【朗報】物理、幽霊に効く。 ~最凶の呪いに愛された幼馴染が、最強の転生小学生に物理で救われる話~   作:匿名

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第4話 真夜中の学校・動く二宮金次郎像

 夜の校舎というのは、昼間とは別の生き物のようだ。

 

 「……ねえ、れんくん。やっぱり、明日でいいよ。お箸セットくらい、私のが予備であるもん……」

 

 震える声が、静まり返った昇降口に反響する。

 琴音は、俺の甚平の袖を両手でギュッと握りしめ、半ば俺の背中に隠れるようにして歩いていた。

 

 「……だめだ。明日の給食は揚げパンだ。マイ箸じゃないと、あの絶妙なきな粉の感触を完璧に制御できない」

 

 俺は、重い瞼をこすりながら答えた。

 

 「揚げパンのために、夜の学校に忍び込むなんて……。ねえ、守衛さんに見つかったら怒られちゃうよぉ……」

 

 「……大丈夫だ。さっき、正門横の守衛室の前を通った時、中のおじさんは椅子ごと三センチくらい浮くような高いイビキをかいて寝てた」

 

 俺は、スマホのライトで足元を照らしながら進む。

 

 ずしり、ずしり。

 

 一歩踏み出すたびに、俺の「質量」が校舎の床板を軋ませる。

 普通の子供なら「トコトコ」という軽い音なのだろうが、俺の場合は、まるで目に見えない巨人が歩いているかのような重厚な音が響いてしまう。

 

 「……ひゃっ!? な、なに、今の音!?」

 

 「……俺の足音だ」

 

 「もう、れんくん、紛らわしいよぉ……」

 

 琴音は涙目で俺を睨むが、その手は決して俺の袖を離さない。

 彼女の体からは、怯えた小動物のような、微かな震えが伝わってくる。

 

 そして、彼女が近づくたびにふわりと香る、桃の石鹸の匂い。

 それがこの、カビ臭い夜の廊下において唯一の「生」の証のように感じられた。

 

 階段を上り、二階の廊下へ出る。

 

 窓の外には、月明かりに照らされた校庭が広がっていた。

 昼間は子供たちが走り回る賑やかな場所だが、今はただ、銀色の砂漠のように静まり返っている。

 

 「……ん?」

 

 俺は、ふと足を止めた。

 

 「れ、れんくん? どうしたの? 急に止まらないでよ……!」

 

 「……いや。あそこに、何かあったか?」

 

 俺は、スマホのライトを校庭の隅に向けた。

 

 そこには、小学校の象徴とも言える「二宮金次郎像」が立っている。

 薪を背負い、本を読みながら歩く、あの石像だ。

 

 「二宮さん? ……普通にあるけど。それがどうしたの?」

 

 「……いや。さっきより、少しだけ『前に出てる』気がする」

 

 「…………え?」

 

 琴音が固まった。

 

 「や、やめてよ……。そういう怖い冗談、本当に笑えないから……!」

 

 「……冗談じゃない。物理的に、さっき見た時より二メートルは進んでる。……しかも、本を読む角度が、少しだけ前傾姿勢になった」

 

 「いやあああああああ!!」

 

 琴音が悲鳴を上げ、俺の腰に抱きついた。

 

 その瞬間。

 

 カタ、カタカタカタ……。

 

 夜の静寂を切り裂いて、硬い石と石が激しくぶつかり合うような、不快な音が聞こえてきた。

 

 それは、校庭から聞こえてくるのではない。

 

 俺たちのすぐ後ろ。

 誰もいないはずの、理科室の方向から聞こえてきた。

 

 「……チッ。やっぱり、夜の学校は『ノイズ』が多いな」

 

 俺は、欠伸を一つ。

 

 「……琴音、しっかり掴まってろ。明日の揚げパンのために、さっさと用事を済ませるぞ」

 

 「箸! もう箸なんていいから、帰ろうよぉれんくん!」

 

 琴音の叫びも虚しく、俺はさらに暗い廊下の奥へと、重厚な足音を響かせながら進んでいく。

 

 闇の向こう側で。

 無数の「視線」が、琴音という最高の『避雷針』に吸い寄せられるように、じわじわと動き始めていた。

 

***

 

「――急ぎなさい! 演算を修正! あれの慣性モーメントを物理的に減衰させるのですわ!」

 

 夜の校庭に、場違いな少女の怒号が響いていた。

 

 二階の教室の窓から身を乗り出すようにして、俺と琴音はその光景を見下ろした。

 

 月明かりに照らされた校庭の中央。

 そこには、神崎雫と数人の黒服たちが、青白く光る結界の網を幾重にも展開していた。

 

 彼らが必死に抑え込もうとしているのは、一体の石像。

 かつては校門の脇に静かに佇んでいたはずの、二宮金次郎像だ。

 

