「オホホホ、破壊って砂埃が舞って下品ですわね
廊下に出ると、そこには人が立っていた。いや、立っていたというか、大きく崩れた壁の瓦礫の上を歩いて、腕に真白の
頭にはつばの広い帽子を被っている、肩くらいまでの青い髪が目立つ、マーメイドドレスの女である。
「ああ、
「"誰だ!?"」
「あら厭だ。まだ
喪服のようなマーメイドドレスの、バカみたいなスリットから覗く足が白かった。「敵だ」俺が威嚇射撃をすると、ピタリと足が止まった。
女は俺を一瞥してから、すぐに梟に目線を戻す。
「──これは、これは。随分な問題ですわよ、戦闘員さん」
「"いきなり本部を襲撃しておいて結構な言いようじゃないか"」
「
「"……めちゃくちゃだ"」
ピーと高い音を立てて指揮官の端末が起動し、青のホログラムに石燕が写った。
「ダビンチ! ダビンチお前、脳が腐ったのかッ! フランスに引き篭っていたはすだろう!」
「ホホ。石燕。アナタこそ、随分後手に回りましたのね?」
ダヴィンチ……ダビンチと呼ばれた女は、嘲るように指揮官の方をちらりと見て……すぐに目線を外した。
「さ。代表者様も出てきた事ですし、是非、レイチェル・ギルドを返却して頂きたい。……こちらは信用委員会にも上奏させて頂いたことをお忘れなきよう」
全員が自然にレイチェルを庇って、俺が一番前に出た形になる。ミケランジェロだかピカソだか知らないが、いきなりめちゃくちゃなことを言われて、はいそうですかと言えたら戦闘員なんてやっていないのだ。
「──こちらは正式な手続きを行った上で、心理的問題があるとして措置を取っている! それに、
「アハ。親御様とお子様の認識が上手く擦りあっていない様子ですので、是非顔を合わせたいと保護者たっての願いですわ」
「保護者? 成人した女にか! 相当過保護だと見える。だが、レイチェルはそんなこと望んでいないぞ。お前らがどう思おうが勝手だが、令息殿といいお前といい、本人の人権を侵害しているんじゃあないか?」
──ダビンチの目線は石燕の方から、指揮官の方から離れない。あいつは一度も、レイチェル嬢を見ちゃいない。
「シャラップ! 黙りなさい、石燕。お前こそ、こちらには信用委員会の──」
「ハッ!
許可が降りてないんだろ? と石燕が続けると、ダビンチは梟を撫でて、形のいい眉を顰める。
──途端、上から"誰か"が落下してきた。
「運が悪いな、お前!」
それは瓦礫の山に埃を立てて着地すると、ぬるりと起き上がる。
油絵のような目の覚める赤が風でたなびいて、ダビンチの背後に立ったそいつは、確かに美少女だった。
「──アナタは、」
「初めまして。私はコードネーム:アントワネットと申します。」
ハッと遅く振り向いたダビンチは、顔が見えなくとも動揺しているのが分かる。きっと人工的な色の目を見開き、
「ワタシは一度も後手に回ったことは無いんだよ。」
酷く、悔しがった顔をしていることだろう。
「……え? ど、どうして空からぁ…?」
「車で送って頂いていたんです」
「な、なるほど?」
「"とにかく、形勢逆転……だ! 3対1で勝てる訳ないだろう。大人しく投降するんだ!"」
武器を構えられ、女は「アア。そうですわね。……而して我は盤の駒。」笑い──
「鞠躬尽瘁と生きましょう」
脱帽してカーツィーをした途端に、梟の口から銃口が覗いた。
「"避けろ!"」
バババババとガトリングの音を放って銃弾ブチ撒けた梟に、誰かがナイフを投げた。が、止まらない!
慌てて右に捌けると、梟は首を回して
「ベートーヴェン! やれ!」
「あなたに言われずとも!」
焦げた匂いが溢れ出して「火薬──」「その通りだとも!」ジッポライターが着火された。
その間にも梟は相変わらず乱れ打ちを続けて、それを全員が何とか避けている。
──それにも関わらず、ベートーヴェンは一歩躍り出る。
笑いながら、手に溢れるほどの管を抱き締めて愛を叫ぶ!
「──漠と爆ぜよ!
