ああ良き不味さ 心最悪なり
追加で鎮痛剤キメていると、廊下の向こうの部屋で何やら声がした。
「だからね、爆弾の魅力は爆ぜる瞬間の美にあるんだよ」
「でも、爆弾なんて痛い
「軽度の火傷を負うくらいいいじゃないか。その危険性もロマンだろう?」
「うえーっこの人怖いよーっ」
サーッという迫真の音がして慌てて部屋に飛び込むと、そこには頭を抱えて震えるレイチェルと興奮した様子のベートーヴェンが居た。ベートーヴェンは手の中の容器に灰色の──火薬を注ぎ入れており、それが作りかけの爆弾だと簡単に見て取れた
「事案!!」
「おっと、それは誤解だよドイルさん」
た、助けてぇ! とすがりついてくるレイチェルを見て、俺は腰のポーチから手錠を取り出す。いくらレイチェルが21歳拳で抵抗する無職とは言え、成人男性が女性と個室で諍い……諍い?を起こしたのだ。
つまり、
「事案!」
「ドイルさん? 誤解しているようだけど、僕の話を聞いてくれないかい」
「レイチェル嬢とドイルさんに近寄るなこの変質者ァ!」
「違う! 僕は変質者じゃなくて爆弾魔だ!」
「どんぐりの背比べだろぉ……」
どっちもどっちな事を言いながら、ベートーヴェンはアセアセとしているが、流石に問題なので
「も…もしもし け…指揮官ですか。とうとうベートーヴェンがやりました。場所はS・Y・S本部廊下曲がってすぐの部屋です。はい、お願いします」
「あっ。えと、し、指揮官さん来てくれるの? よ、良かったぁ……いや、迷惑かけちゃうけどもぉ……!」
指揮官の名前が出た途端、ベートーヴェンが誤解だと言うのを止めて、深刻そうに俺を見た。指揮官に怒られるのが一番効くかもとやってみたが、どうやら本当にそうらしい。情けなくないのかお前。
「ドイルさん、指揮官は何と言っていたかな……?」
「"今からベートーヴェンをブチ殺しに行くぜ"だってよ」
「殺害予告を受けてしまった……! ……ああいや、これは彼の僕への感情の発露ってことでいいのかな? なら直ちに誤解を解いて彼も誘わなくては」
「こいつ頭がお
紅顔の美青年は髪をモジモジクルクル指でいじって、片足を曲げて待望するように扉をジッと見た。そのポジティブシンキングは何処から出てくるのかと疑いたくなったが、頭が痛くなりそうなので止めておく。
「"ドイルさん通報ありがとうレイチェルさんは無事か!"」
「おお」
「"ドイルさん!"」
泡を食った勢いで物理的に滑り込んできた指揮官にテキトーな相槌を打つと真面目に怒られた。実際には今からベートーヴェンをブチ殺しに行くぜなんて言っていない指揮官くんは、俺に指さされた無傷のレイチェルを見て安堵すると、すぐにベートーヴェンの前に立った。
身長差が凄い──指揮官くんも平均以上はあるのだが、190cmの恵体の化け物には流石に勝てず。頭一個分の差だ。
オッドアイはギラギラと煌めいて、上から指揮官の顔──ガイ・フォークスマスクを見つめる。熱っぽく頬を赤らめたのは生娘の様であり、何故か何かを恥じる様子は見ていてクエスチョンマークが止まらなくなる。
「指揮官、その……僕達、そろそろ共同制作に進んでも良い頃だと思うんだけど」
「"ベートーヴェン"」
「どうだろう、返事は今貰っても──」
「"私は、他人に意地悪する
一気に顔を青ざめさせて、ベートーヴェンは舞台役者のように膝を着いた。一番効く言葉を言われて、胸をぐうと握って叫ぶ。
「──ご、誤解だッ! 悪意は微塵もないんだ!」
「"なら、何が起きたか、私達に説明してくれるね?"」
コックリと頷いた舞台役者モドキは俺とレイチェルの方を見て、「──あれは今から二十分ほど前──」語り始めた。
「僕はレイチェルに火薬の取り扱い方を説明した……自己防衛の方法として、火薬や爆弾の取り扱いが出来ると万が一の場合役に立つからね」
「そ、それは私も納得尽くですよぉ。」
レイチェルが冷静になったのか口を挟むと、ベートーヴェンは少し黙ってから、また口を開く。
「ああ。でも、僕はちょっと調子に乗ってしまった。このまま実践レッスンをしようと思い至って──そのまま……」
「"爆弾を作り始めたんだね?"」
「……その通りだ。すまない。全ては僕の至らなさの結果だよ」
「いやっ、その、そんな、いきなり火薬調合されたのは怖かったですけどもっ、謝る必要なんてっ」
「人の嫌がることをするなという当たり前の道徳が守れなかった時点で謝る必要があるんだよ、レイチェル」
床に手を着いてバッと頭を下げられたレイチェルは十センチほど飛び退いて、両手で俺の腕にしがみついた。セミになったレイチェルは「そういうのやめろぉ! なんか私が汚い人間に見えるからぁ!」と素で叫んでいた。
「痛たたたっ、ちょ、レイチェル嬢ちょっと離れて」
「"とりあえず、ベートーヴェンは意地悪をしようとしたつもりは無かったんだろう? なら、次の改善に取り組もう"」
「指揮官……!」
「あの、オジサンの話誰か聞いて」
「"レイチェルさんも、それで構わない?"」
「も、勿論ですよ! むしろ今回は私の方こそごめんなさいって言うかぁ……え、えへ」
──誰も俺の話を聞いてくれない……!
