東四局・七本場。親・宮永 照。ドラ表示牌は{五筒}。
それは、感覚が置いて行かれていたかのような時の流れだった。
「ツモ、700オール」
東四局・0本場に親のツモ和了りから始まった不可逆の損壊。
まるで、下ろしたはずの纏まった金銭が数日で財布から消えていた時のように。
或いは、二時間もある映画があっという間に終わってしまった時のように。
彼女の逆転劇はーー否、蹂躙劇は瞬く間に彼らを襲い、気が付けばそれぞれの持ち点から13600点が消えていた。
憧れすら失せる、人間離れした彼女の力によって。
ーー私には鏡がある。
「ツモ」
東四局・一本場。親のツモ和了り。1100オール。
ーー対象者の全てを見透かし、本質を映し、打ち方を暴く、絶対的な鏡が。
「ツモ」
東四局・二本場。親のツモ和了り。1500オール。
ーー……なのに。
「ツモ」
東四局・三本場。親のツモ和了り。1900オール。
ーーこの男の人は……映せなかった。
「ツモ」
上がり続ける。
彼女が和了宣言をする度、彼女の発する点数が上がり続ける。
ーーううん。映せないんじゃない。全て『は』映らないんだ。
麻雀に於いて点は生命。
この場で
ーー映せるのはこの人が[攻めが出来る、読みが鋭いデジタル打ちな人]という事だけ。でも、彼は迷彩を交えた打ち方をしている。デジタルとは最もかけ離れた、技術が全てだと思われていた頃の打ち方が彼の基本に深く混じってる。それも相当上手い。
間も無く七本場が始まる。
卓の隅に積み上がった100点棒。この本場で和了すれば、加算される場棒だけで彼女が最初に和了った時の点数と同じになる。
ーーなのに。
圧倒的。あまりに、圧倒的……ッ!
ーーなのに、そんな[本質]は全く映し出されなかった。
誰かが言っていた。彼女の和了りを一度でも許せば、惨禍の幕が開くと。
……しかし。
ーー今この場で初めて試したのなら分かる。阿知賀の先鋒だった松実 玄さんのように、[その行為をしなければその人とは言えない]ほどに続けていた事を急に変えたのなら、今の私の鏡でもきっと知る事は出来無い。でも、この人の場合は違う。見えないのは前の事。そうで無ければ彼の迷彩の説明が出来無い。彼の迷彩は、ずっとずっと前から研鑽して、練り上げて、極みに触れられるまで高めたモノ。一朝一夕の真似事なんかじゃ絶対に無い。
彼女の心内に根を張っているのは近づく勝利への期待や喜び、或いは安心などでは無い。
寧ろ、恐れのそれに近かった。
だからこそ彼女は、明確な答えや納得を得られるまで動き出せずにいた。
ーーだとしたら。他にあり得るのは彼の能力そのものが私の鏡には映らない事だけど、だとしたらこんな中途半端な見え方なのも変だ。
この場でただ一人の男性。歳も一回りか二回りは離れているだろう、ガラの悪い男。
ーー……つまり。
平山 幸雄の持つ、これまでに映した事の無い特異性の正体を理解するまで。
ーーつまり、アカギと名乗ったこの人は、鏡に映る地点とその以前とでは全くの別人……別個体だって事くらいしか考えられない。それならと思って、連続だとあまり意味が無い二度目を行ってみたけど、やっぱりいつもと同じ。二度目に意味は無かった。
上家に座る幸雄に視線だけを向ける照。
件の彼はリー牌を終えたところらしく、照の捨て牌を静かに待っている。
ーーどういう事なんだろう……。普通だったら、一見矛盾しているような事も普通に映るのに彼の場合は違う。全く見えない。……怖いな。
自分と他家……特に幸雄の持ち点を確認する照。
13300点の幸雄と60800点の自分。
点数の差は歴然で、ここから今の局と南場だけで逆転するなどと言うのは至難。並みの人間なら諦めさえするだろう。
ーー私の鏡が充分に効かないせいなのか……いや、これは多分淡の影響もあるけど……。思ったように点数も上がらない。もう、一人か二人はトバしていたはずなのに。
視線を対面に向け、唇を固く結んでリー牌を続けている淡を見つめる照。
様子を見るに、勝負を諦めてはいないようだ。
ーーでも、東三局の彼の和了りで理解出来た。……この人にはそもそも能力が効き辛いんだって事が。それが彼の能力なのか、それとも別の理由があるのかは分からないけど、本来よりも五~九割程度しか影響を与えられないっぽい。多分、範囲が広いほど影響を受けやすい。
自分の手牌に視線を戻し、捨て牌を選ぶ照。
引いた牌を含めなければ変わらず五シャンテン。
そこから手牌の{北}を捨て、引いた牌を加える事で四シャンテン。
ーーこんな得体の知れない相手と長く戦うなんて怖い事したくなかったからしっかり分析して、始めたらすぐ終わらせるつもりだったのにな。……それとも、淡は淡でこの人をどうにかしようとしてるのかな。
彼女が捨てる事によって東四局・七本場が始まる。
幸雄に回るツモ番。盲牌、手牌から出る{西}。
次番、淡。ツモ、盲牌。{八筒}。
{三萬}{四萬}{五萬}{七索}{七索}{七索}{二筒}{三筒}{四筒}{六筒}{七筒}{九筒}{發} {八筒}
{發}切りでテンパイ。
ーーぐぅ……!やっぱりすごいな、テルー……!!一回目の和了りからクアンタムホライゾンなんたらもハイアーダイメンショナルなんたらも使ってるのに、ぜんっぜん影響受けて無いみたいに打つんだもん!
