南四局、親・宮永 照。ドラ表示牌は{赤五萬}。
現在、二巡目。ツモ番は幸雄。
淡がダブリーを掛けている以外に動きは特に無く、他三名は門前。
ラスである淡。本来であれば逆転はかなり厳しいだろう。しかし、彼女にはカン裏モロ乗りがある。それだけではダブリーと合わせても跳満で止まってはしまうが、役は無くとも他にドラが乗らないわけでは無い。
つまり、何かが少しでも彼女に味方すれば、充分に派手な点数を出せる可能性があった。
更に今までと違い今回は角が五巡目には訪れる。運が絡むとは言え、照の手が遅くさえあれば勝利する可能性は充分にある。
その為、ラスと言えど照の次に勝利に近いのは淡だと言えた。
ーーそれでも。
ーー俺の……。
彼は、勝つ為だけに牌山に手を伸ばす。
清澄での対局によって、勝つ為に重要なのは確率だけでは無いと知ったから。
ーー俺の、勝つ為の条件。
幸雄、ツモ。盲牌ーー{六萬}。
{三萬}{六萬}{六萬}{九萬}{三索}{四索}{五索}{三筒}{四筒}{五筒}{八筒}{北}{發} {六萬}
ツモ牌を含め現状ドラ三、そして{北}を切っての二シャンテン。
先ほどのドラゼロとは打って変わり、見える。
逆転手……その予兆……ッ!
ーーそれは、倍満以上のツモか跳満以上の直撃……。苦しくはあるが、決して不可能では無い。
己の点数を見、他三名の点数にも幸雄は視線を落とす。
照・39100、洋榎・25200、幸雄・15900、淡・12400。
変わらず照がトップであるものの、南一局開始時に比べれば点差は遥かにマシになっていた。
幸雄、洋榎、そして淡。
三人の打ち手が全力を注ぎ続けた事によって生まれた最後の逆転の機会。
条件は厳しくとも、誰もが勝利を奪い取れる可能性があった。
ーーこのままでは終われないからな。なんとしてでも墜とさせてもらう。
頭を上げた幸雄の視線の先、照にツモ番が移り、三巡目に入る。
ーーさて。門前は前提としても、それ以外でどうやってここから点を伸ばす?
照がツモる横で自分の手牌を睨みつける幸雄。
しかし、どれだけ見つめても倍満にまでーー即ち、八翻以上にまで手早く持って行ける役が見えない。
現状見える役はタンヤオ。ツモによっては三色同刻だ。
二翻の三色を狙うのなら受け入れられる牌が狭くなるせいで手が作れるかは難しくなり、素直にタンヤオだけが成立すれば一翻の為に点が伸び悩む。
当然、鳴きなどは論外。三色の翻数が落ちるどころか立直という役すら失われる。
しかし、どちらかに決め打ちするというのも上手い手とは言えない。何故なら、その両方が作れる可能性もあるからだ。
そうなれば三翻。そこに立直とドラ三によって七翻。後一翻乗れば倍満へと届く。
が、しかし。多くとも六巡程度しかないこの対局で高めを狙って手を整えていくのは全く現実的では無い。
テンパイすら出来ず敗北するのが関の山だろう。
ーーどれだけ高めを狙える手だとしてもな。時間が無いのであれば無意味だ。
だからと言って、鳴くのはやはり良い手とは言えない。
どれだけ早く和了れたとしても点が無ければ今は全く意味が無い。
仮にするのであれば、淡のように和了る瞬間が明確な相手のツモを潰す時くらいだろう。
ーーそうなってくると、取れる方法はあと一つ、だな。
洋榎を過ぎ、淡に移行しているツモ番。
その中で幸雄が決意したのは。
かつて、ある少女が用いて彼を苦しめもした手段。
ーーカンだ。
槓子……ッ!
ーーダブリーだろうとなんだろうと知った事じゃない。俺は勝つ為にここに座っているんだ……。{六萬}でカンをし、増やしたドラで強引に勝ちをもぎ取らせてもらう……!
最早手段を選んではいられない幸雄が取れる最後の手段とは槓子によるドラの増加。
即ち、【運命】に身を任せる事に他ならない。
だが、一切を任せるわけでも無い。
可能な限り、尽くす……人事を……ッ!
