止めどない嵐の道を進んでいる。
終わりの見えぬ苦痛。
終わることができぬ苦痛。
どれだけ血を流そうとも、どれだけ肉を裂かれようとも、どれだけ骨をすり潰されようとも、次の瞬間にはまだ足らぬとばかりに新たな苦しみが待っている。
焼かれ、裂かれ、斬られ、砕かれ、割られ、捻られ、貫かれ、射られ、抉られ、踏まれ、潰され、撒き散る。
笑えぬほどに呆気ない死だ。
呆れ返るほどに脆い生だ。
繰り返される馬鹿げたふたつ。
廻りに廻るそのふたつ。
仮借などどこにあろうか。
慈悲など誰が垂らそうか。
死んで死んで死んで死に続けるこの旅路に。
もういい。
全て忘れてしまおう。
そんな誰かの声が聞こえた気もする。
いや、自分の声だったろうか?
今や確かめる術もない。
しかし、それでもこの身は進むのをやめようとはしない。
一歩進むごとに出来の悪い錆鋸で全身余さず刻まれ、刮ぎ取られていくような道行きだというのに、投げ出すことも、かと言って狂うことも許さない。
他ならぬ自分自身がである。
なぜ進む?
なぜ続ける?
なぜやめない?
この歩みにどれだけの意味がある?
正解の保証すらないというのに!
そう何度問うても、答えは同じ。
光だ。
彼方に光が見えるからだ。
暴嵐の彼方へ目を凝らした先に、小さく、それでいて煌々とした光が見えるのだ。
彼方に現れたあの光が果たして何なのか、眺めるばかりでは分かるまい。
だから進む。
意味の多寡など知ったことではない。
沙汰の賢愚などどうでもいい。
正解を選べずとも構わない。
すべて元より、元より承知。
あれが見えている限り、やめることなどありえない。
やめてたまるものか。
なんとしても。
なんとしても。
なんとしても─────
これといって面白みのない音と映像の濁流が、これでもかと意識を叩き続けている。
もちろん、これは彼の視覚や聴覚が病んでいるのではない。
そして正しく彼の記憶はここから始まるはずであるが、彼自身はこの情報の洪水を倦んでいるわけでもなく、静かに甘んじるつもりであった。
しかしそれだけならまだしも、彼は身動き一つ取れず、声も出せず、真っ暗闇と前述の洪水に代わる代わる晒されていた。
身動きが取れぬと言っても、鎖だ枷だの拘束具で雁字搦めにされているわけではない。
そもそも動くという機能がまだこの体には備わってすらいないのだ。
それなのに意識だけはある。
このどうしようもない状況に、流石に彼はいささか閉口した。
暗闇も暗闇、当てにならない視界のせいでここがどこであるかも分からず、ねじ込まれる映像と混声で、頑是なく組み立てた思考さえ崩されようとしている。
止まらない映像。
鳴り止まない音。
しかし、記憶とも呼べない何か───さらに言えば自身を形作る何か───へと確かにそれらは刻まれていく。
苦しく、不自由であり、煩わしくもあり、鬱陶しくもあり、それでいて突き放す気にはならない、突き放してはいけない何かを感じる。
取りこぼしてはならぬ、ぞんざいに流してはならぬという直感すらある。
その一方で、これがいつまでも続くものではないという確信もあった。
少しずつ、本当に少しずつではあるが、哀れさすら催す彼の意識が、先の洪水以外の何か───硬質物が割れ砕けるような音を拾い始めていたからだ。
それに応じるように、彼は自分の体がゆっくりと引っ張られていくのを感じた。
元より暗闇、上も下もわかったものではないし、得体の知れない力だろうと従わなければ動きようがないからこそ、彼は逆らわなかった。
その予感が正しかったのか、彼は未知の感覚を捉えた。
体の端の端が外気に触れる。
停滞感の着実な消失。
暗中から外界へと体が露出しつつあるのがわかった。
そこからは先の行動はごく単純で、彼は手も足も胴も、動かせる箇所を全て動かし、外界へと全身をもがき動かした。
ここを出ないことには始まらないとでも言うように、ただひたすらに外へ、外へ。
腕部が飛び出る。が、空を掴むばかり。
─────ああ、まだ。
胴が閉塞を砕き、引きずるように足を出す。手と同様、取っ掛かりは無く。
─────もっと、もっと。
だが、そんなことは構うところでは無かった。頭も尾も引きずり出し、彼は外界へと飛び出るや、
「──────ァ」
全身を地に叩きつける無様な着地を遂げた。
着地どころか投地に等しい姿を晒す彼は、関節をぎこちなく動かしてのっそりと起き上がると、のろく目を瞬かせ、呻くように息を吐いた。
呼気の強さで舌が震えたせいか、ロォォォォォ、という舌を巻いたような奇声が反響する。
身を打った痛みなどまるで感じず、彼は暫しぐわんぐわんと手足諸々を振るう。
その度に空気は大きく鳴き、束縛感が消えていく。
清々しかった。
動くたびにその感覚は増していき、情動に任せて吐息と声が一緒くたに放たれる。
彼の意識を打つ映像や音もこの清々しさには参ったのか、鳴りを潜めたようであった。
鈍い瞬きを繰り返しながらふと見上げると、天井にはひび割れた歪な球体が露出している。
硬質の繭、もとい卵殻であろうか。
どうやら自分はあれを破って降ってきたらしい。
次に彼は周りをぐるりと見渡したが、他に降ってきたものはいない。
代わりに見えるのは殺風景な白い石の大広間だった。
粗くはあるが円柱形であること、彼でも通れるであろう穴が1つあること、前述の歪な球体、それら以外に何の特徴もない。
試しに彼は声を上げてみたが、やはり空気が震えるばかりである。
その震えもすぐに静まり、彼は再び息を吐く。
ここに留まっていてもこの空間と睨み合うだけだと早々に断じた彼は、速やかに穴へ身を滑り込ませ、広間を後にした。
こうして彼はあまりにも静かに、文字通り生まれ落ちたのだった。
その先に何があるかも知り得ず。
昇る朝日を迎えるように。
我ながら掴みどころのない一話、いかがでしたか。
ご意見、ご感想があればお気軽に。
では、また次回。