しかし淡、發は捨てるもダブル立直の宣言は無し。立直棒が奪われる事を避ける為。
ーーなんなんやホンマ。0本場からずっとツモがおかしいわ。どないなっとんや。
洋榎がツモり、盲牌。ーー{九索}。
ーーまさか今回もおかしなっとるとか言わんよなぁ?
東四局に入って以降、異様に手が伸びたり、逆に全くどうにもならなかったりとあまりに両極端な状態が続き、何かを仕組まれているんじゃないかと不安が過っている洋榎。
であれば、淡や照、もしくは幸雄が何かをしているんじゃないかと疑心。真っ当に打つ事が出来ず、無用な対策を講じての打牌を余儀無くされている。
そしてそれは、彼も同じだった。
ーーどうにもツモがおかしいな。最初こそ普通なものの、気が付くと妙な偏りを感じたり、逆にランダム過ぎる引きが起きたりする。まるで途中で牌山が入れ替わったかのようだ。……かと言って誰かしらが何かしらのイカサマをしているようにも見えない。
裏世界での麻雀を経験している幸雄にしてみれば一般人やトーシロのイカサマを見抜くのはそう難しい事では無い。
故に、彼女達は誰一人としておかしな動きはしていないと断言出来た。
……そもそも、そんな事をするとも思ってはいないのだが。
ーー……しかし、宮永 照。実際に打ってみるとあまりの壮絶さに笑えて来るな。流石は嬢ちゃんの姉と言ったところか。
積み上がった場棒に意識を向ける幸雄。
一本目、二本目の時こそさしたる影響はなかったものの、こうなる事が予見出来ていた為に誰もが焦りが隠せ無かった事を思い出す。
ーー打点が上がるのを知っていても、和了るまでの速度が速過ぎるせいでどうしようも無い。例え手が完璧に読めたところで、自信家ちゃんの影響も重なって先に和了るのは無理だろう。
向けていた視線を照の手牌に向け、彼は六本場までの和了の流れを思い出す。
しかし、役の見当が付こうが付かなかろうが結果は同じ。どうあっても、自分が先に和了れる事は無かった。
ーー…いっそギリのようなイカサマをするのが上手いと言われた方が納得出来るくらいだ。が、そんな事をするはずも無く、している様子も無い。……愛されているな、麻雀の神に。
などと思いつつ、東四局に入ってから何度したかも分からない河の記憶の確認をまた行う。
そして、結果は今回も同じ。
ーー……何度思い出そうともおかしな点は無い。当たり前だ。彼女達は純粋に麻雀を打っている。俺のような道を外れた事のある連中とは違う。第一、その場で確実に気が付けるしな。
彼女の連荘具合にイカサマをどうしても疑ってしまう幸雄。
その度に『当たり前だ』と自身を叱責しても、こればかりはどうにも出来無かった。
そして同時に、自分が行えばいいのではないかという思考にも囚われる。
ーー……外道に浸り過ぎたな。勝てないからと言ってカタギ相手にそんな事を思うようではいつまで経っても真っ当にはなれないと言うのに。そもそも、正面切って勝たなければ嬢ちゃんの強さを示せない。
瞳を閉じ、自身にしか聞こえない程の小さな音を立てて深く長い息を吐く幸雄。
心を落ち着かせ、考えを改めて打つも、やはり違和感のあるツモ自体は起きた。
そうして警戒しながら更に四巡。
ーーそろそろ、か?
