咲-saki- 長野に降り立った凡才   作:カピバラ@番長

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第十二巡 再来

 南二局、親・平山幸雄。ドラ表示牌{三萬}。

 

 ーー……なんだろう。

 

現在七巡目。立直・鳴き共に無しの中。

 

 ーーなんか、変な感じだし。

 

東一局よりラスのままの池田は不思議な感情を抱きながら打牌している。

 

 ーー県大会の時とも、学校でみんなと打ってる時とも違うカンジだ。なんだ、これ。

 

回るツモ番。進む役。捨てる牌。

池田、二シャンテン。

{二萬}{二萬}{二萬}{三索}{三索}{四索}{六索}{七索}{二筒}{赤五筒}{六筒}{六筒}{六筒}

牌の受け入れは広く、現状はタンヤオが確定。順子を育て、平和が付けられればメンタンピンで満貫も見える。或いは対子がもう一つ増えればトイトイも意識できるという状態。

……しかし。

 

 ーーなんか、もったいないなぁ。

 

池田、あろう事か和了りへの思考を一瞬放棄した。

 

 ーーなんでだろ。点数とかじゃなくて、まだ和了りたくないな……。

 

自身でも理解できない迷いが彼女を惑わせる。

不可解で意味不明。しかし、迷いそのものがある事は理解は出来ている。

けれど理由が分からなかった。

その迷いの正体に池田が気付くのは少し後。

終盤に差し掛かった十三巡目だった。

 

 「立直」

 

池田の対面、東二局から何故かずっと頬が赤らんでいる和から千点棒が投げ込まれる。

 

 ーー今頃立直?ツモ前提か?

 

それぞれの河に二列分も並んでいる捨て牌。ここまで来れば振り込みというのはそうそう無い。

しかも池田を含めた他の三人は未だ動きは無し。天才を凡人へと落とす立直が無い以上、相応の手を張ってでも無い限り降りてしまい出和了りというのはまずあり得ないだろう。

 

 ーー考えられるとしたら立直を掛ける事で点が上がるって状態くらいだけど……。

 

東四局では幸雄が和に振り込んで3900点が移動している。

その結果、現在は咲・37400点、和・28900点、幸雄・20700点、池田・13000点という状態であり、和がトップに立つためには跳満以上が求めらている。

 

 ーー残り局数的に見ても跳満っぽいな……。それとも、こことその後で満貫を二回和了れればいいって考えてるかも……?

 

幸雄が手牌から安牌を切り、回って来る池田のツモ番。

 

 ーートイトイには一応行けるけどさ~……。まぁ、流石に降りかな。これ以上点を失ったらかなり勝つの厳しいし。

{二萬}{二萬}{二萬}{三索}{三索}{六索}{七索}{二筒}{二筒}{赤五筒}{六筒}{六筒}{六筒}

苦肉の策と言ったような辛さを抱えながらツモる池田。

盲牌し、眼を見開く。

 

 ーー……マジ?

 

ツモ牌を確認し、盲牌が間違いでは無いと理解した池田。手牌の上に寝かせ、想う。

 

 ーー四暗刻一シャンテン……か。

{二萬}{二萬}{二萬}{三索}{三索}{六索}{七索}{二筒}{二筒}{赤五筒}{六筒}{六筒}{六筒} {三索}

 

池田、長考はせずに打、{六索}。

既に和が捨てている為、その六索、安牌。

 

 ーー今回は良かったけど……。これで次に引いてくるのが七索か二筒だったらどうしよう。

 

和の河を確認し直し、やはりどちらも無い事に絶望する池田。

しかもよくよく他の二人の河も見てみれば五筒はション牌。立直を掛けてまで翻数を上げて来た事を考えてもこの赤五筒はまず切れない超危険牌。

 

 ーーどどど、どーするし!?三筒と八筒が一枚ずつデジタルおっぱい怪獣のとこに切れてるし!!この巡目でション牌の五筒が切れるわけ無いし!!!十中八九これだし!!!!