 「ギ……ギチ、ギギギ……」

 

 石像は、薪を背負った姿勢のまま、首だけを不自然にカクカクと動かしている。

 その眼球のない眼窩からは、真っ黒な粘液が涙のように溢れ出し、足元の土を腐食させていた。

 

 「れ、れんくん……。二宮さん、走ってる。……本当に走ってるよぉ」

 

 琴音が、ガチガチと歯を鳴らしながら俺の腕を掴む。

 

 石像は、ゆっくりと片足を持ち上げた。

 それだけで、周囲の空気が重く澱み、物理的な「圧」となってこちらまで押し寄せてくる。

 

 「……ん。……ただの石像にしては、いい加速しそうだな」

 

 俺は、大きな欠伸を一つ。

 眠気のせいで、視界が少し霞んでいる。

 

 ドゴォォォォォン!!

 

 次の瞬間、爆発音が響いた。

 

 金次郎像が、地面を蹴り飛ばしたのだ。

 石像という「一トン近い質量の塊」が、初速から音速に近い速度で爆走を開始する。

 

 「キィィィィィィィィィン!!」

 

 空気を切り裂くソニック・ブームが発生し、校庭の砂が巨大な扇状に舞い上がる。

 

 「『八門金鎖(はちもんきんさ)・縮退展開(しゅくたいてんかい)』! 止めなさい! 何としても止めるのですわっ!」

 

 雫が叫び、デバイスから放たれた強化結界が石像の進路に展開される。

 本来なら、暴走するトラックすら紙屑のように受け止める、物理・霊子両面を遮断する壁だ。

 

 だが。

 

 パリン、パリンパリンパリンッ!!

 

 結界の壁は、金次郎像が「通過しただけ」で、薄い氷細工のように粉々に砕け散った。

 

 石像は、読んでいる本から一度も目を離すことなく、文字通り「爆走」を続けている。

 その背負った薪の一本一本が、怨霊たちの「苦悶の叫び」を動力源として赤黒く発光していた。

 

 「……嘘、ですわ。わたくしの重力減衰を無視して加速している……!? あの石像、蓄積された『学べなかった者たちの執念』を、全て純粋な運動エネルギーに変換していますの!?」

 

 雫が、戦慄に顔を歪ませる。

 

 怪異となった金次郎像は、もはやただの石の塊ではない。

 それは「止まることを許されない加速の概念」そのものだ。

 

 一度走り出したそれは、標的――すなわち、最高の『避雷針』である白雪琴音を粉砕するまで、その速度を無限に上げ続ける。

 

 「ギィィィィィィィ!!」

 

 石像が、急旋回。

 摩擦によって校庭の土がプラズマ化し、青白い火花を散らしながら、一直線に校舎――俺たちがいる二階の教室へと向かってきた。

 

 「――っ! いけませんわ! 白雪さん、逃げてっ!!」

 

 雫が絶叫する。

 

 だが、金次郎像の速度はすでにマッハに近づいていた。

 

 「……ああ。……うるさいな。夜なんだから、静かに走れよ」

 

 俺は、ようやく教室の隅にある『自分の机』から、お箸セットを回収した。

 

 窓の外。

 迫りくる石像の影が、巨大な死神のように校舎を覆い尽くそうとしている。

 

 「れんくんっ! 来るっ、来ちゃうよぉぉぉぉ!!」

 

 「……琴音、ちょっと耳塞いでろ」

 

 俺は、箸をポケットにねじ込むと。

 ゆっくりと、窓枠に片手をかけた。

 

***

 

「避けてぇぇぇぇ! 相馬くん! 白雪さんっ!!」

 

 雫の絶叫が夜空に溶ける。

 

 マッハに近い速度で突っ込んでくる一トンの石塊。

 その運動エネルギーは、校舎の壁など紙細工のように貫通し、中にいる人間を肉片へと変えるに十分すぎる威力を持っていた。

 

 「ギ、ギギギィィィィィィィィィン!!」

 

 金次郎像が、空気をプラズマ化させながら窓枠へと躍り出る。

 背負った薪から溢れ出す怨念が、赤黒い雷火となって周囲の空間を焼き焦がしていた。

 

 「いやぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 琴音が目を閉じ、俺の背中にしがみつく。

 

 目の前、わずか数センチまで、石造りの顔が迫っていた。

 

 だが。

 

 「……危ないだろ。走るなら、校庭だけにしておけよ」

 

 俺は、お箸セットを左脇に抱え。

 空いた右手を、無造作に、ただ「置いておく」ように突き出した。

 

 ドォォォォォォォォォォォォォォォン!!

