バンクジョブ・トゥ・デイズ・ゴーン・バイ 作:nallowship
◆◆◆カラテの高まりを感じる◆◆◆
(これまでのあらすじ:緊急事態が発生した。D.U.・ミレニアム自治区間の電力・通信網が物理的に破壊され、プロキシから溢れたトラフィックがキヴォトス全域に大規模通信障害を引き起こしたのだ。惰弱な生徒ではSNSもインターネットもない生活は耐えられない。リオとヒマリが解決に向けて動く)
(狙われて被害が大きいインフラはミレニアム内だが、例外が1つあった。アビドス自治区のデータセンターだ。シャーレ経由で依頼を受けた対策委員会が先生、ノアと現地へ。一方、シロコ*テラーはある権利書を探して銀行の大金庫を襲うが、突如依頼人に攻撃されてしまう。謎のニンジャが彼女を狙う!)
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
青、白、灰。音のない三色の世界。
岩礁めいて転々と散らばる廃墟の欠片が、砂の波にあらわれ、波間に消えていく。すべてを押し流し、時間の概念すら無意味なものとしていく、宇宙あるいはゼンの境地めいて無限にも等しい「無」の地平――
白い砂紋を、一本の影が切り裂いてゆく。
太陽はすでに中天を過ぎ、深く砂を蹴立てていく轍に、影を流し込んでいく。……風に撫でられ、埋まり消えてゆくそのわずかな間だけ。
矢じりとなって進むのは1台のオフロード車だ。アビドス高校の校章がドアに記されている。ハンドルを握るアヤネの、赤いセルフレーム眼鏡越しの視線は、渺茫と広がる砂漠の地平線から時折外れて、片耳のイヤホンへと砂嵐予報を伝える車載ラジオと、自らの直上を行き来する。
「スゥーッ!ハァーッ!」
彼女の真上には、ニンジャがいた。漆黒の装束と鋼鉄メンポ。アグラ・メディテーション姿勢で目を閉じ、極度の集中状態にあるが、波濤めいた砂丘を超える時でも、卓越したニンジャ平衡感覚によって体幹が揺らぐことはない。
シャーレ用務員フジキド・ケンジ。――ニンジャとしての名はサツバツナイト。
「スゥーッ!ハァーッ!」
(フーリンカザン、チャド―……そしてフーリンカザン)
チャド―呼吸によって研ぎ澄まされ、ヘイキンテキを保ったサツバツナイトの感覚は、アビドスの大地に満ちるエテルと静かに溶け合い、深くコネクトしてゆく。ネオサイタマや岡山県の幽谷とは異なる……どこか寒風めいた異質なアトモスフィアは、その中にかすかに残る見知った異物――ニンジャソウルの痕跡を、墨汁めいて朧げに浮かび上がらせている。
(他にニンジャがおらぬと見て不用心にジツを使ったようだな……逃しはせぬぞ)
手に握った、釣り竿めいて先端に糸の結ばれた棒を、かるく左に振る。もう一方の糸の端はワイパーの根元に結ばれ、アヤネがその動きにあわせてハンドルを切った。より深く、より遠く、遥かなるアビドス砂漠の果てへと向かって――
【バンクジョブ・トゥ・デイズ・ゴーン・バイ】#3
アビドス砂漠を進むこと既に半日。道中最後のガソリンスタンドで買ったミネラルウォーターは、日差しのため既にぬるま湯になっていた。
――フジキドは当初、1人でこの探索に挑むつもりであったという。それを聞いた先生も平然としていて、アヤネたちはニンジャの秘めた力に慄然としたものだ。だが同時に、ホシノの前でそれを見逃すものもいなかった。結局、探索であれば一番適当だろうということでアヤネが志願し、車を出した。……本来ならヘリを出すつもりだったが、朝になって先生に止められた。早朝、僅かにシャーレと通信できた時間帯があったようだが、何かあったのだろうか。
「その砂丘の向こうだ」
ルーフの上から声が聞こえた。
アヤネはアクセルを踏み込みながら、助手席に広げた地図を見る。GPSからの位置情報を書き込んだ軌跡は、曲がりくねりながらもサツバツナイトの指す一点へと収束していた。
ベルリンの壁めいた砂丘をひと息に登り、車を止める。アヤネはペットボトルの水を喉に流し込む。――ラベルには「枯山水」の文字。目の前にはゼン・ガーデンめいた白砂の小宇宙がある。
「イヤーッ!」
空中で3回転して着地したサツバツナイトの背を、アヤネは追う。このニンジャの赤い目には、確かに「何か」が見えているようだ。
「アヤネ=サン、ここには何が?」
「え、と……何がと言われても、見ての通りただの砂漠で、特に何も」
「そうか。では下がっているがよい」
アヤネは彼の視線を追った。……地面の下、砂の中。視線が幾度かブレている。複数箇所……3箇所?
