東一局、親・愛宕 洋榎。ドラ表示牌は{四萬}。
ーー来たか。とうとう……。この日が……
全ての準備が整い、残すはリー牌のみという中。
西家の幸雄は一人、決意に満ちた心を抱ている。
ーー試合は嬢ちゃんと打った局数と同じ半荘一回、ルールもあの時同様。これなら言い訳の一切利かない対局が出来る。嬢ちゃんの強さを証明する、対局がな。
並べる事無く認識したシャンテン数は四。
その手牌に幸雄は驚きを覚える。
それはシャンテン数の悪さでは無く、寧ろその逆。
ーー……どういう事だ?この大星 淡という女は、対局者全員の手牌を極端に遅くするんじゃ無いのか?
{三萬}{六萬}{八萬}{一索}{三索}{四索}{七索}{八索}{四筒}{五筒}{八筒}{南}{西}
己の眼を疑いながら並び替えた手牌はやはり四シャンテン。
しかし幸雄の知る淡の対局では、対局者全員の手が常に五~六シャンテン。
彼はそれを[咲と同種の力]の一つと認識し、いつか打った時の為の対策を立てていた。
ーー……対策、とは言っても、結局はデジタル打ちを突き詰めるだけの事。今更特別な何かを会得したわけでは無いが、迷彩を減らす程度の事は考えていた……
何を切るかを考えつつ、幸雄は北家の淡から順に反時計回りに顔を見回す。
リー牌を終えた手牌を確認し、得意げな笑みを浮かべる淡。
切る牌に対してなのか、それとも手牌の重さに対してなのか、僅かに表情が硬い洋榎。その後ろに立つ、似たような表情の絹恵。
そして、両手を膝の上に下ろして静かにツモ番が来るのを待つだけの照。
その様子から察するに、誰もが[当たり前]の態度を取っているように彼には見えた。
ーー……俺だけなのか?手が軽いのは……?
「……ほな、始めよか」
幸雄の疑問など知る由も無い洋榎は東一局の第一打を放つ。
捨てられたのは{南}。
続く北家の照、打、{南}。
ーー賽の目の示した角はあそこか。……さて。
ツモ、盲牌。手牌の上に寝かせ、確認。{七萬}。
幸雄、三シャンテン。
淡にとっての絶対安全圏に見えない亀裂が走る。
ーー手は進んだ。……問題は捨て牌か。
元より理屈による打牌ーーデジタル打ちを信条とする幸雄の手牌には二つの字牌。
一つ目は{南}。そしてもう一つは自風の{西}。
ーー対策と信条通りに打つなら南一択。だが、それでもし淡の手で南が浮き、ダブリーすらも使うとすれば……
四風連打ーー。
同巡内で同じ字牌が四度連続で切られた場合に流局するという麻雀の基本ルールの一つ。
このまま幸雄が捨て、彼の想定通りに淡が打った場合、これが成立してしまう。
ーー一度流し、今の配牌が偶然であるかどうかを確認するのも悪くは無い。だが、もしも奇跡に等しい確率を偶然にも引いただけだとすれば、以降の対局は想定通りの酷く苦しいモノになる。
刹那に逡巡し、幸雄が出した答え。
それはーー{南}。
「なっ」
「………」
「……へぇ~」
誰もが同じ考えを持っていたのだろう。幸雄の捨て牌を見た途端、全員の雰囲気が一変する。
フリー対局とは言えあくまで部外者の為、沈黙を守ろうとしている絹恵さえ口を手で押さえなければ声が出ていたかもしれない。
ーー誘い出してみるか。彼女の対抗心を。
北家の淡にツモ番が回る。
ーーさて、どう出る?
幸雄が選んだ答え。
それは、[淡の隙を探る]というもの。
対局の映像や、幸雄の教室に入って来た時の彼女の様子は良くも悪くも[子供らしく、無邪気]。
であれば、挑発に乗りやすいのでは無いか?もしも乗りやすいのであれば、そこを突いて打ち負かせるのでは無いか?
