幸雄、慄く。
ーーい、幾らなんでも簡単に入れ過ぎじゃ無いか……っ!?
何も分からぬまま蘇り、行き先に迷っていた最中に邂逅した少年・須賀 京太郎の紹介によりニセアカギこと平山幸雄が向った先は高校。
彼の知る木製の建物ではない、鉄筋造りのその学び舎の名は[清澄高校]。
最早全国で知らぬ者は居ないと言える、新進気鋭にして全国制覇の強豪麻雀部を擁する共学高等学校。
……なのだが。
「今日は休日っスから、先生達もあんまり見回りに来てないんですよね」
「そ、そうなのか……?まぁ、俺には有り難い事だが……」
特に違和感も感じていないのか笑いながら先を歩く京太郎とは対照的に幸雄の顔は曇っている。
ーーす、凄いな…。竹刀持ったヤクザみたいな教師がこうも見当たらないなんて。そんなにも時代は変わるものなのか??
こうも記憶と違う現実を目の当たりにすれば状況が呑み込めなくとも理解せざるを得ない。
幸雄、今が昭和では無いと察する。
しかし、当然と言えば当然。焼野原も無ければ張り詰めた空気感もない。
病的にギラついた繁華街を思わせる街並みも無ければ、暗々とした路地裏といった空気感の場所も無かった。
初めは疎開先の田舎かとも考えられたが、なんの事も無い。ただ、自然が多く残るだけの場所。
恐らくは多くの者達が心血を注いで盛り返した奇跡の地の一つに過ぎない。
ーーま、まぁ今がいつかなんてのはどうでもいいか。ボロを出さないようにだけ気を付けないとな。
であれば。いっその事自分の持つ記憶はあてにならないと考えた方が良い、と。幸雄は結論付ける。
「この階段を昇った先にある建物が清澄高校麻雀部っス」
「あ、ああ、もうか。ありがとう、京太郎」
「いえいえ、赤木おじさんの頼みですから」
「はは、それもそうだな」
京太郎の自然な返答に思わず幸雄の頬が緩む。
ーーーいつ振りだろうな。こんな風に何も考えずに礼が言えるなんて。
言葉一つで命が左右される裏世界に長く浸り、生を終えたからこその異常な思考。
それを京太郎が気付けるはずも無い。
「着きましたよ」
どういう訳か屋上に建てられた小屋ーー否、小屋と言うには余りに手の込んだ一軒家のような場所。
その扉が二か所、開かれる。
「ここが清澄高校麻雀部部室です」
京太郎の案内によってつつがなく到達したそこはーー彼の言葉通り、麻雀を打つ為の部屋だった。
だが、決してそれだけの為の場所では無い。
およそ中央と言える場所に置かれた見慣れないテーブルーー雀卓を囲むようにして配置されているのは恐らく休息に用いるだろう品々。
壁際の本棚、雀卓傍の給湯器、布とパイプ製の対立ての陰に見える布団らしき物、そして視覚的にも飽きさせないステンドグラス等。
どれも学生がクラブ活動で使うだけの部屋としてはもったいない品々ばかり。
が、幸雄、驚かない。
否、電流は走っている。
しかし……。身体は屈さない。
あくまで、直立不動。男としての意地。
ーーそ、そうか。戦争には負けたが、生き残ったのか……時代には……ッ!この島国が……ッ!!蟻のように小さき国が………ッッ!!あれ程の品の無い、どん底から……ッッッ!!!
しかし、感極まる。
漢泣き……ッ!朱いサングラスの下で輝く、失ったはずの涙…………ッ!
「……あれ、須賀君?帰ったんじゃなかった……の…?」
「あ、部長。それがですね…」
「元、ね」
「……細かいですよ?」
幸雄に集まる視線。
当然、京太郎と橙色の髪の女学生、言葉を失う。
「(それより須賀君、あの人……誰?)」
「(お、俺の遠い親戚の赤木おじさんなんですけど……どっ、どうしたんですかねぇ~~?元部長を見て嬉しくなったのかなぁ~~~???)」
「(……アカギ?)」
「(え、ええ)」
「(………ふぅん)」
ーーまさか、ね。
両者の不安げな視線に未だ気が付かない幸雄。
そのまま数分ほど浸る、感無量。
次に彼の意識が戻ったのは、新たに二人の女学生が部室に訪れた時だ。
「だ、誰じゃ!?」
「ふ、不審者か!?!?」
突如届く背後からの声。
驚き、振り向いた幸雄と眼が合う緑髪の女学生と、彼女が背に隠す小学生のような背丈の食べ物を持った少女。
「いやっ、これは……ッ!!」
幸雄、我に返る。
しかし、取り繕う言葉が出てこない。
咄嗟に助けを求めた先は京太郎。
ーーた、助けてくれ……ッ!
