咲-saki- 長野に降り立った凡才   作:カピバラ@番長

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第十一巡 戦意

 

 南一局、親・原村 和。ドラ表示牌は{二筒}。

 

現在四巡目。打牌する幸雄、捨て牌は既に咲が捨てている{白}。

 

 ーー……本当に、上手いわね。

 

東一局より幸雄の後ろで半荘を見守っている久。彼女は東四局までの彼の打ち方を思い返す。

 

 ーー東一局でアカギさんが目の当たりにした咲の嶺上開花。あそこから明らかに彼の打ち方が変わっている。ション牌は当然にしてもあまり見えていない種類の牌も切らない。それは間違い無くあの娘の明カンを警戒しての事。しかも可能な限り早い段階から。その上で手牌を進めている。そんな事をしても手が進むのは、彼が理詰めの打ち方を信条としているからかしらね。

 

いつからか顎に触れていた自身の右手が下り、腕組に変わる。

 

ーーけれど、和のように徹底したデジタルかと問われればそれは違う。アカギさんは和と違って『運』というモノも計算に入れている節がある。[予測できない事が起きた時にどう行動するか]。きっとそんなところね。……そして。

 

再び幸雄に回るツモ番。

彼が捨てるのは手牌から。和の河に既に見えている{北}。

 

 ーーその[予想できない事]の幾つかを確かめる為に東三局では故意に振り込んだ。咲が山頂の花に手を伸ばすのは何故なのか・いつなのかを見極める為に。

 

 「ポン」

 

和の鳴きが聞こえる。奪った捨て牌は池田の九筒。

 

 ーー大した度胸だわ。咲のカンは嶺上開花が付くと分かっているのにしているんだから。彼女が手を進める為だけだったり、カンから数え役満へ繋げられたり出来るなんて知らないだろうとは言え、彼ほど打っている人間なら役が不確定な相手への振り込みなんてするわけが無い。少なくともドラは増えてしまうんだし。私ならよっぽどじゃないと怖くて出来ないわ。

 

久の視線の先にある幸雄の打牌が一瞬滞る。

そうして出されるのはまだ見えていなかった{三萬}。

それは、何事も無く通る。

 

 ーーだからこそ、今のようなション牌切りが東四局から時折見られた。早い巡目ならともかく、それまで手牌を崩してでも徹底的に避けていたション牌切りが東三局の振り込みを機に『徹底的では』無くなっている。今のように、手の進みを優先させる時が見られるようになった。……きっと見透かしたんだわ。咲が高打点を作るのは決まってトップと差が出来ている時だって事を。普段は寧ろ嶺上開花のみで和了る事の方が多い。あの振り込みはそれを確かめる為のいわば布石。肉を切らせて骨を断つという思考。

 

現在、七巡目。和の打牌、{七索}。

 

 ーー……これが、昭和の打ち手。………いいえ、裏で打ち続けた者の強さ。私達が麻雀に懸けて来た[学生時代]よりも大きい[失えないモノ]を賭けてきた人間の強さ。

 

 「(敵わないわけね)」

 

小さく、誰の耳にも届かない程小さく、久は言葉を溢す。

それは諦めと呼ぶにはあまりに輝きに近い想いから出た言葉。

言うなれば一種の[憧れ]。入れぬ道に入らなければ到底得られない強さを持つ者に対しての尊敬の念。

 

 ーープロに通用するだけの強さが自分にあるなんて自惚れていたわけじゃない。けど、こうしてはっきりと突きつけられると嫌でも受け入れるしかない……。私は、まだまだね。

 

組んでいた腕を解き、右手を腰に当てて肘を突き出す久。

その表情は、僅かに晴れている。

 

 ーー半荘二回なんて言わないでもっと打てるように言っておけば良かったわ。

 

 「ツモ。裏ドラ。2000・4000だ」

 

 「ニ``ャーーー!ダマかし!」

 

 「な、中々やりますね……」

 

 「……また、止められてる……」

 

 「まだまだ学生には負けられないからな」

 

立直を掛けていなかった幸雄のツモ和了りにて南一局、終了。

咲のカン材を使っての和了りだった為か、彼女の表情には動揺が浮かんでいる。

 

 ーー咲もそろそろ気が付いたかしら。そう、彼は貴女の強運だけでは揺るがないわ。文字通り別の時代を生きた人なんだから。

 

