南四局・オーラス・一本場。親 宮永 咲。ドラ表示牌{六筒}。
現在七巡目。ツモ番は池田。
誰一人として鳴きも立直も無し。幸雄の感覚ではテンパイ気配も誰からも感じられていない。
だからこそ、彼は手牌に目を落とし、興奮が抑えきれなかった。
ーー麻雀の神は、俺を見放していない……!
{一萬}{一萬}{二萬}{二萬}{三萬}{四萬}{赤五萬}{六萬}{七萬}{八萬}{八索}{三筒}{八筒}
幸雄、二シャンテン。
門前のままであれば一盃口が見え、ツモ次第でーー否、この点差であれば狙わざるを得ない清一色まで後僅かの手。
このまま萬子で染め、ツモ和了りが出来ればトップへ躍り出れる最高の状態……ッ!
ーー初めの手牌が悪く無い所からの連続萬子ツモ……。まだやれる………!
幸雄のしまっている左手が小さく震える。
一本場に入ってなお失われていない運。眼には見えずとも考慮に入れるしかなかった不確定要素でしかない[運]が今、この時、やっと彼に味方している。
ーー思えばさっきの局の終わりも良かった。俺は点を失わず、かつ、嬢ちゃんが捲り切らなかった。一位との点差こそ離れてはいるが何の事は無い。役満以下で捲れるのなら上等…!
幸雄に回るツモ番。
盲牌。朱いサングラスの奥にある瞳が一瞬大きく開かれる。
ツモ牌はーー{九萬}。
手牌の上に寝かせ、迷う事無く捨てられる{八筒}。
ーー勝てる……。勝てる……!!
ツモ番が和に回り、すぐさま咲に移る。
その中で幸雄は、確かに勝利に手が届く感覚を覚えた。
ーー俺の河に萬子は無い。例えこのままテンパイしても誰も振り込まないだろう。だが、それこそが幸運……っ!ツモしなければ捲れないのならば、出和了りなどは無駄、無用ッ!
三枚の字牌と索子・筒子でのみで形成された幸雄の河。
どんな素人が見ても萬子の全てが危険に見える状態。それに加えてのこの点差、幸雄の持ち点。まず萬子は通らないと誰もが確信を持てる捨て牌。迷彩など以ての外。
だが、それでいい。
差し込んで強引に終わらせる事も出来なければ、振り込むなど誰の考慮にも値しない状態。
強引に舗装された勝利への直通路……!
ーー他の河を見ても俺の欲しい萬子は捨てられていない。手に持っている可能性も充分あるが、だとしても牌山の中にもまだ眠っているだろう……!
池田の方から聞こえる打牌音。
ツモる幸雄。盲牌。ーー二枚目の{九萬}ッ!
ーー来ている、流れが来ている……ッ!勝てるッッ!!
手牌の上に寝かされ、即座に捨てられるのは{三筒}。
幸雄、逆転への一シャンテン……!
