【朗報】物理、幽霊に効く。 ~最凶の呪いに愛された幼馴染が、最強の転生小学生に物理で救われる話~ 作:匿名
二学期初日の教室というものは、独特の倦怠感に満ちている。
窓の外ではまだしつこいほどに蝉が鳴き、アスファルトの上で陽炎がゆらゆらと踊っているが、冷房の効いた室内だけは、どこか現実感を欠いた水槽のような静けさがあった。
俺、相馬蓮は、教室の隅にある自分の席で、壊れかけた機械のように深い溜息を吐き出していた。
ギィィ……ッ。
俺が僅かに体重をかけただけで、学校指定の安っぽい木製の椅子が悲鳴のような軋み声を上げる。
俺の肉体を構成する超高密度の細胞は、この程度の物質的強度では支えきれないほどの質量を常に保持しているのだ。気を抜けば椅子ごと床を突き破ってしまうため、座るという行為だけでも、俺にとっては精密機械の調整に近い集中力を要求される。
京都での「空間畳み」の疲れが、まだ全身の節々に澱のように残っていた。
あの後、新幹線の中で食べたカツサンドは確かに美味かったが、物理法則を力技で捻じ曲げた反動は、空腹を満たした程度では解消されないらしい。
今の俺の唯一の望みは、担任が来るまでの僅かな時間に、この机という名の唯一の避難所で、意識を深い眠りの底へと沈めることだけだった。
「……れんくん、おはよぉ。まだ眠そうな顔してるね」
横から、甘い花の香りと共に、琴音の声が降ってきた。
顔を上げると、そこにはいつもの白いブラウスの制服に身を包んだ琴音が立っていた。
彼女は、昨日までの修学旅行で買ったのであろう、生八橋を模した不気味な造形のキーホルダーを俺の目の前でゆらゆらと揺らして見せる。
「ほら見て、これ。昨日れんくんが山を平らにした場所で買ったんだよ。なんだか記念に持っておきたくなっちゃって」
「……琴音、それを鞄につけるのはやめろ。呪われそうな形をしているぞ」
「えぇー? 可愛いのに。あ、そういえば神崎さんは……」
琴音の視線の先、俺の斜め後ろの席では、神崎雫が死んだような魚の目で一点を見つめていた。
彼女の手元にある霊子演算デバイスは、昨夜の過負荷の影響で液晶の一部が真っ黒に変色している。
彼女は幽霊のように震える声で、誰にともなく呟き始めた。
「……受理されましたわ。京都の空間座標の欠損、金閣寺のスライド移動……。全ては『突発的な局地的竜巻』による不可抗力という内容で、本局の報告書が受理されましたわ……」
「……そりゃよかったな。お前の作文能力の賜物だ」
俺が投げやりに答えると、雫はガタッと椅子を鳴らして立ち上がり、俺の胸ぐらを掴まわんばかりの勢いで詰め寄ってきた。
「よくありませんわよ! 誰が信じますの、金閣寺をコンビニの駐車場まで運ぶ竜巻なんて! わたくし、始末書の最後には『神の御業である』とまで書きましたのよ! プライドなんてボロボロですわ!」
雫は鼻の頭に汗を滲ませ、今にも泣き出しそうな表情で叫んだ。
国家陰陽局のエリートである彼女にとって、俺の引き起こす「物理的解決」を無理やり魔術的な現象として解釈し、報告書に落とし込む作業は、精神的な拷問に近いのだろう。
「おまけに、本局が動き出しましたわ。京都での一件で、あなたの危険度はついに『国家存亡レベル』にまで引き上げられましたの。わたくし一人では監視は不可能と判断され、新たな『刺客』が送り込まれることになったのですわよ!」
「……刺客? そりゃまた、物騒な響きだな」
俺は欠伸をしながら、窓の外に目を向けた。
刺客だろうが、暗殺者だろうが、俺の睡眠を邪魔しないのであればどうでもいい。
だが、その瞬間だった。
キィィィィィィィィィィィィィィン……!!