東四局の一本場から六本場までの照の和了タイミングは五~七巡目。
つまりは門前でなら淡の絶対安全圏を抜けてから二巡以内に、鳴きが入ればその分早く和了っている。
そして現在は五巡目。この東四局の統計から考えて門前の照が和了するのは恐らく次巡。
ーーさて、どうしたモノか。流石にこれ以上の失点が続けば勝つのは相当厳しくなる。なんとしてでも止めたいところだが……
幸雄の手牌は二シャンテン。
変わらず四シャンテンスタートではあるもののツモが振るわず、今回の照の和了りにもまず間に合わない。
鳴きを考慮したとしても、二副露後即和了れる可能性は無に等しい。誰かに振り込む危険性をも考慮すれば試すだけ損だろう。
ーーチッ。和了れないんじゃ止めようが無い。かと言ってこのままいいようにされ続けるわけにも……
焦りのままツモる幸雄。
その時、彼に天啓降りる。
ーー……待てよ。試してみるか、コンビ打ちの紛い事を。
唐突に、曲がり角からいきなり車が出て来たかのように思い付くのは唯一無二に近い必勝法。
それはかつて宮永 照と対戦したとある三校が試し、そして実際に連続和了を打ち砕いた手段。
他家との協力。
ーー自信家ちゃんはどうか分からないが、愛宕姉なら或いは気付くだろう。問題は、どうやってきっかけを示すかだが……
本来[コンビ打ち]とは、全く他人の振りをして同じ卓に座り、自分か味方が勝つように振り込んだり鳴いたりするという古くからあるイカサマ手段の一つ。
そこには[通し]と呼ばれる合言葉等を用いての意思疎通によってタイミングを図ったり、持っている・欲しい牌を説明したりしている。
例えば、翌日の天気が[晴れ]なのか[雨]なのかを口にする事でサイコロの出目を奇数か偶数にすると決めたりなどだ。
しかし、今日初めて顔を合わせた幸雄と洋榎の間にそのような事前準備など無く、仮にあった場合それこそコンビ打ちになってしまう為、今の幸雄が手段として使う事は無かった。だからこその発想だった。
ならば。
ーー共通認識……連続和了を止めたいという考えを頼るか。
幸雄が取った手段は花田 煌と同じだった。
ただ、違うのは。
「それ、ポンや」
{二萬}{二萬}{二萬}
自分では無く、相手に鳴かせて照のツモ番を飛ばした点だった。
ーーやはりここか。読み通り、三色同刻かタンヤオだな。
読み本来の使い方であるはずの[捨てない]。それを逆に扱い、敢えて捨てる事で幸雄は洋榎を鳴かせた。
ーーこれならば気付かれ無くともやりたい事は成立はする。後は鳴いても点が高いかどうかだが……。この際、満貫までなら眼を瞑ろう。
幸雄の捨て牌を拾い、自身の手牌から不要牌を捨てる洋榎。
その彼女の胸の内には今の鳴きに対する微かな違和感があった。
ーーペンネーム・アカギのおっちゃんから鳴いたのはええけど、……どうにも妙やな。さっきまではこれでもかってくらいウチが欲しい牌を捨てて無かったんやけど。
幸雄の読みの鋭さ、深さ、正確さを認めているからこそ湧いた疑問。
如何に照の連続和了を止めたいと考えていたとしても、誰かを和了らせると考えるより先に自分が和了ろうとするのが普通。
しかも現在は各チーム10万点持ちの対局では無く、ごく普通に25000点持ちのいわば個人戦。
各々点数が既に動いている中で、更に1万点以上も照に奪われている事を踏まえても誰かに振り込んででも止めようとは思いつけるはずも無かった。
あの試合が無ければ。
ーーははぁ~ん?読めたで~?実際このままやとジリ貧やしな。その案、乗ったるわ。
かつての全国大会準決勝戦、阿知賀女子・千里山女子・新道寺女子・白糸台。その先鋒戦。
この四校が戦った際のその場での対局や動画、牌符に目を通していた洋榎は幸雄の思惑に即座に気が付けた。
故の、打牌。
ーー……気が付いたか。
ーーうっわ、危険牌。今のテルーがツモ和了りしかしないって気が付いた?
照が二・七筒を捨てている中で洋榎が捨てたのは{赤五筒}。
この捨て牌下では勝負を仕掛けに行くでもしない限りはまず捨てられない牌。
ーーどーや、照?和了りたくても和了れへんのとちゃうか?…あ~、いや、そもそもツモ和了りで縛っとるんやったか?
