バンクジョブ・トゥ・デイズ・ゴーン・バイ   作:nallowship

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バンクジョブ・トゥ・デイズ・ゴーン・バイ #4

◆◆◆カラテの高まりを感じる◆◆◆

 

 

ミレニアム自治区、夕暮れ時。

『1階エントランスドスエ』

そびえ立つビルの規模には不釣り合いの小さなロビーに、エレベーターが止まった。強度と軽量さを両立した最新カーボンショウジ戸が開き、タタミ3枚分の空間に2人分の人影が見えた。

「こんなに早く終わるなんて、さすがチヒロ=サンの推薦だ。ついでにセキュリティとエラー履歴のチェックもしてもらって悪いねえ」

「はい!お役に立ててうれしいです。今後ともヴェリタスをごヒイキください」

「ハハハ、そうするよ。あ、でも君はアルバイトだから今回だけか」

「他のみなさんも優秀ですよ」

自治区内でも有数の大手通信企業本社、保守管理部門長に見送られて、明るい髪の生徒が正面玄関を出た。少し着崩したミレニアムサイエンススクールの制服、首から下げた学生証にはミンチョ体で「一時的」と赤い印字。――向かいのビルから同じ服装の、分厚いメガネの生徒が出てきた。

「お疲れさまでした! カバン持ちます」

「あ、はい……元気ですね」

「鍛えてますから!」

メガネの生徒は、UNIXやフロッピーディスク、高速データ転送用LANケーブルが整然と詰め込まれたテクノ緩衝材入りバッグを預けて、厭世的な溜め息をついた。インドア派には辛い荷重と対人経験だった。

彼女らだけではない。この区画にはヴェリタスに――いや、ヒマリにアルバイトとして雇われた電脳系ミレニアム生徒が数十人、通信インフラに関わる企業・施設をライス・キルローラーめいて回っている。

他の区域には、いない。ここが最後だ。アルバイト生徒たちは理由も知らず、上の指示に従っている。――1人を除いて。

小さな公園に、他の生徒たちが集まっている。2人はそれに合流しようとして、ふと空を見上げる。夕焼けの中に、ふいに影がさした気がしたのだ。……だが空には薄雲がわずかにたなびいているだけだった。

 

「戻ったよ、部長」

疲労を隠しきれない声が、西陽をともなってヴェリタスの部室に入ってきた。一歩遅れて足音が、また一歩遅れて1人の生徒が入室する。

「やあ、お帰り」

「お帰りなさい副部長」

「チーちゃん、お疲れさまでした。何もなくてよかったです」

ドアに寄りかかる副部長・各務チヒロを、ヒマリ、部員の音瀬コタマ、そしてエンジニア部部長・白石ウタハが出迎えた。

壁の一面を埋める複数のモニターは、一体となってマンダラ・マトリクスめいた図を描いている。その意図を察して、チヒロもまた深く嘆息した。

「コーヒーでいいかい? トキが淹れたから安全だよ」

「普段は何か入ってるの? ……いい、少し寝る」

「私に何か言いたそうでしたけど」

机に突っ伏すチヒロ。ホロキーボードをタイプする手を止めないままヒマリが問うが、

「ウタハ、代わりに聞いておいて……あなたも同じこと聞きにきたんでしょ……あと、報告は彼女から……」

声はそこで途切れ、細い寝息が続いた。ウタハは保温マグカップの熱いコーヒーをひと口すする。

「……だ、そうだよ。教えてくれないかな? 『全知』直々にミレニアム――いや、キヴォトス全域にハッキングを仕掛けている訳を」

ウタハもモニターを見上げた。一見無意味な数字と記号の殴り書き、線と点の集合体だが、分かる者には分かる。キヴォトス全体の物理ネットワークを図示したものだ。恒星めいた光点は主要なプロバイダやサーバー、プロキシ……ミレニアムを中心に一帯がヒマリに掌握されているのは明らかだ。

視線は地図の中心、赤い点線へと向く。

「依頼されたケーブルの再敷設、昼過ぎには終わらせたはずだよ。なぜ再接続させないんだ? クロノスに誤報まで流させて。意図的に通信障害を長引かせているようだ。……『リオ会長に似てきた』って言わなきゃダメかい?」

責める口振りではない。心安い相手への軽口だ。ただ最後の台詞はヒマリの気に障ったらしく、タイプが止まる。

「分かりました! 言っておきますが今朝まで必要な情報が出揃わなくて言うタイミングがなかっただけですからね? 実際コタマには教えましたし。このミレニアムが誇る超天才病弱清楚系美少女ヤバイ級ハッカーを言うに事欠いてリオと同列視だなんてスゴイ・シツレイですよ?」

