バンクジョブ・トゥ・デイズ・ゴーン・バイ 作:nallowship
【バンクジョブ・トゥ・デイズ・ゴーン・バイ】#エピローグ
カララン。ドアを開けると鈴の音、聞き慣れた男の声と、聞き慣れない女の声。
「ドーモ、おや見ない顔だね。バイト? コトブキ=サンは買い出し?」
「そっちはザック、コトブキはアイツと出張だ」
貪婪の都ネオサイタマ、キタノ・ストリートの一角にある「ピザタキ」。いつもより薄汚れた店内で、薄汚いハーフガイジンの店主タキは、いつものようにエッチ・マガジンに手を伸ばそうとして5秒逡巡し、止めた。
店内には女が2人。カウンター席でピザとタブレット端末を前に渋面を浮かべていた少女が、小さく「ドーモ」とアイサツした。ラフなTシャツとタイトジーンズ、コトブキから借りたエプロンに、ホットな肢体が内側から暴力的なまでの緩急をつけている。彼女のバストは豊満であった。
「ヒヒヒ、ドーモ、フィルギアです。で、彼女は?」
「コイツ、コトブキの代理。あんまり愛想がないから客が寄り付かねえ。掃除もできねえ」
「その断定は合理的ではないわ。私が店にいる間の来客はこの人が初めてよ。接客が客の消費行動に与える影響について仮説を立てるのに必要な事象は観測されていないわ」
「ヒヒ、場末のピザ屋じゃ統計学は無理か」
「うちは情報屋だ」
「掃除は……ドローンを作る機材があれば。ドーモ、調月リオです」
リオはあらためてアイサツした。フィルギアはヘラヘラしながらケモビールを注文し、冷凍サラミピザをオーブンに入れた。
「言っとくがソイツ学生だからな?」
「判ってる。キヴォトスの生徒だね、あんた。ただのモータルじゃない。ヒヒヒヒ、俺も昔、お嬢さま学校で先生やってたんだ。ちょっとだけね。悩みなら相談乗るぜ?」
先生という単語と、発したニンジャの胡乱な笑顔とのギャップに戸惑いつつ、リオは答えた。
「……お土産」
「オミヤゲ?」
「ええ、お土産。ネオサイタマの」
真剣な表情で画面を見る。表示されているのはタキ経由で受け取ったヒマリのレポートだ。事件の経緯と被害報告が、いつもの自讚を交えつつまとめられていた。ミレニアム生徒には人的被害なし。ーー安堵したリオを狙いすました、末尾の「頑張った皆さんにお土産を買ってくるように」の一文。
美術品として持ち出された名もなき神々のレリックを追い、キヴォトスを離れたのが1週間前だ。この店を拠点に標的を回収し、その間、欺瞞と猥雑と無法、それらが生み出す熱量に満ちたネオサイタマを見た。ミレニアムにとって有益なものも数知れない。……だが、
「みんなに必要な物は分かるの。でも資金が限られているし、エンジニア部やヴェリタスは特に法に触れるものだから……」
「ヒヒヒッ良いねえ学生! 不安も希望も独り占めって感じだ! 世界の全てに価値を求めてしまうタイプだね、あんた」
フィルギアは笑いながらジョッキを受け取った。
「『こんなもの要らない』って言われるのが怖いかい? 要らない物だらけさ。どうせなら、とびきりくだらないものに限る」
「でもそれは合理的では……」
「非合理。だが無意味じゃない。要するに旅の思い出を分けて貰えるようなトモダチでいたいのさ。カネがないなら街の写真でも撮って帰るんだね」
それから二、三言交わし、フィルギアはタキに頼まれてもう一人の女ーー酔いつぶれた護衛の女ニンジャを介抱しに席を立った。リオは釈然としないまま冷めかけたピザを口に運ぶ。
「安い!安い!実際安い!」「あなたもオーガニック!」「ふわふわローン」「虹彩256万色」「合法」……店内のテレビからは欺瞞的CMが流れる。店の外からも。マグロ・ツェッペリンの影が通りすぎた。店の前でバイクのブレーキ音がした。
ーーふと、リオはあるものに目を留め、
「……アバンギャルドね」
そう呟いて熱いマッチャをすすった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
乾いた風以外の全てが止まったような街で、’シロコ’がチカの依頼を受けた公園だけに人の気配があった。
「機嫌が悪そうだね。ちゃんとトキに謝るんだよ?」
「それはあたしが全面的に悪い。……そっちじゃねえよ」
ヘリから降りたウタハに、ネルは憮然として返す。腕の包帯を煩わしそうに掻き、嘆息した。
「結局まともに当てられなかったな」
「間違いではない。実際あの戦法でニンジャを何人も殺すことができた者がいる。だが必勝法はない。ただ、カラテあるのみ」
「そうは言ってもなあ……まあ考えてみるか」
