南三局、親・池田 華菜。ドラ表示牌{八萬}
ーー……やり辛い。
現在五巡目。ツモ番は池田。
その中で和はずっと抱いていた微かな苛立ちをとうとう思考に割り込ませてしまった。
ーーこの対局は、ずっとやり辛かった。
和の手牌、二シャンテン。
{一萬}{二萬}{三萬}{四萬}{赤五萬}{七萬}{七萬}{八萬}{九萬}{四筒}{二索}{四索}{赤五索}
赤ドラ込みでドラ三枚かつイッツ―が見えた手。門前ならば最低でも満貫、平和が付けば跳満以上確定という状態。
一発逆転とまでは行かずとも、倍満を池田に直撃出来ればこの手でも充分に次局での勝ちが見込める。
……しかし、彼女が苛立ちを覚えているのは手牌についてでは無い。
ーー三位以下との点差を広げつつ、いつでも咲さんを捲れる状態にしておきたかったのに、早和了り出来る時に殆ど鳴けなかった。
普段ならば迷う事なく行えるはずの[鳴き]についてだ。
ーーいいえ。正確には『鳴けるのに鳴いたらいけない』気がした。そのせいで親の時の役満ツモとは言えラスに転落……。しかも逆転が苦しい状態で。
幸雄に視線を向けた瞬間に和に回るツモ番。
胸の下に僅かな圧迫感を感じつつツモり、盲牌。{六萬}。
手牌の上に寝かし、すかさず捨てる{四筒}。
ーーこれで単騎か平和、場合によっては染め手。清一色と平和で立直が掛けられれば最大で三倍満ですが……。
そうして和が視線を向けるのは次のツモ番である咲。
この対局中、東場での嶺上開花二回以外では何もできていない彼女だが、その爆発力は凄まじい。
今何も無いからと言ってこの後も何も無いわけでは無い。寧ろ、終盤に近付く程彼女は恐ろしい存在となる、と。和は知っているからこそ、一位の池田よりも咲を危険視していた。
ーー例え池田先輩が一位のままオーラスになったとしても、そこで咲さんが何連荘するか分からない以上は出来るだけ手を高くしたい。けど、長引かせればやっぱり咲さんの嶺上開花でどうなるか分からなくなる。……手替わりを待つ余裕は無いですね。
池田にツモ番が回るまでの間に打ち方を決めた和。
以降、彼女は今の手牌のまま点を高くしつつ和了る事を目的とした。
その結果、九巡目。
ーー我ながら酷い待ち。……でも、この局ではこれがきっと最善手。
{一萬}{二萬}{三萬}{四萬}{赤五萬}{六萬}{七萬}{八萬}{九萬}{赤五筒}{三索}{四索}{赤五索}
「立直」
千点棒を置く和、五筒単騎待ちテンパイ。
最低跳満、ツモまたは裏ドラで倍満の手。
ーーできればこれを池田先輩に直撃させたい……。……ですが、贅沢は言ってられそうにありませんね。
河を見る和、既に五筒が一枚切れている。
和が持っている赤五筒を含めれば残り二枚がどこかしらにある状態。
しかし、他の牌ならばいざ知らず[五]の掛かれた牌。それが九巡目ともなれば四枚残っていたとしてもまず捨て牌にはならない。
それこそ前局の池田のように勝負を賭けてこない限りは。
ーー構いません。皆さんの捨て牌的に山にも残っていそうですし、この形になるだろうと分かった時から出和了り自体アテにしていませんから。
和の立直によって空気が張り詰める。
必然、ツモ番の周りが遅くなる。
だからこそ、出ない。
ーー平気で数えやって来る
ーー和ちゃんの立直……。だけど、今回はあんまり怖くない気がする。……待ちが狭いのかな。
ーー桃髪ちゃんがわざわざ立直掛けるって事は恐らく高いな。狙いは風越部長への直撃だろうが……。ちっ、俺もようやく出来て来たんだがな。まだ間に合うか?
