復讐を誓った男の末路   作:筆先文十郎

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踏み台にされた男

「あぁ……あああぁぁぁっ……!」

 社長室を出た瞬間。私、三島(みしま)誠一(せいいち)は全身の震えを抑えることが出来なかった。

 天将(てんしょう)社長の声が木霊(こだま)する。

 

『次はないと思え! いつまでも副社長の席があると思うなよ?』

 

 あの言葉は、刃物のように胸に突き刺さった。

 私は長年この会社に、天将社長に尽くしてきた。

 だが。その功績や忠誠も、一つの失敗によってすべてが崩れ落ちようとしていた。

 社長が敵と認識した者達の末路を私は何人も見てきた。彼らの多くは自殺や事故死などバレないよう、無残な最期を遂げさせられた。

 

 鮎喰(あくい)天将(てんしょう)は敵と認識したら最後。その者は哀れな末路を遂げる。

 

 それは鮎喰天将という男の恐ろしさを知る者にとっては常識だった。

 私には家族はもういない。

 離婚した元妻は子どもを連れて去り、私の元には誰も残っていない。

 会社だけが、私の居場所だった。

 だからこそ、失うわけにはいかなかった。

 そんな時だった。抜群の成績を残し末席ながらも若くして役員に上り詰めた有望株、雪村(ゆきむら)銀児(ぎんじ)が私の前に現れたのは。

「……副社長。出過ぎた真似かもしれませんが」

 申し訳なさそうに彼はとある資料を手渡す。

「その中には有望な新規取引先があります。どうか私に任せていただけませんか? もちろん功績は全て副社長にお譲りします」

 彼はいつも控えめで、誠実で、誰よりも優秀だった。彼の献身的な振る舞いによって、彼の上司や同僚は出世したのを知っていた私は救われた気がした。

「これで……社長の信頼を取り戻せる……」

 私は迷わず承認印を押した。

 それが、破滅の第一歩だとも知らずに。

 

 数週間後、地獄が訪れた。

「なんだ、この不正な資金操作は……!?」

 その事実に気づいた瞬間、私の頭は真っ白になった。

 

 そんなはずはない。あの雪村君がこんな杜撰(ずさん)な資料を持ってくるはずがない。

 

 だが、それは(くつがえ)しようがない事実だった。

 私がどうにかする前にこの事は社長に伝わり、社長は激怒。同僚や部下は私から距離を置いた。

 誰も助けてくれない。

 誰も信じてくれない。

 私は孤立した。

 

 唯一の相談できる相手である雪村君に相談しようとした。

 だが、彼は私の前から姿を消しスマートフォンは何度送信しても「エラー」という残酷なメッセージばかり。

 パソコンも「アクセス拒否」のメッセージ。

 まるで、世界そのものが私を拒絶しているようだった。

 家に帰っても、静寂だけがあった。

 誰もいない部屋。

 誰もいない人生。

 私は、何のために生きてきたのだろう。

 

 最後の夜。私は机に向かい、震える手でペンを取った。

 

『私は雪村銀児に()められた』

 

 そう書いた。

 だが、書いている途中で気づいた。

 ──この遺書を誰が信じる? 

 ──誰が私の味方になる? 

 社長は私を切り捨てる。

 同僚は私を避ける。

 家族はもういない。

 私は、世界から消えていた。

 だから、私は書き直した。

 

『全ては自分が考えたこと。この命で償います』

 

 それが、私に残された最後の誇りだった。

 誰も巻き込まない。

 誰も責めない。

 私の人生の責任は、私が取る。

 静かにロープを手に取った。

 

 

 

 ん? 

 

 目を覚ますと、目の前にはロープで首を吊る()がいた。

 

 なぜ私が……

 

 私はある結論にたどり着く。私の魂が肉体から離れ、俗に言う幽霊というものになったのだろうと。

 そんな他人事のように考えていた時だった。何者かが部屋に入ってきた。それは雪村銀児だった。

 

 雪村君……なぜだ……

 

 彼が私の部屋に入り、遺書をすり替える姿を見た。

「副社長……」

 寂しそうに一言言った後、彼は入室した痕跡を全て消してその場を去った。

 その姿に私は悟った。あの男、雪村銀児は私を踏み台にしたのだと! 

 その後。雪村銀児は社長を恐れる役員たちの勧めと社長の鶴の一声で副社長に就任。副社長としてその手腕を存分に発揮した。

 私はただの駒だった。雪村銀児という男が出世するための。

 だが、もう遅い。

 私はもう、この世にはいない。

 呪いの言葉を吐くことも、暴力に訴えることも出来ない。何もできない無力の男に成り下がった。

 

 

 

 三島誠一という男は悪人ではなかった。

 無能でもなかった。

 ただ、孤独で、弱く、そして運が悪かった。

 銀児の復讐劇の中で。彼は最も哀れで、最も救われない存在だった。

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