次の瞬間、サツバツナイトの身体が低く沈んだ。装束越しの背に縄めいた筋肉が浮かび上がり、掲げた右手に極限まで練り上げられたカラテが注ぎ込まれる!
「イヤーッ!」
チョップが一閃! タイタニック号を沈めた氷山もかくやと言うべき砂の塊が、間欠泉めいて空高く爆ぜとんだ!
「イヤーッ!」
間髪を入れぬシャウト! ドウグ社製の強靭なフックロープが砂の壁を裂き、ニンジャ動体視力が捕らえた3本の「何か」をまとめて空中で絡めとった。ゴウランガ!
「アヤネ=サン、これは確か……」
巻き取ったのは銃器だ。細いものが2挺、ひと抱えもあるものが1銃。金属と樹脂の複雑な機構、白を基調とした装飾は砂に汚れ、褪せている。――アヤネは何かを察し、そして訝しんだ。
「あと一つ、近くにありませんか?」
サツバツナイトは注意深く視線をめぐらせ、ややあってかぶりを振った。
「……いや、ない」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
『重点!重点!』『侵入者を許さないです』
電子音声ががけたたましく地下通路に響く。大金庫脇のZAP銃から甲高い充填音――想定より早い。再起動に時差があったのか? いや、理由を考えるのは後だ。
通路に踏み出すと同時に、監視カメラとZAP銃が照準を向けた。他の警備装置はまだ起動していないようだ。
(2回は撃たれる、なら――)
シロコは足を止めない。矢玉飛び交う戦場の橋を中央突破したソウジュン・ニンジャの故事めいて、最短距離を一直線に駆ける。その胸に、背に4つの照準が集まり――
ZAP!ZAP!ZAP!ZAP!
4つの銃口が同時に雷を吐く。外部電源供給を受けるZAP銃の威力は、同口径の銃より遥かに高く、生徒と言えども直撃すれば重傷は避けられない。――だが銃弾はシロコの前後、濃い黒煙めいた穴に吞み込まれ、互いに逆の穴から跳びだして床を跳ねた。シロコの異能、離れた空間をつなぐポータルだ!
「――ん!?」
だがポータルは苦悶するように揺らめき、すぐに霧消した。刺すような頭痛に呻くシロコ。あからさまに不調、だが足は止めず全速力を維持してスライディング! 前方のZAP銃の照準が、急な縦軸移動に追いつけず外れる。ZAP!ZAP! 後方からの銃撃をポータルで防ぎ、店舗地下へと駆け込んだ。そのまま小金庫への階段を駆け上がろうとして……数段上ったところで、シロコは膝をついた。
(頭が重い……それに耳鳴りが)
ニューロンへの負荷だ。視界が歪み、段差の直線がねじれ曲がる。折り返しのある階段の出口は、彼女からは見えない。このまま地下に沈んでいくような錯覚――だがシロコはそれに抗う。自由になる左手で手すりを抱え込み、2人分の体重を支え、おぼつかない足取りを進める。一段、一段ずつ……
一つ目の踊り場へ。スカートの裾が床を擦る。
二つ目の踊り場――出口の非常灯が微かに見えた。ポータルによる負荷が徐々に和らぐ。
「あと半分…………?」
ふと、シロコは自分の姿を見た。
手すりを掴み、重い身体を引き上げている。――そう思っていたが、違った。逆だ。左腕は下に、少女を担ぐ右腕が上にあった。
(……?)
