

「よし……なら、俺も負けてられないな」

 

 俺は黒い霧となって空へと舞い上がった。

 五体の魔虚羅が地上を制圧し、鵺が空を掻き回している。

 だが、敵の数は依然として多い。

 一網打尽にする「花火」が必要だ。

 

 俺は戦場全体を見渡せる高度まで上昇し、実体化した。

 風が唸る。四方八方から、敵の戦闘機が俺に照準を合わせているのが分かる。

 数十、いや数百のロックオンアラートが脳内で鳴り響く。

 

「……遅いんだよ」

 

 俺は杖を掲げた。

 バリア? 装甲? そんなもの関係ない。

 俺がこれから放つのは、そんな物理的な理屈を無視した、純粋な魔力の鉄槌だ。

 あの魔虚羅すら一撃で消し飛ばした万能の輝き。

 

 イメージするのは、夜空を彩る大輪の花。

 ただしそれは火薬ではなく、万能の光でできた滅びの花だ。

 

——メギドラオンではない。せいぜい数百メートル程度を消し飛ばすだけでは、この状況は覆せない。

 

 鵺が今の俺よりも低く飛んでいる事と、周囲にヘリなどがいないことを確認しつつ、イメージする。

 それは明けの明星の必殺技にして、最強のマップ兵器。

 

「焼き尽くせ——メギドラダインッッ!!!」

 

——カッッッ!!!!

 

 東京の空に、いくつもの太陽が生まれた。

 俺の杖から放たれた光弾が空中で分裂し、それぞれが巨大な光の柱となって炸裂する。

 舞い散る堕天使の羽根が、すべてを消し飛ばしてゆく。

 

 万能属性。防御無視、耐性無視の絶対攻撃。

 それが、空一面を覆い尽くす——!!

 

 敵の戦闘機が展開していた緑色のシールドは、この光の前では薄紙一枚の役にも立たなかった。

 光に触れた瞬間、シールドごと機体が蒸発していく。

 

 ドォォォォォンッ……!!!

 

 連鎖する爆発。空を埋め尽くしていた異形のハチの大群が、巨大な光の虫取り網で一掃されていく。

 地上から見れば、それはまさに神が打ち上げた祝砲、あるいは終末の美しい花火に見えたことだろう。

 

「……ははっ、すげぇ景色だ」

 

 硝煙と光の残滓が漂う空で、俺は笑った。

 眼下では五体の巨神が踊り、空では怪鳥が舞い、そして俺が光の雨を降らせている。

 この世の終わりみたいな光景だが、不思議と恐怖はない。

 

 俺たちは今、世界を守るために、全力で暴れている。

 その事実が、心地よかった。

 

「さあ、まだまだ行くぞ! 在庫一掃セールだ!」

 

 

 

————————————————————

 

——————————————

 

————————

 

 

 

 上空に残っていた最後の小型戦闘機が、俺の放った『メギドラオン』の余波に巻き込まれ、光の塵となって消滅する。

 

 あれほどの爆音と悲鳴に包まれていた新宿の空が、嘘のように静まり返っていた。

 漂うのは硝煙の匂いと、焼け焦げたオゾンの臭気だけ。

 

「……終わった、のか?」

 

 俺は空中で杖を下ろし、眼下の街を見渡した。

 五体の魔虚羅たちは、それぞれの持ち場で動きを止め、彫像のように佇んでいる。彼らの周囲には、スクラップと化したトライポッドの残骸が山積みになっていた。

 東京に降下した敵戦力は、全滅した。

 

 視線をスカイツリーの方角——あのおぞましいほどの巨大円盤が墜落した地点へと向ける。

 戦闘の高揚感がすっと引いていく。

 

「……くそッ」

 

 俺は奥歯が砕けそうなほど強く噛み締めた。

 そこには、地獄があった。直径数十キロにも及ぶ超質量の鉄塊が、東京の下町エリアを押し潰して鎮座している。

 反射したビームによって内部から爆発し、黒煙を噴き上げながら燃え盛るその姿は、巨大な墓標そのものだった。

 

(……防げなかった)

 

 魔虚羅を巨大化させようが、五体に増やそうが、あの落下質量を空中で受け止めることは物理的に不可能だっただろう。

 もし受け止めようとすれば、支えようとした魔虚羅ごと地面にめり込み、結局は周囲一帯を衝撃波で粉砕していたはずだ。

 