「楽しそうだね」

自身も楽しそうにコーヒーをすするウタハ。言われてきまりが悪くなったヒマリは、咳払いして仕切り直す。

「秘密にはしません……3年生には。後輩には秘密でお願いします」

「3年生限定?」

「かわいい後輩には、もっとスクールライフを楽しんでほしいですから」

「私もまだまだ楽しみたいな」

ウタハはマグカップを、コタマもイヤホンを置く。眠りの浅かったらしいチヒロも薄目で少し顔を上げた。もう一度咳払いして、ヒマリは告白する。

「ニンジャを殺します。私たちで」

「ニンジャ?」

「ええ、逮捕はどうにも無理そうなので」

 

――その時、部室のドアが開き、2人の生徒がエントリーした。

 

 

【バンクジョブ・トゥ・デイズ・ゴーン・バイ】#4

 

 

数分後。ヴェリタス部室からはウタハが消え、そして……

「……気にしていません」

「トキ、後で私から言っておきますから」

「いえ、気にしていません。私はここで薄情な皆さまをカフェイン漬けの不眠症にするのが得意なので」

いつもの表情で珍しいむくれ顔をしたトキが、飲み残しのマグカップとコーヒーサーバーを片付けて退出する。そんな彼女にヒマリは言伝ての依頼を、チヒロとコタマは気まずい視線を投げ掛けて見送る。

「……副部長、起きてて大丈夫ですか?」

「……今ので覚めたよ。で、変なところで話途切れちゃったけど……部長、ちょっと露悪的過ぎない?」

「そうかもしれませんね」

それぞれに冷めかけたコーヒーを口にする。元は同じ部活、ここで共に過ごした部員だ、部屋のアトモスフィアが自然とほぐれた。

「殺すと言っても実際、私たちでニンジャをどうにかできる訳ではありません。元の計画でもシャーレに依頼するはずでしたが……」

ヒマリの手元のホロモニターに、リオからのレポートが開く。横180度回転、表面をチヒロとコタマに向ける。

「ニンジャのおおよその情報が入ったこと、新たな要素が今朝加わったことで、私が構築していた罠は逮捕用から抹殺用になりました。確かに計画では直接手に掛けたりしません。ですが……」

「先生は?」

「いつも通り『責任は大人の私が負うから』と。ただ、向こうの立場もあるので全てを伝えたわけではありませんし……なにより、何も考えずそれに甘えてはいけないとも思っています」

レポートは後半へ――整然とした情報の羅列が、急にAI生成文章めいた乱文に変わった。合理的判断という題目の迷いと憂いが、文末まで縷々とつづられている。

「面白いでしょう? 連絡を焦っていたとはいえ、決断と責任を他人に負わせるとなるとこうですよ、あのリオが。合理損得では世の中割り切れない……感情も同じです。責任『感』まで人任せにはできません。それにいずれは、責任も。私たちは今、大人でないだけで、今のまま未来に進まない訳ではないんですから」

 

――ピポッ! 着信したメッセージがレポートに重なる。

『どうでもいい』

『お前たちは舞台装置、これはおれのイクサだ』

 

「……まあ、そんな感傷お構いなしですよ、全くこのニンジャというのは」

ヒマリは苦笑して頬杖をつき、ミルク多めのコーヒーを口に運んだ。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

BRATATATATATATA!

目には映らない電子の嵐の中で、赤と金の驟雨が荒れ狂い、闇色の焼け金がアスファルトを、コンクリートを削り取る。赤い光点――円盤状の警備ドローンのカメラアイは、0と1、緑格子の集合体に変換された街の上で、ビルの屋上を駆ける2人分の容積を補足し続ける。

「重点!」

「重点!」

「ヌンヌンヌンヌン……」

――画像補正。対象の顔認証を開始……94%の精度で共有された手配犯との一致を確認。相違点分析……時間経過による変化と判定。

「ミレニアム式犯罪者制圧プログラムver.30.02.06による実力行使に移行。これは同自治区法令に則っており異議申立ては受け付けない――」

警告を発するドローンのカメラアイと、なびく前髪の下の左目が、互いを見据えた。銃火はない。追う指揮機はマズルフラッシュで対象を見失わないために。追われるシロコには自由になる銃がない。

「重点!」

BRATATATATA! BRATATATATA!

