【朗報】物理、幽霊に効く。 ~最凶の呪いに愛された幼馴染が、最強の転生小学生に物理で救われる話~   作:匿名

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第15話 鳴り止まぬチェーンメール

秋の午後は、窓から差し込む光さえもどこか冷たく感じられた。

 

教室の中は、いつも通りの騒がしさに包まれている。

 

けれど、その騒がしさは、これまでのものとは決定的に違っていた。

 

「ねえ、これ見た?」「これ、絶対に開いちゃダメなやつだよね」

 

あちこちで、スマートフォンを覗き込む生徒たちの話し声が聞こえる。

 

彼らの顔は、画面から漏れる青白い光に照らされて、幽霊のように青ざめていた。

 

俺、相馬蓮は、自分の席で静かにスマートフォンを握りしめていた。

 

正確には、俺の指先が放つ圧倒的な重みに耐えられるよう、特注の強化ケースに収められた特注品だ。

 

俺の体は、この世界にあるどんな物質よりも密度が高く、ただそこに居るだけで周囲の空気を押し広げてしまう。

 

だから、俺にとってスマートフォンという繊細な機械を扱うのは、薄い氷の上を歩くような、とても神経を使う作業だった。

 

「……遅い。画面が動かない」

 

俺は、眉をひそめて画面を見つめた。

 

お気に入りのゲームを遊ぼうとしているのだが、キャラクターの動きがカクカクと止まり、全く進まない。

 

俺の指先が僅かに震える。

 

それは苛立ちではなく、俺の肉体が放つ質量が、周囲の電波という目に見えない波さえも物理的に押し潰しているからかもしれない。

 

だが、今日の「重さ」は、俺のせいだけではなかった。

 

「……っ、相馬くん! これを見てくださいまし!」

 

背後から、神崎雫が息を切らせて駆け寄ってきた。

 

彼女の手にあるデバイスは、見たこともないほど激しいノイズを走らせ、画面の端からは黒い液体――まるで古い機械油のようなものが、じわりと染み出している。

 

「学校中の通信回線が、得体の知れない『何か』に乗っ取られていますわ! これはただのウイルスではありません。デジタルという網の中に潜む、意志を持った怪異ですのよ!」

 

雫の声は、恐怖で震えていた。

 

彼女のデバイスが弾き出す警告音は、もはや警告の域を超え、断末魔の叫びのように教室に響き渡っている。

 

「『電子の蜘蛛・網主』……。ネットを通じて広がる、形のない捕食者ですわ。一度その視界に入れば、人間は肉体ごと電子の断片へと分解され、蜘蛛の巣の一部にされてしまいますの!」

 

雫が指差した先。

 

一人の男子生徒が、自分のスマートフォンの画面を食い入るように見つめていた。

 

「……あ、ああ……綺麗だ……」

 

彼の言葉と共に、異変が起きた。

 

彼の右手の指先が、突然、小さな四角いドットの集まり――画素の塊へと変わったのだ。

 

「え……?」

 

彼が声を上げた瞬間、その崩壊は一気に加速した。

 

指から腕へ、肩から胸へ。

 

彼の肉体が、まるで壊れた古いテレビ画面のように激しく点滅し、緑色や紫色のノイズをまき散らしながら、一瞬にして消え去った。

 

後に残されたのは、彼が持っていたスマートフォンが、床に虚しく転がる音だけだった。

 

「きゃああああああああああっ!!」

 

教室中に悲鳴が上がる。

 

だが、その悲鳴さえも、次々と鳴り響くスマートフォンの通知音にかき消されていく。

 

ピロリン。ピロリン。ピロリン。

 

何十、何百という通知音が重なり合い、不協和音となって脳を直接削り取っていく。

 

「……うるさい。通知が多すぎる」

 

俺は、不快感に顔をしかめた。

 

俺の脳内に、無数の情報が無理やり流れ込んでくる感覚。

 

それは、見ず知らずの誰かの自撮り写真だったり、意味をなさない文字の羅列だったり、あるいは、蜘蛛の巣に捕らえられた者たちの悲鳴だった。

 

デジタルという「実体のない世界」が、俺の「本物の現実」を汚そうと、津波のように押し寄せてくる。

 

「相馬くん、耳を貸してはいけませんわ! この通知音自体が、あなたの存在をデータへと書き換えるための呪文なのですの! 一度でも『情報』として認識してしまえば、あなたのその圧倒的な質量すら、ただの数字に変えられてしまいますわよ!」