 

焦る池田。

じわじわと浮かぶ手汗。つぅと背骨を伝う冷や汗。

しかし同時に感じる千載一遇のチャンスに対する興奮。

……そうして、気が付く。

 

 ーーあれ……?もしかしてあたし、楽しんでるし?

 

ふと浮かんだ一言。

途端、いつ頃からか感じていた不思議な感情をすんなりと受け容れられた。

 

 ーー……どういう事だし。こんな敵地で打って楽しいだなんて。しかも相手はあたしを打ち負かして全国に行った嶺上開花(リンシャン)女。それで圧勝出来てればいいけど、こんな点差で楽しいなんてあり得ないし。大体あたしは、ただこの『赤木』っておっさんが、前にコーチが話してたあのアカギかどうかを確かめたかったからで、楽しもうとかは全然……。

 

思考に呑まれかけた時、池田の正面で動きが見える。

和のツモ番だ。

その豊満な胸が動き、エトペンの顔が潰れ出すと同時、池田の頭の中が真っ白くなる。

ただ一つ[ツモ和了り]という恐怖だけを残して。

 

 「あーー!一発は付かなかったかーー!!」

 

 「ゆーき!捨てる前なんだから言わないで下さい!」

 

 「あ、ごめんだじぇ」

 

その恐怖が消えた瞬間に流れ込んでくる安堵。

思わず吐息を漏らしてしまいそうになるほどの安心感。

で、あれば。

 

 ーー……分かった、認めるし。

 

自他共に認める図々しさを持つ池田とて受け入れるしか無かった。

 

 ーー確かに楽しいし。だって、普通に打てるんだもん。そりゃあ最初の方に二回も嶺上開花(リンシャン)で和了られた時は『またかし!』って思ったけどさ、気が付いたら全然カンの声が聞こえないんだもん。それでいてあたしが振り込んだ時は完全に読みが甘かったからで、おっさんのツモは王牌からでも海底からでも無くて、狙ったチャンカンも起きてないしで普通にゃんだもん。その上でしっかり読み合いが出来てるんだから楽しいに決まってるし!!!

 

認めた途端に溢れて来るのは[楽しい]の理由。

池田自身は決して麻雀が弱いわけでは無い。寧ろ強い。

風越女子高校内での話であっても、在校生・OGとの練習試合ではトップ率三十一パーセントを誇り、校内ランキングでは二位。

手役を高く作る能力(うん)に恵まれた為に和了り一つで順位をひっくり返す事が出来るほどの腕前の持ち主だ。

その力を見込まれ、一年生時点で部のエース。団体では大将を任されてすらいる。

……が、前々回では衣という全国区レベルの魔物に、前回の県大会では衣に加え咲とその両名の打ちスジに順応できる加治木という並外れた猛者達の前に敗れている。

尋常とはとても言えない試合の中で。

そんな異常がこの場には無い。それが池田の感じていた不思議な感情ーー楽しいの理由だった。

 

 ーーだから、勝ちたいんだし。ここで勝てれば嶺上開花(リンシャン)女との勝敗は五分。来年の県大会も打ち負かせれば、勝ち越しの上にあのお子様にも勝てて、全国大会に美穂子先輩とコーチを招待出来る。……いや、全国優勝校の副将と大将を同時に相手取って倒すんだ、長野にあたしの敵は居なくなったも同然だし!!

 

と、そこまで考えて気が付く池田。

 

 ーー……県大会にも来てくんにゃいかな、このおっさん。

 

この状況を作ったのは別に自分では無い事に。

咲と同じ部であり、友人かつ仲間の和は言わずもがな。そこに的確な読みが出来る幸雄が居るからこそ、咲が容易に和了れない状態になっている。

そこに池田の影は無い。

 

 ーー別にあたしは何もしてないんだよな……。なんなら焼き鳥だし。

 

池田の中で盛り上がっていた感情は一気に冷め、現実を直視すると同時に目を避けたい気持ちに変わる。

 

 ーー……まぁ、いいや。どっちにしろここで勝てば五分になるのは変わらないし、同じ状況になりさえすれば勝てるって事も分かる。

 

一周回って冷静になった池田に回るツモ番。

いずれにしろこの役を逃す手は無い。

気を取り直し、池田は自分に喝を入れた。

 

 ーー和了るぞ、四暗刻!