銃火が集中――同時にシロコは前傾を深くして加速! 踏み込みで割れたタイルを一瞬後、銃弾が砕いていく。

そのまま加速――瞬く間に断崖が近付くが速度はそのままに、まっすぐ跳躍! 逃げ道を防ごうとしたドローンを蹴り、向かいのビルへと跳んだ。風が肌を叩く感覚が、浮遊感へと置換されてゆく。ドローンが墜落した先、遥か下で、AMASとオートマタの警光灯が流れている。

――当初の計画通りなら、道をあと1本超えて隣のブロックに逃げ込めば振り切れたはずだ。警備システムの連携がなければ。

(上位権限があっても、それだけじゃできないはず、まさか、――ん!)

考える余裕はなかった。想定より飛距離が短い……人を抱えている分の誤差、右腕が動かない分の誤差を、倒れ込む勢いで強引に補う。無理な姿勢でのウケミ、打ち付けた肩と脇腹、背骨が痛み――どこで傷付いたのか血が滴る右前腕だけが痛みを感じない。

BRATATATATA! BRATATATATA!

引き離したドローンの機銃が足元に届く。射程外で威力の落ちた弾は身体で受け、再び駆け出し――

BRATATATATA――CRACK!

「んッ⁉」

姿勢を崩すシロコ。弾丸の1発が偶然、右のヒールを折った。固いコンクリートに顔面を打ち付け――だが止まらない! ウケミの代わりに手を伸ばし、靴を脱ぎ捨てて起き上がり、走り続ける。

――遠くで別の銃声。

止まらない。まだ止まれない。

屋上の縁を蹴って1メートル低い隣のビルへ、斜めの壁面を走って加速を付ける。

BRATATATATATA!

「アイエエエエエ!」「銀行強盗ナンデ!」

追いすがるドローンの銃撃! 銃弾と割れた窓ガラスが夜勤オフィスを跳ねまわる。悲鳴を上げる脱法残業サラリマン! ――悲鳴を気にも留めずシロコは路地を超えて跳躍、室外機の上に着地、古事記に記されしクロコダイルの背を渡るキツネめいて疾走する。

(……まずい、ちょっと早い)

ビルの輪郭を浮かび上がらせる赤い光……自分を追うのとは違う地上戦力の動き。中心から聞こえる数種のまばらな発砲音。対策委員会のみんなだ、聞き間違うはずもない。先生も一緒にいるはずだ。

彼我の位置、そこまでの地形、警備システムの動きから合流点を計算する。

(……たぶん、みんなの目的地はあっち)

踏み込む。ひしゃげる最後の室外機。飛び移った先の屋上、ドローンの捕捉が切れた一瞬でブルーシートを拾い、胸に抱える。

あのニンジャの気配はない。

(敵がこっちをナメているうちに、この子を先生に預けて仕切り直す。ちょっと無理しないと……)

(ポータルを封じられた――封じる必要があった。ならポータルは何か効果がある。使えるようにして、できれば一度捕捉――あいつが言ってた『マーキング』を外す。少なくとも何らかの不都合はあるはず)

ドローンが接近、さらに地上のAMASが射角を上げる。ビルの角がすぐ先に迫る。

シロコは躊躇いなく縁を蹴って、夜空に身を躍らせた。上昇――落下――伸ばした素足がビルをつなぐ電線を捉える。大きくたわむケーブルの上を走る! 

(あとは――銃を!)

 

 

「ムーヴ!ムーヴ!」

「シロコちゃん、先行しすぎです!」

「そっちが急いで!」

幹線道路を一直線に駆ける対策委員会たち。後方には破壊したAMASやオートマタが転がる。散発的な妨害……これがいつまで続くか分からない。気配はすでに街中に満ちている。

シロコが先頭、ホシノとノノミが並んで続き、セリカが最後尾から支援と後方警戒を担当。先生と並走するノアだけが銃を抜いていない。「戦うな」――それが彼女への先生の指示だ。ミレニアム最上位の権限を持つ彼女はこの街におけるワイルドカードだ。警備システムに敵と判断され、みすみす無効化させる手はない。