 あの円盤の下には、何万、何十万の命があった。

 俺がビームを反射して撃墜した結果、彼らは圧死した。

 仮に撃墜しなければあの一撃で東京ごと蒸発していたとはいえ、目の前のこれは俺の選択の結果だ。

 

「……謝らねえぞ。謝って済む話じゃない」

 

 俺は杖を握る手に血が滲むほど力を込めた。

 感傷に浸っている時間はない。相田との通信が繋がったままのインカムが微かに震える。

 

『……堀田さん。聞こえますか』

 

 通信越しに聞こえる相田の声に勝利の興奮など微塵もなく、悲痛なほど冷静だった。

 

『東京は片付きました。ですが……世界はまだ、燃えています』

 

 ニューヨーク、ロンドン、パリ、上海。

 俺たちがかつて訪れ、救ってきた都市たちが今まさに蹂躙されている。

 

『各国の軍隊も応戦していますが、戦況は絶望的でしょう。奴らのシールド……あれは堀田さんのバリオン級魔法すら弾く強度でした。現代兵器のミサイルや砲弾では歯が立たないはずです』

 

 核兵器でも使えばあるいは……という議論もあるだろうが、市街地上空に浮かぶ円盤に核を撃ち込めば、侵略者を倒す前に人類が自滅する。

 つまり、詰んでいるのだ。俺という「バグ」以外は。

 

「……行くぞ、相田」

 

 俺は魔虚羅たちを見下ろし、杖を振った。

 

「戻れ」

 

 五体の巨神が、音もなく影の中へと溶けていく。

 彼らを連れて移動するのは魔力コスト的には問題ないが、『姿あらわし』で巨体を転移させるのは出現直後に周囲への被害が大きすぎる。現地で呼び出し直した方が早い。

 

 俺は鵺の背中に降り立った。

 相田が、真っ赤な警告灯だらけの世界地図を俺に見せる。

 

「どこから行きますか? どこもおそらく目を覆う事態ですよ」

「順番なんて関係ない。全部回る」

 

 俺は無茶苦茶なことを言った。

 だが、本気だった。MPは無限だ、疲労は魔法で消せる。

 なら、身体が動く限り全ての戦場を回って、どれだけ時間をかけてでも全ての敵を叩き潰すまでだ。

 

「まずはニューヨークだ!」

 

 俺は鵺の首を叩いた。

 大陸間弾道ミサイルよりも速く、物理法則を無視した転移魔法が発動する。

 

「……待ってろよ、宇宙人共。地球には、お前らの科学じゃ説明できない『理不尽』がいるってことを教えてやる」

 

 俺たちの姿は東京の空から掻き消えた。

 社畜魔法使いの、世界一周残業ツアーの始まりだ。

 




本編だと絶対に出番のないメギドラダインをぶちかましてやりました。

気が付けばもう随分と暖かくなってきましたね。
自ら文章を書く力は衰えたものの、物語を妄想する癖はまだ健在なので、アイデアだけあって実際には書けそうになかったものを片っ端からGeminiによって文章化して遊んでいたらいつの間にか3月です。
Geminiも3.1proと地味にアップデートされ、プロットを逸脱する事が減りました。
扱いやすい反面、その逸脱がごくごくまれに「それ採用」ってなるアイデアをくれていたので少し寂しくもあり。

さて、今回はアレな感じなネタなので堂々とネタバレしつつの進行
今回はVS宇宙人!「インディペンデンス・デイ」+「宇宙戦争」です。
どちらもバリア持ちの兵器を携えた侵略者なので違和感なくドッキングできます。
宇宙戦争を加えた理由は2つあり、一つが単純にトライポッドが好きなこと、もう一つが超大型まこーらと殴り合うのにちょうどいいサイズの敵がインディペンデンス・デイにいないこと。
シティ・デストロイヤーは流石に大きすぎ、かと言ってエイリアン・ファイターだとやや小さめです。
なので45mほどあり、地上を歩くトライポッドに登場してもらいました。

両方やるかもしれないし、どっちも完成せずお蔵入りになるかもしれないという前提で……

  • 深海から来る背ビレを持った圧倒的な“個”
  • 空の果てから来る巨大円盤や三脚の何か
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