東一局、親・片岡優希。ドラ表示牌は{八筒}。
幸雄、配牌時からいきなりの二シャンテン。
{二萬}{三萬}{四萬}{九萬}{三筒}{四筒}{七筒}{八筒}{二索}{四索}{七索}{北}{北}
二・三・四と順当に手が揃えば三色同順、鳴く事無く七・八筒のまま両面待ちになれば平和も付く満貫確定手。少し手を掛けて頭の北を切ってタンヤオに行けば最低でも12000の高配牌。
例えこのままでも九筒ツモで跳満確定、それ以外でも裏ドラが乗れば満貫以上が見えて来る。
ーー充分だ。状況次第でツッパるのも考えられる。
しかし、確率と速度を求める幸雄。進み次第で早和了りを選択できるよう、字牌切りを一先ず先送る。
彼の思考が優先するのは常に合理性。現在の考えで言うところのデジタル打ち。
故に、初めに切ると選んだのは不要牌かつヤオチュウ牌の九萬。
……が!
「いっくじぇぇぇぇ!!!立直!!!」
ーーなッッ!?
親・片岡優希、一打目の{二萬}は真横。置かれる点棒っ!
親のダブリー……ッッ!!
「か~~~!お客が居るのにいきなり飛ばし過ぎじゃ!少しは加減せんか!!」
「我、東場の神なり!」
「言い訳にもなっとらん!!」
「赤木さんも災難ね」
「おっさん、頼むじぇ~」
「ぐっ……!」
苦虫を嚙み潰したような顔の幸雄、一先ずツモる。
盲牌。血の気が引く。あの夜の如く……ッ。
見る。……二筒。
ーー調子が良い……!良過ぎる……!!
進む手牌……近づく、三色同順……ッ!
ーー分かるかっ……!こんなの……ッッ!!!
二筒、一先ず手牌の上へ。横向き。まるで、見つめてく両の目……!
ーーどうする……。九萬はヤオチュウ牌だ、比較的通り易い。しかし、高い手と絡み易くもある。もう一つの不要牌の七索は……。
無い情報から得られる砂粒をもって最善策を手繰る幸雄。
対し、他の三人。
「ホント、東場の優希は強いわね。これで来年も安泰かしら」
「とーぜん!東場の我に敵無し!」
「こりゃわしの代も先鋒で稼いできてもらうかも知れんのぉ」
歓談……!
ーーおかしいだろっ…!親のダブリーだぞ!もっとあるだろう……!普通は……ッッ!!
否。
彼女達清澄高校麻雀部にしてみれば東場の優希のダブリーなどは最早普通…!
毎回では無くとも……あるッ!割と頻繁に……ッ!!
故の余裕。振り込みは災難、事故。諦めるしかない。知っているが為に……!
「くッ……!……これだ!」
牌をつまみ、掲げた手。
降り降ろされ、河から響く打牌音。
離れた指の下。見える、{九萬}。
「……通るか?」
「運が良いおっさんだじぇ」
開かれない優希の手牌。
通るっ!
二筒は手牌の中へ……ッ!
「ふふ、助かったぁ。安牌安牌♪」
「くぅ~…。……これじゃ!」
続く久は幸雄と同じ九萬、その次まこは六索切り。どちらも通る。
「むぅ~~!別にいいじぇ。一発ツモればかんけーないじょ!」
「それでおまんは本当に和了ったりするから怖いんじゃ」
「やっぱり敵に回したくないわねぇ~」
まるで当たり前。和了る事が当然のように交わす、三者の会話。
幸雄に訪れる頭痛。
ーーな、なんなんだ……!?ダブリーだろうと一発は案外付かない、流れる時だってままある。なのにツモでだと?しかも『本当に』!?何を当たり前のように言っているんだ!?
「むむむ……!……ぐわ~~~!ダメだじぇ!」
「残念。まぁまだ始まったばかりじゃ」
ーー当たり前だ…!!
本心から悔しがりながら中を切る優希。それを見て笑う久とまこ。
幸雄だけが顔を顰めている。僅かに。
ーー異常だ……!なんなんだコイツら……ッ!流れだって、まだ分からない……最序盤だぞ……!
