【朗報】物理、幽霊に効く。 ~最凶の呪いに愛された幼馴染が、最強の転生小学生に物理で救われる話~   作:匿名

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第10話 京都修復?地脈のアイロンがけ編

 古都の夜明けは、本来ならば墨絵のような静謐さと共に訪れるはずだった。

 だが、昨夜、俺が生八橋の店舗まで「近道」をするために空間を物理的に引き寄せ、強引に折り畳んだ代償は、朝日と共にあまりにも無惨な形で露わになった。

 

 「……なんだ、これは。バグか? それともテクスチャの貼り間違えか」

 

 俺は、宿泊先の旅館の縁側で、二箱目の極厚生八橋を口に運びながら、目の前の光景に眠そうな目を細めた。

 視界の先、本来ならば美しい庭園の向こうに広がるはずの東山の稜線が、ぐにゃりと「N」の字に折れ曲がっている。金閣寺の象徴たる黄金の楼閣が、なぜか目の前のコンビニの駐車場のど真ん中に、逆さまの状態で突き刺さっていた。

 石畳の路地は、まるで洗濯機の中で捻じれたシャツのように波打ち、ある地点では空に向かって垂直に伸び、ある地点では地面の中に吸い込まれている。

 

 「あ、ありえませんわ……。歴史が、地理が、風水が……。千年の都が、たった一人の小学生の『食欲』のために、物理的なシワだらけになっていますわぁ……!」

 

 隣で、神崎雫が虚空を見つめながら、壊れたデバイスを握りしめて震えていた。

 彼女の目の下には深い隈があり、徹夜で京都の地脈を解析しようとした形跡が見て取れる。だが、解析結果は常に「測定不能:空間が布のように畳まれています」という、現代魔術の敗北を告げるエラーメッセージを吐き出し続けていた。

 

 「相馬くん! あなた、自分が何をしたか分かっていまして!? 現在の京都は、あなたの『一歩』によって座標が完全に狂い、金閣寺と銀閣寺が物理的に衝突するまであと三十分という絶望的な状況なんですのよ! 新幹線の京都駅なんて、今や比叡山の山頂付近までスライドしていますわ!」

 

 「……京都駅が、山の上に? ……あー。……じゃあ、歩いて帰るのは無理だな」

 

 俺は生八橋の粉をパッパと払い、懐からスマートフォンを取り出した。

 マップアプリを開く。現在地を示す青いドットが、目まぐるしく回転しながら、存在しないはずの湖の真上を指し示している。

 

 面倒だ。

 新幹線に乗るために、わざわざ山を登るのはあまりにも非効率すぎる。

 俺の「超高密度な肉体」は、平地を歩くだけでアスファルトを沈ませる重荷を背負っているのだ。垂直方向の移動など、カロリーの無駄遣い以外の何物でもない。

 

 「……れんくん、おはよぉ……。なんだか、今日はお外が不思議な形だねぇ?」

 

 寝ぼけ眼の琴音が、振袖から着替えたパジャマ姿でトコトコと歩いてきた。

 彼女の『特級避雷針』としての体質が、この歪んだ空間の不協和音を心地よい子守唄のように変換してしまったのか、彼女だけは驚くほどぐっすりと眠れたようだ。

 

 「……琴音。……今日、新幹線に乗るのに、山登りが必要らしいぞ」

 

 「ええーっ!? 山登り? そんなの聞いてないよぉ。私、可愛いサンダル履いてきちゃったのに……」

 

 琴音が不満げに頬を膨らませる。

 

 その時だった。

 

 ゴゴゴゴゴゴゴ……。

 

 京都の街の「ひび割れた空間」から、見たこともないほど濃密な、黄金色の光が溢れ出した。

 その光は龍の形を成し、空に浮かぶ「折れ曲がった雲」を掻き分けて、俺たちの旅館の頭上へと集結していく。

 

 「なっ……このプレッシャー!? 京都の地脈そのものが意志を持ったというのですの!? 古都の守護神、『五大老』の化身が現れましたわ!」

 

 雫が叫び、霊子デバイスを盾にするように構える。

 光の中から現れたのは、平安時代の狩衣を纏った、透き通るような巨大な老人たちだった。彼らの背後には、京都の街並みを守るための膨大な魔力の回路(幾何学模様)が、怒りに震えるように発光している。

 

 『不遜なり、異界の楔(くさび)よ。……汝の暴挙によって、千年の法が汚れ、土地の理が塵に等しくなった』

 

 老人の一人が、雷鳴のような声で告げる。その声だけで、周囲の空間が震え、建物の瓦がバラバラと剥がれ落ちた。

 

 『この都は、汝という「存在のバグ」を消去することで、元の静寂へと戻るであろう。……去れ。汝の重みは、この地には過ぎたる毒なり』

 

 「相馬くん! いけませんわ、これは京都という『街そのものの拒絶反応』ですわ! 彼らはあなたを、この世界の因果律から物理的に削除(フォーマット)しようとしていますのよ!」

 

