──などと、言いつつ。
俺はポンポンペインなのを思い出したのでモランに鎮痛剤を貰おうと椅子から立ち上がる。手にはカレーの乗ったトレーを持ち、当然の如く片手を開けているから風貌は執事かピザを持つイタリア人かって感じだ。
「"あ、ドイルさんどこか行くの?"」
「あ〜ちょっとドイルさんハヤシライス食ってくるわ」
「"カレー食べたのに……"」
まあハヤシライスは食べたいがそうじゃない。俺が適当に指揮官に返事を返すと、水を煽っていた石燕がドンと机にボトルを叩き付けた。改造人間の腕力なのでみんなのトレーが浮いたのを見ても、石燕は細かいことなんて気にしませんと言わんばかりの顔である。
「おい、トム坊やが帰ってきたら顔を出してやれよ。」
「へいへーい」
「お前本当にトーマスに嫌われるぞ?」
珍しく親切心を発揮したようだが、俺は別に
あれは向こうが悪くて、俺に一切の非は認められない。今回ばかりはあのパツキン坊やが悪い。
なのでとくに何も気にせずにヒラヒラとみんなの方へ手を振ってから、颯爽とモランの居るだろう自動検査室に向かった。あそこは保健室と診察室と手術室のキメラみたいなとこだから、多分今はレイチェルと面談……いや、カウンセリングの真っ最中だ。
邪魔しちゃ悪いが、鎮痛作用のあるものまでも薬剤として
少し待って引き戸が横にスライドされて、ようやく中の音が漏れる
「ウィーンガシャーン」
「それ口で言うの?」
「へっ? ど、どどどドイルさん! 何でここにぃ!」
「ただのドイルじゃねえぞってこと? ド級のドイル、ドドイルだ!」
「それは本当に何ぃ……?」
完全に俺がいると思わなかったのか、扉を開けた途端横にいるオッサンに
ネットミームが通じなかった悲しみから切り替えて、俺はできるだけチャラチャラして手を振る。カレーは俺が置いてきた。ハッキリ言ってあいつはこの先の戦いに着いていけない。
「あはは、やあ。早速で悪いけどオジサンジュース欲しいんだよね。喉乾いたし。甘い物も欲しいっていうか? モラン、在庫はあるかい?」
「……ハイ、アリマスヨ! "冷蔵庫"カラオ取リシマスネ。キンキンニ冷エテマスヨ」
「そいつは有難い。肉体労働者には冷えた飲み物って必須アイテムだからさ〜」
全部隠語である。これは事前にカッチョイイ感じで決められていた暗号とかではなく、レイチェルの前だからとテキトーに言った意図を有能ドクターが読み取ってくれたのだ。
ジュースは鎮痛剤入り飲料パウチ。喉乾いたは困っているので必要ですよーというアピールで、甘いもの……はとくに意味がない。今欲しいものだ。冷蔵庫はそれらを保管する棚だろう。
いやあロボット……AI?が発展するとここまで意図を読んでくれるだなんて、科学って凄いなあ。ここのサイエンスは若干SFが入っているが、それでも科学の凄さは変わらないものだ。
「ソウイエバ、ドイルクン、トーマスト喧嘩シタソウデスネ。喧嘩ハイケマセンヨ」
「へいへーい」
「トーマスガ言ッテイマシタ。コナンハローマ帝王ノ奴隷ダト」
機械のモニターは無表情に何も映さない。何も表さずに、空っぽのグレーのスクリーン上部のカメラが俺を見るばかりだ。レイチェルが何があったのか分からなさそうにモランと手を繋ぐ手を握り直すと、モランもそれに応えてパーツを動かし、機械的なモーター音が鳴る。
「
「何言ってんだか。ねえレイチェル嬢!」
「えっ、わた、私ですかぁ!?」
モランから手を離させて、俺はレイチェルと肩を組み顔を突き合わせる。
「全くどいつもこいつもオジサンに変なこと言っちゃってさあ? このドイルさんの何処がそんなカッチョイイ哲学的教養のある人間に見えるんですかねえ。オジサンはただの"