ーーおっさん、高い手張ってそうだなぁ……。他の二人もちょっとヤバそうだし。やっぱ簡単には勝たせてくんないか。
{五萬}{赤五萬}{三索}{五索}{七索}{九索}{二筒}{三筒}{七筒}{北}{北}{發}{發}
池田、三シャンテン。
七対子が見えてから早四巡。
早和了りの為、鳴いてトイトイにするにしても字牌からにするつもりが一向に捨てられも引けもしなかった自風牌の北。
三巡目で和が發を捨ててはいたが、その時は池田の手に対子の發がない。
ーー上手くいかないなぁ。やっと県大会での借りを返せると思ってたのに。ここまで来たら鳴かずにチートイの方が早いような気がして来た。
などと考えつつ、(ここからが長いんだけどね…)と池田はため息を吐きそうになる。
ーーてか、下手したらデジタルおっぱい怪獣辺りがダマで高い手張ってるかもだし、もう降りとくか……?って、それじゃ
思考を巡らせれば巡らせるほど、自身の今の状況が立ち行かないモノだと理解できてしまう池田。
ここからチャンカンの可能性を作る為に手替わりを狙うか、それとも当初の予定通り早和了りの為に鳴くか、或いは七対子で行くか、それとも咲を無視して今からベタ降りに切り替えるか……。どれを選ぶにしても残りの巡目を考えれば最適解に成り得るモノは無かった。
ーーあの人は見え見えの萬子の清一色……。この点差でこの局面に成れば小細工などは出来るわけもありませんか。
{赤五筒}{赤五筒}{七筒}{七筒}{七筒}{三索}{四索}{赤五索}{六索}{九索}{南}{南}{南}
和、一シャンテン。
現状自風とドラのみの手。
ーー初めから見えていた四枚のドラと自風の暗刻と追加で引けた二枚のドラ……。頼り過ぎましたか。
そう思いつつも和は何処か嬉しさを感じていた。
その理由に彼女が気が付く事は無く、誰かに指摘されても否定するだろう。
何故なら、自身で否定した同門の志の体質からの連想だから。
ドラが多く集まるーー。
そんなオカルトはあり得ず、敗北の危機だからと言って友人から一時的に力を借り受けているなどというオカルトもあり得ないと断じているから。
ーー……いずれにせよ、咲さんの嶺上開花よりも早く和了るには南を落としての手替わりの余裕はありません。ここから勝つには三暗刻か、カンドラを乗せるくらいしかありませんか。……勝つ手段があるのなら充分です。
ツモ番が和に回る。
ツモ、盲牌。ーー{赤五索}。
ーー三暗刻。
和は{九索}を即捨てする。
当然立直は掛けず。今、和了ったところで倍満止まり。
誰に直撃しようとも勝てはしない。だが、三暗刻で和了れれば……。
ツモ条件ではあっても勝利できる。
ーーいえ、{南}が来たらカンもしますか。咲さんを相手にする以上、勝利への手段は多い方が良いです。
無意識のうちに咲に視線を向ける和。
その目が、咲の目と合う。
ーー意識されてる。……対等な相手として。嬉しい、嬉しいな……!
{二萬}{二萬}{一筒}{一筒}{一筒}{六筒}{六筒}{八筒}{九筒}{九筒}{二索}{二索}{二索}
咲、一シャンテン。
三、または四暗刻が見えた手。
彼女の逆転に必要な点数を考えると過剰な点数かつ和了りが難しくはあるが、鳴いても問題無い事を考えると充分と言える。
ーー私、強くなったでしょ?和ちゃん。約束通り、強く……!だから………!
心が高揚し、動いた足先同士が当たって小さく乾いた音が鳴る。
それに気が付くのは当人である咲と彼女の真後ろのまこだけ。
何処か間の抜けたその音は『彼女らしい』とまこに笑みを浮かばせた。
ーー……勝つよ、和ちゃん。[誰にも負けないくらい強くなった]事を証明したいから……!
咲にツモ番が回り、そこから更に三巡。合計で十二巡。
全員がテンパイ。即ち、四軒テンパイ……!
が、卓上に千点棒は無し。揃ってダマテンッ!!