一団が向かうのは市役所……この街の最重要拠点の1つ。

ノアの権限をもって警備システムにアクセスし、その動きを止める。それにこちらは銀行の、’シロコ’のいる方角だ。

『先生、やっぱりダメです。警備システムに接続できません』

「セキュリティが思ったより固いか?」

『否定。アクセス自体を受け付けません。警備システム中枢から各端末への一方的な制御命令以外を無条件で拒絶します』

『メイン端末への直結じゃないと無理みたいです』

インカムから少女の困惑する声。手の中のタブレット端末が熱を帯びていく。

シッテムの箱の――OSであるアロナとプラナのタイプ速度は実際ヤバイ級ハッカーに匹敵する。だが通信そのものから除外されれば無力だ。街の警備システムが丸ごと別規格に切り替わったようなこの状況下では……

「ヒマリの警告通りと言えばそうだけど……ここまでやるか」

「私の権限でも無理です。やはりニンジャですか?」

「その前提で。ノア、通信落として! ……アロナ、プラナも」

小声で指示、即座に外部通信機能がオフになる。ノアもタブレットの電源を落とす。

今朝ヒマリから受け取った情報によれば、敵ニンジャの能力は――少なくともその一端は通信機器に対するハッキングとEMPめいたジツだ。過負荷により機器自体を破壊するほどの。故に電子機器は使用禁止、通信は旧規格のトランシーバーとした。ヒマリが通信障害を意図的に長引かせているのも、ジツの痕跡から潜伏地点をあぶり出すため。……実際はともかく先生はそう聞いている。

BLAM!BLAM!

前方で銃声と破砕音。シロコがドローンを撃ち落とし、監視カメラに写らないように植え込みに身を隠す。

「ん、あとはお願い」

「シロコちゃんも無茶しないでね」

市役所は目と鼻の先、大型オートマタ等も配備されているはず。指名手配されたシロコの同伴は危険だ。ホシノとノノミが追い抜いて行く。――

「「!」」

――その時、ホシノとシロコの直感が何かを捉え、銃を空に向ける。つられて他の3人も意識を頭上へ――

CRAAASH!

駐車場にあった車の1台がふいに圧潰! 粉砕された強化ガラスが巻き上がった。ひしゃげたルーフの中央にうずくまる黒と青、そして灰の影。――上空から飛び下りてきた「それ」が、旗ポールのロープを掴んで勢いを落とし着地したと気付いたのは後のことだ

「――シロコ⁉」

「ん、間にあった」

唖然とする対策委員会たちを尻目に、’シロコ’は車の残骸から飛び降りた。足下のガラス片も構わず先生に駆け寄り、ブルーシートにくるんだチカを押し付ける。

「先生、この子をかくまって。説明は後でするから」

「……うん、分かった」

「ん、そう言ってくれると思ってた」

 

‘シロコ’はそれだけ言って走り去ろうとし、しかし足を止めた。伝えることがあったからだ。まずは、

「ん、シロコ――」

 

先生は’シロコ’を呼び止めようとした。連れて行くことは彼女が望まないだろう、だがせめて医療キットと通信手段くらいは……

「ちょっと待ってシロコ、これを――」

 

先生と、先生を振り返った’シロコ’の視線が合う。――その下半分を、黒いアサルトライフルが遮っている。

 

「「……え?」」

 

’シロコ’の右腕が銃を持ち上げ、’シロコ’の細くほの白い指が銃爪に触れる。そして銃口が先生の喉笛へと――

BLAM!

「「「『――』」」」

声なき4人分の悲鳴が重なる。……一拍置いて、白いアサルトライフルが歩道のタイルに落ちた。

銃弾は不自然にその軌道を曲げられ、立木の幹に刺さった。異変を悟ったプラナが咄嗟に張った障壁のためだ。だが彼女も、先生も、何が起きたのかは理解の外にあった。そしてシロコは――2人のシロコがもつれ合うように倒れていた。

「……なに、今の?」

放心して見上げる’シロコ’を、シロコが組み敷き、悲嘆とも譴責とも見えない眼差しで見下ろす。痛覚のない右手首に爪が食い込み、新たな血を滲ませる。

「バカシロコ!どうして――」

 

(どうして――『また』先生を撃った?)

