咲-saki- 長野に降り立った凡才   作:カピバラ@番長

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第九巡 煩慮

 東一局、親・原村 和。ドラ表示牌は{一索}。

 

 「……強いんだな、君ら」

 

東一局が始まって三巡目。

久達に見守られる中、それまで静かだった場が幸雄の一言によって綻びる。

 

 「…いきなりどうしたんだし」

 

 「まだ、何も分からないと思うんですが……」

 

 「そうか?特に君は大分分かりやすいと思うけどな。その早打ちはデタラメじゃないんだろ?」

 

 「それはそうですけど……」

 

 「にしても分らないだろ、って事か?」

 

字牌整理が終わったらしい池田の一筒切りの際に幸雄が思わず出したのは賞賛ともとれる言葉。

しかし、和了りも無ければ降りも無く、迷彩すら未だ機能しない序盤に出るには些か不可解な発言だと言える。

それを幸雄は少し笑いながら補足した。

 

 「つまりだ。武道の達人同士が見合うと力量がなんとなく分かる……なんて言うだろ?それと同じモノを感じてな」

 

  ーー特に……。

 

ちらりと、幸雄が視線を向けるのは小首を傾げて話を聞いていた少女ーー宮永 咲。

なんの異変もない、ただ七索を切るだけの少女。どちらかと言えば少し抜けてそうな雰囲気ですらある。

 

 ーーおかしな娘だ。あの一瞬に感じた怖気のような何か。それが今はすっかり鳴りを潜めている。

 

彼女が先ほど放った圧倒的なまでの感覚。

大の、それも裏世界に居た男である幸雄が思わず立ち上がるほどの圧倒的な感覚。否、圧。

それが今の宮永 咲からは一切感じられない。

だからこそ一層幸雄の目には怖ろしく映った。

 

 「まぁー、仮にもあたしは名門風越の部長だし。そっちの二人は今年の全国で暴れまわったしで、当然と言えば当然だけどな」

 

幸雄の感じる恐怖など知るはずも無い池田は彼の説明で納得がいったのだろう、反応を示す。

 

 「いやいや、強さは肩書きじゃない。全く無名の、それこそ中坊がてっぺんの一人を打ち落とす事だってある。俺がしてるのは、要はそういう話だ」

 

 「……ホントか?」

 

 「ああ。少なくとも俺はそう思ってる。この半荘が楽しみで仕方無い」

 

断言する幸雄。それを聞いて恥ずかしそうに眼を瞑って身体を小さくする池田。

その姿は離れた位置で見ていたまこには猫のように映った。

 

 「(喜んでいい…のかな……?)」

 

 「(良いんだと、思いますよ…?池田先輩は嬉しそうですし)」

 

 「(言ってる意味は分かるんだけど……。なんだかなぁ……)」

 

 「(女の子を褒めるのに適していないチョイスだとは思いますね)」

 

しかし、九萬を捨てた和に尋ねる咲はいまいち受け入れ切れていないようだった。

……その後、会話は再び途切れる。

ただ、打牌の音と牌山からツモる音だけが聞こえる。

外野からの声も無い。

幸雄の後ろに立つ久も、咲の後ろに立つまこも、和の後ろでタコスを待ちわびる優希も、誰が勝負を仕掛けるのかを見守るばかり。

そんな、見守るばかりの彼女達の眉が動いたのは十巡目の頃だ。

 

 「立直」

 

 ーー来たか。

 

{八索}を手折る咲の立直宣言と共に千点棒が置かれる。

 

 「……清澄ぃ。あんまりおかしな事するなよ?」

 

 「あ、あはは。でも、本気で行かないと……」

 

 「そもそも、不正行為はしていませんしね」

 

 「……?」

 

咲の宣言と同時に堰を切ったように会話が流れ出る。

何か知っている風な二人と、全く察しが付かない幸雄。

空気感が変わった事にだけは気が付く幸雄も、何が起きるかはやはり分からず、再び咲に番が回る。

故に、理解が及ぶ。

 

 「カン」

 

増える、カンドラ。{九萬}。

 

 ーー……何?

