南四局・オーラス。親・宮永 咲。ドラ表示牌は{四筒}。
ーー強い……。強すぎるよ、この人……!
現在四巡目、和のツモ番。
早和了りを目指しているのだろう池田の{北}鳴き以外門前立直なしの中、咲は手牌の暗刻を見つめながら強者の姿を浮かべる。
その相手は正面に居る幸雄だ。
ーー東三局からここまで、赤木さんは私のカン材を全部止めてる……。他のは全部王牌の中にあるせいで和了がれないのに……。
ある種の異能とでも呼ぶべき咲の直感が示す和了りに繋がる牌の在り処。
そこへ手を伸ばす為に必要な牌、そのたった一牌が彼女の真正面にて打牌する幸雄の手牌から出てこない。
故に、咲は和了れなかった。
ーー前にもカンが出来無い事はあったけど、その時とは意味が全然違うよ……。だって、ラスヅモ近くまで巡が回っても出てこないんだから…。
思い返されるのは県個人予選と全国準決勝の日。
県個人予選の時、咲は同じ卓に座った久・智紀・桃子達三名が成立させた順子場によってカンを封殺された。
しかし、所詮は呉越同舟。一人の意志が離れれば容易に崩れる。
結果として順子場は崩壊し、咲はカンを実行。嶺上開花を成立させる事と成った。
次いで全国準決勝の時、対峙した三校の大将は異能と呼ぶべき力を振るう事で咲のカンを圧殺し続けた。
だが、カンからの嶺上開花で一度も和了れなかったわけでは無い。打ち方の意識を変える事で場に適応し、始まりから手にしていたカン材を用いての嶺上開花を咲は成立させた。
けれど今回は違う。
ただ一人が[読み]という理屈に則ってカンを……ひいては嶺上開花を止めている。
最初からカン材が手元に来ず、結果として嶺上牌を摘みに行けない。
咲の直感では畏怖するような恐ろしさも無いと言うのに。
であれば。これを覆すのは至難の業と言えた。
ーー……どうしよう。
ツモ番が咲に回る。
ツモり、盲牌し、手牌の上に寝かす。
ーーテンパイはした……けど。
{一萬}{三萬}{八萬}{八萬}{八萬}{五索}{五索}{六索}{八索}{八索}{八索}{八筒}{八筒} {八筒}
三色同刻・三暗刻確定手。これに立直を掛ければツモで親跳18000点、ロンで親満12000点を得られる。
一発逆転できずとも次局で6000点以上を和了れば勝てる状態には持っていける。
……が、咲。
打・{六索}。立直は掛けず……!
ーー立直は出来無いよ……。八萬も八筒も王牌の中だもん。二萬はツモ山にもあると思うけど、一気に嶺上開花で和了るには誰かから鳴かないと……。
不安げな視線をそれぞれの捨て牌に向ける咲。
現状、二萬は幸雄の河に一枚だけ捨てられている。
ーー八索があれば……。それさえあれば、安全に和了れるのに……!!
和の打牌音が耳に届き、再びツモる咲。
盲牌。
ーー違う……。
手牌の上に寝かせる事無く捨てられる{一索}。
ーーお願い…。アカギさん以外の手に入りますように……!
祈るようにして両目を強く瞑る咲。その姿を目にしながらツモるのは池田。
ーーどうしたんでしょう、咲さん……。………カンが出来なくて嘆いている……んでしょうか?
その正面の和、一シャンテン。
{一萬}{二萬}{五萬}{一索}{二索}{三索}{一筒}{二筒}{三筒}{五筒}{赤五筒}{六筒}{七筒}
三色確定でドラ三のこの手牌。
ツモり次第ではあるが、最終的に平和が付いて立直を掛ければ、八筒ロン以外なら逆転が出来る。
ーーなら今の内です。咲さんには悪いですが、私だって負けたくありません……!