ーーカンを前提とし、ツモ次第では三色を狙う。当然、イケそうなら両方だ。それも可能な限り全て門前で。現状、カンによるドラの増加は無視出来無い。情けない話だが、この手から五~六巡で倍満以上を作るにはそれしかない。
彼が相対するは、全国の高校生、その二番手となった少女をもってして[人では無い]とまで言わしめた宮永 照。
まるで大宇宙が如き絶大かつ超大な力を持つ超新星のような存在、大星 淡。
積み上げた経験とそこから得た超人的な直感によって大成し続ける愛宕 洋榎。
いずれも雀士と呼ぶには些か以上に荒ぶる存在である雀鬼達だ。
故に、彼が三人全員を同時に下すには僅かばかりの人の域を超えた[何か]が必要だった。
その[何か]こそが天命。人事を尽くしたからこそ降りる、神の手。
今この時こそは、麻雀の神、その人。
ーーなに、あの時のように九蓮宝燈で和了ろうってわけじゃ無いんだ。無理な話じゃ無い。
幸雄に訪れる三巡目のツモ番。
ツモ、盲牌。ーー{八筒}。
ーー悪くない……ッ!しかもタンヤオも三色も狙い続けられる……!
八筒を手牌の上に寝かせ、打、{發}。
同時。
「ポン」
{發}{發}{發}
ーーぐっ、またか……!!
幸雄の下家より宣言が届く。
照、副露。結果、四巡目に入る。
ーー……だがッ!
八筒を手牌の列に加える幸雄。僅かばかりの苦虫が彼の頬を歪める。
しかし、此度は降りない。降りるはずが無い。
この一局しか、逆転の機会は残されていないのだから。
ーー退かない……全ツッパだ……ッ!
何がどうなろうとその時点で対局は終了。必ず。
ならば、攻める。
どんな橋だろと、渡る。
渡り切る……ッ。脚がーー否、腕がもげようとも……ッ!!
ーー勝負だ、一流の雀鬼共……!!
四巡目の幸雄のツモ、盲牌。ーー{六萬}。
ドラ……四ッ!!
彼の手に僅かに重なる神の手……!!
ーー最低条件が整ったか!しかし、手が進んだわけでは無い……。このままでは巡目が足りない可能性が出て来たか。
手牌の上に寝かせ、一瞬の思考。
ーー……いや、いいやッ!だとしてもだ!!
そして、勝負の打、{九萬}。
槓子宣言……無し!
{三萬}{六萬}{六萬}{六萬}{六萬}{三索}{四索}{五索}{三筒}{四筒}{五筒}{八筒}{八筒}
ーーまだだ、今カンをすれば自信家ちゃん以外が何をするか分からない……!焦るな、耐えろ、奴はこんな時だろうと慌てやしないはずだ!!
僅かに幸雄の脳内に過る[後悔]。
敗北を決定付けたかもしれないという[不安]。
それを、かつて見た日の天才に怒りを馳せて、掻き消す。
ーーその名を、語るのなら……!せめて虚勢くらいは……ッ!!
彼が宣言をしなかった理由。それは他家に早まった行動を取らせない為。
もしここでドラ四を、満貫以上確定の手を曝せば、確実に二人は速度を意識し始める。
特に、和了ればその時点で勝ってしまう照であれば裸単騎を作る勢いで鳴く事だって選択肢に入ってしまいかねない。
既に{發}を鳴いているのだからなおの事。
ーーそうなれば……いや、流石に嬢ちゃんの姉さんが裸単騎を作るとは思えないが……、いずれにせよ寿命を縮める。やる時は次……、五巡目。足りない一手を補う為の、最後の頼みの綱……ッ。
カンをすべきタイミングは最早決められている。そして通常のツモかカンによるツモを違え、テンパイ出来なければ、終わる。
己が敗北で。たった一つの[運]という事象で。これまでの対局の全てが水泡に帰す。
なれど、いや、ならばこそ。諦める理由にはまるで足りない。
[運が無い]程度の事では。今の平山 幸雄には……ッ!
ーー理詰めの人間が天運に勝敗を託すんだ。諦め悪く、最後までとことん情けなく行こう。
でなければ勝てない。雀鬼達には……!
そして、最早戦う事の叶わないだろう、あの男にも!!!