ツモる幸雄。{三索}。無駄ヅモ無くテンパイ。
{二萬}{三萬}{四萬}{二筒}{三筒}{四筒}{七筒}{八筒}{二索}{四索}{七索}{北}{北} {三索}
確定する三色同順。六・九筒待ちの両面高め。平和付き。
六筒のロン以外なら跳満確定の手。
ーー退く理由が無い…!
迷う事無く捨てる {七索}。
「立直だ!」
「ロン!ダブリー、一盃口!」
「何!?」
両端から一気に開かれる親の手牌。
{三萬}{四萬}{五萬}{七索}{八索}{八索}{九索}{九索}{六筒}{六筒}{西}{西}{西} {七索}
七・八・九順子の一盃口七索ペンチャン待ち、六筒頭の西暗刻。赤ドラ無し。しめて四十符三翻。
「裏ドラは無し!7700だじぇ!」
返された裏ドラは東。幸雄、辛うじて助かる。
「危なかったのー。南じゃったら跳満になるところじゃった」
「そ、そんな事あって堪るか!!」
「あっはは!怒らない怒らない。麻雀に理不尽が付き物なのは知ってるでしょ?」
「ぐっ……!」
ムキになる幸雄、思わず雀卓を叩きながら立ってしまう。
それを見、笑う久達。
ーーやっちまった、子供相手に。
「いや、悪かった。元部長さんの言う通りだ」
想定していなかった己の痴態に気が付き、恥じた幸雄、興奮を飲み込む為の深呼吸。
そして座り直し、手牌を閉じる。
「東場の神、とは良く言ったものだ。初っ端から掴まされてるとは思わなかったよ、片岡の嬢ちゃん」
「ふっふっふ。ハコにならないよう気を付けるがいい」
得意げに腕を組む優希と、卓上の牌を久が開けた穴に押し入れていく他の三人。
その数分後。再び配牌を終え、優希の100点棒が卓の隅に一つ置かれる。
「一本場、いくじぇ!」
東一局、一本場。親・片岡優希。ドラ表示牌は{四筒}。
幸雄の手牌、五シャンテン。先ほどとは比べ物にならない、ガタガタの手牌。役・風牌すら無し!
唯一の救いは{赤五筒}{六筒}がある事くらいか。
ーー流れを持っていかれたか。ちっ、こういう事が起きるから考慮に入れなきゃならない。
速攻を仕掛けるなら、最早喰いタンしか無く、しかし今は失った点も欲しい。
苦悩の二律背反……!流れを得る為だとしても手元に来なければ無意味。
ーーこうなったら優先するのは和了りか…?しかし、やるにしても和了りを止める為でなければ手牌を曝すだけ……。
手牌を睨み付けつつ、運の流れという実在するか分からない不確定要素に内心で舌打ちする幸雄。
現在で言う所謂オカルト。デジタル打ちを大の得意とする彼にしてみれば、実に納得のいかない考慮の材料である。
「くぅ~、連続ダブリー成らずだじょ!」
「優希といえど流石にそれはね」
「白糸台の大将じゃないんじゃから当然じゃて」
ーーう、嘘だろ!?居るのか……?そんな奴が……ッ!?
悔し気な言葉とは裏腹に楽しそうな様子で河に捨てた優希。牌は手出しの{南}。
続く幸雄。ツモ牌は{北}。そのまま河へ。
「さてさて、どれがいいかしらね~」
そう言いながらも久、ツモ後ノータイムで手出し。{白}。
まこ、ツモ牌を河へ。{六筒}。
こうして三巡する。
その間、久が三度、幸雄二度、まこと優希が一度ずつツモ牌を手の中へ。
そうして四巡目の初め、優希によって起こされる異変。
手出しの捨て牌、手折れる。
「立直!!」
優希の立直宣言と共に投げ入れられる千点棒。
彼女の河にあるのは、{白}・{一筒}・{九萬}・そして真横に向いた{六筒}。
「ダブリー抜きでもこれか。流石に速いのぅ」
「さっきに比べれば大分マシだけど、まだまだ読み切れないわね」
「同感だ」
答え、久とまこの河をちらりと確認しながらツモる幸雄。
久、{白}・{一筒}・{三索}。
まこ、{六筒}・{五萬}・{六索}。
ーーー危ないのは……筒子か字牌か?