鼓膜の奥に、金属的な高周波が突き刺さった。
俺の周囲の霊子的な気圧が、爆発的な勢いで上昇を開始する。
「なっ……何ですの、この霊的反応!? 計測不能、正の属性値がオーバーフローしていますわ!」
雫が慌ててデバイスを構えるが、画面には『ERROR』の文字が点滅するだけで、測定を拒否している。
教室の空気が、まるで聖堂の中にいるかのような、不自然なほどの清涼感に満たされていく。
ガラッ、と大きな音を立てて教室の扉が開いた。
担任の教師が入ってくる。だが、その後ろに立っている「それ」に、クラス全員の視線が釘付けになった。
「えー、今日からこのクラスに新しい仲間が増えることになった。海外の特別な教育機関から派遣されてきた、エリーナ・ルミナスさんだ」
教師の言葉が終わる前に、その少女は一歩、教室の中へと踏み込んだ。
その瞬間、教室全体が「爆発」したかのような光に包まれた。
物理的な閃光ではない。
それは、彼女の肉体そのものから溢れ出している、過剰なまでの「正のエネルギー」の放射だった。
少女は、腰まで届くプラチナブロンドの髪をなびかせ、透き通るような青い瞳を輝かせていた。
彼女が歩くたびに、どこからともなく微かな賛美歌の幻聴が聞こえ、彼女の足元からは目に見えない白い羽が舞い散っているかのような錯覚さえ覚える。
「……眩しいな。おい、カーテン閉めてくれ」
俺は、あまりの光害に顔をしかめ、手で目を覆った。
俺の異常な視力は、彼女が放つ「聖なる輝き」を、暗闇で突然フラッシュを浴びせられたかのような苦痛として捉えていた。
「皆様、初めまして。私の名はエリーナ。迷える仔羊たちを導き、この地に巣食う闇を浄化するために遣わされた、光の代弁者ですわ」
少女は慈愛に満ちた笑みを浮かべ、胸元に下げた巨大な金の十字架を握りしめた。
彼女の放つオーラは、教室中の生徒たちを陶酔させ、一種のトランス状態へと誘っていく。
だが、彼女の瞳が俺を捉えた瞬間。
その優雅な微笑みが、一瞬にして凍りついた。
「――っ!? 何ですの……。この、世にも悍ましい『質量』は……!」
エリーナが、信じられないものを見るかのように俺を指差した。
彼女の瞳は、霊子的な真理を見通す『聖眼』としての機能を持っていたのだろう。
彼女の視界には、俺の肉体が、宇宙の全てを吸い込み、圧潰させるブラックホールのような、どす黒い漆黒の塊として映っていたに違いない。
「……そこの貴方。貴方の背負っているものは、もはや呪いというレベルではありませんわ……。……ああ、可哀想に。これほどの闇に侵食されながら、今まで生きてこられたなんて!」
エリーナは、勝手に同情の涙を浮かべ、フラフラと俺の席に向かって歩み寄ってきた。
雫が顔を青くして、俺の前に立ちはだかろうとする。
「待ちなさい、エリーナ! 相馬くんは……彼は確かに異質ですが、あなたが思っているような魔王の類では――」
「退きなさい、雫! 国家陰陽局の目が節穴であることは、今の惨状を見れば明らかですわ! これほどの巨大な悪、放置しておけば世界そのものがこの少年の『重み』で崩壊してしまいます!」
エリーナは、俺の机をバンと叩いた。
机が僅かにへこむ。彼女もまた、魔術的な強化を受けた超人であることは間違いなかった。
「聞きなさい、名もなき悲劇の少年よ。私の名はエリーナ。貴方をその恐ろしい呪いから救い、光の世界へと連れ戻してあげましょう!」
「……救う? 勝手にしろ。それより、お前の背後にあるその光、消せないのか。昼寝の邪魔なんだ」
俺が面倒くさそうに片目を開けて告げると、エリーナは絶句したように口を突き出した。
「なっ……聖なる光を『邪魔』だなんて……! やはり、魂の芯まで闇に染まってしまっているのですわね! よろしいですわ。一度の説法で分からないのであれば、私の持てる全ての浄化術をもって、貴方を焼き払って差し上げます!」
エリーナは、狂信的なまでの正義感に満ちた瞳で、俺を見据えた。
彼女にとって、俺の「高密度な肉体」は、この世界の平穏を脅かす史上最悪のバグであり、取り除かなければならない「エラー」そのものだったのだ。
「放課後、校庭にいらっしゃい。貴方のその重苦しい『闇』を、私が一つ残らず消し去って、羽のように軽くしてあげますわ!」