これを確かめる為の一打が、四風連打を恐れない{南}切りの理由だった。
ーー……そもそも、持っていない可能性の方が高いんだがな。
相手を探る為に一計を案じつつも同時に否定的な考えが浮かぶ幸雄。
それでも、何かしらを得る糸口になるのならば良い、というのが彼の最終的な結論だった。
「こーすれば私のダブリーを止められると思った?」
淡のツモに全員の視線が集まる。
手牌の上に寝かされるツモ牌。
そして、直ぐに手牌から一枚が取り出される。
「でもざーんねん!そんな小細工、通用しないんだよねーー!」
淡の座る場所、その角隅に牌の背が触れ。
「リーーチ!!」
彼女の河に向って、回転運動を行いながら牌が捨てられた。
捨て牌はーー{五筒}。
「……ま、そらそうか。四風連打なんてそう起きんわな」
「あったりまえじゃん?」
「……普通はダブリーもなんだがな」
「まーね!ま、淡ちゃんは特別だから仕方無いんだけどっ!」
ダブリー宣言と同時に一巡し、ツモ番が回った洋榎の、独り言にも聞こえる言葉に反応する二人。
しかし、自慢げな淡とは対照的に幸雄の表情は落ち着いていた。
ーー考えていた結果とは違うが、彼女の性格はおおよそ分かった。……つけ入る隙はある。
淡の立直を掛けるまでの発言と行動、その後の会話。その三つから幸雄は彼女の性格を把握する。
無邪気で自信家、そして、対局すると決めた際の会話も含め評価するなら恐らく負けず嫌い。
これだけの情報があれば彼女の行動原理は大体想像が出来ると幸雄は考えた。
ーーとは言え、ダブリーは流石に厄介だな。嬢ちゃんの時のようにション牌や捨てられていない種類の牌を避けるだけでは対策としては不十分だろう。……一先ずは現物と合わせ打ちを意識して回して、数巡様子見するか。……片岡の嬢ちゃんの時の二の舞は御免だしな。
{南}切りから得られた情報をこの局でも生かす為、放銃を回避する打ち方を一先ずの方針とする幸雄。
以降、彼はなんとか振り込みを回避しつつも手を整え、和了りが見えるようになると最大限の注意を払いつつ攻めの姿勢に転じる。
ーーダブリーを怖れるな。数巡耐えたら攻めろ。でなければ……得られない……!勝機は……ッ!!
そうして九巡目、とうとう幸雄はテンパイする。
{三萬}{四萬}{赤五萬}{一索}{一索}{七索}{七索}{二筒}{三筒}{四筒}{六筒}{七筒}{八筒}
ーーツモがそれなりにまともで助かった。リーのみだが、ツモと裏ドラで満貫はある。後は……。
その次巡。
「カン!」
淡が暗カンを成した。
ーー最大打点に成るのを待って和了らなかっただけかどうかが問題だな。
当然、その挙動を起こすとも幸雄は知っていた。
ーーカン後に和了ってカンウラモロ。しかもその次のツモ番は振り込む事が多い。
咲達と対局し、現代麻雀に興味が湧いた幸雄。彼は麻雀教室を立ち上げる傍ら、多くの対局映像に目を通した。
その中には淡、照、洋榎のモノもあった。彼女達のように咲ーーひいては清澄高校と何らかの因縁がある学校の出身者の場合はある程度の統計も取っていた。
そこから推察した淡の打ちスジ。その一つが彼の首元まで迫っている。
「…捨てたよ、おじさん??」
「……ああ」
自信に満ち、ともすれば神経を逆撫でかねない挑発的な表情と声色で幸雄にツモを促す淡。
対し、幸雄は彼女の態度には反応を示さずに牌山に手を伸ばす。
ーー場合によってはこれが淡の和了り牌の可能性がある。……さて。
ツモ、盲牌。ーー{一萬}。
ーー俺としてはツモ切り以外に選択肢の無い牌……か。
「少し時間を貰う」
手牌の上に寝かせ、長考を宣言して三者の河を思い返す幸雄。
ーー立直後、一萬を捨てた奴はいない。両面を考慮すれば四萬も危険だが、愛宕姉が二巡前に切っている。絶対安全というわけでは無いが、両面の可能性は若干低い、か。
淡の河には切り出しも何も無いほどに無秩序に捨てられた様々な牌。
ダブリーである以上、全ての牌にどう確立の危険性はある。
しかし、カン後の振り込み率の高さを踏まえれば、一萬は他の牌よりも危険に思えた。
ーー……一度、下がってみるか。
「待たせた」
考えを纏め、幸雄が捨てたのは三巡前に洋榎が捨てていた{七索}。
幸雄、一手後退。一シャンテンに戻る。しかし、有効牌は多い。
ーー六萬と一索は全て出切ってはいるが、残り巡を考えても張替は可能だろう。……次が回ってくるのなら。
次巡、計十巡目。
ツモをした淡が手牌の両端を両の中指の先で抑え。
ーー出よったな?
十三牌丸ごと一直線に宙に浮かされ、高速で逆回転を始めた。
「ツモ!3000・6000!!」
淡の和了宣言と同時に卓に叩きつけられる十三牌。
その後の裏ドラの確認では幸雄のリサーチ通り、カンウラがモロ乗りしていた。
ーー手法が分かっていてもな。……どうやって下すか。
瞳と手牌を閉じる幸雄。
その顔は微かな笑みを称えている。
次巡に続く