 

そしてそれは思わぬ形でやって来る。

 

 「……ぅぇ?」

 

引き、盲牌し。

小さいながらも充分に変な声が出る。

 

 ーー四暗刻……単騎待ち……????

{二萬}{二萬}{二萬}{三索}{三索}{三索}{七索}{二筒}{二筒}{赤五筒}{六筒}{六筒}{六筒} {二筒}

 

ツモ牌は二筒。

赤五筒か七索を捨ててテンパイ。ただの四暗刻では無く単騎待ち。ロン和了りでも役満となる手。

……だが、その為には。

 

 ーー……どうしよう。デジタルおっぱい怪獣の河、七索もヤバいし。

 

立直前の段階で四・九索が捨てられた和の河。立直後の彼女のツモ切りでは四・九索の間の牌は七索だけが捨てられていない。

 

 ーー危険を回避する為に四暗刻単騎待ちを捨てて手替わりさせるか、危険を通して確定役満でトップに成り代わるか……。それとも普通に降りるか。

 

 「ちょっと待ってほしいし」

 

池田、長考。

天国か地獄。二者択一の状態。

 

 ーー局数がもう少しあるなら危険を回避しても良かったかもしれない。トイトイとかで和了って親の時に改めて逆転っていうのもできたと思う。……けど、今が終われば後二局だけ。そもそも親番で連荘出来るかも分からない中で役満を捨てるなんて言うのはあり得ない。第一、後二局でこんな機会は絶対に来ない。寧ろ、役満を和了って点を守り切る動きをした方が安全に勝てるかもしれない。……でも。

 

ちらりと。池田は和を覗き見る。

手持無沙汰の為か彼女はエトペンの頭を撫でている。

 

 ーー仮に読み通り跳満以上だったとしたら振り込んでハコ。ゲームそのものが終わりかねない。というか、それ以下だったとしてもデジタルおっぱい怪獣がゴミ手でも無い限りそれこそ残り二局で役満並みを和了らないと勝てなくなる。

 

リスクを取るべきか否かの思考を続ける中で気が付く現状。八方塞り。

ここまでに一度も和了れていないどころか振り込んでいるせいで圧倒的に足りない持ち点。

振り込めばその時点で敗色濃厚……。ザンクですら……!!

 

 ーー……なんでこんなに天秤が釣り合ってるんだし!!

 

思わず頭皮を掻き毟りたくなる池田、辛うじて我慢。

が、決まらない。考えが一向に纏まらない。

 

 ーー……というか、どっち残しても出和了り絶対無理じゃ……?

 

そして気が付く。自身が捨て牌に迷っているという事は、他二名も全く同じ理由で出さないだろうという事に。

 

 ーー実質ただの四暗刻……?いや、だとしても充分なんだけど。……損した気分だし。

 

纏まらないが故に逸れる思考。

こうなってしまえば最早何も纏められず、何も決められない状態。思考を放棄し、思い付きを勢い任せにする以外では行動に移せない状態に池田は陥る。

……時に。

 

 「やっぱり強いな、君ら。俺の直感は間違っていなかったみたいだ」

 

もう少し待つだろうと考えたからだろうか。退屈しのぎに幸雄が口を開いた。

 

 「桃髪ちゃんは即打ちなのに無駄なく効率的。俺もそれなりに意識してるが敵いそうにない。そこらの一流と見比べても頭一つ抜けてるだろうな」

 

 「……そこまででは無いとは思いますけど。ですが、有難う御座います」

 

 「で、嬢ちゃんは誰にも真似できない異常なまでの運と直観を生かした打ち方だ。これは努力じゃどうにもできない、完全に才能の域だ。それを遺憾無く発揮できるというのは単なる努力だけでは成立しない。元部長さんのように度胸がいる。それを持ってる嬢ちゃんは成る程、大将の器だ」