宣言と共に、エリーナは再び教室中に賛美歌を響かせながら、自分の席へと向かっていった。
教室のあちこちで、生徒たちが「すげぇ、天使みたいだ……」「浄化される……」と、うっとりした声を漏らしている。
「……相馬くん。終わりましたわ。新学期初日に、わたくしたちの学校生活は終わりましたわ……」
雫が、力なく椅子に崩れ落ちた。
「エリーナは、本局が極秘裏に作り上げた『浄化特化型・概念兵器』。彼女の術式は、触れるもの全ての『負の感情』と『肉体的な質量』を光に変換して消し去るのです。彼女があなたに本気で触れれば、この街ごと消滅しかねませんわよ!」
「……質量を消す、か」
俺は、エリーナの背後で今なお発光し続けている「後光」を見つめた。
彼女が救済だの浄化だのと喚くたびに、俺の視神経は悲鳴を上げている。
「……焼き払うだの、消し去るだの。……最近の転校生は、ずいぶんと騒がしいな」
俺は、再び机に突っ伏し、二度寝の準備を始めた。
放課後。
俺が楽しみにしていた、給食の残りの「揚げパン」で作られたデザートが、彼女の放つ「浄化の光」によって熱変性を起こし、無機質なマナの塊へと変わってしまうこと。
その事態が引き起こす俺の「静かな激怒」が、聖女という名の兵器を物理的に再定義することになるなど。
今のエリーナも、そして俺自身も、まだ予想だにしていなかった。
二学期の初日。
教室の窓から差し込む太陽の光よりも眩しい「救済」の始まりを告げるベルが、虚しく室内に鳴り響いた。
***
放課後の校庭は、もはや日常の風景ではなかった。
西日に照らされるはずの空間は、上空から降り注ぐ白銀の光によって、不自然なほど白く、そして神々しく塗り潰されていた。
校門から校舎の影に至るまで、学校の敷地全体を巨大な魔法陣が包み込んでいる。神崎雫が「至高の楽園」と呼んだその結界の内側では、あらゆる影が消し去られ、微かなハープの音色が絶え間なく響き渡っていた。
「……まぶしい。まぶしすぎるだろ、これ」
俺は、目を細めながら校舎の裏から姿を現した。
片手には、購買の最後の一袋を死守した「特製カスタードクリーム揚げパン」を大事に抱えている。今日の俺にとって、この揚げパンこそが唯一の生きる糧であり、新学期初日の苦行を耐え抜いた報酬だった。
校庭の真ん中には、クラスメイトたちが集まっていた。だが、その様子は明らかにおかしい。
「あはは、なんだか心が軽いや……。宿題のことなんて、どうでもよくなっちゃった」
「世界は愛に満ちているね。僕たち、なんて幸せなんだろう……」
生徒たちは一様に、意思のない、陶酔しきった笑顔を浮かべて、ゆらゆらと踊るように歩いている。エリーナの放つ「救済の光」によって、彼らの心から負の感情――悩みや苦しみ、そして自我に伴う葛藤さえもが、強制的に浄化されているのだ。
「相馬くん、来ましたわね……! いけませんわ、それ以上近づいては!」
校庭の隅で、雫が必死に霊子防護壁を展開しながら叫んでいた。彼女の側では、琴音が「わぁ、学校がお星様の中にいるみたい!」と、純粋な驚きを瞳に宿して空を見上げている。
「見てください、あの異常な熱量を! 彼女の浄化術式は、対象の『質量』そのものを霊子(マナ)へと変換して、天に還してしまうのですわ! 今の校庭の温度は、光の圧力だけで五十度を超えていますのよ!」
「……温度?」
雫の言葉を聞き、俺は手元の揚げパンに目を落とした。
ビニール袋の中で、黄金色に輝いていたはずの揚げパンが、無残に変貌を遂げていた。
エリーナが放つ過剰なまでの聖なる光。その熱量によって、中のカスタードクリームがドロドロの液体となって溢れ出し、さらに最悪なことに、彼女の「浄化」の力がパンの脂質や糖分にまで作用し始めていた。
香ばしいソースと砂糖の匂いが消え、代わりに無機質で、味のしない「光の粒子」が袋の中から立ち上る。
俺が楽しみにしていた三〇〇キロカロリーの結晶が、ただの「眩しいだけの何か」へと書き換えられていく。
「……あ。……ああ……」
俺の口から、魂の抜けたような声が漏れた。
俺の指先が、怒りで僅かに震える。
ギチ……ギチギチ……ッ!!