目を見開くダビンチすら気を止めるには至らず。爆発狂はただ、投げた管どもが強く光るのだけを美しいと讃える。相変わらず理解出来ない精神だが、向こう側の乱射は止まった。
黒い煙が離れていく。
影が見えた。
笑う影が、飛び込んでくる。
「クッ、クク! 小手先の火薬が! 我に効くはずがないでしょうよ!」
「"マリーッ!"」
「分かっています、指揮官!」
ダビンチに組み付いたアントワネットは腹に肘を叩き込まれ、少し仰け反る。その隙にダビンチは真っ直ぐ──指揮官の方へ飛んでくる。
咄嗟に銃を構えて走り出すが、間に合うか──
「ドイルッ! あいつは改造人間だ! 生半可な攻撃は」
「んなこと分かってるから黙れ石燕!」
足がとろくさくていけない。改造の施されていない足は常人より随分早くとも、それでもアレには敵わない!
一発打つ。目線すら配られずに、アレは数メートルの距離を刹那で埋めようとしている。ベートーヴェンがその間を離すよう務めているが、それもどれだけもつか。
「くっ、硬い──どれだけ改造したらこうなるんだっ!」
「退きなさい、
ナイフを素手でひしゃげさせた女の腹に拳を入れて、すぐに反撃で顎を殴られている。それでふらつかないのは優秀だが、それでも隙がある。
「頭を壊せば死ぬかしら!」
勢いよくキックが飛んでいる。ベートーヴェンはそれを避けられない。俺は
──どうするべきかと、腕の中の銃を確かめた。
途端に、パシッと軽い音がした。
「──はっ?」
「死ね」
骨の折れる音がして、悶絶する
それは力の差ではない。平等から離れた実力の差ではなくて、単に、ダビンチの不意をついただけの話。
「あんた、指揮官さんを殺そうとしたね」
「あ、ああ──っ、っ──!」
完全に敵と考えていなかった者が、虚を着いた。
「"レイチェル──……"」
「あっ、あっ、あっ、やっちゃったやっちゃったやっちゃった! とうとうこれで私も犯罪者だよチクショウ!」
「レイチェル」苦悶の表情で、歯を噛んで、力任せに折られた足を庇うようにダビンチは後退する。叫び出しそうな痛みと、苦しみから来る怒りに、女は任せて叫ぶ。
「──レイチェル・ギルドォ!!」
「うるさいぃぃ! 死ね!」
「レイチェル氏に注意が行き過ぎですよ。」
──後退しても、そこにはアントワネットが居る。ダビンチは後ろを見て、それから前を見て、今後こそ悔しそうな顔を俺達に晒した。
「これが! 必殺の! ジャーマンスープレックスです──!!」
見事に脳天を地面にカチ当てられての失神KO。審議の必要もなく、S・Y・Sの勝利である。
それに待ったをかけるように、今更石燕が舌打ちをした。
「……おい、気絶させたか? 気絶させたら事情聴取が出来ないじゃないか! 何やってるんだバカ共!」
「"無茶を言わないでください"」
「同感です」
「石燕お前……」
「石燕先生、流石にそれは暴君過ぎるよ」
「えっえっえっ、あの、私はどーすればぁ……!?」
一気にホンワカし始めた空気から離れて、俺は床に崩れた女を見た。
こいつは改造人間。それも超上位の施術を受けた人間だろう。なのに、何故俺らは勝てたのか。その謎を探るべく、ドイルさんは女性のカラダをまさぐるのだった。
生地の良いドレス。化学繊維の超化学合成素材を使われていて、爆発にも一度は耐えている。がしかし、連続した爆発に負けて色々と見えそうだ。──と汚い目線を送っていると、胸の所に何かが刻まれている。
「……うわ」
M・Gという黒いタトゥーだ。
M・G……そしてレイチェル絡みの問題に首突っ込んだバカ。これが誰かの名前だとしたら──"マスカー・ギルド"……か?
「おうい、アントワネットさんや」
「──はい? どうしました?」
「このヒト運んでくれないかねえ。オジサンはちょっと……さ?」
「はい。了解しました。」
こちらに来ると素早く上着をかけて、アントワネットは俵の抱え方でドナドナとダビンチとやらを抱える。そうしてまた指揮官の元へ侍っていく。
俺はまたしてもその輪には入らずに、爆弾で抉れた地面の中を覗いた。
黒焦げの何か。黒焦げの塊。
たぶん梟だったろうそれを小脇に抱えて、「おーい指揮官くーん、待ってくれよう」小走りで走り出した。
サイバーシティ丸わかりブック〜共存領域のことを知る〜 より
身体解剖術式八〇〇四 シンタイカイボウジュツシキハチマルマルヨン
人間の身体に人とは異なる遺伝子を打ち込み、それに適合する形になる施術を行うことで、銃弾を目で追い、対処するような能力や、超人的な肉体になれる手術です。信用委員会は特別な街の防衛措置として、これらを行います。改造人間となった彼らはサイバーシティを守る優秀なシステムの一部として頑張っています。