 

自分と同じ声。自分自身の声。

加速するニューロンが幻聴を生み、幻聴が呼び起こす記憶がニューロンを侵食する。

意識だけがどこまでも落ちていくような感覚――

 

「シロコ!それ以上言うな!」

 

「「!」」

先生の怒声が、続く言葉を遮った。その場の全員が、そして先生自身も発した言葉に気付いて次の瞬間、蒼白となった。

――だがそれは却って思考に真空を生じ、惑乱する2人のシロコの意識を覚醒させた。現実となすべきことが空白を埋め、ニューロンの速さで行動へと繋げる。

「――ちびシロコ、そのまま押さえて! 腕折ってもいい! 先生、そっちに立たないで!」

「ん、ちびじゃない!」

船上の殺人マグロめいて跳ねまわようとする’シロコ’の右腕を、シロコは全体重をかけた腕ひしぎ十字固めで押さえ込んだ。血が沸騰しているかのようにうごめく筋繊維を、力ずくでねじ伏せる。肘と肩の関節が歯の欠けた歯車めいて軋む。だが幸い、今の’シロコ’の右腕に痛覚はない。

「ホシノ先輩!ノノミ!市役所には入らないで! ニンジャに掌握されてる、きっとみんな犯人判定される!」

シロコの膝裏の下で、’シロコ’は叫んだ。

ホシノとノノミの視線が、’シロコ’と明かりの落ちた市役所受付の間を彷徨う。本来ここで迷う猶予はない。現に今、全方位の路地と空に滲む赤い警戒灯は、現実の圧をともなって刻一刻とその色を強めている。だが――

「……あ、ヤバそう」

気付いたのはセリカだ。彼女の目は闇を透かして、市役所1階のオフィスに数人の職員らしき姿を捉えた。

自動認証システム相手ならノアの権限が勝つ。受付まで行けばUNIXへのLAN直結も可能だ。それを防ぐためのカナリアめいた生きた警報装置――ニンジャのジツをまだ知らないセリカたちにも、そこに今、人がいる異常さは察せられた。

チカの介抱を任せたノアを見る先生。だが彼女にも名案はない。あるとすれば……

「ホシノ、セリカ。囮を頼める?」

「おっけ」

「当然! ノアさんはもう少し下がってて」

事も無げに言うホシノと、気合を入れてリロードするセリカ。その様に躊躇いはない。2人で市役所受付を制圧、人的空白を生み出すとともに、あえて手配犯となり警備システムの迎撃を引き付けて、その隙にノアにシステムを止めさせるつもりだ。

だが、

『重点!』「重点!」

システムの動きが早い! 指揮機ドローンに誘導された多脚戦車型無人機が対物砲をシロコたちへ――先生やノアのいる方へ向ける!

「セリカちゃん先行って! こっちは私が!」

ホシノが盾を構え、射線に割って入った。放たれた重く回転する砲弾が表面の塗装を削り取る振動を、ひしゃげる重金属の圧力、炸裂する熱と光を、小柄な身体で難なく受け止める。――一瞬の五感の麻痺を代償として。

「イヤーッ!」

鳴り響いた炸裂音をカラテシャウトが裂いた!

「ホシノ先輩!危ない!」

「うへ⁉ な、何――!」

困惑したままホシノは一瞬のうちにタタミ3枚分後ずさり、ノノミに支えられてようやく止まった。爆炎を貫いてきた砲弾や熱線とは性質の異なる衝撃が、盾を支える腕と肩に食い込んでいた。

射線から外れていたセリカだけが、ホシノに肉薄する色付きの風をかろうじて見た。そして後に残った黒い鉄塊を――

そして、ホシノもそれを見た

「え……え⁉」

最初は鏡かと思った。盾をどけた先にあったのは盾――やや色褪せた「IRON HORUS」の銘の。盾と盾がぶつかって低い共鳴りを発する。

自分の盾だ。そしてユメ先輩の盾だ。予備があったという話は知らない。

「……あ」

(……もしかして、彼女の?)

「ホシノ先輩! すぐ盾から手を離して――ノノミ!ホシノ先輩を押さえて!」

「ハハッ遅えッ! イヤーッ!」

ホシノは躊躇いなく盾を捨てようとした。だが手だけが盾に溶けたかのように動かず――否、盾とともにオバケめいて動きだした。それはまさしく、先ほど先生を撃とうとした’シロコ’の右腕と同じ超自然の現象だ。

小柄なホシノだがその膂力は実際強靭、そこに盾の重量が加われば、先生など容易くネギトロと化すだろう。アブナイ!