俺の肉体が、無意識のうちに戦闘状態へと移行を開始する。俺の超高密度な細胞が、周囲の空間から光を奪い、俺の足元にだけは、決して消えることのない「どす黒い影」が沈殿し始めた。
「ようやく来ましたわね、悲劇の少年よ!」
校庭の中央。光の柱の中心で、エリーナが優雅に浮遊していた。
彼女の背後には六枚の光り輝く翼が展開され、その頭上には、太陽をも凌ぐ輝きを放つ「黄金の聖杯」が浮かんでいる。
「さあ、跪きなさい。貴方のその重苦しい肉体、その呪われた質量を、私の愛によって解放して差し上げますわ! 貴方も他の生徒たちのように、光り輝く純粋な魂へと生まれ変わるのです!」
エリーナは慈愛に満ちた、しかし救いようのない独善に染まった笑みを浮かべ、聖杯から溢れ出す「救済の奔流」を俺へと向けた。
「お前の愛だか何だか知らないけどな」
俺は、一歩。
校庭の熱せられた砂を踏みしめた。
ドォォォォォォォォン!!
俺が足を踏み出した瞬間、校庭全体を覆っていた賛美歌が、物理的な衝撃波によって掻き消された。
俺の足元を起点として、校庭の地面が蜘蛛の巣状に砕け散る。俺の肉体から放たれる圧倒的な「重み」が、エリーナの構築した聖なる空間を、力任せに圧壊させていく。
「な……っ!? 私の『至高の楽園』が、ただの歩行で削られていくなんて……!? ありえませんわ、概念的な聖域を、物理的な圧力だけで押し潰すなんて!」
エリーナの顔から、余裕の笑みが消えた。
「……まぶしいんだよ。お前のその、中身のない光が」
俺は、ドロドロに溶けて味のしなくなった揚げパンの袋を、静かにポケットにしまった。
「……あと、俺のプリン……じゃない、揚げパンをマナに変えるな。それは、俺が三時間授業を耐えて手に入れた、俺の報酬だ」
俺の周囲の空気が、急激に冷却されていく。
いや、それは温度が下がったのではない。俺の肉体という「特異点」が、周囲の光子とエネルギーを強引に吸い込み始めたのだ。
俺の右腕が、黒い霧のようなオーラを纏いながら膨れ上がる。
それは魔力ではない。
あまりの質量密度に耐えきれず、光さえも逃げ出せなくなった空間の歪み――「物理的な影」だ。
「聞きなさい! 貴方は自分が何をしようとしているか分かっていますの!? 私の光は、神の恩寵そのもの! それを拒絶するということは、世界の調和を壊すことと同義ですわよ!」
エリーナが狂ったように聖杯を掲げ、最大出力の極大消滅光線を放とうとする。
「調和なんて、どうでもいい」
俺は、立ち止まったまま、右手を天に向かってゆっくりと掲げた。
「……遮断する」
俺が手のひらを広げた瞬間。
世界から、音が消えた。
俺の手のひらから放たれたのは、一筋の影。
だが、それは光を遮るための、質量を伴った「重圧の壁」だった。
シュォォォォォォォォォォッ!!