体重を手すりに半ば預けて多少は楽だが、奇妙な姿勢だ。シロコ自身にも理由は分からない。左手を手すりから離し……無意識に階段の上へと伸ばした。まるでそこに、手を引いてくれる誰かがいるかのように。
伸ばした手が空を切る。誰もいるはずがない。
「……先生」
そうだ、いたはずがない。先生は……あのとき病院にいた。それでも手を引いて欲しかった。その手の先にまだ機会があると、みんなとの日常があると信じたかった。――既にホシノがいなかったとしても。だが……
眩暈も頭痛も消えたはずだ。だが消えない。記憶が幻肢痛として再生を繰り返す。中心にあるはずの欠落した「何か」を探しているように
――シロコは唇をかみ、痛みとともに躊躇を呑み込んで階段を駆け上がった。
(さっきの声! あれを探して聞き出す!)
小金庫の格子を抜け、金庫内側の開閉レバーに手をかける。ロックがはずれ、開いた隙間に体をねじ込むように店内へ――
「――あ」
シロコの口から呆けた声が出た。スクリーンセーバーの暗い光の中に、手のひらほどの白い何かが浮かび……放物線を描いて手元に落ちてくる。「それ」が何か気付いたシロコには、受け止める以外の選択はなく――
「――ンッ!」
そこに込められた何らかの悪意を察し、とっさに手を引く。左手中指の先をかすめた「それ」は、空ろな音を闇に響かせて床に落ちた。白と、黒と、赤の差し色と、空っぽのランヤードリングと……
(……ああ、そうか。思い出した……)
これを投げて寄こした者の存在も、痺れた指先も、シロコの意識の外にあった。無限に引き延ばされる時間間隔、ソーマト・リコール現象の中で断片的な記憶が一つひとつ組み上がる。最後に、見下ろす先の「それ」が、欠落していた部分にはまった。カチリ、という音――幻聴めいた謎の音、錠前のダイヤルがかみ合い外れる音、
(聞き覚えがあると思った、この音だったんだ……)
――そして、ハンドガンの撃鉄を起こす音
(「コモンセンス」……私が使っていた――アヤネが使っていた銃)
音も、光も、本能すらも置き去りにして、シロコの精神はローカルコトダマ空間へ、遥か過ぎ去りし日々へと飛翔していく。
この銀行を襲って、そして何の成果もなく向かったのは――
(――そうだ。ここを「前回」襲ったのは)
(――アヤネが、死んだときだ)
『ん、大丈夫。いい依頼が入ったから。みんなのおかげ。明日にはまた来るから』
触れてもよさそうな素肌を探し、指先で撫でる。声は聞こえているだろうか……この嘘が。金策の当てなどないのに。
『ノノミもセリカも仕事。いつお見舞いにこれるか分からないけど』
嘘だ。セリカは恐らく、もう……。ノノミも仕事に行った訳じゃない。
『ちゃんと稼げてるから。借金は返せるよ。入院費も余裕。知ってる? ミレニアムではサイバネが流行ってるって。先生からセミナーに頼んでもらって、可愛いの買おうか。だから……何も心配しないでゆっくり休んでて』
金が必要だった。
アヤネに見せるための、たとえひと時でも希望をつなぐための大金が――
成果はなかった。