向ける視線。驚く程ビタリと合う目線。
「あ、こ、この人は俺の親戚のおじさんで!赤木さんって言うんだ!」
「し、親戚のおじさんじゃあ?」
「きょーたろうのおじさんの割には似てないじぇ?」
「ま、まー、結構遠い親戚だからな!みんなの活躍を聞いてふらっと来たみたいなんだ!!」
でまかせである。しかし、真実味もある。
事実、幸雄が感慨を目元から溢している時に橙色の髪の女学生・竹井 久に京太郎はそう説明している。
「そうらしいの。まぁ、悪い人じゃなさそうね。私に会って嬉し泣きするくらいだし」
「な、なるほどのぅ。一応久はこの部の顔か。それならまぁ、納得してもよさそうじゃが」
「一応って……。まぁ、咲と和の方が目立ってたけど」
「私達のファンか!!それならそーと早く言ってくれ!」
少し困惑気味に答えた久の言葉に若干怪しんでいる緑髪の女学生・染谷まこ。
そんな彼女達とは違い、一気に警戒心を解いた小学生・片岡優希はまこの背から身体を現すと、幸雄の周りを楽しげな表情で小走りに回る。
「お、おいやめろタコス女!失礼だろ!!」
「じぇ?」
「い、いやいいよ、京太郎。このくらいの子供はこのくらい元気な方が良い」
幸雄、失言。しかし気付くはずも無い。
「なにぉう!?この東場の神である私を子供呼ばわりとな!?」
小走りを止め、幸雄の真正面で不機嫌そうな表情を浮かべる優希の視線を受け、再び京太郎に顔が向く。
「……え?」
「そ、そいつ、先鋒の片岡優希なんスよ。テレビで見るよりちっこいから、気付かなかったでしょうけど……」
「な、何ぃ!?こ、この子供、君らと同じ年なのか!?!?」
「子供扱いするなぁーーー!」
幸雄に衝撃走る。
ーーじ、時代には生き残っても、栄養は未だに足りないのか……!?
否、即座に否定。他の三者を思い出す。
「そ、そうか、済まなかったな片岡の嬢ちゃん。テレビで見た君はもっとでっかく見えたからさ。まさか同一人物とは思えなかったんだ」
「なぬ!?ならばしかたない!今回は許してやる!」
身長はあくまでも個人差。
寧ろ、多様に栄養が取れるようになったからこその違いだろうと判断し、即座に口八丁を披露する。
「し、して、赤木さん?は、どうしてここに来たんじゃ?」
その言い分に違和感が無かったのだろう。優希は上機嫌に両手を腰に当てて胸を張り、怪しんでいたまこも僅かな疑問は持ちつつも警戒心を更に解いていた。
「あ、ああ。君らに会ってみたかったっていうのもそうなんだが、是非一度打ってみたいとも思ってね」
刹那、部室内の空気が変わる。
ーーへぇ、どうやらただの女子供ってわけじゃなさそうだ。
一瞬で張り詰めた室内。奔る賭場の空気。独特のピリ付く匂い。神経に触れる、冷えた熱。
それに気が付かないのは京太郎のみ。
「ほぅ?私達の活躍を知っての挑戦状とは、なかなか見どころのある奴だじぇ」
「どーする、久?わしは構わんが」
「………良いんじゃないかしら。須賀君が帰って、咲達が戻るまでは三麻しかできないな~ってところだったしね」
「そいつぁいい。打つなら四人だ」
「なら決まりね。席に着きましょう?……赤木、しげるさん」
「…ははっ。人違いだ、部長さん。ああ、いや、『元』が付くんだったか」
「あら、ごめんなさい。なんとなくそんな気がしたんだけど、違ったかしら?」
「いいさ、どっちもよくある名前だ。きっと誰かと間違えたんだろ」
「ふふ、多分そうね」
言葉をーー否、打ち手としての格を交わし合い、幸雄は彼女達に倣って雀卓に近寄る。
幸雄が感じた彼女達の打ち手としての格。
それはーー彼が今まで会ってきた強敵達にも匹敵し得る熱。或いは強運。
ーー忘れてたな、この感覚。
鎌首をもたげる拭いようの無い胸の高鳴りが平山幸雄を支配していく。
ーーやはり、間違ってたのか。あの頃の俺は。
それは生前の彼がすっかり失ってしまっていた、魂の高ぶりだ。
「あの、ところで俺は……」
「きょーたろーは追加のタコスを買ってこい!」
「まぁ、そうなるよな……はぁ……」
幸雄に訪れる、臨戦の意志。対し、京太郎に下されるは使いっ走りの命令。打ち手とすら呼べぬが故に。
幸雄達に向けたその背中、敗残兵の如く……!!
次巡続く。