ネルとフジキドの会話を聞きながら、ウタハは手元のUNIXと、LANケーブルで繋がったチカのHMDを見た。ショック症状緩和・診断用の応急処置プログラムだ。彼女はこの後、ミレニアムで検査を受ける。
「…………」
「痛くない?」
「……ん、だいじょうぶ」
「自転車、後で取りに来よっか。ちょっと積めそうにないしね」
「……ん」
やや離れて停められたオフロード車の荷台で、’シロコ’はホシノに腕を吊ってもらっていた。
他の生徒は現場検証に行った。遠い街灯に陰った彼女の表情を知る者はいない。’シロコ’自身でさえも。
イクサの後、’シロコ’は有無を言わせず車に乗せられた。病院を予約し、先生たちと合流するために車を走らせながら、アヤネは謝罪した。
「他の銃……いったん回収して校舎に置いてあります。ニンジャが何してるか分からないので念のため、ですが……」
それだけだ。’シロコ’がどれ程の思いでそれらを”見送った”のか、アヤネには分かっていた。’シロコ’も何も言わなかった。公園までの夜道で、ラジオの馴染みのないムーディーな歌謡曲だけが時の経過を知らせていた。
土を踏む足音を聞いて、’シロコ’は顔を上げた。ホシノが髪をすいて背に流し、隣に座った。
「……先生」
「'シロコ'、いいかな?」
先生はホシノと反対の隣に座った。そして何も言わず、’シロコ’の頭を優しくなでた。
「……何?」
「まずは、お帰り。詳しい話とお説教はまた後で。……どうして銀行強盗を?」
「ん……」
責める口調ではない。それに叱られても構わない。答えは既に’シロコ’の中にあった。
「あの日常を肯定したかった。……何もできなくて、みんないなくなって、辛くて、忘れたくて……それももう覚えてないけど……意味があった、って。そのおかげで成し遂げられた、って。……上手くいかなかったけど」
「意味はあった?」
「…………ん」
「そうか、よかった」
小さな息遣いだけが聞こえる。音のない風が、3人の髪を少しなびかせる。ーーふと、’シロコ’はあることを思い出し、先生に聞いた。
「先生はさっき『自分のミスだ』って言った。何を間違えたの?」
「……何だろうね?」
怪訝そうな’シロコ’に向き直り、幼い眼差しをまっすぐ見返しながら、先生は言葉を継ぐ。
「’シロコ’が泣いてた。また、未来を諦めようとした。だから、私はどこかで間違えていた。何もできなかったかもしれない。それでも、防げなかった私のミスだ」
「……変なの」
「大人だからね。過去の後始末をするのが大人の、未来に進むのが君たちの責任だ。どんなに失敗しても。思い出は持てるだけ持っていけばいい。抱えられないなら私に押し付けて……迷ったら取りにおいで。また未来に進むために」
「大人ってたいへんだね」
「大変だよ。今日もまた徹夜だ」
「……ん。私はもう少し、子どもでいたいかな」
ホシノが手をのばし、’シロコ’の頭をなでた。
暗がりから声がする。アヤネたちが戻ってきたようだ。やることは終わった。ただひとつ、心残りはーー
HMDを外したチカと目が合い、すぐ逸らされた。こちらを覗うでもなく顔を伏せ、強く目を瞑っている。先生を目配せで止め、’シロコ’は荷台から降りて一歩踏み出す。
(分かってる。私は先輩、お姉さん。こういう時はーー)
「ーーこりゃまた派手にやったなぁ、保険扱ってなくてよかったぜ」
全員の視線が公園の入口へと向いた。暗がりから街灯の脇を抜け、ドローンの残骸を避けながら、人影が近付いてくるのが見えた。
「ん? そっちは確か……それにセミナーもか。これは好都合。ーーンン、失礼。ドーモ、ハジメマシテ。私、そこの銀行の支店長をしておる者です。少しお時間いただけますかな?」
支店長は先生とノアに慇懃にアイサツし、名刺を渡してから、携えたクラフト封筒をチカに差し出した。
「ご依頼の品です、『お客さま』。お改めください」
封を解き、白絹めいた装丁の書類挟みを取り出す。中身はトリニティ総合学園の校章の透かしが入った、古いがいかにも上質な紙の束ーー
「これ、権利書!これです! どうして!?」
「監視カメラ越しに名前が聞こえたからな」
唖然とするチカに支店長はそっと、しかし彼女とノアには聞こえる声で耳打ちする。
「……質草にしたのは詐欺グループのペーパー会社、摘発されて今はセミナーが管理してる。会計に相談しな。うちも面倒が1つ片付く」
食いつくように書類を確かめるチカ。支店長は芝居がかった所作で先生たちに向き直った。