右腕にひっつくレイチェルが軽やかに地に足をつけて、ベートーヴェンの前に膝を着いた。
「ば、爆弾の良さ?を、共有したかったんですよね? 今度は、あの、座学で教えてくれませんか。」
「レイチェル……」
「痛いのは、に、苦手ですけども。しっかり知識を理解してからなら……や、やぶさかでもっていうかぁ」
「
「う、うえへへへ」
堅く握手を交わした二人に、安堵したように指揮官が汗を拭った。相変わらずどうして仮面の上に汗が滲んでいるのか謎である。もしかしてそれが表皮なのか?
「"いい所に落ち着いたみたいだね"」
「ああ。すまないね指揮官。今年のボーナスは減らして構わないよ」
「"減らさないけど……いやそうじゃなくて。次からはドイルさんと一緒にやるといいよ"」
心做しか穏やかな声に頷くベートーヴェンに、俺はオイオイオイと割り込んだ。
「指揮官くんさぁ……」
「"あはは。ごめんねドイルさん"」
「オジサンは何でも屋じゃないんだけどなあ?」
「"あははは。まあ一週間くらいだから、頑張ってよ"」
何が?と聞くとレイチェルさんだよ、と言われた。だから何がって聞いているんだが。
俺が何処ぞのランプの魔神のように目を閉じてポーズを取ると、肩を叩かれた。
「"最低でも一週間はごねてみせるってさ、石燕先生。──まあ、それより長くなるかもだけどね?"」
指揮官がニヤリと笑ったような気がして、俺もニヤリと笑って見せた。
「お主も悪よのう指揮官殿」
「"いえいえドイルさんの悪人面には勝てませんよ"」
「おっと陰口か? 若い子は知らないかもだけど、陰口は聞こえない所でやりなさいって暗黙の了解があるんだぜ指揮官くん」
「"何言ってるの。陰口は信用度が減る犯罪でしょ"」
真剣に返されてはグヌヌと黙るしかない。
再びチューと避難させていた鎮痛剤を啜って、俺は天井を見上げる。ホワイトなはずの天井は黒く焦げていたが、この部屋を勝手に占領して実験室にしているやつの肌には火傷はない。俺はここで爆弾が爆ぜたら指揮官と共に死ぬが、改造人間はアフロになって終わりだ。
「──ドイルさん」
「ん。どうしたよベートーヴェン」
「いや、今度お詫びをするから覚悟しておいて欲しくて」
まるで犯行予告だが、ベートーヴェンは至って真面目に俺を見た。身長差は……10センチくらい。身長だけならその辺の大人よりも立派だろう。
「そういう時は、素直にお詫びの品を持って行きますねでいいんだぜ、ベートーヴェン」
「おっと、そうなのか……ありがとうドイルさん。次はそうしてみよう」
「次があるの?」
「ああいや、それは言葉のあやというか……!」
慌てる顔はまだ若々しいそれで、知識も少したどたどしく言葉だけは丁寧。一人の人間に入れ込んで、感情の起伏が激しいのは幼さより未熟さだ。
それらは丸っきり、孤児の特徴である。
勿論それを突っついたりはしないが、なんというか社会の歪みをこうも見せられると嫌になる。
「うーん」
ベートーヴェンがレイチェルと関わって、成長出来るのだろうか。親みたいな考えが浮かぶのも、目の前のガキを笑えない"入れ込み"だ。
──石燕の趣味。問題児を収集して、指揮官や俺らで制御させる行動は何なのか。
信用委員会の都合で派遣された指揮官は置いておくとして、あいつがわざわざ不安定な奴らばかりを集めるのは……まあ、本当に趣味と考えるのが一番明快だが。
何かが大きく崩れる音がした。
「"総員、身を守れ!"」
頑丈なはず──確かに頑丈なはずの建物がグラッと揺れて、馬鹿みたいな高笑いが廊下の方から聞こえた。
サイバーシティ丸わかりブック〜共存領域のことを知る〜 より
車──クルマ
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