遠く地平線が白む。行かなければ……急がねば……そう分かっているが足が動かない。帰りたくない、病院が怖い、あの閉塞した空間を嘘で満たすのが怖い。次はどんな嘘をつこうか……それとも本当のことを言おうか。アヤネは私よりずっと賢いから、そのうちきっと気付いてしまう――
駅までの道のり。乗った時刻と車両、座った座席。ペダルをこいだ回数。駐輪場の番号。面会手続きに書いた内容……何かに気付いた受付の人が、声をかけようとしたらしい足音。全て鮮明に思い出せる。階段を上って、人のいない廊下を歩いて、病室の前の椅子でノノミが泣いていて、小さな荷物棚の上には眼鏡と髪飾り、銃だけがあって――
――病室にはもう、ひとりもいなかった。
「――ンアーッ!」
頭蓋を内側から殴られたような痛みと、右腕を灼けた刃で内から引き裂くような痛みで、シロコの意識は強制的に引き戻された。左手でデスクの角を掴もうとしたが力が入らず、膝が固い床を打つ。
(やっぱり何かの攻撃……精神への……)
シロコは鼻血と血涙をぬぐい、歯をむき出して目線を上げる。
「ハハッ!ずいぶんとナイーブな『死を導く神』だなァ! 所詮はただの小娘かァ?」
投げ落とされる嘲笑。カウンターの先、記帳台の上に何者かかがみ込んでいた。脇には拘束したはずの警備員2人が、銃をシロコに向けたまま立体マッポ看板めいてピクリとも動かない。
「あなたが……黒幕……?」
「おう、その通りだ。ドーモ、レクデップです」
その男――錆色に銀の縁取りのメンポと装束をまとったニンジャが、右人差し指をこめかみにあてたままアイサツした。
「オトモダチの遺品だろ、薄情なヤツだなァ! アイサツできるか? できねえか? まあニンジャじゃねえから勘弁してやるよ。こっちもアンブッシュにしちゃあ迂遠過ぎるしな」
「ニンジャ……?」
シロコの記憶にはない。いや、単語は知っているが、目の前の敵――敵で間違いないこの大人を指す言葉ではない。そうだ、敵だ! 先程からの異変、その元凶だ!
「私に何をしたの? いやまずこの子に――」
「トリニティ1年、前衛服飾部の灰庭チカ。カチグミから中流まで幅広く御用達な仕立屋のお嬢さまだってなぁ。嘘はついてないぜ? ホントに権利書があるかは知らねえがな。ミレニアムにいたのを見つけて、ちょいとニューロンに細工してやっただけさ」
「細工……」
「金庫での最後の二手、後はちょうどお前と出会えるように誘導したくらいか。もちろん、お前もな」
(私も……?)
シロコの記憶は逆回しに加速する。操られていた? 自覚はない。この街に来たことも、銀行を襲ったことも。きっかけだった昔の夢には、今でもよくうなされる。精神干渉がないとは言えないが、あるという確証もない。まだ何か……いや、1つ、明らかに不自然なことがあった。
(本名を使った――賞金首を捕まえた時に!)
本名ではこの世界のシロコと競合してしまうから、自分は名前を使わず、人目を忍んで暮らしているのだ。既に習慣化している自覚はある。それを無意識に⁉ 彼女と会わせるために!
――今から思えばあからさまに不自然だ。この銀行を襲ったことは今、目の前の出来事のように覚えていて、その理由も結果も――よりにもよって「その」結末を覚えていない? そんなはずがあるものか!