「え、えへ、これ笑ってもいいやつぅ……?」
「笑っていいともー!」
「じゃあ遠慮なく。ふ、ふへふふふ」
確かにドイルさんがダンス・マカーブルとか言ってるのイメージできないかも、なんて失礼な発言を流して、俺はこの場の空気を和ませることばかりを考えた。なにがマカブレのダンス。なにがメメントモリ。俺はただの戦闘員だ。日銭を稼ぎあぶく銭を溶かして慢性的に生きるのが望み。
なのに! なのになんか賢いやつ扱いされると困る。
「モラン、お前の言うそれ普通にエジソン坊やの妄想だから真に受けてたらお前死ぬよ」
「ソーナノ?」
「そうだよ」
あのエセ発明家、デロリアンも作れてないクセに完璧なタイムマシーンを完成させるとか言ってるが、それが信用委員会にバレたら100%不味いと理解した上で「タイムマシーンならまだ部品ばかりだけど結構進んでいるんだ、見る?」だとかほざきやがったのだ。
当然のように見るわけないだろ構造の知識なんか入れたくないわと断ったら、あいつはギザギザハート全開にして俺をクソデカ電子手錠付きさすまたで拘束しようとした。棒の部分へし折って逃げたところであいつは怒りが抑えきれなくなり、俺を殺してしまう前にと「しばらくコナンと離れさせろ」とわざわざ石燕に頭下げてかったるい旧フランスの──まあ何処かの調査任務に向かったと聞いた。
「あのう。エジソンって、トーマス・エジソンですか?」
「ソウデス。ヨク分カッタネ」
でんでん太鼓を振り回すモランから目線を離し、レイチェルは俺の方を見た。発言者がこの有様だから発言に信憑性がないのだろう。
「そう。コードネーム:エジソン。トム坊やはモランの点検とか、システムの対応とかやってるうちの
レイチェルは「ほー」と目を細めたが、たぶんあんたの想像しているような外見はしていないと思うぞ。
ストローを刺してチューっと鎮痛剤ジュースを吸い上げ、俺はレイチェル嬢の背中を軽く叩いた。丸い背中が震えて伸びて、どうしたのかとゴールドの目が不安げに俺を見る。
「そんなにビクビクしなくてもいいよ。オジサンは指揮官くんの意志を尊重するつもりだし、君が悪い子じゃないんなら、ちゃんと手伝ってあげるからさ」
「……ドイルさん」
「ここの奴らはどいつもこいつも問題児だろう? 新しくキレイな華が職場に咲くのなら、
ただ、レイチェルの存在が指揮官と俺の害になるのなら──まあ、その時はその時。
だから精々、いい子にしていろ。レイチェル・ギルド嬢。
「ひゃ、ひゃい!」
そんな俺の意志を理解したのかどうかは分からないが、レイチェルは赤べこのようにブンブン振った。うん、釘を刺すのはここまででよし。
あんまりかわい子ちゃんを虐めるのもあれだし、鞭の後には飴が必要だ。
「戻ろうぜ、レイチェル嬢。まだまだ若い連中で話したいことはあるだろ」
ポカンと丸い目をますます丸くして、レイチェルは小さく頷いた。
それが面白くって、なんだかツボに刺さって、俺は思わず上がる口角を誤魔化す為に、クソ不味いジュースを啜った。
サイバーシティ丸わかりブック〜共存領域のことを知る〜 より
企業──コーポレーション
企業とは、このサイバーシティで信用委員会より活動許可を許されている様々な街を支える会社達です。人工ミートのギルドミートコーポレーション、人工子宮のキャンドリーズラボ、市民を守る盾の造り手ヒッチハイカー社。特にこの三社は黎明期より街を支えた代表的な会社です。
皆さんもよく勉強して高スコアを収め、企業に就職しましょう!