 

ツモ牌と手牌暗刻の二筒が開かれる。

ーーそうして。

 

 「ツモ」

 

 「……何!?」

 

 「立直・嶺上開花(リンシャン)ツモ・ドラ一。2000・4000です」

{三萬}{三萬}{七萬}{八萬}{九萬}{三索}{四索}{五筒}{六筒}{七筒} {二筒}{二筒}{二筒}{二筒} {二索}

 

幸雄に衝撃走る。

 

 ーーこっ……!これか!!これが正体か……!!あの感覚の………ッ!!!!

 

まるで花弁を幻視するかのような凛とした姿を見せる咲に幸雄が向けるのは一種の恐怖心。

まるで、パンドラの(ピトス)の中を見てしまったかのような、根源的怖れ。

 

 ーー嶺上開花自体は無くは無い……。だが、だが……!

 

歪む。

 

 ーーこの嬢ちゃんのそれは『違う』!絶対にッッ!!

 

二色以上の絵の具を同じパレットで混ぜた時のように、咲を捉えている幸雄の視界が歪む。

それは正しく、恐怖と呼ばれる感情が起因していた。

 

 「あーーーもう!ほんっとインチキも大概にしろし!!!!」

 

 「インチキじゃないですよ。……咲さんは出来るんです」

 

 「あ、あはは」

 

点棒が移動する。

当然幸雄も払う、2000点。

しかし、赤いサングラスの奥には動揺。

隠しようの無い、動揺。後ろで見ている三名も彼の心の内に気が付くほどの激しい動揺……!

 

 ーー偶然なわけが無い……!周りを見ろ。誰も驚いていない……!あるにはあるとは言え嶺上開花だぞ?少しくらい反応があるはずだ。それが……無いッ!……なら!

 

 「……流石だな、嬢ちゃん。恐れ入ったよ」

 

 ーーこいつは、鷲巣と同類……ッ!!或いはそれ以上ッ!豪運こそを己の力とする存在……!悪魔的ッッ!!そう構えろッッ!

 

 「え?あ、ありがとうございます」

 

 「けどな、負けるつもりも無い」

 

 「……!」

 

 「どんどん来な。オーラスまでには全部捲ってやる」

 

 「……はい、そのつもりです」

 

幸雄、腹を括る。

死に戻りの意味がここに在ると理解したからこその覚悟。言葉を受け取った咲の真っ直ぐな視線を逃げずに受け止める。

まるであの夜に目に焼き付いてしまった鷲巣を重ねたかのように、逃げない。

此度こそは超えると決めたが故に……!

 

東二局、親・平山 幸雄。ドラ表示牌は{北}。

 

 「立直です」

 

七巡目。顔を赤らめた和が四筒を傾け、千点棒を置く。

 

 「……今度は桃髪のねーちゃんか」

 

 「あの…。『ねーちゃん』と呼ばれるのはちょっと……」

 

 「あ、ああ。悪い。桃髪ちゃん……で、いいか?」

 

 「………それなら、まぁ」

 

 ーー胸以外で呼ばれても膨れるのね……。

 

 ーーこんなおもちがでてきても触れんのか。意外に紳士じゃの。

 

 ーーおっさん、さては咲ちゃんみたいなぺったんこが好きなんだな?何回も見てたし。

 

和と幸雄のやり取りを見て若干思考が逸れる三名。

対し、立直を前にする三名の思考に脇見の余裕は無い。

 

 ーーさて、桃髪ちゃんの打ち方は俺に似てる。が、精度は恐らく俺より上手だ。……なら、今回は(けん)に回るべきか?