久、これまでの幸雄の打ち方をもって確信を得る。

この男、赤木と名乗ったこの男は何らかの理由でタイムスリップした者と。

かつて日本の裏社会で神域に至った者ーー赤木しげる……に似ている誰か、と

 

 ーー彼は強い。間違い無く強いわ。けど、私の知っている[神域の男]とは違う。……少なくとも悪魔的とすら称された打ちスジはまるで見えない。寧ろデジタル打ちの先駆けのような打ち方。その証拠に現代ではあまりしない迷彩のような、手を遅くする技術が混ぜ込まれている。本当に[神]を付けられるような人であれば、人間の技をこうも極めたりするはずが無い。だからきっと彼は……ここにいるアカギさんは、同姓の別人か、同じ名を名乗っているだけの誰か。

 

ーーけれど。と、次局の準備をする幸雄達を見ながら久は考えを続ける。

 

 ーー彼の強さは、まず間違いなく普通の打ち方では身に付かない。極限の中に身を置いて常に感覚を研ぎ澄まし、己の才能を磨き続けた末に辿り着く一つの極み。ある種の天才と言ってもいい、そんな雀士。

 

久はぼんやりと覗いていた幸雄の手牌から咲へと視線を向ける。

そこには、何処か委縮したかのような姿がある。

 

 ーー今を生きる私達に貴女の強運は通用するわ。それこそ絶対の支配のように。けれど、彼は違う。どういうわけか、高度経済成長期の頃の日本の裏社会からやって来た人。そんな相手に私達の常識が通用するはずが無い。言うなれば[違う世界の法則で生きている]人。なのに、そこに甘んじず力を示している。……そんな相手に今まで通りの打ち方が通用すると思ってはダメよ。

 

怯えているような咲の姿を目にしながら、けれど久は信頼のような感情を向け続ける。

 

 ーー勝ちたいのなら、貴女も示しなさい。『この時代に宮永 咲あり』と思わず言ってしまうような、そんな力を。それが今までの人生全てを使って応えてくれている彼に対して示すべき礼儀よ。

 

共に一年を駆け抜けた戦友として、初めて目にした日に感じた直感を今なお信じ続け。

ただ、信ずる。

 

 ーーそして。貴女にならできる。それだけの力がある。……だから、勝ちなさい。あの日、初めてここで嶺上の花を咲かせた時のように。勝利を掴みなさい。

 

彼女の勝利を一切疑わない。

そんな久の姿は、視線を向けたまこの目には頼もしく見えた。

 

 ーー……なんじゃあ。咲の様子にちっとは不安がっとるんかと思えば。まだまだ部長の癖が抜けないんか。

 

久の正面に位置するまこは咲の手牌を見ながら半荘を見守っている。

その中で彼女は、普段よりも明らかに上手くいっていない咲に対して小さな不安を抱いていたところだった。

にも関わらず、元部長である久が咲に向けていたのは逆に信頼だと気が付き、自分の抱いていた不安が消えた事に内心苦笑いする。

 

 ーー全く、結局久にはまだ敵わんいう事か。ま、なんだかんだ心の支えだったからの……。

 

思わぬところで自身の未熟さに気が付いたまこは静かに深い呼吸をして心を落ち着かせる。

 

 ーーいかんいかん。次期部長のわしが部員を信じられんでどうする。わしがするべきは心配じゃ無いじゃろ。

 

怯えた様子の咲の後ろ姿を見るまこ。

その目は先程とは違い、信頼が宿っている。

 

 ーーそも、咲はわしらが大将を任せても良いと思えとる打ち手じゃ。何を心配する必要がある。変に考えとるから駄目なんじゃ。いつもと同じように信じて待つ。それだけの話じゃろが。

 

不安は消え、迷いを感じ無くなったまこの視線。

そんな二人の想いが彼女に伝わったわけでは無いだろう。

 

 ーー竹井先輩の言ってた通りだ。強い。すごく強い。もう二回も止められてる。

 

けれど、南一局は確かに。

 

 ーーこのままじゃ駄目だ。このままじゃ………!!

 

彼女の心構えを変える一局になっていた。

 

 ーーもっと……本気で!!!

 

 

 

 

次巡へ続く。

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