 

雫が必死に叫び、俺の周りに青い防護壁を展開しようとする。

 

だが、その壁さえも、空中に浮かぶ無数の文字の鎖によって、一瞬で粉々に砕け散った。

 

「……数字、か。俺をそんな薄っぺらなものと一緒にしないでくれ」

 

俺は、ゆっくりと立ち上がった。

 

俺の足元で、教室の床がミシミシと音を立てて沈み込む。

 

俺の肉体は、物理的な攻撃だけでなく、こうした情報の侵食さえも、その「重さ」で跳ね除けることができた。

 

俺の意識は、ダイヤモンドよりも硬く、鉄の山よりも深い。

 

蚊のような細い情報の針が、どれだけ刺さろうとしても、俺の存在という巨大な壁を突き崩すことはできない。

 

だが、問題は俺自身ではなかった。

 

「……あれ? れんくん、私のスマホ、なんだか変だよ?」

 

隣の席で、琴音が不安そうな声を上げた。

 

彼女のスマートフォンの画面には、彼女自身の顔が映し出されていた。

 

だが、その顔は、無数の黒い糸のようなものに縛り付けられ、目や口がデタラメな方向に歪められている。

 

「……これ、私じゃないよね? なんだか、中に誰かいるみたいで……怖いよ」

 

琴音の指先が、僅かに緑色の光を放ち始めた。

 

彼女の『特級避雷針』としての体質が、電子空間の最奥に潜む怪異を、最短距離で引き寄せてしまったのだ。

 

「琴音、そのスマホを捨てろ!」

 

俺は手を伸ばした。

 

だが、その瞬間、琴音のスマートフォンの画面から、真っ黒な、デジタルのノイズで構成された「手」が飛び出してきた。

 

その手は琴音の手首を掴むと、猛烈な力で画面の向こう側――電子の地獄へと引きずり込もうとする。

 

「きゃっ!? れ、れんくん! 助けて!」

 

琴音の身体が、物理的な法則を無視して、小さなスマートフォンの画面の中に吸い込まれていく。

 

「いけませんわ! 空間がデジタルへと反転しています! 今、白雪さんが完全に吸い込まれれば、彼女は『情報』として処理され、この世から消去されてしまいますわよ!」

 

雫が叫び、デバイスを投げ捨てて琴音の肩を掴む。

 

だが、雫の力では、電子の蜘蛛が放つ強力な吸引力を止めることはできなかった。

 

琴音の腕は、既に肘のあたりまでドットの塊へと変わり、透き通った緑色のノイズとなって消えかけている。

 

「……おい」

 

俺の声は、低く、地響きのように響いた。

 

「……俺の目の前で、俺の幼馴染を『ゴミデータ』扱いするな」

 

俺の体の中にある、全質量が激しく脈打った。

 

俺は、一歩を踏み出した。

 

その一歩が、デジタルに侵食されつつある教室の床を、物理的な力で叩き潰す。

 

俺の肉体から放たれる質量圧力が、目に見えるほどの陽炎となって、周囲の空気を歪ませた。

 

スマートフォンの画面から溢れ出していた黒い手たちが、俺の放つ「圧倒的な現実」に触れた瞬間、パチパチと音を立てて弾け飛ぶ。

 

情報の歪みも、電脳の呪いも。

 

俺の持つ「重み」の前では、ただの壊れやすい硝子細工と同じだった。

 

俺は、琴音の手首を掴んでいる、その実体のないはずの「電子の手」を、俺の左手で無造作に掴み取った。

 

「ガ、ッ……!? ア、アガガガガッ……!!」

 

電子の蜘蛛が、この世のものとは思えない、電子のノイズを混ぜ合わせた悲鳴を上げた。

 

本来、触れることのできないはずの電磁波の塊。

 

だが、俺の肉体密度があまりにも高すぎるため、俺が「掴む」と決めた瞬間、その場所にある全ての情報は強制的に「物質」へと固定される。

 

俺の掌の中で、黒い手は逃げ場を失い、ボロボロと崩れ始めた。

 

「……どこに隠れているのか知らないが」

 

俺は、琴音を片手で支えながら、目の前で光り輝くスマートフォンの画面を冷たく見据えた。

 

「……お前たちの巣ごと、物理的に圧壊させてやる」

 

俺の右拳が、ゆっくりと引き絞られた。

 

それは、デジタルの海に沈む怪異にとって、最大の絶望の始まりだった。

 