「いやあ参りましたよ! こちらのお客さまがお急ぎとのことで金庫を開けたのですが、そこに偶然ニンジャが強盗に入ってくるなんて! これまた偶然そちらの生徒さんが通りかからなければ、金庫の中で飢え死にするところでした。とはいえ店舗はそりゃあもう派手に壊されてしまって、請求書と始末書が怖くて生きた心地がしませんなぁハハハ!」
「いい性格してやがるなコイツ」
ネルが毒づき、アヤネとノアが苦笑する。’シロコ’の強盗をなかったことにする代わりにもみ消しの口裏を合わせろ、と言っているのだ。ノアを押し切り、アヤネが支払いの手続きをした。ーー「私たちの先輩ですから」と。
「あと、これはあんたに」
掌サイズのフクサ・ラッピングが’シロコ’に差し出された。ホシノが代わりに受け取り、ほどく。
中には白いハンドガン……もうひとつの「コモンセンス」。傷だらけの。
「部品足りなかったら言ってくれ。あんたにとってどんな品かは知らないが……せめて納得できるようにな」
「ん、大丈夫。『持ち主を傷付ける以外価値のない書類ーーその残った価値、持ち主の思いだけは忘れないで』……前の支店長さんにも言われた。だから、だいじょうぶ。ちゃんと覚えてる」
「はは、やっぱり知り合いか。ーーん? もうよろしいですかな?」
チカが差し出した権利書を、支店長は恭しく受け取って封筒にしまう。彼女は小さな手でスカートを握りしめ、涙を溢れさせながら、’シロコ’に向かって深く頭を下げた。
「ありがとうございました!」
言葉の最後は嗚咽でかすれていた。’シロコ’は彼女の前に膝をついて、そっと手を握り、
「……ん、よかったね」
そう言ってほころぶように笑いかけた。
支店長を見送り、弛緩したアトモスフィアが辺りを包む。そよぐ風に乗って、街の音が途切れ途切れに流れてきた。
先生はまずフジキドへ、そして生徒たちに目をやり、
「じゃあ私たちも帰るよ。今なら終電に間に合うから、悪いけど駅まで送ってもらえるか……な……え、何?」
そこまで言って、アヤネ以外の対策委員会メンバーが一様に、怪訝な表情と不満げな視線を自分に向けているのに気付いた。
「え、冗談でしょ先生? 約束したよね?」
「何でも言うこと聞いてくれるんですよね?」
「何ですかそれ……」
「い、いや確かにそう言ったけど今すぐって訳じゃ! 私はまだ仕事がーー」
慌てる先生。だが、
「これも仕事だ。この子らと一緒に行け。連邦生徒会には連絡した。今さら徹夜が1日増えたところで大差あるまい」
フジキドが決断的に宣告した。逃げ場を失い脱力しかけた先生の肩を、ホシノがニヤニヤしながら叩いた。
「諦めなよ先生? まずはおじさんのお昼寝に付き合ってもらおうかな~」
「ん、私と自転車。でも先生は貧弱で私は優しいから、延期と代理も可」
「あはは……ありがとうシロコ。じゃあ’シロコ’、腕治ったら頼んでいい?」
「ん、しょうがない」
「私にも当然権利ありますよね先生? 何をお願いしましょーーひゃん!?」
パァン! 小気味良い音が鳴った。尻をおさえるノアの襟首をネルが捕まえ、引きずっていく。
「ふざけんな、無効だそんなモン! だいたいお前は契約書巻いたらすぐ戻るはずだっただろうが! ほらさっさと乗れ!」
「残念だったね。では私たちはこれで失礼するよ。また近いうちに」
手を振るウタハの隣でチカがもう一度、深々と頭を下げた。
ヘリが夜空に溶けるように遠ざかるのを見送って、アビドス生たちは車へと乗り込む。
「私が運転しよう。まずは病院だな」
フジキドが先に運転席に座る。アヤネは少し迷ってから後部座席、’シロコ’の隣に座った。助手席に座った先生は、シッテムの箱で残務と予定を確認しつつ、深い深いため息をつく。
「……すみませんフジキド=サン、シャーレに戻ったら代わりにお願いしたい仕事が……」
「何言ってるの先生? 当然フジキド=サンも一緒だからね」
「先生の代わりに奢ってくれるんですよね? 気になってるおスシ屋さんがあるんですよ♫」
「ちょ、セリカ、ノノミ! そうは言ってーー」
「無論だ。約束だからな」
アビドスの生徒たちの歓声が上がり、先生が慌ててたしなめる。彼女たちは確かに、今を生きているーー
(……性別は逆だな)
二度と戻らないあの日、かつて憎悪とともにニューロンに刻み込んだ刻を偲びながらーーフジキドはふと、先生と生徒たちの様を旧い友人に重ね、付け加えた。
「常識的な範囲でな」
ラジオの音がフェードアウトし、時報が鳴った。
日付が変わった。連休3日目。
【バンクジョブ・トゥ・デイズ・ゴーン・バイ】終わり
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