珍しく濃ゆい味のするカレーをノロノロ口に運んで、俺は深々とため息を吐いた。
「飯を食う時にため息を吐くな! 辛気臭くなるだろうがッ」
「うるせーうるせー」
「お行儀が悪いですよ、ドイル。」
「だったらディストピア飯以外を出せってんだ」
「"ディストピア……飯……?"」
口の中に広がる濃ゆい虚無味。人工的・擬似的なカレーのスパイス感だけを真似た
これを普通の飯と思わされて一生"これ"しか食えない今後が確定していることに泣きそうになって、俺はモソモソカレーを口に運ぶ。
「え、えーと、えへ。美味しいねカレー。なんか流れでご相伴に預かっちゃったけど……あったかいのがいいよね」
「辛い」
「ドイルさんはどうして苦しんでるの?」
「一度水準を上げてしまった経験があるからこそ苦しくて堪らない」
「そうなんだぁ……」
四分の三くらい食った。未だに俺は謎の肉の缶詰とか乾パンと錠剤じゃないだけで贅沢な部類に入るなんてことが信じられなくて、八つ当たり的に再生ペットボトルの水を一気に飲み干した。
スプーンを起きたがる手を理性で止めて、葛藤で動けずにいた。
「……私、これからどうすればいいんでしょう」
「もぐんぐ……どうする、とは?」
アントワネットの疑問形に、レイチェルはオドオドと答えた。
「私、検査とかが終わったら、お家に返されちゃうんだよねぇ。……やだなぁ」
「"レイチェルさん……"」
「え、えへ、ご、ごめんねなんか湿っぽくさせて。みんなにも迷惑かけちゃったから、なんとかしなきゃなって思うんだけどぉ……あはは」
「なら」俺の横でカレーを食っていた石燕が急に喋った。さっきまでカチャカチャかっこんでいたはずだが、トレーのカレーは既に空っぽになっていた。
石燕は口を綺麗に拭うと、自身に目線を集めるその場の全員を見回してから言う。
「なら、ここで雇われればいいじゃないか」
「へ?」
「ここは飯も出るし宿もある。お前なら問題なく戦闘員として参加できるだろう」
何言ってんだこいつ。仮にもこのディストピアの3大企業の一角、ギルドミートコーポレーションの令嬢に戦わせていいわけないだろ。
石燕の心が分からずに内心首を捻ると、石燕はキョトンと俺達を見た。
「何だ?」
「いや何がじゃないだろうよ。」
「だから、何がだ? レイチェル嬢は
「"確かに……!"」
「指揮官くん?」
何やら納得したらしい指揮官の方を見ると、指揮官くんもカレーを食べ終わっていた。仮面を外したところは見ていないのだが、マジでどうやってその仮面をつけながらカレーを……?
「"レイチェルさんとご家族で折り合いがつけられれば、ここに就職するというのも選択としてアリかも"」
「なるほど、悪くありませんね。グッドアイデアです、お二人共」
「いや、これは難しいと思うけどねえ」
だよねーとレイチェルが俺の後に言う。
あの様子だと、向こうはレイチェルが家庭内に収まっていないといけない理由があると見た。だから無職が許されている。おそらくは何か、会社の秘密か何かに関わるような、重大な事。そんな人間を戦闘員として就職させるのはまあ──無理だろうな。
外出したのも"親御さん関係"でビンゴだろうし──ううん、関わるべきじゃない厄ネタの匂いがビンビンするぞう。
「解決してやりたい気持ちはオジサンもありますけどね? これ以上向こうに関わると今度はこっちが越権行為って言われちゃうよ」
「"でも"」
「ドイル、なんとか出来ませんか?」
「無茶振りしないでよ。まあ考えてみるけど──」
無理だろうと言おうとした途端、すぐ近くで威勢のいい爆発音が聞こえた。
「て、敵襲ぅ!?」
「う、嘘だろ、このタイミングで……このタイミングで帰ってくるのかあのバカッ──」
石燕が嘆いて、指揮官が小さく呻く。S・Y・Sの問題児その4…5?が帰還したのだ。この反応も当然である。何故なら──
「やあただいま!」
「──ベートーヴェン。あなた、また施設内で
コードネーム:ベートーヴェン。白黒の
本人の性格はまあ、ちょっとファンタスティックな頭のボマーなだけでジョークの言える健全な青年なのだが……健全と爆弾魔という言葉は両立しないのでやっぱり擁護できないかもしれない。
「あれ? 指揮官、そちらの人はどちら様?」
「"無職のレイチェルさん。ちょっと私達が人質になったのを助けて……"」
かくかくしかじか。レイチェルについての説明を、ベートーヴェンは勝手にレイチェルの隣に座って聞き終えると、ほうと息を吐いた。
「なるほど、随分複雑な問題だ。みんなが悩むのも分かる」
「す、すみません」
「謝る必要はないよレイチェル。これは君自身が起こした問題では無いのだからね」
──ベートーヴェンはマトモなのだ。常に爆弾を携帯してるだけで、サイコパスというわけでもない。爆発で全てが解決するとは思っていないし、攻撃と趣味の手段として火薬から作ったりしてるだけの好青年……なんだ、本当に……。
アントワネットがベートーヴェンにボトルに入った水を差し出すと、彼は明るく笑って礼を言い受け取った。
「それで、結局みんなの意見が混ざってしまってるから話が膠着していたと思っていいのかな?」
「そうだよ。ちなみにオジサンはレイチェル嬢の就職は反対派だね。それ以外が賛成派」
「そう。ドイルさん、あなたはお人好しだと思っていたけど?」
「やめてよ、オジサンも隠れてない地雷を踏む趣味はないんだ」
「あなたはそう考えるんだね──保守的だけど、それはみんなを守りたいからなんだろう」
あははと笑って流すと、ベートーヴェンは指揮官の方を見た。指揮官の指示を仰ごうというわけだ。
指揮官もそれを察して口を開く。
「"乗りかかった船だ。レイチェルさんが困っているなら助けてあげたい"」
「だそうだけれど」
「オジサンが不利すぎない? 全員敵じゃあ多数決にならないのに」
「"元々多数決なんてしてませんよ"」
そりゃそうだが、なんというかもっとこう……手心というか。
諦めてため息をつくと、レイチェルが申し訳なさそうに俺を見た。他のやつらはみんなもう既に決定した気でいる。あーあーそうかよ、結局みんなイイヤツかよ。
いくら指揮官が推定ソシャゲ主人公とはいえ、だいぶ無茶をすることになるだろうが、それも構わないって感じなんだろうなあ。
「しょうがねえなあ、食堂でカレー食ってた時に」
「"ありがとうドイルさん。流石頼りになる!"」
「全然ドイルのスプーン動いてないんですけど……いいんですかこれ……」
いいんだ、オジサンにはそれが許される。このカレーは明日冷蔵庫を開けた俺に託すから……。
エージェント・ブック
コードネーム:ベートーヴェン
古典派(クラシック)、或いはロマン派の天才作曲者ベートーヴェンの名をコードネームとして持つ美青年。とある激しい交戦の際敵の投げた爆弾を間近で見た時に爆破のロマンに目覚め、現在は趣味と仕事を両立させている。本人は火の粉の散る場所には決して近寄れないことを除けば人柄のいい健全な青年だが、指揮官となる人間は彼に接する際は気を付けるべきだ。彼は好き嫌いの激しい人間だからこそ、問題児として扱われるのだということを……