そこに居たのはスーツ姿ののっぽの男。一丁前にサングラスを掛けて、お高いスーツをビシッと決めた典型的なビジネスマンである。
「おい、帰るぞ」
そいつは不躾にそう言って、大股で部屋に入ってくるとレイチェルに手を振り上げた。俺が前に出ると、男は不機嫌そうに俺を睨み付けた。
「誰だ?」
「ここの職員ですよ。このお嬢さんの護衛」
「護衛なんて要らん。さっさと消えろ」
「おっと! 悪いが、俺はあんたのことを知らないんだ。まず名乗るのが社会人の常識じゃないかな?」
チッと舌打ち一つ。そいつは振り上げた手をようやくポケットに仕舞って嫌そうに名乗る。
「俺はマスカー・ギルド。ギルドミートコーポレーションの次期代表になる男だ」
「ギルドミートコーポレーション……」
──
だとしたら石燕が逆らえなかった理由が察せる。ギルドミートコーポレーションは信用委員会に管理された委託加工食品企業だ。そりゃ逆らえる訳がない。
「立場の違いはわかったろ、護衛の人。もう結構だ。
「い、いや、私は──」
「口答えするな! 人の影に隠れないと話も出来ない愚図のクセにッ」
もう一度振り上げられた腕を今度は掴んで捕らえると、サングラス越しの色素の薄い目が驚いたように丸くなった。
好き好んでお偉方に歯向かうつもりはない。ないが、流石に改造人間とはいえ
こういう時のセオリーとして、指揮官くん達が格好良く助けに来るピンチの時まで、時間稼ぎと行こう。
「普段からこうしてるのかい、君」
「──だったらなんだって言うんだよ! これは家庭の問題だ! 他人が口出ししないで貰おうか。俺は正式な手続きの上で来てるんだぞ」
「金に物言わせたの間違いだろ?」
「おい」
マスカーは掴む腕を振りほどいて、自身の腕の端末を操作した。ホログラムにアルファベットが羅列されたのを暫くスワイプすると、彼は勝ち誇ったように鼻を鳴らした。
「コードネーム:コナン、傭兵上がりの辣腕エージェント……ね。どうせ全身改造されて戦闘マシーンに成った
──この共存領域サイバーシティでは、信用委員会の求める基準に達せないものを欠陥品と呼ぶ。一種のスラングだ。
そして、身体改造人間に対しての目は厳しい。この世界は一定であることを求める。常に平均であり、平等で、差別も区別もなく指示された会社で働き指示された仕事し安寧な日々を送る。その平和を捨ててわざわざカラダの改造手術なんてするのは、大体表じゃやっていけないやつら──という思想がある。
「だから──あんたは妹も見下してるのか」
「ッそいつは関係ない!」
俺は改造手術を受けていないが、改造人間並のフィジカルが生まれつき備わっている。レイチェルは、たぶんそうじゃない。
だからかと思ったが、この分かりやすい兄貴の様子から見るに違うのか。──このまま情報を引き出してやろう。
そう思った途端、ズビ、と鼻を啜る音がした。
「──に、兄さんもうやめて! こっ…この人はカンケーないじゃん、兄さん、お願いだからもうやめてよ」
「レイチェル嬢」
レイチェルが泣きながら、酷くビクビクして声を荒らげた。あからさまに恐怖していた存在に歯向かっているのは、とうとう怒りが勝ったからか?