シロコは確信した。己が知らぬ間にこのニンジャの干渉を受けていたことを。それは即ち――
「最初から私が狙いだった!?」
「正解。半分はな」
レクデップはドヒョウ・リングのセキトリめいて、大仰に両腕を広げる。
「オレは臆病者でなァ、勝算もなく更なるニンジャの、偉大なるキンカク・テンプルの高みへミナゲなんてのはゴメンな訳よ。だからお前の過去をいただく。いいサンプルだぜ? 色彩、反転、恐怖(テラー)、――いや、それ抜きでも面白かったぜ、お前はよォ。イヤーッ!」
シャウトと共に、モニターが一斉に息を吹き替えした。デスク、サイネージ、ホロモニタ、窓の内側……それら全てが、ネンブツ・ビッグコーラスめいたBEEP音を発しながら赤く染まってゆく――
「ハーッハッハッハッ! マッポーカリプス、ナウ・ショウイング!」
シロコはなす術もなく立ち尽くした。哄笑と映写されるジゴク――彼女自身が招いたアビ・インフェルノの光景に囲まれて。
おびただしい「死」が黙示録のイナゴめいてキヴォトスを侵食し、食い荒らしている。人の営みが、全てが、あれほど忌み嫌った砂嵐に呑み込まれるように押しつぶされてゆく。
(私だ……)
そうだ。何度も夢に見た。
(私が、やったんだ……)
紛れもなく、シロコが招いた終末だ。
廃墟で、あの人に向けて引いた引鉄……その果ての「死」。忘れられるはずもない。これがシロコの罪――背負わねばならないカルマ。
「――貰ってやろうか?」
眼前にレクデップがいた。
「俺のニューロハック・ジツは記憶を操作することに特化しててなァ……弄るのも消すのも意のままだ。俺が欲しいのはお前の過去、記憶だ。お前自身じゃない。なかったことにしてやるぜ? 全部忘れてお仲間とやり直せよ。ビジネス!」
かざした手に、指の隙間から見える両眼に、シロコの意識が吸い寄せられていく。楽園の蛇めいた甘美な誘惑……乾いた唇が、あえぐように開いた。
「……あげる」
レクデップの目が笑った。我が意を得たり、とばかりに――
「『死の神(アヌビス)』が、あなたに、死を」
CRAASH! シロコの脚が跳ね上がった。蹴り上げられた机が、砕けた液晶モニタの破片が飛ぶ! ――だがその時には既に、レクデップは連続バク転で窓際まで跳び離れていた。モニターに映るのは瓦礫をまき散らして崩落するアビドス高校の校舎……カウンターの伝票が舞い散り、4DX映画めいて映像と重なる。――その向こうをシロコは、少女を背負って裏口へと駆ける!
「ハハーッ!やっぱりそう来たか!」
軽薄、酷薄、嘲笑うレクデップの声に驚きはない。彼にとってのシロコは所詮、ブッダの掌で生かされるマジックモンキーに過ぎないのだ!
「そうだ、そいつは落とすなよ! 平坦なのは趣味じゃねえが暇つぶしにはなるからなァ! 後で消してくれってドゲザするデータと記憶が増えるだけだぜ? ――さぁて!」
SNAP! 指を鳴らす。――2人の警備員がビクリと震え、意識が戻る。
SNAP! 指を鳴らす。――UNIXが周辺の通信回線をジャックし、データ転送を始める。
「イヤーッ!」
CRAAASH!! レクデップの裏拳が窓ガラスを砕いた。カラテ衝撃が伝播し、シロコの記憶から引き出したジゴクの映像がフスマめいて消える。割れた窓の先、不自然に静まり返った街の夜空に向けて、ニンジャは大音声を上げた。
「――銀行強盗だァ!」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
BEEP!BEEP!