「ホシノ先輩ごめんなさい!」

だがノノミの反応が間に合った。アイキドーめいた所作でホシノをうつ伏せに引き倒し、盾を持ち上げられないよう伸びきった左腕から背、後頭部までを全身で押さえ込む。

「ふぐっ!」

「がまんしてください!」

ホシノは頭をアスファルトと胸の深い谷間に挟まれ、トードめいた苦悶の声を上げた。その姿勢のままノノミはマシンガンを敵に向け、支える重量がホシノの後頭部をさらに押し潰す。ノノミのバストは豊満であった。

そして……おお、なんたる無慈悲な光景か。キヴォトス屈指の精鋭たる対策委員会がその力を示す暇もなく、互いに封じあい地を舐めている。まさに「骨付き肉が共食い」、なんたるニンジャの奸智! ――そのニンジャは今、群体カメムシめいた警備ドローンを従え、多脚戦車の砲塔から一同を嘲笑っている。

「セリカ、ノアたちを頼む」

「……うん」

歯噛みするセリカを引かせ、先生は2人のシロコの前に立ちはだかった。

ドローンが怯む。――警備システムは未だにシロコを犯人、武装している同行者を制圧対象として認識している。先生とノアは攻撃対象外、実弾は使えないのだ。

先生は静かに息を吐き、合掌する。

「ドーモ、ハジメマシテ。シャーレの先生です」

「……ドーモ、レクデップです」

「アンブッシュは一度までじゃなかったのか?」

「知らねえな、砲撃は警備システムが勝手にやっただけだ。……ニンジャの事どこで知った?」

「何か不都合か?」

生徒には向けることのない冷酷な声と眼差し。レクデップは答えない。……しばしの沈黙。それが肯定か無視かは読み取れない。

「先生……」

‘シロコ’が泣きそうな声をかける。

「ニューロハック・ジツって分かる? 記憶を操作する能力だって……」

「あのニンジャのジツ?」

ぎこちなく頷く’シロコ’。嘘とは思えない。レクデップは銀行で自分を見下してそう言った。……そして実際この様だ。情けない。先生を、みんなを、無関係な人まで巻き込んで。

「ありがとう、シロコ。――だが違うな」

目を丸くする’シロコ’に向けて、先生は続ける。

「教えてないから無理もないよ。ニューロハック・ジツはボトク・ニンジャクラン……主に生物の死体を扱うクラン由来のジツ。電子機器やネットワークは専門外だ」

「でも……」

「大丈夫、分かってるから」

インカムが緑色に瞬く。――アロナの耳打ち。シッテムの箱が、ニンジャの情報を引き出す。

記憶に介入するジツではあるのだろう。’シロコ’をここまで、それも見た限り精神的に追い込むには、彼女の過去を抉るしかない。そもそも彼女を探り当てたのも、ホシノを――その盾を狙ったのも。そして先ほどの、もう一つの盾――’シロコ’が持っていた「あちら側」のホシノの盾。思い入れの強い器物からその持ち主へと、記憶を遡っているのか。……ただ、聞いているニューロハック・ジツの性質とは違う。

では別のジツか? 否。近いのはコトダマ空間に潜行するユメミル・ジツだが、その万能性に比して今回の手口が回りくどい。第一、ニンジャを知らない’シロコ’にあえて嘘をつく理由がない。

「ニューロハック・ジツだけじゃない。……何かやってるな? テックか、他にもニンジャがいるか、それとも――」

「……面白いこと言うな、おまえ」

含みを持たせた言葉に、レクデップの見下す眼差しが殺気を帯びる。皮膚が凍りつくような錯覚。常人であればたちどころにニンジャリアリティショックを発症してショック死するやも知れぬ。コワイ!

だが先生は対峙の姿勢を崩さない。遺伝子レベルで恐怖が染みついたニューロンの尻を、生徒を害された怒りが蹴飛ばす。

加えてこのニンジャは妙な言い回しをした。「『どこで』ニンジャを知った?」――情報の出所を気にしたのだ

(……他のニンジャ、それも特定のニンジャを警戒してるのか)

鎌をかけるか? 弱みがあるなら時間を稼げば引かざるをえないか? いや戦力的には圧倒的劣勢、リスクが高いか? セリカ以外が動けない今、ニンジャ洞察力を読み誤れば最後だ。選択のミスは許されない。

……そして自身の記憶や思考を読んでいる様子はない。やはり何か物を介するのが条件なのだろう。例えば今、シッテムの箱と手の間に握り込んでいる物のような――敵が’シロコ’の記憶を読み、こちらの戦力を過大評価していてくれるなら、やりようはあるか?