「ドイルさん達は、わざわざ私に良くしてくれたの。いい人達なんだっ、いつもいつも
マスカーが怒りから言葉をなくした様子でワナワナと震えていると、開きっぱなしの扉の向こうから走ってくる足音が聞こえた。
──来た。
──主人公達が来た。悲劇のヒロインを救う為に、キャストを集めてやって来た。
「"レイチェルさんから離れて貰おうか!"」
「……なっ、誰だこの仮面男!」
「"私はS・Y・Sの指揮官だ。お客さん、あなたはまだ身体検査が済んだばかりの被害者の元へ何をしに来たのか、何の権限があってそうしているのか。答えて貰おうか"」
戦闘員二人を引き連れ、威圧的に話した指揮官に、マスカーは怒りより困惑が勝ったのか、一気にタジタジになった。権力者の息子は権力に弱い。はっきり分かんだね。
「"答えられませんか? なら、そちらのレイチェルさんの身柄は引き続きこちらで預からせて頂きたい。"」
「それは困る!」
フン、と石燕が鼻を鳴らした。人をバカにする時だけ普段の二倍ほど活き活きとする石燕は、
「これは重大な越権行為だぞ令息殿! ギルドミートコーポレーションの次期代表が、無理矢理
それに、と指揮官がいつもより低い声で続けた。
「"彼女には医療用AIによるメンタルカウンセリングを予定しています。これは治安維持特別局の規定で定められているが、それだけじゃない。分かりますか? 彼女にはケアが必要なんだ!"」
「黙っていればペラペラと……」
「"お客さん、ここは犯罪の被害を対策するための場所なんですよ。堂々と他人に危害を加えようとしていい場所じゃない。何かを殴りたいのならサンドバッグでも何でも用意しますよ"」
普段は煽りなんてしない指揮官は、随分感情的にそう言った。
自身が圧倒的にアウェーなのだとようやく気付いたのか、マスカーはまた舌打ちした。それは当然で、ここは指揮官の独擅場。彼が指揮する戦闘員達と、マスカーを恐れるレイチェルしかこの場には存在していない。そこで権力を振り翳したとて──だ。
前のアントワネットの言葉を借りるのなら、"S・Y・S職員には不逮捕特権があるんだよ"とでも言おうか。
ここで権力は機能しない。ここにいるのはどいつもこいつも野蛮人扱いされるに相応しい問題児。問題児を操る
「クソッ、どいつもこいつもイカれてやがる!」
「お帰りですか? 出口に案内いたしましょうか」
空気を読まないアントワネットの言葉にマスカーはポカンと口を開けて──
「いらないよ!」
舌打ち一つすると、ポケットに手を突っ込んだまま立ち去った。
それを見たアントワネットもポカーンと口を丸くしていた。
「──もしや、また、私はお客様を怒らせてしまった……?」
「うはは! マリー! お前才能あるぞッ」
「"何の才能……?"」
石燕がバンバンとアントワネットの背中を叩いた同時に、一気にこの部屋はガヤガヤとした騒々しさを取り戻した。シリアスはマスカーと一緒に退散したようである。
「レイチェル嬢も、よく怨敵相手に立ち向かったな! メソメソするのは情けないがな!」
「え、そ、あ……」
呵々大笑する石燕に乱暴に背中をぶたれて、「ぎゃあ」と声を上げたのをまた笑われて。レイチェルも自然と頬を伝う涙の後を拭って、笑い出した。
「あはあは、痛い、痛いっ」
「うるさいお前いいだろ無礼講だぞ!」
「勝手に決められてるしっ」
「レイチェル氏、この場合は倍返しすればいいのですよ」
「おいマリーッ!」
女連中がやいやい喚く横で、指揮官が額に浮いた汗をハンカチで拭っていた。
「指揮官くん、面目躍如の大活躍だったね。あとどうやって汗かいてるの?」
「"いやいや、石燕先生が不審な入室許可のやり取りの痕跡を見つけてくれたお陰ですよ"」
「へえ。で、どうやって汗かいてるの?」
「"それよりドイルさん、何で何も言ってないのに時間稼ぎしてくれましたんですか?"」
話を無理矢理逸らされた先で、俺は言葉に詰まって笑った。流石にメタ読みですとは言えないが、それっぽい言い訳も思い付かない。
「困ってる女の子の助けになろうとしたら、成り行きで──かな?」
「"何ですかそれ"」
だからふざけ半分で格好付けてそう言うと、思ったより冷たい声が帰ってきた。どうやら指揮官くんの求めた返答を返せなかったようだ。
俺があからさまにしょげて見せると、石燕が俺を呼んだ。
「おい、隅でモソモソ話してるんじゃあないぞ! お前らも無礼講だ、食堂でレトルトカレーでも食うぞ!」
「ええ、レトルトカレー? オジサンハヤシ派なんだけど」
「うるさい黙って食え!」
アハハと笑われて、俺もアハハと苦笑いした。何だかやっちまったような気もするが、まあ、いいだろう。俺しーらない。
エージェント・ブック
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レイチェル またの名をレイチェル・ギルド
ギルドミートコーポレーションという、人工食用肉を開発したことで一躍名を上げた食用品企業。そんな超がつく大企業の社長令嬢である彼女はやや臆病なきらいがあるが、戦闘に躊躇せず武装した相手とも渡り合う戦闘能力は並の改造人間を上回るだろう。「彼女はまだ成長途中にあるのだろうよ」と言ったのは誰だったか。