 

幸雄、ツモ。盲牌。{中}。

 

 ーー彼女の河に中は無いが、風越の部長のとこに二枚か。……俺と同じ打ちスジの奴がまさか元部長みたいな悪待ちや地獄待ちをするとは思えないが。

 

幸雄、{中}を手牌の上に寝かせ、一シャンテンから手出し。現物の{五筒}。

 

 ーー親は惜しいが念には念だ。師弟関係だとすれば、混ぜ込んでくる事もあり得るだろうからな。

 

二シャンテンの中に流れ込む{中}。同時、幸雄は降りを決める。

次ツモ、池田。手を伸ばしながら己の手牌を見て僅かに表情を曇らせる。

 

 ーーこのデジタルおっぱい怪獣、完璧な効率で打つんだよなぁー。かと言って役が透けて見えるかって言われるとまた違うし。

 

ツモ。盲牌。

確認し、安堵。ツモ切り。打、{四筒}。

 

 ーーラッキー!まだ降りたく無かったんだよね~!

{五萬}{六萬}{七萬}{八萬}{三索}{六索}{七索}{八索}{六筒}{七筒}{八筒}{東}{東}

池田、一シャンテン。ドラである東が二枚かつ、三色同順確定手。

五萬または三索が引ければテンパイ。引いた方の牌と東の待ちになり、最低でも満貫、東ツモでのみ倍満になる。

 

 ーーデジタルおっぱい怪獣の捨て牌に萬子が少にゃめなのが嫌だけどさ~、索子なら行けそうだし、大丈夫大丈夫!

 

曇っていた表情が元に戻る池田。和の河を見て、微かに明るさが射す。

 

 ーー……池田先輩、嬉しそう。もしかして張ってるのかな?

 

そのごく僅かな表情の機微を見た咲、ツモりながら池田の手牌の進みをぼんやりと察する。

 

 ーーダマだとしたら……跳満以上は見えてるのかな。

 

盲牌。{一萬}。

 

 ーー和ちゃんなら……この辺なら平気かな。

 

寝かせて置き、打、{一索}。

 

 ーーできた。……けど、まだかな。

{一萬}{一萬}{一萬}{一萬}{三萬}{三萬}{三萬}{一筒}{二筒}{三筒}{三索}{三索}{三索}

咲、カンせずテンパイ。

しかし、二萬による和了りは一切考えていない。

 

 ーー三回カンして、頭と面子を持ってきて満貫。……うん、いける。

 

狙うは三槓子・嶺上開花(リンシャン)ツモ。

尋常な打ち手であればカンのみで和了りまでの道筋を想定などはしない。

が、しかし。する。宮永 咲はする。

まるで未来予知。否、必然。故に予知に有らず。言うなれば、運命。

生物がすべからくする呼吸のように。意識せず、出来て当然だと信じて疑わない。

その答えが示されるのは十巡目。

 

 ーー……来た!しかも赤!!

 

池田、赤五萬を引きテンパイ。ダマなら最低満貫、立直を掛ければ跳満または倍満の手。

 

 ーー……立直掛けて跳満確定させたいところだけど……!

 

池田、{三索}を引き抜き、打牌。

 

 ーー待ち的に出和了りきつそうだし、このま……

 

 「カ……」

 

 「ロン」

 

 「ニャ!?」

 

 「えっ?」

 

 「メンタンピン・赤一。裏なし。8000です」

{四萬}{五萬}{六萬}{七萬}{七萬}{四索}{五索}{六索}{七索}{八索}{赤五筒}{六筒}{七筒} {三索}

和、三・六・九索待ちの三面張。咲のカンの声を上から抑えての和了り。

 

 「ニャーーー!!やられたし!!」

 

 「やっぱり凄いな、和ちゃん……」

 

 「カン材だったんですか?」

 

 「うん。明カン出来れば多分そのまま和了りだったかな」

 

 「そうですか。待ちをこれにしておいて良かったです」

 

頭を抱えて叫ぶ池田、手牌を閉じる咲。

そして、咲の発言に再び驚愕する幸雄。

その心中は、しかし、納得もあった。

 

 ーー冗談じゃない……!幾ら嶺上で和了れるからって予知はやりすぎだろうが……!!

 

再び垣間見える(ピトス)の中。

その箱から溢れ出るのは強く気高く美しき花の在り方を示す名の役とは違う絶望のみか。

 

 「ふざけるなし!!積み込みか!?」

 

 「自動卓だから無理だじぇ」

 

 「分かってるし!!!!」

 

 

 

 

次巡へ続く。

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