教室中のスマートフォンが、俺の放つ重圧に耐えきれず、一斉にひび割れ始めた。

 

電波も、光も、データも。

 

俺の一撃が、それら全てを「無」へと還す瞬間が、すぐそこまで迫っていた。

 

***

 

俺の左手の中に、手応えがあった。

 

それは本来、触れることのできないはずの「光」や「信号」の塊(かたまり)だった。

 

けれど、俺の肉体が持つあまりにも高い密度は、幽霊や魔法と同じように、デジタルの怪異さえも強引に「物」として固定してしまった。

 

「……逃がさないと言っただろ」

 

俺が力を込めると、黒いノイズの手が、ミシミシと不快な音を立てて歪んだ。

 

琴音の手首を掴んでいたその手は、今や俺の圧倒的な重さに耐えきれず、逆に助けを求めるように震えている。

 

「あ、アガガ……ガ……ッ!? 計算……デキナイ……コノ、質量、ハ……ッ!!」

 

スマートフォンのスピーカーから、何百人もの声を無理やり混ぜ合わせたような、耳障りな悲鳴が響き渡る。

 

電子の蜘蛛は、俺という存在を「データ」として取り込もうとしていた。

 

俺という人間を、数字の羅列に変換して、自分の巣の一部にしようと企んでいたのだ。

 

だが、それはあまりにも無謀な挑戦だった。

 

俺の体は、ただの肉体ではない。

 

一つの惑星を丸ごと押し潰して、小さな少年の形に詰め込んだような、底知れない「重み」の塊だ。

 

そんな膨大な情報を、たかが電子回路や電波が処理できるはずがない。

 

たとえて言うなら、小さなスマートフォンの計算機の中に、銀河系全体の重さを入力しようとするようなものだ。

 

入力した瞬間に、機械の方が耐えきれず、跡形もなく壊れてしまうのは目に見えていた。

 

「相馬くん! これ以上、その怪異と繋がっていては危険ですわ!」

 

神崎雫が、ノイズで荒れる教室の中で叫んだ。

 

彼女の周りでは、今も生徒たちのスマートフォンから溢れ出した文字の鎖が、蛇のようにうごめいている。

 

「その『蜘蛛』は、ネットワークを通じて世界中と繋がっていますの! あなたが力を振るえば、その衝撃が電線を伝わり、この街の……いいえ、この国の通信網そのものが物理的に圧壊してしまいますわよ!」

 

「……そうか。じゃあ、ちょうどいいな」

 

俺は、右拳をゆっくりと引き絞った。

 

俺の視界には、スマートフォンの画面の奥に広がる、果てしない電子の海が見えていた。

 

そこには、無数の人々の意識や記憶、そしてそれらを喰らって肥え太った、巨大な蜘蛛の姿が潜んでいる。

 

「……うるさいノイズも、勝手に届く鎖メールも。……お前と一緒に、全部まとめて消してやる」

 

俺は、一歩を踏み出した。

 

ドォォォォォォォォォォォォォン!!

 

俺の足が教室の床を捉えた瞬間、世界の中心が変わった。

 

俺の肉体から放たれる質量圧力が、目に見えるほどの陽炎となって、周囲の景色をぐにゃりと歪ませる。

 

スマートフォンの画面から伸びていた黒い手たちが、俺の放つ「圧倒的な現実」に触れた瞬間、パチパチと音を立てて蒸発していく。

 

電脳の呪いも、情報の侵食も。

 

俺の持つ「重み」の前では、ただの壊れやすい硝子細工と同じだった。

 

俺は、右拳をスマートフォンの画面に向かって、静かに、けれど絶対的な力をもって放った。

 

衝撃波が生まれる前の、完全な静寂。

 

世界が、俺の拳の先にある一点を見つめているような気がした。

 

俺の心にあるのは、ただ一つ。

 

昼寝の邪魔をする不快な通知を消し去り、琴音が笑っている静かな放課後を取り戻す。

 

その純粋な意志が、俺の拳に宿る「質量」を、さらに一段階上の領域へと引き上げた。

 

ドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!