盲牌。手牌の上へ。見る、当然知っている{四索}。
ーー順当に進んでくれて今は三シャンテン。……少し痛いが、また一人払いは御免だからな。
現物を河へ。{三萬}。
「……ふぅん、そう来る」
西家・久、ツモ牌を盲牌して笑う。
そして手牌の上に寝かせた瞬間、隊列の中から出る、捨て牌。
向きは、横……!赤五筒ッッ!
ーーな……ッ!?
「通らば立直、ってね」
「ぐぅ…!追っかけ、しかも赤五筒でなんて……。流石元部長。手加減無しだな!」
「とーぜん。正式に卒業するまではまだまだ負ける気は無いわよ?」
苦い顔をする優希、にやりと右頬を上げる久。
通っている。奇跡的に……ッ!
ーー六筒切り立直に対して五筒、ただでさえ危険なのにしかも赤だと!?相手は親なんだぞ!?
それを見て楽し気なまこ、眼を見開く幸雄。
あまりに危険な捨て牌。幾ら和了りを目的とするゲームとは言え、降りがセオリーの親立直に対してそれを切るというロジックが理解できない幸雄に再来する頭痛。
「立直が二人か……。ぐぬぬ……安牌はどれじゃ……?」
ツモるまこ、手牌の上に寝かせ、長考。
そして打、{八筒}。
「ロン」
「なにぃ!?」
「立直一発、中。5200の一本場は5500」
「かっーーー!やっぱりモロじゃったか!!」
「まさかまこから出るなんて驚きだわ。引っ掛けてごめんね~」
「部長が相手の時はまともな読みが通用せん上に、まだ序盤じゃぞ?無理じゃ無理!」
「元、よ?」
「こまい!」
蛍に返される手牌。
{五萬}{六萬}{七萬}{四索}{五索}{六索}{四筒}{四筒}{七筒}{九筒}{中}{中}{中} {八筒}
立直、一発、中。八筒カンチャン待ち。四十符三翻。
「東場の親がぁ~~!悔しいじょーー!」
両手で頭を抱え、背もたれにのけ反りながら悔しがる優希。
彼女をより子供らしく見せてしまうリアクションに、久は思わず手を口に当てて笑ってしまう。
「しっかし、よくもまーあんな危なそうなとこを切れたもんじゃ」
「多分この辺は平気かなーって。ぶっちゃけ、感覚だけど」
「久は前々からそういうところあるからのぅ。悪待ちといい、ほんにロクな橋を渡らんヤツじゃ」
「それでも勝てちゃうのよね~」
彼女の口にしたロジックは対局数から来る経験。当人の言葉通りの[感覚]。
しかし、彼女の真に恐ろしい部分は経験から来る感覚の正確さではない。
ーー打ち手によって好む手牌や役は確かにある。だが、そんなのが毎回できるわけじゃない。それが麻雀だ。
優希、まこ、幸雄が手牌を内に倒し、中央に押し込むのを見計らって同じ事をする久。
その久の表情にまるで無い、安堵の様相。
だからこそ、幸雄はより明確に怖れを覚える。
ーーこの娘、自分の打ち方に一つの不安も持っていない。
自身の考え、その正しさを疑わず、事実勝ってしまうという久の勝負師としての度量に。
ーー侮っていた。ここは、間違い無く巣窟だ。
「……東二局、始めるか」
ーー雀鬼達の。……そして恐らく、まこという娘も。今は居ない咲と和という二人も。
幸雄、表情が僅かに変る。
少しガラの悪い落ち着いた青年から、打ち手としての顔へと。
無論、彼の表情の変化を久、まこ、優希の三名は見逃さなかった。
ーーとうとう、ね。
ーーこやつ、どこぞ聞き覚えがあるとは思っとったが……いや、まさか、な。
ーーじょ?
次巡へ続く。