闇魔導士くんと前衛ギャル 作:こういうカップルが好き
俺は自分の部屋の隅で膝を抱えていた。
「んん……」
狭いワンルームの何割かを占めるベッドの上では、名前しか知らない今日出会ったばかりの女の子が、長い金髪をくしゃくしゃにしながら無防備な姿で眠っている。
「どうしてこうなった」
どこまで時間を巻き戻せばこの状況を回避できただろう。俺は天井を見上げて、数時間前の出来事を振り返った。
***
ミレイは思考停止している俺の腕をぐいぐいと引っ張り、受付に連れていった。
「おねーさん、さっきの仕事、闇くんと一緒だったら受けていいんだよね?」
「ええ、問題ありません。ではこちらに受注者の名前をフルネームで」
「はぁい。闇くん、名字は?」
「ヴォルケ……じゃなくて!」
馬鹿正直に答えてしまってから、抗議しようとしたらまたしてもにこっと嬉しそうな笑顔を向けられて、何も言い返せなくなってしまった。
「ヴォルケ、と。書いたよ、おねーさん」
ミレイは俺が固まっている間にさっさと書類を書き終わり、ヨラさんに提出する。
「確かに」
受け取ってしまったヨラさんに、俺は慌てて抗議した。
「ヨラさん!? 見てましたよね!? 同意してないんですけど!」
「あなたも、もっと大きな仕事を請けたいと言ってたじゃありませんか。彼女は前衛希望ですし、問題はないかと」
確かにそうなんだけど。そこで、ふと気になって訊ねる。
「前衛って、職業は?」
提出した書類を見せてもらうと、そこには丸っこい文字で【ギャル】と書いてあった。
「……ギャルって何?」
「わかんない! 職業診断でそう言われたの」
適性のない職業に就くと本人にも勤め先にもデメリットが多いことから、上級学校の卒業時にはそれまでの学校生活での評価と適性検査によって、向いている職業をリストアップしてもらえる。
もちろん俺もリストの中から闇魔導士を選んだ。大半の人間がそうだ。
しかし。
「職業じゃなくない?」
本来は若くて元気な女性を表す言葉だったと思うから、性質とかマインドの話じゃないのか。
「細かいことはいーじゃん! ね、一日だけでいいの。あたしを助けると思ってさ」
また腕に抱きついてきた。男どもからの羨ましそうな舌打ちが聞こえた。
「……明日だけなら、まあ」
「やったー! 闇くんありがと!」
「ひっ」
一旦離れてもらおうと思って譲歩したのに、あろうことかミレイは正面から胸に飛び込んできた。ドムッという、今まで経験したことがない弾力のある衝撃を感じて、思わず両手を上げた。
「それでは、明日の朝九時に端末を取りに来てください」
ヨラさんは目の前の光景には興味がないと言わんばかりに、いつもどおり淡々と処理するだけだ。
背中には、光属性の美少女とチームを組むことへの嫉妬や羨望、闇属性への侮蔑など、様々な感情を含んだ視線が突き刺さる。俺に味方はいなかった。
「おっけー。それじゃ闇くん、いこ!」
ミレイはそんなものまったく気にしない様子で元気に頷き、俺の腕を取ってさっさと派遣所を出ていこうとする。
「待っ、引っ張らないで……」
振り解こうにもまた腕に柔らかいものがめり込み、迂闊に動くと変なところを触ってしまいそうで、抵抗できなかった。
外に出たところで、ミレイはパッと手を離して振り返る。
「闇くんって、この町長いの? あたし、今日来たばっかりでさあ」
「今日? 道理で見たことないと思った……」
こんな目立つ女の子が人材派遣所を利用していたら、すぐに話題になるはずだ。しかし来た当日から仕事探しなんて、何か切羽詰まった事情でもあるのだろうか。
「とりあえず夜ご飯食べよーよ! あ、それと今日のホテルまだ決めてないんだけどさあ。安くて個室で、シャワーがあるホテルって知らない?」
「そういう良いとこは、この時間にはもう空いてないよ」
いかにも世間知らずそうな彼女に、下手な安宿は紹介できない。
しかし女性専用エリアがあるような清潔で安全なホテルは限られており、埋まるのが早いのだ。
「まじ? ちなみに闇くんはどうしてるの?」
「部屋を借りてる。長期契約で」
この町を拠点にすることを決めた時に借りた、壁の薄い質素なアパートだ。住めば都とはよく言ったもので、気がつけばそろそろ一年になる。
「やるじゃん! じゃあさ、一晩泊めてくれない?」
ミレイは名案と言わんばかりにぱあっと顔を明るくした。
「え!? いや、狭いし無理だって。ベッドも一つしかないし……」
見知らぬ男の部屋に泊まる危険性を、この子はわかっているのだろうか。
いや、もちろん俺は知り合って間もない女の子に手を出すような勇気も甲斐性も持ち合わせていないけど。
「シャワーさえ貸してくれたら、寝るのは床でもいいから。ね、お願い」
ミレイの温かい両手が、イレギュラー続きで冷えきった俺の左手を包んだ。
潤んだ上目遣いでじっと見つめられると、何故だか動けなくなる。これも光属性の力なんだろうか。
俺は考えた。
もしここで断ったら、ミレイはセキュリティの甘いむさ苦しい宿に泊まるか、最悪野宿になってしまう。
そうなったら、身の安全は保証されない。明日、無事に派遣所で落ち合えるかも怪しい。
寝覚めが悪いのは勘弁願いたかった。それならまだ、目の届く範囲にいてもらった方がいい。
「……わかった。本当に狭いからな」
「やった! ありがと。闇くんやさしーね」
その笑顔に絆され、まんまと家に招き入れてしまったのが運の尽きだった。
ミレイがシャワーを使っている間に、何も考えないよう帰り道に買った惣菜を食べることに集中する。
「いやー、お湯が出るシャワーっていいねえ」
「そう……」
更に防御力が下がった寝間着姿をなるべく見ないように、そしてシャワールームに微かに残る、シャンプーか何かの甘い匂いをうっかり嗅がないようにしながら入れ替わりに使って、おそるおそる出てきたら、ベッドを占領されていた。
ちなみに彼女の夕飯の食べ殻は、買った時に付いてきた袋の中にコンパクトにまとめてあった。意外と几帳面なんだろうか。
「ふふ……」
何の夢を見ているのか、ミレイは俺の布団を抱き枕にして、時折小さく笑う。その度に俺はビクッとする羽目になっていた。
「明日、外に出た瞬間屈強な男にカツアゲされたりしないだろうな……」
美人局の可能性がよぎったものの、今更ミレイを放り出すわけにもいかない。
「一応、戸締まりはしっかりしておこう」
玄関ドアの外には危険を察知して発動する罠を仕掛け、俺は野宿用の布団を床に敷いて、音を遮断する魔法を自分の周りに展開してさっさと寝た。
大丈夫、どうせ明日の仕事が終わるまでの縁なんだから。