咲-saki- 長野に降り立った凡才   作:カピバラ@番長

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第二十巡 明達

 

 東二局、親・大星 淡。ドラ表示牌は{發}。

 

 ーーさぁ~て、どうしたもんやろか。

 

現在三巡目。親のダブリー下で未だ四シャンテンの洋榎は対子の{東}を見つめる。

 

 ーー最初のツモで出来た対子の東。次は鳴いて攻めるか、安牌ついでに雀頭として暫く抱えとくか、悩みどころやな。

 

場には二巡目に照が捨てた{東}が一枚。

照が捨てた時から既に対子として手元にあった東。しかし洋榎は一先ず鳴きを見送っている。

攻めるにも守るにも未だ二巡目。判断するには早計であるが故に。

 

 ーーそこらの相手なら一鳴き程度どうとでも出来る。せやけど、相手はあの二人に見ず知らずとは言え教室開いとるようなおっちゃんや。おっちゃんはともかくとしても、ハンパしたらこいつら二人に足元掬われるんは目に見えとる。

 

チラリと照と淡の顔を見遣った洋榎に回るツモ番。

盲牌。手牌の上に寝かせ、あらかじめ決めていた{八萬}を手出し。

洋榎、三シャンテン。

{一萬}{三萬}{五萬}{赤五索}{七索}{八索}{四筒}{五筒}{七筒}{八筒}{東}{東} {四筒}

 

 ーーとは言え、このまま鳴いて和了ったところで役牌・赤一やしなぁ。いっちゃん安い点や無いし、まだマシやと言い聞かしたところでさっきの親っ被りでマイナスのまま。……やとしても、こいつの親番はちゃっちゃと流した方がええか?

 

そう思いつつ、次番である照を横目で見る洋榎。

淡の絶対安全圏である為か立直の声は無く、牌もツモ切りの{北}。

 

 ーー……いや、大星も怖いけど、照はもっと恐ろしいか。多少無理してでも照の親番までに稼いどかんとな。

 

幸雄に回るツモ番。しかし洋榎の視線は彼には一瞬しかーー手出しかどうかの確認をする為にしかーー向かず、自身の手牌に落とされる。

こちらからも立直の声は無いが、手は進んだようだった。

 

 ーー今んとこ無駄ヅモは無しか。せやったら、早和了りのプランはペンネーム・アカギのおっちゃんに任せて、ウチは一先ずメンピンでも作らしてもらおか。

 

淡に回るツモ番、四巡目に突入。打牌音ーーその、瞬間。

 

 「チーだ」

{六筒}{七筒}{八筒}

 

幸雄、動く。

 

 ーーま、そらそうやろな。まっとうに打つなら大星のダブリーに対抗出来るんは鳴きくらいしかあらへん。清澄の嶺上使いは他にも手があったみたいやけど……ま、怪物が持っとる爪だの牙だのの事考えてもしゃーないわな。ウチらはあるもんでやるしか無い。

 

幸雄の鳴いた牌と捨てた牌を確認する洋榎。

{北}{白}{九筒}{南}、と、ヤオチュウ牌だけが河にある。

 

 ーー喰いタンか三色か?……いや、さっきの局は途中からちょこちょこ迷彩かましとったからな。もうやっとるんやとしたら役牌のみもあり得そうや。

 

そう思いつつも洋榎は淡の河を見て、幸雄の河と合わせて九筒がまだ二枚しか見えていない事を再確認する。

 

 ーー……それとも、バカヅキしとるか?なにせ、ウチら美人雀士・愛宕姉妹のサイン貰えとるしな!

 

ならば、可能性はかなり薄いが混一色や清一色の可能性もあり得ると考慮に加えた。

そうして次巡。

 

 「ポンだ」

{中}{中}{中}

 

 ーーお…っと?随分景気がええみたいやな。

 

ドラで役牌の{中}が鳴かれた事で洋榎達の空気が変わる。

洋榎、感じる。幸雄のテンパイ気配。

 

 ーーこれは降りた方がええか?