校庭の上空に、巨大な「手掌の形をした黒い穴」が爆誕した。
それは太陽の光を物理的に塗りつぶし、エリーナが放とうとしていた聖なる輝きを、上空から一気に押し潰す。
「な……な、何ですの、これは……!? 光が……私の聖なる光が、物理的な『重み』に負けて、地面に押し戻されていく……!?」
エリーナが絶叫する。
彼女が浮遊していた高度が、上空から降り注ぐ俺の「影の重圧」によって、一メートル、また一メートルと、無理やり引き下げられていく。
「い、嫌っ……! 体が、体が重いですわ! まるで、地球そのものに掴まれているような……!」
エリーナの翼が、ミシミシと音を立てて折れ曲がる。
彼女が守護として展開していた幾重もの聖なる結界は、俺の手のひらから放たれる「重力的な干渉」に耐えきれず、薄いガラス細工のように粉々に砕け散った。
「相馬くん! その出力、建物まで持っていかれますわ! 止めて、校庭が沈んでいますのよ!!」
雫の悲鳴が聞こえるが、俺は止まらない。
俺は掲げた手を、そのまま「地面」に向かって、静かに振り下ろした。
ドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!
校庭の中心に、直径十メートルを超える巨大なクレーターが陥没した。
爆心地点にいたエリーナは、俺の放った「影」に押し潰され、一瞬にして地中深くまで叩き込まれた。
光は霧散し、賛美歌は止み、空を覆っていた白銀の結界は、何事もなかったかのように掻き消えた。
後に残されたのは、夕闇に包まれた、静かな――そしてボロボロになった校庭だけだった。
「……あ。……終わったの?」
琴音が、目をパチクリさせながら周囲を見渡した。
生徒たちは、突然の重力解放によって、泥酔から覚めたような顔でその場に座り込んでいる。
俺は、クレーターの底に歩み寄った。
そこには、豪華な聖女の衣装をボロボロにし、頭だけを地面に出した状態で、完璧に「土に埋まった」エリーナがいた。
彼女の頭上を飾っていた聖杯は、俺が握り潰したかのように拉(ひしゃ)げ、ただの鉄屑となって足元に転がっている。
「……ア、アガ……。わ、私の、聖なる……救済が……」
エリーナが、虚ろな目で俺を見上げた。
その瞳には、もはや傲慢な慈愛の色はなく、ただ、自分の理屈を力技で踏み倒した「未知の質量」への、根源的な恐怖が刻まれていた。
「……暗くなったな。これでようやく、目が休まる」
俺は、ポケットからドロドロに溶けた揚げパンを取り出し、悲しげに見つめた。
「……お前のせいで、カスタードの風味が消えた。……これ、どうしてくれるんだ」
「ひ、ひぃっ……! ご、ごめんなさい、ごめんなさい……!」
聖女と呼ばれた少女は、地面に埋まったまま、涙を流して震え始めた。
彼女のプライドも、信仰も、そして国家陰陽局から授かった使命感も。
全ては、俺の「たかが揚げパン一つ」という身も蓋もない怒りの前に、物理的に埋没したのだ。
「相馬くん……。あなた、なんてことを……」
雫が、頭を抱えてクレーターの縁に膝をついた。
「これ、本局への報告書にどう書けばいいんですの!? 『聖女が物理的な影で叩き潰され、カスタードクリームの怨みで土に埋まりました』なんて、わたくしが精神科に送られてしまいますわよ!」
「……そうか。じゃあ、『夕立が降って、地盤沈下が起きた』とでも書いとけ」
俺は、雫の言葉をバッサリと切り捨てると。
「……おい、琴音。これから近所のパン屋、付き合え。……揚げパン、リベンジしないと気が済まない」
「ふふ、いいよ! じゃあ、私のアイスも買ってね、れんくん!」
二人の小学生は、地面に埋まって震える聖女と、発狂寸前の陰陽師を置き去りにして、夕焼けの街へと歩き出した。
二学期の初日。
史上最強の浄化兵器は、一人の少年の「食欲」という名の物理定数によって、再起不能なまでに校庭の土へと還されたのだった。