ーー四暗刻テンパイ。……けど、赤木さんがツモるカン材が出ればそのまま……。
{二萬}{二萬}{一筒}{一筒}{一筒}{六筒}{六筒}{六筒}{九筒}{九筒}{二索}{二索}{二索}
ーー結局、南が来る前に三暗刻テンパイ。ですが、出来ればツモと直撃以外でも捲れるようにしたいですね。
{赤五筒}{赤五筒}{七筒}{七筒}{七筒}{三索}{四索}{赤五索}{六索}{六索}{南}{南}{南}
ーー結局七対子、か。ま、仕方無いし。ツモがそうだった上に、そもそもカンチャンなんて狙ってできるわけもないんだ。普通に和了りに行って正解だったはずだし。
{五萬}{赤五萬}{三索}{三索}{九索}{九索}{三筒}{三筒}{七筒}{北}{北}{發}{發}
三者の手牌が大きく変わりはしなかった。
和はツモで、咲と池田は和了れさえすれば勝てる。
残り少ない巡で出るのか。それだけが三名の頭の中にあった。
対し、幸雄。
彼女達と同様の思考は持ちつつも本質的には違う心持で手牌を見つめている。
ーー……そうか。あれは迷信じゃ無かったんだな。
{一萬}{一萬}{二萬}{二萬}{三萬}{四萬}{赤五萬}{六萬}{七萬}{八萬}{九萬}{九萬}{九萬}
幸雄、テンパイ。
{一萬}・{二萬}・{三萬}待ちではあるが、河には既に三枚の{三萬}。
幸雄が知る由も無いが、{二萬}は既に咲の手牌の中と合わせて出切っている。
だが、{一萬}は一枚しか切られていない。
即ち、九蓮宝燈テンパイ!
ーー和了ったら死ぬ、なんて聞いていたが。……既に死んでいる俺の場合は、どうなんだろうな。
幸雄が今望むのは勝利ともう一つ。
最後まで存分に楽しむ事。
その手段の一つとして役満和了ーーそれも九蓮宝燈は願ってもいない役。
故に、幸雄は初めて効率を無視した。
今日、己に交わした誓いを護る為に……ッ!
ーーさて、死後の運試しと行くか。
ツモる幸雄。盲牌。
……{一索}。
ーー風越の部長には危なそうだな。だが、この役を降りるつもりは……無いっ!
手牌の上に寝かせる事も、迷う事も無く打、{一索}。
……通る。
ーーまだツキに見放されてはいないか。……楽しみだ。
次いで和のツモ番。
ツモ、盲牌。そして。
「カン」
和、{南}の暗カン。
捲られたカンドラはーー{東}ッッ!!
ーードラ四!?
全員のーーカンを行った和ですら、全く同じ言葉が脳内に浮かび上がる。
ーーまさかカンした牌に乗るなんて……。
嶺上牌をツモり、そのまま捨てる。ーー{發}。
ーー今更遅いし…!!
咲のツモ、そのまま河へ。
ーー勝負は……次巡かな。本当に清一色なら、赤木さんは絶対に捨ててくれるはず。
次ぐ池田。ツモ牌はやはり河へ。ーー{北}。
ーーうぅ。なんなんだよぉ。なんでまた今頃なんだ!!
そして、幸雄。
ツモった牌はーー{二索}。
ーー……こいつは。
直感する。
これは恐らく危険。
しかも対面の宮永 咲に。
……だが。
「……ああ。楽しかった」
彼の顔に敗北の恐怖は無かった。
「……オープン立直は許されているか?手牌全部だ」
「えっ?なん……どうして?」
「ここにきて…って、どんな意味があるんだし」
「理解出来ません。……怒りすら覚えます」
「まぁそう言うな。どうなんだ、元部長さん」
「……どうだったかしらねぇ?ま、やってもいいんじゃない?別に大会じゃないんだし、間違ってても無問題、てね」
「ははっ、それもそうだな」
後ろに立つ久の答えに笑いながら頷き、幸雄は手牌を蛍に返す。
パラララ、と。綺麗な音を立てて幸雄の手牌が全て表に返され、幸雄と久以外の目に触れた。
「に``ゃぁ!?」
「こ、これは……!!」
「お……お姉ちゃんでも無いのに!?」
「う、嘘だじょ。おっさん……死ぬのか??」
「捨て牌からもしやとは思っとったが、まさか本当だったとは」
「さ、持っていけ。今日の礼だ」
そして、{二索}を折った。
「オープン立直だ」
「……カン」
僅かに躊躇ったような咲の宣言が上がる。カンドラは{八筒}。
そして。
「……ツモ。トイトイ・三暗刻・
一位・宮永 咲、二位・池田 華菜、三位・原村 和。平山 幸雄・トビによって、半荘は終わった。
次巡へ続く。