 

鳴いた幸雄が捨てるのは{一萬}。再度訪れた照の捨て牌は{九筒}。ツモ切り。

洋榎に回るツモ番。

盲牌。その指が一瞬止まる。

 

 ーー……これは捨てられんな。

 

手牌の上に寝かせたツモ牌は{七索}。

喰いタン・三色であるのならば危険牌。

 

 ーー鳴き込みとは言え五巡目でテンパイか。運が良かっただけか、それともデジタルが上手く嚙み合ったか。いずれにせよ大星の親を流す為の無理はせんでも良さそうや。

 

考える事無く捨てられたのは{一萬}。

彼女の感じた幸雄のテンパイ気配。それは鳴き三色だった。

 

 ーー親のダブリーとは言え相手は大星。並みの相手なら兎も角、こいつの対局を少しでも知っとったら安牌出来たら即降りは安直過ぎるからなぁ。しかも親やし。普通なら降り一択の所、こいつはずっとダブリーやからな。トぶまで毟られて終いや。かと言って二鳴きはあまりにリスク。にも関わらずしとるんや、高めやのうて役が確定してる状態でのカンチャン待ち。手の速さから考えるとリスクに見合うんは……満貫か、いいとこ跳満やろな。

 

若干表情の硬い淡がツモり、弛んだ表情に変わると共に捨てたのは{南}。

次番、幸雄は盲牌すると即座にその牌を捨てる。

 

 ーー流石にウチらを相手しとるだけあんな。ブラフの真似事もせんのは気に行ったわ。

 

照、洋榎とツモ番が回り、再びの淡。

再度、彼女の表情が硬くなる。……そして、今度は表情が硬いまま牌が捨てられた。

 

 「ロン。中・三色・ドラ三。8000だ」

{六萬}{七萬}{八萬}{六索}{八索}{二筒}{二筒} {六筒}{七筒}{八筒} {中}{中}{中} {七索}

 「うぐっ!」

 

 「悪いな。そのダブリー、利用させてもらった」

 

 「う、うっさい!さっき負けたくせに!」

 

淡の捨て牌によって和了る幸雄。

その手はーー待ちすらも、洋榎の読み通りだった。

 

 ーー思った通りか。しっかし厄介やな~このおっちゃん。どうも読みはウチとどっこいみたいやし、そのくせ攻めっ気も持っとるんやろ?門前で手ぇ作っとる余裕あるやろか。

 

彼の一言に頬を膨らませる淡を他所に手牌を内に倒した洋榎は幸雄の方に視線を向ける。

その視線が、一瞬だけ彼と交わる。

それは言葉通り一瞬だけ。妙な見合いは無く、彼もまた表にした手牌に視線を落として照の開けた卓中央に牌を押し込んでいった。

……だが。

 

 ーー……愛宕 洋榎。やはり並みの打ち手では無いな。恐らく、今の俺の手は待ち方含めて読まれていた。それも完全に。

 

ジャラジャラと牌の音がけたたましく響く中で幸雄は洋榎の捨てた牌を思い返す。

その中には幸雄が二副露した後に洋榎が捨てた{八筒}が浮かんでいた。

 

 ーー鳴き三色が疑われる中で対応する牌を切るのはカンチャン待ちを読んでいなければ無理だ。そして読めていたとしてもまず捨てない。それほどの自信と、実際に見合った技量。……分かっていたとはいえ流石に恐ろしい。

 

洋榎の対局映像にも目を通している幸雄の脳内で再生されるのは、相手の待ちを幾つも抱えた状態で張り替えた上に和了した時の彼女の姿。

一度として捨て牌に恐れを抱かず、それに見合った結果をもたらせる技量。正しく鉄壁。

 

 ーー読みの精度が恐ろしいのは間違い無いが、あの度胸も充分に驚異的だ。……彼女からの出和了りは期待出来無い。

 

全ての牌が卓の中に落ちていき、シャッフル音が響き始める。

と、時を同じくして。

 

「なー、ペンネーム・アカギはん」

 

 「ん?」

 

 「……これ、今流れ出した曲なんやけど」

 

 「ん?……ああ、切るのを忘れていた」

 

天井を指さしつつなんとも言えない表情を浮かべている洋榎。

その理由は、突然流れ出した歌だった。

 

 「別に切る必要は無いんやけど、なんや聞いた事ある気ぃするんでなぁ。なんてヤツやったっけなと思うて。教えてくれへんか?」

 

リズミカルでポップ、歌手が数名の女性という事もあってか明るくて楽しい印象を受ける曲は、しかし、幸雄のような見た目の人が聞くジャンルとしてはイメージとかけ離れてもいる。

彼女のなんとも言えない微妙な表情も『触れても良いモノか?』という迷いが強く影響しているからだった。

が、当の幸雄は思うところは何も無いと言った様子でごく普通に答える。

 

 「あぁ、この曲は各年度の全国大会で人気があったりした学校の選手達をイメージして作ったヤツらしいな。稀に県代表どまりの学校の生徒も選ばれていると聞いている。確か……[対局theドリームシリーズ]だったか?」

 

 「いや、それは知っとる。ウチらんとこも、そっちの二人の学校のも殆ど毎年出とるからな。おっさん以外のここにいる全員分ソロあるで」

 

