闇魔導士くんと前衛ギャル   作:こういうカップルが好き

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第3話 前衛のギャル

 音を遮断する魔法は本来、隠密行動や人に聞かれたくない話をする際に、自分たちの声を周囲に聞こえなくする魔法だ。

 しかし俺はその効果範囲を反転して、自分から一定距離以上離れた音が聞こえなくなる魔法を編み出し、耳栓のような使い方をしていた。

 

 何しろこの部屋は壁が薄いので、隣人の生活音から外の酔っ払いの声まで何でも聞こえてしまうのだ。

 まあ、環境に慣れてきたらいつの間にか使わなくなったけど。

 

「――くん、闇くん。起・き・て」

 

 そんなオリジナル魔法で誰にも邪魔されない安眠を約束されたはずが、不意に耳元で囁かれた。

 

「ひっ!? いって……」

 

 背中がぞわっとして飛び起き、その拍子に壁で頭を打った。

 

「へへ、やっと起きたー。おはよ!」

「お、おはよう……?」

 

 天変地異が起きて、日当たりの悪い北向きの部屋に朝日が差すようになったのかと思った。それくらい、寝起きに見るミレイの笑顔は眩しかった。

 

「ん?」

 

 全身の感覚が目覚めるとともに、部屋の中に香ばしい匂いが漂っていることに気付く。

 

「朝ご飯食べよ。九時には派遣所行かなきゃだし」

 

 ミレイが、我が家の数少ない家具の一つ、食事から書類仕事まで何でも済ませている小さなテーブルを指さす。

 その上にはスライスしたパンと目玉焼き、ベーコン、そしてサラダまで付いた立派な朝食セットが鎮座していた。

 

「……作ったの?」

「うん! 聞こうと思ったら起きなかったから、勝手にキッチン借りた」

 

 それからハッと気付いて、慌てて付け加える。

 

「材料は外で買ってきたから! 調味料だけ使わせてもらったけど!」

 

 時計を見ると、八時を回ったところだった。弁明するミレイは、既に着替えもメイクも済んでいた。――その上で食材を朝市で買ってきたとすると、何時に起きたんだ。

 

「ありがとう……。あ、材料費」

「いらないいらない! 泊めてくれたお礼とお詫び!」

「お詫び?」

 

 財布を取り出す俺に、ミレイはあわあわと両手を振った。そしてその手を大げさに顔の前で合わせる。

 

「昨日はホンットごめん! ちょっとベッドに座っただけのつもりだったのに、いつの間にか寝ちゃっててさあ。床でいいなんて言っといて、あたしまじサイアクじゃん」

 

 最後に大きくため息をついたところを見ると、本気で落ち込んでいるようだ。

 

「こんなヤツ、蹴っ飛ばして床に転がしといてくれれば良かったのに」

「それはさすがにヤバいだろ」

 

 野郎ならまだしも、女子にそこまで酷い仕打ちはできない。するとミレイはまた、柔らかく目を細めた。この顔は苦手だ。

 

「ま、とにかく。冷めちゃう前に食べて食べて」

「アッハイ……」

 

 それから簡単に食前の祈りを捧げて、二人で食卓を囲んだ。こんがりと焼き目が付いたパンは、囓ると良い音がした。

 

「美味い」

 

 こんな風に、朝からできたてのものを食べるのは久しぶりだった。

 

「そ? 何かいろいろ、てきとーに焼いただけだし。素材がいいってやつでしょ」

 

 ミレイは照れくさそうに頭を掻くと、目玉焼きとベーコン、サラダのレタスをパンの上に豪快に乗せ、もう一枚のパンで挟んで即席サンドイッチを作った。

 

「……それ、いいな」

 

 大きな口を開けて頬張る姿が妙に美味しそうに見えて、俺も一口囓ったパンを置いて真似することにする。

 

「え、ちょ、なんか恥ずかしい。あたしが行儀悪いのバレるじゃん」

 

 急に照れ始めたミレイは、もごもごと口を隠した。しかし俺は鼻で笑う。

 

「今更」

「うぐ」

 

 見知らぬ他人の家に上がり込んで寝顔まで晒しておいて、これ以上何を恥ずかしがる必要がある。

 俺はさっさと同じものを作って囓った。

 本当に久しぶりに、美味いものを食べた気がした。

 

***

 

 ミレイが受けた依頼は、市営下水道の見回りだった。

 

「なんか、職員さんが変な影を見たって言ってたんだよね」

 

 下水道の入り口に向かいながら、ミレイが言う。

 

「いつ喋ったんだよ。昨日来たばっかって言ってたのに」

「だから、昨日来てすぐ。派遣所の前に、市役所行ったの」

「なんで?」

 

 泊まる場所も決めていないような通りすがりの派遣スタッフが、どうして市役所なんぞに行くのだろう。

 

「まあ、いーじゃん別に!」

 

 笑って誤魔化された。怪しいが、どうせ一日限りの相棒だ。追及するのはやめた。

 

「それで、職員さん困ってるみたいだったから、あたしが見てきてあげるって言っちゃったわけ」

「なるほど……」

 

 だから早急にこの仕事を受ける必要があったのだ。お人好しというか、何というか。

 

「けど、確かにこの仕事は二人以上いた方がいいな。範囲が広いし、入り組んでる」

 

 薄暗くて似たような通路ばかりの地下道は、下手に動いたら迷いそうだ。

 それにもし目撃されたのが魔物だったら、不意を突かれる可能性もある。

 どんな仕事内容でも言えることだけど、二人いれば万が一どちらかが動けなくなっても、助けを呼んだり治療したりできるのだ。

 

「そうっぽい。まじ、闇くんがいて助かったー」

 

 その素早い行動力は光属性の長所として書かれていたが、光というのは壁にぶつかるまで直進するものだ。

 本当に、俺がたまたまあの場にいなかったらどうなっていたことか――いや、あの様子ではどちらにせよ、ヨラさんが俺を紹介していた気がする。逃れられない運命だったのだと悟った。

 

 

 

 あまり通らない道をしばらく歩いていると、やがて関係者以外立入禁止の看板とフェンスの向こうに、暗いトンネルが見えた。

 

「あ、下水道って書いてある!」

 

 ミレイも気付き、預かった鍵を取り出してフェンスに駆け寄った。錠前をガチャガチャ言わせている指先を見て、俺は少し心配になった。

 

 ――爪、剥がれたりしないんだろうか。

 

 昨日から気になっていたが、彼女の爪は少々長めだ。しかもビーズやらラメやらで綺麗に飾られている。

 

「開いた! いこ、闇くん!」

「うん……」

 

 しかし杞憂だったようで、鍵もフェンスに巻き付けてある鎖も、器用に外してしまった。

 

 考えてみればあの爪のまま朝食だって作れるんだから、慣れればなんとかなるんだろう。おしゃれは我慢だと、何かの本で読んだ。

 

 

 

 と思っていたら、

 

「せいっ!」

 

 下水道内に現れたコウモリ型の魔物を、ミレイはその爪で躊躇いなく切り裂いていた。

 

「武器だったんだ……!」

 

 光属性の強化魔法を受けて暗闇にラインストーンが輝く様は、正直ちょっと格好良い。

 見た目と実用性を兼ね備えた万能装備じゃないか。俺はギャルに対する評価を改めた。

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