 

 「そ、そんな風に褒められると……えへへ」

 

 「そして……」

 

次は自分だろうかと幸雄に視線を向け、赤いサングラス越しに目が合う池田。

僅かな恥ずかしさに逸らす視線、それを気にせず幸雄は続ける。

 

 「風越の部長はただただ上手い。一度振り込んだのは桃髪ちゃんの待ちが広かったからだろう。俺自身、手元に安牌は無かったからな。振り込んでいた可能性が高い。だが、それ以降は振り込まずに捨てながらも手を進めている様子だった。これは余程読みが上手くなければできない。和了るよりも振り込まない事の方が遥かに難しい麻雀でベタ降りをせずに最後まで振り込まないなんていうのは単なる運だけでは説明できない」

 

 「ず…随分褒めるんだな……」

 

 「似合わないか?まぁ、そうだろう。言いながら俺自身、今にも笑いだしそうなくらいおかしいと思ってる」

 

 「な、なんだしそれ」

 

 「さてな。……神様が生まれ変わらせてくれたから、かもな」

 

 「か……神様って。また突飛な……」

 

 「結構、ロマンチスト……?」

 

 「神様なんて……。そんなオカルトあり得ませんよ?迷信もいいところです」

 

 「はは、迷信か。それもそうだな。俺もそう思うよ」

 

 「ならどうして……?」

 

 「……なんとなく、信じてやってもいい気がしたんだ。君らのような若くて強い打ち手と会えたからかもしれない」

 

背もたれに寄りかかった幸雄の顔に浮かぶ満足そうな微笑み。

それは今対局している咲達だけで無く、その後ろで見ている久達にも向けられている。

 

 「……さて、邪魔したな風越の部長。どうするかは決められたか?」

 

 「え?あ……。ちょ、ちょっと待つし!!」

 

幸雄の退屈しのぎが終わったのだろう。話しかけられ、池田は自分の番である事を思い出して手牌に視線を落とす。

そして、先ほどまで浮かんでいた考えは彼の突飛な話で見事にかき消され。

ただ一つの言葉だけが頭の中に浮かんでいた。

 

 ーー神様、か。……そう言えば、前にもしたっけ。テンパイ。

 

思考がすっきりとした池田、手牌の中から選ぶ。

 

 ーーそうだし。自分で思ったじゃないか。……『もし神がいるのなら、前に向かう者を好きでいてくれるはず』、って。

 

池田の捨て牌……。

 

 ーーどうせ負けるなら、強く打って……トぶッッ!!

 

 「立直だし!」

 

打、{赤五筒}。

 

 「えっ……」

 

 「進むか。度胸も充分だな」

 

 「……通るか?」

 

 「………通ります」

 

池田、四暗刻単騎、テンパイ。

そして次巡。

 

 「ツモ……!!立直・一発・ツモ・四暗刻単騎ッ!!8000・16000!!!!」

{二萬}{二萬}{二萬}{三索}{三索}{三索}{七索}{二筒}{二筒}{二筒}{六筒}{六筒}{六筒} {七索}

 「や、役満!?」

 

 「はははっ!!道理で悩むわけだ」

 

 「立直の意味が無いどころかリスクでしか無いのに……。どうして……」

 

 「腹を括ったからだし。今度は和了る、って」

 

池田 華菜。かつて捨てた役にて和了。

結果、池田 華菜、現在トップ。

 

 「……赤木さん」

 

 「どうした」

 

 「多分いると思うし、神様」

 

 「……ああ」

 

 「今の役満は実力ですよ、池田先輩。神様なんてオカルト、あり得ませんから」

 

 「だってさ。赤木さんも言ってやれし。無粋なのはおっぱいだけにしろよなーって」

 

 「先輩と言えど怒りますよ。当然、大人だからと言って大目に見たりもしませんから」

 

 「………さっきも言ってたが、腹が減ったのか?」

 

 「おかもちじゃありません!!!!」

 

 

 

 

 

次巡へ続く。

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