幸雄の言った通り、現在流れているのは主に、全国大会に出場した学校の中でも特に人気があった生徒達をイメージして作られた曲ーー俗に言うイメージソングだった。

商業として販売されているのでは無く、有志達の手によって作成され同人即売会等で無料配布されている物であり、基本的には声が非常によく似た一般人やアマプロが録音に携わっている。

のだが、ごく稀に本人が歌っている作品もあるらしいという噂もある、非常に人気のある同人グッズだ。

 

 「ほんでこの曲はどこの学校のかを聞いとるんや。みょーに聞き覚えのある声で気になってしゃーない」

 

 「そういう事か。……今流れているのは清澄のだな。教室に来ている生徒達が持っていてな、大して生徒数はいないんだが全員で持ち寄れば全てのシリーズが揃ってるんだと話していた」

 

 「え!?じゃあ私とかテルーのもあるの!?」

 

二人の会話を聞いていた淡が身を乗り出し、瞳を輝かせながら話に割って入る。

彼女のその様子に幸雄は頷きつつ一瞬だけ視線を奥の扉の方へと向けた。

 

 「作られているのならあるはずだ。勝手に録音して授業中に流していい事にしているから詳しくは分からないが……。気になるなら後で確認しに行くか?」

 

 「行く!」

 

喜び、照の方を振り向く淡。

そんな彼女に照は微笑んだ。

 

 ーー確か私と淡がレギュラーだった頃のチームの曲もあるんだよね。新しく出てたりするのかな?

 

不意に思い出し、懐かしさに触れる照。その中にもう一つ、気付きのような直感が現れる。

 

 ーー……もしかして今流れてる清澄のって、私達五人の頃と同じ時期のメンバーのなのかな。少なくとも咲の声は聞こえるし。

 

思い出の中で同様に存在感を示す清澄高校の五人。

妹の咲がいたからだけでは無く、自身を含め彼女達には相当な苦戦を強いられた事が原因ではあった。

だが、それは苦い記憶としてでは無く、満足のいく瞬間の記憶として彼女の中に残っていた。

 

 「……もしかしてテルー、サキの声が聞けて嬉しいの?」

 

 「……なんで?」

 

 「笑ってるっていうか……ニヤニヤしてる。なんか、すっごい悔しいんだけど」

 

 「……次の即売会、一緒に私達の貰いに行く?あればだけど」

 

 「行く!!」

 

 「じゃあ予定を決めよっか」

 

淡の感じた事が事実がどうかに関わらず、話題を避ける為に分かりやすく話を逸らしてスマホを取り出した照。

そして当の淡は彼女の提案が鼓膜を揺らした瞬間、先ほどの発言は意識の外へ。

彼女は次に配布がある即売会を調べる照の頬に頭を摺り寄せながら同じ画面に視線を落とした。

そんな前向きに受け入れている二人とは対照的に、洋榎の後ろに立っている絹恵の顔は赤く、少しばかり身体が小さくなっていた。

 

 「なんか、恥ずかしいなぁ。私もファンの子にCDにサインせがまれた事あるんで存在は知ってたんですけど、中がどんなのかは聞いた事無いんですよね」

 

 「流れているのを聞いているだけだが、少なくともおかしな歌詞や歌い方は無い。気が滅入るほど聞かされているから断言してもいい。……全年齢対象で配布してもいるらしいしな」

 

 「そ、そうなんですか?ちょっと安心出来ました」

 

 「せやで。ちなみにウチ役とのデュエットもあるから今度覚えてみよか?」

 

 「……それ、ちょっとおもろそうやね。カラオケとかには入って無いやろけど、同窓会とかでやったらウケそうや」

 

洋榎の提案に恥ずかしがっていたはずの絹恵は肯定的な反応を見せる。

そこから姉妹の間で話が広がりそうになったタイミングで雀卓に牌山が現れた。

 

 「さーて!淡ちゃんの曲が入ってるかすっごい気になるし、さっさと終わらせるよ!もちろん、私が一位で!」

 

 「……せわしないやっちゃなぁ。そうは問屋が卸さへんから安心しとき。返り討ちにしたるわ」

 

 「同意見だ」

 

 「……まぁ、勝負だしね」

 

 「あ、あはは。ほな、ウチはまた見さしてもらいますんで……」

 

淡の挑戦的な発言によって先ほどまでの団らんとした雰囲気が即座に霧散する。

代りに鎌首をもたげたのは、宙すら創り得る勝利への熱。そして、皮膚を刺してくる緊張だった。

 

 

 

 

 

次巡へ続く。

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