 雫の警告と共に、守護神たちが一斉に印を結んだ。

 俺の周囲に、数万の術式が重なり合い、俺の「存在確率」をゼロにするための概念的な檻が構築されていく。

 普通の人間なら、この瞬間に肉体どころか魂まで霧散していただろう。

 

 だが。

 

 「……削除(フォーマット)か。……懐かしい響きだな。クソゲーの運営が、バグを取り繕う時に使う最後の手段だ」

 

 俺は、ゆっくりと立ち上がった。

 俺の膝が伸びるだけで、旅館の床板が俺の「質量」に耐えきれず、メキメキと音を立てて陥没していく。

 

 「……でもな。……運営の調整ミスを、プレイヤーのせいにするのは、どうかと思うぞ」

 

 俺は、守護神たちの放つ黄金のプレッシャーを、ただ「そこに立っている」だけで弾き飛ばした。

 彼らの放つ概念的な攻撃は、俺の「超高密度な細胞」という物理的な壁に衝突し、ただの微風となって四散していく。

 

 「……ギ、ギギ……汝、何故消えぬ……。我らの術は、絶対のはず……!」

 

 「……絶対? そんな便利な言葉、俺には効かない。……それより、お前ら。京都を元に戻すって言ったな」

 

 俺は、旅館の庭の地面――というより、波打って空へと突き出している「地面の端」を、無造作に両手で掴んだ。

 

 「なっ……相馬くん!? あなた、何を掴んでいますの!? そこは地面ではなく、歪んだ空間の位相ですわよ!?」

 

 「……シワになったシャツを直す時は、端を持って、力いっぱい引っ張るのが一番だ。……母さんも、そう言ってた」

 

 俺の腕の筋肉が、鋼鉄のワイヤーが何十万本も束ねられたような密度で膨れ上がる。

 俺の肉体から放たれる質量圧力が、周囲の空気を加熱し、大気がジリジリと焦げるオゾン臭が立ち込めた。

 

 「……よい、しょッ!!」

 

 俺が、全力で「大地」を引っ張った。

 

 ドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!

 

 京都全域に、凄まじい「衝撃」が走った。

 それは地震などという生温いものではない。

 蓮が「空間の端」を掴んで力任せに引いたことで、折れ曲がっていた地脈、捻じれていた路地、逆さまになっていた金閣寺――その全てが、巨大な目に見えないアイロンをかけられたかのように、一気に「平坦」へと引き伸ばされたのだ。

 

 バリバリバリバリィィィッ!!

 

 比叡山の山頂に飛んでいた京都駅のビルが、空間の復元力によって猛スピードで元の座標へとスライドして戻ってくる。

 コンビニの駐車場から引き抜かれた金閣寺が、本来あるべき北山の庭園へと、まるで巻き戻しビデオのように「着地」した。

 

 「あ……あ……っ、空間が、物理的に……『アイロンがけ』されていますわ……! 因果律も歴史も関係なく、ただの布切れのように、彼の怪力だけで無理やり平らにされていますのぉ!!」

 

 雫は、もはや恐怖を通り越して、涙を流しながら笑い出していた。

 

 空に浮かんでいた守護神たちは、空間の急激な復元に伴う凄まじい「しなり」に翻弄され、パチンと弾けたシャボン玉のように霧散していった。

 

 数分後。

 

 そこには、昨日の夕方と全く変わらない、静かで美しい京都の街並みが戻っていた。

 路地は真っ直ぐに伸び、山は遠くに佇み、京都駅は本来の場所に、何事もなかったかのように鎮座している。

 

 「……ふぅ。……これでよし」

 

 俺は、手のひらの泥をパッパと払った。

 

 「……あー、やっぱり本気で引っ張ると、腰にくるな」

 

 「れんくん、すごいっ! お外が元通りになったよ! これならサンダルでも駅まで歩けるね!」

 

 琴音が、キラキラした目で俺の顔を覗き込む。

 

 「相馬くん……。あなた、今のがどれほどデタラメな解決策か理解していますの……?」

 

 雫が、這うようにして俺の足元に縋り付く。

 

 「地脈の捻じれを物理で伸ばすなんて……。そんなことしたら、京都の霊的なバランサーが一時的に壊れて、しばらくは幽霊の一匹も出ない『無菌室』のような街になってしまいますわよ!」

 

 「……いいことじゃないか。平和なのは。……新幹線、間に合うぞ」

 

 俺は、雫の言葉をバッサリと切り捨てると。

 まだ少し残っていた生八橋を最後の一枚まで平らげ、さっさと荷物をまとめ始めた。

 

 京都の守護神を物理で追い払い、街全体のシワを怪力で伸ばした。

 その事実が明日、国家陰陽局の最優先調査対象として「核兵器と同等の脅威」に認定されることなど、今の俺にはどうでもよかった。

 

 俺の頭の中は、今、新幹線の車内で食べる「駅弁」の中身を、何にするべきかということで一杯だった。

 

 「……新幹線は、カツサンドにするか。……いや、季節限定の幕の内も捨てがたい……」

 

 二人の小学生と、魂が抜けかけた一人の陰陽師を乗せたタクシーは。

 あまりにも真っ直ぐに修復された京都の道を、滑るようにして駅へと向かっていった。

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