─────己は招かれざる存在だ。
言葉らしい言葉などもちろん知り得ていない彼だったが、同族と呼ぶにはなんとも姿形の違う先住者たちと相対したとき、彼はそのように確信した。
─────わからない。やはりどこまでもわからない。
詳細を解せない叫び声。
共感能わずな唸り声。
貪婪な殺意を宿した眼の輝き。
それが、この連中だった。
ある者は薄羽を震わせて空を舞い、体から伸びた棘で刺しにくる。
ある者はしなやかな四肢で跳び回り跳ね回り、爪牙を突き立てにくる。
ある者は屈強な筋肉の塊でできた長大な体で締め上げにくる。
ある者は重厚な体にモノを言わせて潰し殺しにくる。
さらにある者は鋏、さらにまたある者は毒と、いちいち挙げていては到底キリがないほどだ。
とにかくそんな者たちに彼は度々襲われ続けた。
しかも連中の敵愾心の強さは揃いも揃って折り紙つきで、彼が現れなければ凶気の行き場をなくして放っておいても共食いを始めかねないほどである。
もはや躱せず、避けられず、退がれない。
進退がとうに窮まっていたのを、彼は倦みながらも悟った。
仕方がない─────
やおら鎌首をもたげた彼は、がぱりと両の顎を開いた。
直後、刹那の光獄が顕現した。
先住者たる彼らにとって「それ」は闖入者ではあったが、同時に日常から外れる存在でもなかった。
母より産み出されたその日から、彼らは生来の捕食者であり、嘲弄者であり、殺戮者であった。
略も術も弄することなし。
爪を立てろ、牙を立てろ。
腕で潰せ、足で圧せ。
群がれ、食せ、踏み躙れ。
毒せ、引き裂け、生きて逃すな。
ただ唸り、吼え哮り、殺すなり。
彼らはひたすらそれを全うしていた。
全うしてこそ彼らだった。
彼らは時として同族をも喰らった。
喰らって力が増すことを知れば、今度はそれに明け暮れた。
彼らには彼らなりの理知はあったが、慈悲も仮借もあり得なかったからだ。
殺し殺されるのが常。
疑いを挟むことなどない。
だからこそ、「それ」を目にしても臆する者はいなかった。
見慣れぬ輩だ。
だが知ったことではない。
殺せ。
殺せ。
どのような何であれ、殺せ。
大挙して押し寄せ、浴びせ続ける殺意。
その時の「それ」の思考など彼らは知る由もなく、知りたいとも思わなかった。
「それ」が両の顎を開こうとも。
光が、世界を埋め潰そうとも。
焼ける。焚ける。灼け尽きる。
彼らの世界が、灼け尽きる。
轟然と放たれた灼光は、事もなく彼らを呑み込んだ。
彼らの身を覆う強固な鎧も、それそのものが強靭であるはずの五体も、灼光の猛進を阻むに値しなかった。
空を飛ぶ者を天井ごと、地の上を走る者をその地ごと気化させ、悠々と駆け抜けていった。
その後に残るものが何か、口をきく者などいるはずもなかった。
見渡す限りの焦土がある。
駆け抜けた暴威の名残を示すようにそこかしこが燃え、礫は硝子と化していたが、立ち昇る火はどれも弱々しいものだった。
本来燃えるはずのものすら消し飛んだのだ、当然である。
一方、眼前の光景にさして動揺するでもなく、彼の口からはカタカタカタと舌が顫動する音と蒸気が漏れ出た。
気づけば、わずかな灰がはらはらと落ちている。
まあその程度なら有り得よう、やはり彼に驚きはない。
焦土の起点上に佇む彼はその様を静かに見やると、行手を阻むものがいなくなったことを良しとして再び歩を進めようとした。
その瞬間。
彼を産んだ世界が、哭いた。
聴覚を猛打する絶叫。
耳朶を劈くような金切り声が世界に響き渡る。
いや、響かせているのは、哭いているのはこの世界そのものだ。
耐え難い痛みに溢れ出た世界の叫喚だ。
─────何だ?
ところが、その反響の只中で佇む彼の関心は、すでに別のものへ逸れていた。
無論、彼の耳にも叫声は届いている。
しかし、それ以上に注視すべき事態が、彼の視界で起きていたのだ。
一瞬、彼は先ほど倒した敵の後続でも現れたのだろうかと考えた。
しかし、違う。
これまで遭遇したどの事態、どの敵にも似ていない。
彼は「それ」が生まれる様、そして「それ」の姿を見つめることとした。
─────ピシリ。
─────バキバキ、ペギッ。
彼の灼光を辛くも逃れた天井や壁面に次々と長大な亀裂が走った。
そのいくつもの亀裂からどろどろと吹き出る液体が湯気を伴って地面を伝い、残熱を抱えた場所では蒸発した。
それでも液体は次々吹き出し、広がっていく。
たちどころに彼の周囲は湯気で濛々と薄白くなった。
だが、何の関係もない。
罅割れは止まらない。
─────めりめりめりめりめりッ。
やがて、そのひとつである天井の亀裂がさらに大きくなり、ついには裂け目をこじ開けて迫り出る。
そして。
「それ」が姿を現した。
湯気の薄靄など意に介さず、彼は「それ」の全貌を凝視する。
映ったのは完全なる未知の躯体。
手足と頭、それに尾の数は彼と同じでも、その体には肉がなかった。
あるのは骨と、それを覆う紫紺の甲殻のみ。
自らを支える足の節も彼とは真逆である。
細い腕には不釣り合いなほどの厚い爪。
幅がなく長い頭骨に埋められた眼球は、深く濃い赤色の光を湛えていた。
それは「化身」にして「機構」だった。
後にある老神によってその名を付けられることとなる、殲滅と破壊の化身。
後に正義の使徒と悪の一派を戦慄せしめることとなる、瞬滅の殺戮機構。
すなわち『ジャガーノート』である。
─────どぶん。
天井から落下したジャガーノートは、鈍い水音を立てて着地した。
咆哮ひとつ上げず、どろどろに濡れた大地を踏み締める。
自然、尾がうねり、視線が上がる。
深紅の眼が映すのは、屠るべき相手。
一方の彼もまた、新手たるジャガーノートを見据えていた。
未知なる存在を前にし、カタカタカタと舌を顫動させる。
青白い渦光を放つ眼は、静かに殺意を受け止めた。
見下ろす彼の視線と見上げる破壊者の視線が、薄靄を挟んで衝突する。
それを開戦の合図にして、両者は地を蹴った。
ようやく皆さんご存知のキャラが登場です。
ではまた次回。