「うえっ!? 何!」
「エリアメールですか?」
市役所の寮、二段ベッドが据え付けられたタタミ12枚分の部屋。先生と生徒、6人分の携帯端末が一斉に緊急アラームを鳴らした。備え付けのテレビ画面がカートゥーンから音声のみのAI生成ニュースに切り替わる。
『中央通り1番地、ミレニアム第一銀行に銀行強盗ドスエ。市民の皆さまは比較的安全な室内で自己責任により自衛を重点』
電子マイコ音声が単調なニュースを繰り返す。そわそわするシロコの袖をホシノが引く。……その向かいでノアが小首を傾げる。数秒置いて画面が切り替わった。
『犯人情報ドスエ。賞金稼ぎの皆さまは自己責任で捕獲重点ドスエ』
解像度とフレームレートの高いAI生成マイコキャスターが、豊満な胸元でニュースの価値をアッピールする。画面には赤字で『時価』『活気だけ』のテロップが流れ――
「「「「「……あ」」」」」
シロコ以外の5人が、シロコを見た。
――強盗犯として表示されたのは紛れもない、シロコの生徒情報だった。
「ん、まだやってない」
「見れば分かるわよ!」
「これって大きい方のシロコちゃんですよね?」
「……いや、合成して2人の中間を取ってるね」
先生が画面に顔を近づける。明らかな加工の痕跡は見当たらないが、面差しやヘイローの色が違う。――後者の区別がつかないホシノが目を眇めながら呟いた。
「……これ、かなりまずいね」
「何が?」
ホシノはシロコの胸元、学生証を画面と照合しながら続ける。
「最初から誰かに仕組まれてた、ってこと。手配書、例のハッキングされたデータが元だよね? もう一人のシロコちゃんがこの町にいて、事情は分からないけど指名手配されて、どっちのシロコちゃんにも見えるように加工した手配書が用意されてた……偶然やアドリブじゃないよ? 私たちも巻き込むつもり。先生どうする?」
「罠かもね。でも放ってはおけない。まずはシロコを探そう」
先生の言葉を待つまでもない。4人は手早く各々の装備を身に着ける。……一方、ノアがタブレットを手に訝しんだ。
「先生、通信障害の影響を抑えるために、今は警備システムがブロック毎に独立して動くはずですが……ここ、銀行とは別ブロックです。他のブロックも連動していますね」
「ハッキング?」
「……ニンジャかもしれません」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
暗闇の中……元の集合場所の空き倉庫。シロコは息を殺して、ニンジャが灰庭チカと呼んだ少女を肩から下ろした。
携帯端末には自分の――「砂狼シロコ」の手配写真が表示されている。ニンジャの仕業だ。入念な仕込みか、それとも超常のジツか……一帯のセキュリティがハッキングされ、ハード面の操作と上位権限なしでは復旧できないはずの、市全体が一個の生物であるかのような、極めて合理的に構築された包囲網が動き出している。
「……ん、ごめんなさい」
シロコは呟く。口に出すつもりはなかったが、自然と声になった。
これは先生に貰った端末だ。あの路地裏での厚意を汚し、無下にしてしまった……。そんなことを言ったら先生は一笑に付すだろう。だが、自分は、そう思う。
(今さらかな……私は悪い生徒、結局いつも誰かを傷付ける……)
胸の奥が締め付けられる。
チカは目を覚まさない。息はあるが、未だ催眠のような状態にあるのか、ニューロンに不可逆的損傷を負ったのか、シロコには診断も治療もできない。
彼女は一種の人質だ。……恐らくはポータルを使わせないための。
普段でも他人をポータル空間に入れたことはない。何が起きるか分からないからだ。加えて今の不調――あのニンジャの仕業の。最近はポータル空間から薄紙1枚ほどを隔てたどこかに、極めて危険な「何か」の気配も感じる。だから金庫に入るときも使えなかった。
手放せばあのニンジャにはもはや無価値、命の保証はない。連れていくしかない。
――そう判断すると踏んでいるのだろう。
(舐めるな)
(きっと後悔させて見せる)
怒りが腹の底で熱を持つ。
ややあってシロコは覆面を脱いだ。ぬるりとした感触。穴の縁や内側についた血が、額や頬を舐める。頭を振って乱れ髪を背に流し、少し逡巡して……服の袖で血濡れをこすってからチカに被せた。
あの手配書では、こちらのシロコも狙われる、なら私は素顔をさらして追手をいくらかでも引き受ける。今さらの覆面が、チカに意味があるかは分からないが……
(ん、少し我慢して。先生やみんななら助けてくれるから)
目鼻の位置を調整しようとしたシロコの手が、ふと止まった。シャッターの隙間から複数の、センサーの赤い光とモーターの駆動音が洩れている。
猶予は終わった。チカを担ぎ上げる。
BRATATATATA!
ドローンの銃撃! 狩りの時間だ。獲物は「私」――そう思い、シロコは再び闇へと駆けた。
(♯4へ続く)
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