ーー……ま~~ったく。『高い手を作る為には巡目を掛ける』。それが本来の麻雀のはずなんやけどなぁ。
運命を定める五巡目。照を過ぎ、洋榎にツモ番が回る。
洋榎、ツモ。盲牌。ーー{南}。
ーーなんやってペンネーム・アカギのおっさん以外は軽々やらかしてくれるんやろか。
{七萬}{四索}{一筒}{二筒}{三筒}{四筒}{五筒}{赤五筒}{六筒}{七筒}{八筒}{九筒}{南} {南}
ーーせやけど、今回はウチにも充分和了りの目がある。こんだけ神サンにお膳立てしてもろてんのに、あっさり『負けました~』なんてあってええ訳が無い。
洋榎、打、{四索}。
未だ一シャンテン。が、諦めは微塵も無い。
ーー最初っから筒子ばっかりやった手が、上手い事ツモが嚙み合ってくれたお陰でホンイツもイッツ―も役牌も見えとるんや。なんとしてでも和了らせてもらうで。
そんな絶望的状況であろうとも抗う姉の後ろ姿を見守る絹恵はその手牌に視線を向ける。
ーー最悪、鳴いてまったとしても{赤五筒}さえ絡めば跳満。針の孔みたいな細さやけど、それでおねぇちゃんの勝ち。そもそも鳴かなければ出和了りで勝ちなんや。
まるで自分が打っているかのような感覚で点計算を行い、勝利が見えている事を確信する絹恵。
しかし、問題がある事も分かっていた。
ーー五巡目やのに捨て牌からちょい感じる染め手臭……。序盤に切られやすい役牌はともかくとしても筒子を、それも赤を、ダブリーしとる大星さん以外が捨てるとは思えへん。
{北}{九萬}{一索}{九索}{四索}
洋榎の捨て牌に並ぶのは一枚の字牌と萬子と索子のみ。
五巡目である事を考えれば深読みのし過ぎや偶然の可能性、或いは警戒心を高めつつ様子見にも回れるところ、この対局は普通の条件下の麻雀とは言い難い。
結果、普段以上に警戒心を抱かれ易く、捨て牌の取捨選択がより厳しくなってしまう。
更に、照以外の全員が跳満以上を作らなければならないと明確になっている現状ではより一層、他家の嗅覚が鋭敏になっていると考えられた。
ーーとは言え、張り替える時間が無い以上はおねぇちゃんはこれで和了るしかあらへん。難しかろうとなんやろうとや。
[和了れない]。そんな悪い想像ばかりが絹恵の脳内を駆け回る。
それでも、自分の姉なら或いは。……否、きっと。
ーー大丈夫、絶対和了れるはずや。気張ってや、おねぇちゃん……!
憧れの姉ならばきっと、必ず、和了ってくれるはずだと。
胸の奥の奥。最も深い部分にある真実ーー《信頼》が妹に確信を与えている。
ーー……で、なーんで淡ちゃんはこんなにピンチなの?なーんで何局も前からラスなの!?どーーして運ゲーしないと勝てないの!?!?
洋榎から淡に移るツモ番。
ツモ、盲牌。ーーしながら、淡の顔は若干以上に不満で歪んでいた。
ーー……はぁ。なんて、そんなのテルーが居るからに決まってるんだけどね。そーでも無いと、私が一方的に点を削られるなんて事、あり得無いもん。……こんなに追い詰められる事も。
手牌の上に横たわる事の無いツモ牌。
しかしそれはツモ切りしたからでは無い。
ーーだからこそ。
「カン!」
{一萬}{一萬}{一萬}{一萬}
ーーぜっっったい勝つ!!!
表にされた四枚の一萬。その両端が裏向きにされ、纏めて卓の角隅へとスライドする。
その行動に驚きの様相を示す者は誰もいない。
承知している。全員……!
ーー今回はちょー珍しく赤ドラが三枚もあるし、字牌は全然無いしでダブリーするしか無かったけど、きっともう一人くらいは……おっさんがカンを掛ける。そうすれば、淡ちゃんにだって、まだ……!
{三萬}{四萬}{赤五萬}{赤五索}{六索}{七索}{赤五筒}{六筒}{九筒}{九筒} {一萬}{一萬}{一萬}{一萬}
そうして捲られたカンドラの表示牌は{東}。
ーーウチに乗るんか!?
点数的には足りている洋榎の{南}に乗る新ドラ。
当然知る由も無い淡は、普段通りの事とは理解しつつも、一瞬苦い顔をしながら新たにツモった{七索}を捨てる。
ーーいつも通り乗らなかったけど……。ダブリー・カン裏・赤三……。これで九翻。おっさんもカンすればカンドラと合わせてドラを示す牌は合計六枚。それだけあれば二つくらいは乗るに決まってる。ていうか乗らなきゃ困る!!