 

世界が、真っ白に染まった。

 

俺の拳が放ったのは、単なる打撃ではない。

 

それは、デジタルという「概念」そのものを、上から物理的に押し潰し、デリートするための「終焉」の圧力だった。

 

俺の拳がスマートフォンの画面に触れた瞬間、画面の奥にある電子空間そのものが、俺の重みに耐えきれず、ガラスが砕けるように粉々になった。

 

「ギ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

電子の蜘蛛が、そしてネットワークを埋め尽くしていた数兆の情報が、一斉に断末魔の叫びを上げた。

 

彼らの体は、俺の放った重圧に触れた瞬間に原子レベルまで圧縮され、存在そのものを消し去られていく。

 

俺の一撃は、スマートフォンの画面を通り抜け、目に見えない電波の道を通って、この街の全ての通信機器へと駆け抜けた。

 

バリバリバリバリィィィィッ!!

 

教室中の生徒たちのスマートフォンが、一斉に真っ白な光を放って、その後に静かに電源が落ちた。

 

壊れたのではない。

 

俺の拳が、その中に入り込んでいた怪異を、そして不快な情報の鎖を、物理的な圧力で一掃してしまったのだ。

 

「……ふぅ」

 

俺がゆっくりと拳を下ろすと、真っ白だった視界が元に戻った。

 

窓の外は、相変わらず穏やかな秋の夕暮れだった。

 

ノイズに満ちていた教室には、驚くほどの静寂が訪れていた。

 

「……あれ? れんくん、私のスマホ、直ったみたい」

 

隣の席で、琴音が目を丸くして自分のスマートフォンを覗き込んでいた。

 

画面には、不気味なノイズも、黒い手も、もうどこにもない。

 

お気に入りの可愛い壁紙が、いつも通りに表示されているだけだった。

 

「……助かった、のですか?」

 

雫が、床に手をつき、荒い呼吸を繰り返している。

 

彼女の瞳には、ようやく正気が戻っていた。

 

「相馬くん……。あなた、今、何をしたんですの? 怪異を倒したのではありませんわ。……ネットワークという概念そのものを、あなたの質量で上書きして、無かったことにしたのですわよ」

 

雫の声は、恐怖を通り越して、もはや悟りのような響きを帯びていた。

 

「おかげで、この街の通信は一時的に完全に止まりましたわ。……ですが、あの蜘蛛に喰らわれていた人たちの意識も、あなたの衝撃で現世に叩き戻されたようですわね」

 

雫は、自分の焦(こ)げたデバイスを見つめて、深いため息を吐いた。

 

「……また、報告書ですわ。今度は『太陽フレアの影響で、全市民のスマホが一斉(いっせい)に再起動した』とでも書くしかありませんわね」

 

「……そうか。じゃあ、後は頼むぞ」

 

俺は、少しだけ痺れる右手を軽く振り、琴音の手を引いた。

 

「……琴音。帰るぞ。腹が減った」

 

「うん! 今日のご飯、なんだろうね!」

 

俺たちは、夕焼けに染まった校舎を後にした。

 

廊下には、怪異が消えた後の静寂だけが残っていた。

 

どんなに巧妙な電子の怪異も、どんなに逃げ場のない情報の鎖も。

 

俺の持つ「圧倒的な質量」の前では、ただの壊れやすい硝子細工と同じだった。

 

俺は、夜風に混じる微(かす)かな秋の匂いを感じながら。

 

家で待っている温かい夕食のことを考えて、少しだけ歩みを速めた。

 

明日も、明後日も、この街には「普通」の朝がやってくる。

 

俺という、あまりにも重すぎる「現実」が、全ての偽りを上書きしてしまったのだから。

 

「あ、れんくん! あそこの自販機、もう直ってるよ!」

 

校門を出たところで、琴音が嬉しそうに声を上げた。

 

さっきまでノイズを出していた自動販売機が、今はいつも通りに光っている。

 

「……そうだな。……ココアでも飲むか。おごってやるぞ」

 

「わぁ、本当!? やったぁ、れんくん大好き!」

 

琴音が、満面の笑顔で俺の隣を歩く。

 

この笑顔が、本物であること。

 

それを守るためなら、俺は何度でも、この世界の不快なノイズを押し潰してやるつもりだ。

 

俺の歩む道に、理不尽な怪異の居場所など、一ミリも残されてはいないのだから。

 

夜風が、俺の甚平を僅かに揺らした。

 

俺は、家から漂ってくる香ばしい匂いを感じながら。

 

デジタルという名の地獄を殺したばかりのその足で、どこまでも普通に、ゆっくりと夜の道を歩いていった。

 

明日もまた、俺のスマートフォンは、お気に入りのゲームを静かに動かしてくれるはずだ。

 

何の邪魔も入らない、平和な日常の続きを。

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