池田を除く二人、後が無い為続行。
が、危険牌と思われるところは切ってこない。
池田ーー現物{二索}
幸雄ーー現物{八索}。
咲ーー{九萬}。
ーー池田先輩は降り、咲さんは諦めてはいないですけど危険牌は避けて、赤木さんは……点差的にも手替わりでしょうか。
それぞれの河を見て捨て牌の意図を読み解こうとする和。
これが六巡程続く。
その間もやはり五筒は出ず、咲と幸雄は共にツモ切りになるものの立直は掛けていない。
ーー咲さんは明カン狙いだとして、赤木さんが掛けないのは……。……私の当たり牌に目星を付けているから?
幸雄の行動の意味に気が付き、和はエトペンを抑えている左腕に力を籠める。
ーーこれです。この人の読みの鋭さ。そのせいで鳴くべき時に鳴く事が出来なかった。鳴いたところで一度しか和了れなかった。それも、咲さんを警戒していたからこそでた牌でしか……!
ツモり、確認後直ぐに捨てる和。
ーー和了れない…。それ自体は構いません。寧ろ当然です。私が許せないのは読みの鋭さに委縮して手を遅くしてしまった自分自身。その結果自分の打ち方とは離れた手牌を作ってしまった不甲斐無さ。幾らこの手が最善手とは言っても、五筒単騎待ちなんてあり得ません……!
ぎゅむ、と。一際深くエトペンの顔が凹む。
それを和の脇からずっと観戦している優希が目にし、少しばかり背筋が凍った。
ーーの、のどちゃんがこんなに分かりやすく怒るなんて……。おっさん、やっぱり侮れないじょ……。
再び和に回るツモ番。
ツモり、盲牌。
ーーやっぱりあった。
……瞬間、エトペンの顔のへこみが消える。
「ツモ。立直・ツモ・イッツ―・ドラ四。4000・8000です」
{一萬}{二萬}{三萬}{四萬}{赤五萬}{六萬}{七萬}{八萬}{九萬}{赤五筒}{三索}{四索}{赤五索} {五筒}
「う、嘘…!和ちゃん!?」
「ば、倍満ツモかし…!」
「流石に高いな」
ツモ牌が雀卓の縁に置かれ、手牌が倒される。
その様子を見ていた優希、池田、幸雄以外の三人は驚愕の表情を浮かべていた。
「で、デジタル一辺倒の和が二枚見えてる牌で単騎待ちじゃと!?」
「しかも五筒!?平和付いてないわよね!?」
「……仕方無いでしょう。次で捲るには赤ドラを絡めるくらいしないといけなかったんです」
「そ、そうは言っても……ねぇ?」
「なんじゃあ、明日と言わず今から槍でも降るんか?」
「降りません。それより早く次の準備をしませんか?」
普段の和の打ち方ならばまずあり得ない待ち方と待ち牌に久とまこが駈け寄るようにして近寄る。
その表情にはどことなく下卑た笑みが浮かんでいる。
「いやいや、そんな顔しても可愛いだけよ?」
「そうじゃそうじゃ。ところで、写真撮ってもええかの?なに、ちゃんと注釈は書く。いつ見ても分かるようにしとくから、な?」
「ちょ、染谷部長……」
「うるさいです!何度も打っていればこういう時だってありますよ!」
「……中学からだと初めてだじぇ?」
「ゆーき!!!」
恥ずかしさに耐えかねて声を荒げる和。しかし、あまり怒っているように見えないせいか咲を除く三人のいじりが暫く終わりはしなかった。
そんな様子を見ていた池田と幸雄は不思議そうにしながら眼を合わせる。
「なんで、誰も倍満の方に驚かないんだし?」
「こういう打ち方になる時くらいあるよな……?」
互いの疑問を聞き、それを考えても答えは出ず。
「「????」」
二人は、示し合わせたかのように一緒に小首を傾げた。
次巡に続く。