 

 校舎全体が、激震に震えた。

 

 窓枠が衝撃波で粉砕され、二階の教室中のカーテンが一斉に外へとなびく。

 凄まじい風圧が吹き荒れ、雫たちの結界を容易く吹き飛ばした。

 

 「…………なっ?」

 

 雫が、言葉を失った。

 

 停止していた。

 

 マッハの速度で突進していた金次郎像が。

 校舎を貫通するはずだった、破壊の化身が。

 

 蓮の「右手の平」たった一枚に遮られ、一ミリの進入も許されずに、その場に釘付けにされていた。

 

 「……ギ、ギ……ィ……?」

 

 石像から、当惑したような軋み音が漏れる。

 

 金次郎像の足元では、校庭の土が衝撃の余波で巨大なクレーター状に抉れていた。

 だが、蓮の足元――教室の床板は、一枚たりとも割れていない。

 

 彼が、石像から受けた数トンの衝撃を、その超高密度な肉体の中で「無効化」し、一滴の振動も床へ逃がさなかったからだ。

 

 「……信じられませんわ。……ベクトル制御? いいえ、そんな高尚なものじゃない。……ただ、彼の方が圧倒的に『重い』だけ……!?」

 

 雫は、壊れた演算デバイスの数値を凝視した。

 表示されている蓮の「慣性質量」は、もはや一つの小惑星に匹敵するデタラメな数値を示していた。

 

 「……おい。夜に騒ぐと、明日の給食の時間に響くんだよ」

 

 蓮は、半開きの目で石像の「顔」を見つめた。

 

 「……よいしょ」

 

 グシャ。

 

 蓮が、石像の頭を「軽く握った」。

 

 ただ、それだけの動作。

 

 「メキメキメキッ……パキィィィィィィン!!」

 

 硬い御影石で作られていたはずの金次郎像が、熟れすぎた果実のように、いとも容易く粉砕された。

 

 頭部から亀裂が走り、首、胴体、そして怨念の源である背中の薪までもが、蓮の「握力」という理不尽な重圧に耐えきれず、粉々の砂利へと変わっていく。

 

 「ア、ア、アガガガガッ……!」

 

 石像の中に閉じ込められていた無数の霊たちが、蓮の拳から漏れ出す「存在の質量」に恐れをなし、悲鳴を上げて霧散していった。

 

 後には、校庭に降り注ぐ石の粉と。

 俺の右手に残った、一握りの砂利だけが残された。

 

 「……ふぅ。……眠い」

 

 俺は、手のひらの砂をパッパと払った。

 

 「……れん、くん……?」

 

 琴音が、恐る恐る目を開ける。

 彼女の目の前には、もはや石像の姿はなく、ただ静かな夜の校庭が広がっていた。

 

 「……壊れた。……これ、明日先生が困るかな」

 

 「……二宮さんが、砂利になっちゃった……」

 

 琴音は呆然としながら、校庭に積もった砂の山を見つめた。

 

 「相馬くんっ!!」

 

 校庭から、雫が息を切らして階段を駆け上がってきた。

 彼女は教室に飛び込むなり、蓮の胸ぐらを(届かないのでシャツの裾を)掴んで激しく揺さぶる。

 

 「あなたっ! 今の突進を正面から止めるなんて、物理法則への冒涜ですわよ! あれは音速を超えていたんですのよ!? 一歩間違えれば、この学校ごと更地になっていましたわ!」

 

 「……でも、止まったし」

 

 「そういう問題ではありませんわぁぁぁ!!」

 

 雫の絶叫が、夜の廊下に響き渡る。

 

 「……うるさいな。……それより神崎、これ、やるよ」

 

 蓮は、足元に落ちていた「金次郎像が読んでいた本」の破片――ちょうど掌サイズの石板を、雫に手渡した。

 

 「……何ですの、これ」

 

 「……砂利にする時に、そこだけ特に硬かった。……文鎮(ぶんちん)にでもすれば?」

 

 「文鎮!? これは数千の霊が宿っていた呪術的遺産(アーティファクト)の核ですわよ!? そんなもの、わたくしにどうしろと――」

 

 「……あ、もう十一時だ。……帰るぞ、琴音。寝ないと、明日の揚げパンに備えられない」

 

 「あ、うん! そうだね! おやすみなさい、神崎さん!」

 

 蓮は琴音の手を引き、文句を言い続ける雫を放置して、さっさと歩き出した。

 

 「……あ、待ちなさい! まだ話は終わっていませんわ! この砂利の処理はどうするつもりですの!? 相馬くんっ!!」

 

 夜の校舎。

 

 一人のエリート陰陽師が、手に持った「呪いの石板」を抱えたまま、半泣きで立ち尽くしていた。

 

 翌朝。

 校庭の隅に、なぜか「最高級の舗装用砂利」が綺麗に敷き詰められているのを教頭先生が発見し、首を傾げることになるのだが。

 

 相馬蓮にとっては、そんなことはどうでもいい。

 

 彼の頭の中は、今、きな粉の甘い香りと、サクサクの揚げパンの食感で満たされていた。

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