もしも張っていて待ちの牌ならば当然和了宣言をするはず。
しかし、照には打点の制限があり、今は更にツモ和了りの制約も付いている。
だからこそ照から和了宣言が出てくる事は無かった。例え、当たり牌でも。
ーー前に見せちゃったからなぁ。気付かれても当然か、
{五萬}{六萬}{七萬}{六索}{七索}{八索}{六筒}{七筒}{白}{白}{中}{中}{中}
淡が捨て、幸雄が捨てる。
当然、彼が捨てるのは差し込みの為の牌。
「ロン、1000の七本場は3100や」
{五萬}{六萬}{二索}{二索}{二索}{三索}{四索}{五索}{二筒}{二筒} {二萬}{二萬}{二萬} {七萬}
そしてその牌は、洋榎の欲したところと同じだった。
ーー……何とかなったか。点も安い。……命拾いした。
瞳と共に手牌を閉じ、安堵の息を漏らす幸雄。
同時に、七本場にまで及んだ照の親番は終わりを告げた。
「よく分かったね、洋榎の欲しい牌」
「……何?」
幸雄が開けた卓中央の穴に牌を押し込みながら、彼女はおもむろに気が付いていたと言葉にする。
瞬間、幸雄の血の気が引く。
『意図的な射し込みだったからノーカン』。そのように言われるのでは無いか、と。
しかし、彼女は怒るどころか少し羨ましそうな雰囲気を出した。
「大丈夫、前にもされた事あるから。それに、私もした事あるし。良いよね、こういうの」
「……それだけ強いのに、か?」
「…あれは清澄と戦った時だからね。知ってる?片岡 優希って娘」
「あの試合か!!そういえば確かに鳴いていた!」
照に言われ、記憶の中から引っ張り出される対局の映像。
そこでは確かに、優希にツモ番を回さないようにしたかのような鳴きを照が入れていた瞬間があった。
「あの娘、東場の間は誰よりも……多分、私よりも強かった。だからなんとかして南場に流したかったんだ」
「なるほどな。確かに片岡の嬢ちゃんの東場の強さは異常だ。危険を冒してでも流したくなるのは分かる」
「……思い出したわ。ウチんとこの一年もしてやられてたわ」
「漫(すず)ちゃんなぁ~。上手ぁやれなかった罰に額になんか書かれてたなぁ」
「なんでか干支だった気がするわ。まぁもし、今の話を当時聞けとったら堪忍してもらえたかもしれんなぁ」
「……そうなんだ。悪い事したかな」
「そ、それは考え過ぎだろう」
照の話しをきっかけに昔話に花が咲き始める。
そこには何故か、大会には無関係だったはずの幸雄も対局映像を基にして混ざって話が出来ていた。
……出来ていなかったのは。
「…………(むすっ)」
一人寂しく四人の歓談と牌の混ざる音を聞いている淡だけだ。
「もーーー!!!!私だけのけものにしてーー!」
「それは、自分が興味を持った相手の事くらいしか覚えてないのが悪いんじゃない?」
「そ、そーかもしれないけど!でもっ!……テルーの意地悪!!」
痺れを切らして話に割り込むも照に一蹴。
彼女にしてみれば事実を口にしたに過ぎないのだが、痛いところを突かれてしまった淡はそれ以上何も言えなくなってしまう。
結局、牌山が出て来るまでの間、若干の気まずさを三人が感じる中で会話は再び始まり、淡は羨ましいような恨めしいような悔しいような目つきで四人を見続ける事しか出来無かった。
……主に睨まれていたのは幸雄だったが。
ーー……余計な恨み、買ったな。間違いなく。
次順へ続く。
少しだけ解説。
正確に言うと幸雄に能力はありません。
彼に照達の能力が効きにくいのは、幸雄が本来彼女達と同じ時代の人間では無いからです。
咲世界では[現実に影響を及ぼす能力や体質が麻雀でも使用できる]という風に、私は作品を読んでいて感じたのでそのように解釈して書いているのですが、それでいくと蘇った幸雄は本質的には『過去』の人間であり、彼女達の『現実』に影響を及ぼす能力の影響は受けないのでは?と考えました。
とは言え、蘇ってからの時間というのは間違いなく現実で過ごした時間です。なので、影響を一切受けないわけでも無い、とも考えられました。
結果、幸雄は無能力者でありながら能力を阻害するような体質だと考えられました。
また能力は、効果範囲が広ければ広いほど現実に影響を与え、範囲が狭ければ狭いほど個人に影響を与えると考えられたので、幸雄が阻害する能力の割合に変化が起きます。
範囲が広ければ幸雄以外も影響が及ぶので影響を受けやすく、範囲が狭いほど幸雄にのみ影響が及ぶので影響を受けにくくなります。
ただ、ステルスモモのような五感に訴える系や、妹尾のような能力者自身に影響するような能力には無力です。
しかし、これはあくまで影響を受けやすいかどうかの話であり、麻雀の強さには直結しません。
幸雄の腕はどこまで行っても素のもの。彼の本来の強さです。
彼の設定はこんな感じでした。