「私の生徒を傷つけたんだ、ただでは帰さない」

「……へぇ」

〇か、×か。感情のない嘲笑。――それが不意に爆ぜた。

「ヘェーヘェーヘェー! ハッタリで時間稼ぎか? 確かに厄介だぜ、お前も、その妙なカードも! 俺に時間の猶予が少ないってのも確かだ! ――だけどなァ」

ニタリ、とメンポの奥でレクデップが笑った。

「誤差の範囲だ。タイムアップだぜ――お前らがな」

 

「ARRRRRRGH!」

 

「シロコ⁉」

ニンジャに対して訝しむ暇はなかった。先生の背後で不意にシロコの――こちら側のシロコの悲鳴が上がった。自身がニンジャの前にいることも忘れ、振り返った先生の目の前で、シロコの身体が跳ね上げられ、次の瞬間、地面に叩きつけられた。

「ARRRRRGH!」

アスファルトが砕ける音に、骨の折れる音が重なった。地面を奔った衝撃が巻き上げた砂塵とガラス片の先、銃を構えるセリカとの間に、……糸に吊られた損壊ジョルリ人形めいて黒いドレスが立ち上がった。

「……シロコ」

その声は、いずれの彼女に向けられたものか。

「こちら側」のシロコは、小さな背を丸め、地に伏して震えている。左腕で身体を支えようとしては力尽き、顔を打ち付ける。そして頭を押さえる右手……その指の隙間から血が滴る。目と鼻から、食いしばる唇からの血が……

「あちら側」のシロコは、バイオ柳の下のユーレイめいて頼りなく立つ。右の袖は裂け、露わになった白い腕に青いアザが浮かぶ。アザから先の銃を握ったままの腕が、風に吹かれて力なく揺れている。……その肌を透かして葉脈めいた青白い光が、右手から左腕以外の全身へと這い昇っていた。そして彼女は、声もなく泣いていた。……悟ったのだ。このニンジャの意図と、もう一つの仕掛けを。

大金庫で感じた最後の違和感、その正体が。

「見誤ったな? 忠告してやったのによ。――お前が目的の『半分』だってなァ」

(「覆面の0から『5』は使用中」? 私のいた世界でも、この世界でも、対策委員会は5人しか……4番までしかいない。『5』は誰? あのトリニティの生徒は? 私は知らない。――あれは、この世界のシロコの記憶。私を通して、シロコの記憶も探ってたんだ!)

愕然とする’シロコ’。ジツから、ニューロンから伝わる悲鳴に嗜虐的な歓喜を隠しきれないレクデップに、先生は向き直る。

「……セリカ、動くな」

「……うん」

無言で距離を取るセリカ。チカを介抱していたノアも固唾を呑み、しかし銃を抜くのを堪える。

「……シロコ『たち』が狙いだったのか」

「別に1人でもよかったんだぜ? 本命はコイツらの拾われる前、神秘に繋がる『思い出せない』か『存在しない』記憶だ。でかい方だけだと余計なものが多すぎて探り当てるのに時間がかかるんだが、同じ存在、同じニューロンを比較対照しながら分析すればあっという間、実に科学的だ! 嫌ならさっさと引き剥がすべきだったなァ!」

「ARRRRRGH!」

苦悶するシロコを、右腕から青白い光が浸食していく。光は2人のシロコの間で呼応し、トモエめいたエテルの円環を構築して加速度的にニューロンをこじ開けているのだ! ナ、ナムアミダブツ!なんたる非道! ブッダよ寝ているのですか⁉

「ニンジャだろうがモータルだろうが、記憶ってのは人格そのものだ。過去も未来も、真理も合理もブッダだろうと、記憶が作った主観なくしては解釈できない。認識できないものは無いのと同じ! 思い込めばそれが真実だ! 俺はそれを支配する! いずれは御子のハタモト、その末席くらいにはあって当然だなァ!」

 

「――黙れ」

 

風が止んだ。風の音が消えた。

世界を切り出し、固定したかのような凪の中心で、先生はシッテムの箱から右手を離した。手の中には四角い欠落――黒いカードがある。

「黙っていろ。何がニンジャだ、他人の日記を覗き見しただけで神を気取るストーカーが」

「ハハッ!言うねえ!」

ニンジャ存在感に拮抗する瘴気めいたアトモスフィアが辺りに満ちた。「大人のカード」――生を削り理を曲げるレリック、起動。

レクデップが目を細める。警戒と……そして嘲笑。ジツが阻害されシロコの苦悶が和らぐが、引き換えに‘シロコ’の顔が苦痛で歪む。その脳裏に浮かぶのは彼女の「先生」の姿……そして別れ。抉り出された罪の記憶が、ひび割れた心を浸食してジツが加速、激しく脈動する。――ARAS! ジツの進行には支障なし!