まるで倍満までは確定しているかのような見積もりをする淡。
実際、彼女が捲ったカンドラの裏は彼女の求むる{九萬}であり、彼女の行った見積もりは正しかった。
それこそが大星 淡。偶然を必然としてしまう力を持つ、
そんな…そんな人物をもってしても、なお、遠い。
ーー参ったな。鳴いたとは言ってもツモ番が速くなったわけじゃ無いから何も変わってない。
宮永 照を容易に下す事は出来無い。最果ての
ーー淡にもカンされちゃったし、本当に困ったな……。
辛うじて生まれた三人の勝利の可能性。
その根源は[彼女の手の進みが一巡遅いなら]という、彼女以外は確実には知りようの無い幸運が舞い降りた場合のみ成立する。
格がーーいいや、質が違う。
格などという段階の話では無い。もっと根本的なモノ、……言うなれば[本質]があまりにも違かった。
ーー……やっぱり、いつも通りに打たないと駄目だったかな。……ふふっ、難しいな、麻雀って。
しかし、今回はその不確定が彼女を阻んでいた。
六シャンテンから始まっていた彼女はどうにか手を速くする為に鳴きを考慮していたものの、四巡目までに鳴けたのは幸雄の{發}だけ。
自分の前である幸雄から鳴いたところで単に必要牌がツモれたのと変わらず、手の進みの速さに影響は無い。
ーーあと、一巡。
{六萬}{七萬}{八萬}{一筒}{二筒}{三筒}{七筒}{白}{白}{白} {發}{發}{發}
五巡目のツモによってテンパイした照は、胸の内でそう溢す。
最後の最後で和了に六巡掛かる手牌と、手の進みが速くなるわけでは無い鳴き。
この二つによって照による一方的な勝利は無くなってしまった。
だがそれは、あくまでも照にとっての話。
他三名にしてみれば、その遅さは間違い無く僥倖。絶対的な幸運。
喉から手が出るほどに欲しかった猶予……ッ!
ーーその一巡が勝敗を分けないと良いけど……。
直感的な不安が照の思考を埋める中、淡のツモ番が終わる。
ーーさぁ、どうだ……?
幸雄、ツモ。盲牌。
ーー……{四萬}。
幸雄、ツモる……!希望を……ッ!
{三萬}{六萬}{六萬}{六萬}{六萬}{三索}{四索}{五索}{三筒}{四筒}{五筒}{八筒}{八筒} {四萬}
ーー来たッッ!!!!
幸雄、ここにテンパイ。勝敗を別つ、ただ一度のチャンス……!
「カンだッ!」
{六萬}{六萬}{六萬}{六萬}
‟ーードラ四!?”
すかさず行われるカン。
捲られるカンドラ。表示されるのは{八筒}。
淡の目、見開く!!
ーーやるじゃん、おっさん……!!!後は……私が和了るだけ!!
彼女の手牌の中で雀頭として存在する{九筒}。それら二枚がドラへと変わる。
故に、確定的な見積もりによる九翻に二翻が追加され、十一翻。
約束される三倍満……!!
現実味を帯びる、逆転ッ!!
ーーくっ、俺の手には乗らなかったか。が、誰に乗ろうと知った事じゃない。自信家ちゃんのしたカンを含む既に見えているドラの裏の二枚、そして今俺が作ったカンドラの裏、計三枚の見えていないドラを示す牌。……そして、和了牌ッ!全てはそれ次第……!
カンによって失われた手牌を補充する為ツモる幸雄。
ーーその、刹那。
ーーなんやと……?
ーーなんやこれ…見た事ある気がする。
彼女達の瞳に、一瞬の幻影が映り込む。
ーーな!ま、まさか……嘘でしょ!?
それは、彼には似つかわしくない花弁の欠片。ひらりと、ただ一枚が消えていく様。
ここに居る全員が目にした事のある、薄桃色の花びら。
ーー……咲。
気が付いていないのは、当の幸雄だけ。
そして、照だけが。
瞼と共に……手牌を閉じた。
ーーどうせだ……来い……ッ!!
ツモ。その手は大きく後ろへと引き絞られる。
盲牌。ーー親指の腹に示された文字に興奮が抑え切れず、幸雄の眼が見開かれる。
そうして気が付く。
ーー……そうか。忘れていた。……この、勝負は。
「……ツモ」
「「「な!?」」」
「メンタン・三色・嶺上開花・ドラ四。4000・8000」
ーーこの勝負は……嬢ちゃん。
幸雄、手牌を開く。
ーー君の強さを……証明する為のものだったな。
「……倍満だ」
{三萬}{四萬}{三索}{四索}{五索}{三筒}{四筒}{五筒}{八筒}{八筒} {六萬}{六萬}{六萬}{六萬} {五萬}
ーー半荘戦。
ここに終局……!
「……やられちゃった」
そう呟いた照の表情は、不思議と柔らかかった。
次巡へ続く。
次回、多分最終話です。
多分そうです。