それ程時間を要せずに回って来た和のツモ番。
ツモとほぼ同時に脱兎の如く捨てられる{五萬}。
そして、千点棒。
「立直」
和、テンパイ。
{五筒}{八筒}待ちの三色同順・平和・現状ドラ三の手。
ーー五萬切っての立直だと?逆転手前提のこの場面だ、ドラは間違い無く抱えてるだろうが……。
和の立直を見た幸雄、己の手牌に視線を落として歯噛みする。
ーー手自体は何も悪く無い。寧ろいいまである。かと言って立直が掛かった今、桃髪ちゃん以外から出てくるような牌でもない。……ここまで来てツモ前提で裏ドラに頼るしか無い運否天賦、か。嘆きたくなるな。
{三萬}{四萬}{五萬}{三筒}{四筒}{赤五筒}{七筒}{白}{白}{發}{發}{中}{中}
幸雄、一シャンテン。
小三元が見えてはいるものの今のままでは倍満のみ。和了れたところで勝てはしない。
裏ドラが乗ったとしても三元牌の内、暗刻に成らなかった牌がドラになるだけではロン和了りで倍満止まり。
幸雄が勝利する為には、ツモ和了りと裏ドラが三元牌である事、またはトップの池田への直撃が絶対の条件。
しかし、最早池田は降りるだろう。余程手の進みが良くとも、まず間違い無く。
正しく、運否天賦。
幸い、三元牌は場に{白}一枚しか出ていない。
不幸だったのはその切られた時までには幸雄の手元に{白}が一枚しかなった事。
ーーまぁいい。風越の部長は兎も角、他の二人は間違い無く異常な打ち手だ。そんな奴らと最後の最後まで勝ちの芽が残ってる対局が出来たんだ。充分だろう。
対局する三者を一周するように、一瞬だけ幸雄は視線を向ける。
それは諦めから来る感情では無かった。
[満足]。
ただそれだけの感情。混じりっけの無い、充足した対局が出来たという満足感から来ていた。
ーー嶺上開花を平気で連発する嬢ちゃんは言うまでも無く。単なる理詰めの打ち方かと思いきや桃髪ちゃんのそれは常人を遥かに超えている。俺だってリー牌無しでシャンテン数を即座に言い当てる事は出来るが、対局中に和了りまでを理詰めにするとなれば話は別だ。他の奴よりかは早いだろうが、常に超が付く早打ちなんてのは無理。不可能だ。
清澄高校の二人に向けられるのは世辞など混じっているはずの無い賛辞。
裏社会で人並み以上に打ってきた彼にしてみれば、[自分には不可能だ]と断じる事が如何なる賞賛の言葉よりも相手を称えている証だった。
そして。彼が次に意識を向けたのは[異常]では[無い]打ち手。ーー池田。
ーーそういう意味じゃ風越の部長は安心出来るな。彼女にしてみれば気分のいい話じゃ無いんだろうが、俺が今、まともに打ててるのは彼女の[普通の強さ]があるからだ。これでもしあの三人の誰かだったら……ああ、手も足も出なかっただろう。
次いで想起されるのは久・優希・まこの三名。
彼女達の強さも間違い無く、幸雄が対局してきた殆どの相手達よりも頭一つ抜けている。
悪待ちをする度胸とそれを手段の一つとしてしか扱わない強かさ。東場だけとは言え常識の埒外にある速さでテンパイする強運。異常なまでの察しの良さで和了り、なのに振り込み難い打ち手としての強固な才能。
それだけの天賦の才を持ちながらなお弛まぬ研鑽を積んでいると分かる対局中の自信。
ただの打ち手よりも経験が豊富な幸雄でさえ、いや、だからこそ。ここにいる彼女達の強さと心構えを侮ろうとは夢にも思えなかった。
ーーああ。充分だ。死んだ甲斐があったってものだ。こんなにも楽しい麻雀が出来るのなら、もう一度死んだって良いと思えて来る。……失血死は御免だけどな。
小さく、幸雄は微笑む。
誰の目にも止まらないほど小さく。
けれど。それは彼が裏社会に入ってから溢した笑みの中で最も屈託が無かった。
ーー……さて。これだけ楽しませてもらったんだ、最後まで向き合わなければ嘘ってものだろう。
微笑みが消え、元の表情に戻った幸雄は自分にツモ番が回ってくると同時に気を引き締める。
この満足感で満たされるのは己だけ。
であれば、この場の全員が満足できるように打たなければならない。それこそが素晴らしい時間を提供してくれた彼女達へと示す礼儀だと思い至る。
ーー……ああ、堪らないな。この感じ。これこそが……麻雀だ……ッ!!
ツモ、盲牌。そして即座に掴む{七筒}。
{三萬}{四萬}{五萬}{三筒}{四筒}{赤五筒}{七筒}{白}{白}{發}{發}{中}{中} {白}
「通らば……立直だ……ッ!」
曲がる七筒、放り込まれる千点棒。僅かに曇る、和の表情
「……通ります」
和、ツモ。盲牌。
目が見開かれ、捨てられる牌。ーー{八索}。
「カン……!!」
「「「!!!!」」」
全員の目がーー見守る久達の目までもが、咲に集まる。
「もいっこ、カンッ!………もいっこ!!」
嶺上牌を引き、盲牌も確認もする事も無く連続で行われる二度の暗カン。
その姿を誰もが、美しいと感じる。まるで花が咲き乱れるようだと。
そして。
「……ツモ。
{一萬}{三萬}{八萬}{八萬}{八萬}{五索}{五索} {八萬}{八萬}{八萬}{八萬} {八索}{八索}{八索}{八索} {八筒}{八筒}{八筒}{八筒} {二萬}
大明カンによる責任払い、及び。
連荘……ッ!
次巡に続く。