「だめ……やめて先生……」

うわ言めいた悲鳴を絞り出す’シロコ’。いやだ……また「先生」を撃つのも、「先生」がそのカードを使うのも、――だが操られ硬直した筋肉が、折れた腕、黒いライフルを再び持ち上げる。シロコがその足にすがり付くが、腕には届かない。そして無慈悲な銃口は先生へ――

「止めるなシロコ! これは私の怒り、私のエゴだ!」

一喝。

凪いだ空間が震える。生徒たちは先生を見る。先生は目を逸らさない。

「シロコ。みんな。私のミスだった。だから……責任を取るよ、大人として。みんなにも。全部片付けて、次の機会を作り、やり直して、未来に進む」

はは、と先生は屈託なく笑った。

(ああ……この人はまた、自分を庇おうとしているのだ)

「さあ、私の行動は決まった! 付き合ってもらうよ、私はみんなに、なにをすればいい?」

「……ん、私と……ライディングに行く」

「後で考えます!」

「高くつくから覚悟してよね!」

「――!」

対策委員会たちの歓声が、遠く――ふと近く聞こえる。代わりに遠い声、ずっと繰り返してきた後悔の声が、潮騒めいてリフレインする。

 

(私のせいだ……)

(私が、全部悪かったんだ……)

 

――私の「先生」は、もういないから。私のせいじゃない、そう言ってくれたあの人は。

 

(私が、償わないといけないんだ……)

(私が、一人で……)

 

――ああ、でも赦されるのなら

 

光に侵食された瞳に先生の背が――その向こうに夜の街が、遠い夜空が見えた。

(あの時は、私が私だけを見ていた。今は、夜空の下で、夜空を見ている私がいる。ああ……みんなと同じ世界に私がいる。私が、いたんだ)

 

――言いたかった。あの時の「先生」も、私から、それを聞くために――

 

’シロコ’はぎこちなく微笑み、いつものように、ささやかな我儘を言った。

 

「先生…………助けて……」

「ああ、任せて」

 

指が引鉄に触れた。A.R.O.N.A.――今はプラナ、どうか先生を守って。今度こそ、今でも愚かで無様なこの私から。

――BLAM! 銃声。そして、音が消えた。

 

 

――耳鳴りだけが聞こえる。

レリックによって切り抜かれた空間が、そのまま1枚の写真になったように、時間の感覚が消失するのを、その場の生徒の誰もが感じた。

動く者の消えた空間から、まず、1発の銃弾が消えた。……先生を狙わされた銃弾が、何処とも知れぬ空へと。乾いた銃声がそれを追った。

命じたニンジャは――レクデップの姿が、多脚戦車の上から消えていた。否、それは既に機械ではなかった。圧潰し、粉砕された部品の破片を巻き上げる、ドゲザするかのようなシルエットの金属と樹脂の残骸に過ぎなかった。CRAAASH! 破砕音が遅れて響いた。

その中心から一筋のロープが空へと伸び、黒いアサルトライフルを巻き取った。「BLACK FANG 465」――’シロコ’の銃だ。上空から飛び下りてきた「その者」が、旗ポールを滑車めいて使い、落下の勢いで一瞬にして彼女の手からもぎ取ったと気付いたのは後のことだ。黒い銃は、銃よりも、夜よりもなお暗い装束の手に掴み取られた。

「イヤーッ!」

カラテシャウトが響く。黒い銃の機構の奥深くで、青白い電光が爆ぜ、消えた。――カラテ奥義、ソウル・ブロウナウト。漆黒の楔めいた影が、残骸の上で身をもたげる。

「テメェ……なるほど、テメェか」

ニンジャ第六感によって一瞬早く逃げのびたレクデップの右目から、ジツを強制切断された負荷による血涙が流れる。ニンジャの暴虐な本性が血の臭いに炙られ、燃え盛っていた。

影はそれを一瞥し、しかし歯牙にもかけない。

 

「カードをしまうがよい、先生。次は私の奢る番だ」

 

ジェットブラックの装束、その輪郭をなぞるように橙色の火花が揺らめき、風に散った。口元を覆うメンポに刻まれた「殺」「伐」のカンジが、警備ドローンの赤い灯火よりも一層強く赤熱し、電子基板すらも焼き付かせる程に威圧する。

影は――新たなニンジャは、カードに数倍する重い殺気をまとい、アイサツした。

 

「ドーモ、サツバツナイトです」

 

 

(#5に続く)




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