第五特異点逸聞 北米終末荒野ガーデン・オブ・エデン 作:名詮自性
マシュは走る。今はそれしか出来ないから。
背負ったマスターの腕を左手で掴み、右手の盾をいつでも振り回せるよう警戒しながら。
走る。走る。走る。
「……!」
前方に敵が見えた。大岩の陰に滑り込み、荒い呼吸をそのままに油断なく周囲をうかがう。
聞こえる足音から敵の数を推測する。三人ほどだろうか。
こちらに近付いてくる気配はするが、その速度的に気付かれた訳ではないらしい。
後方には現状敵影なし。だが逃げてきた方に再度向かうのは言葉通り自殺行為。
100人以上の兵士達から逃げてきたのだ。
英霊達がその身を呈し、なんとか逃がしてくれたのだ。
しかし前方を突破しようにも、マシュ独りでは難しい。
数の差はもちろん、マシュも相応に消耗しているし、傷を負ったマスターもいる。
「マスター、マスター、大丈夫ですか?」
小声で問う。脇腹をえぐられた人間が大丈夫なはずはないが、他の言葉が出てこない。
「…うん、まだ大丈夫」
少し間を置いて、細い声での返答。大丈夫なはずがないのに。
一刻も早く治療しなければ。止血し包帯は巻いたが、それでも傷は深い。
カルデアに医療用品を届けてもらうしかないのだが、あの時から通信が途絶したまま。
霊脈の近くならあるいは、とは思うが、どこにあるかはわからない。
前方に敵。後方に敵。目的地も不明。時間はあまり残されていない。
目を閉じて意識的に深呼吸したマシュは、ある決意を固めて目を見開き、背中のマスターを岩にもたれさせるように下ろした。
「マスター、まずは前方の敵を排除します。数は多くないようなので、すぐに戻ってきますね」
「ダメだよ」
マスターこと藤丸立香が、血の気のない顔を上げる。オレンジ色にも見える茶髪が揺れた。
「あいつら相手に単騎は無理だよ。万全の状態でも怪しいのに、今のマシュじゃダメだ」
「ご心配ありがとうございます。でも、他に方法がありません。必ず帰ります」
「ダメ。行かないで」
立香が右手でマシュの腕を掴む。その甲に、令呪の輝きはひとつも残っていない。
せめて一画でも残っていれば、この場は突破できたかもしれない。
だが、令呪の全てを使用しても、なおギリギリの戦いだったのだ。
メイヴ率いるケルト軍団。狂王クー・フーリン。そして、魔神柱。
英霊達の協力を得て、なんとか全てを乗り越えた。
聖杯を回収し、ナイチンゲールとラーマとの別れも済ませた。
あとは帰還するだけ。そのはずだったのだ。
回収した聖杯が、突如マシュの盾から飛び出し、発光。
光が収まると、立香とマシュはホワイトハウスの前に転移していた。
そこには北部戦線にいたはずのエジソン、ニコラ・テスラ、エレナ・ブラヴァツキーの姿が。
異常事態だ、とその場の誰もが認識するも、時既に遅し。
浮遊していた聖杯が、エジソンに向けて突撃した。
驚くエジソンや周囲を置き去りに、聖杯は溶けるように吸収される。
瞬間、エジソンを核に世界が塗り替えられた。
ホワイトハウスは巨大な要塞へ。大地は乾いた荒野へ。
そして召喚される、黒い機械の鎧……パワーアーマーで身を固め、レーザーやプラズマを発射する銃を構えた兵士達。
「ハロー、偉大なるアメリカよ。私はジョン・ヘンリー・エデン大統領」
どこからか聞こえた声に合わせるように、戦闘態勢を取る兵士達。
困惑している内にも兵士の数は増えていき、完全に囲まれてしまった。
始まる一斉射撃。科学由来の兵器であるのに、その一撃は確かに英霊へとダメージを与えてくる。
エレナとニコラ・テスラが消耗した霊基でなお抵抗するも、劣勢は明らか。
しかも流れ弾が人類最後のマスター、藤丸立香の脇腹をえぐってしまう。
エレナが治癒を試みるも、魔力不足で止血が精一杯。
「なんとか包囲を崩すから、二人は逃げなさい」
異議を唱える立香とマシュに、エレナは優しい笑みを向けた。
「貴方達が可能性を繋がなければ、私もテスラも無駄死になの。だから逃げなさい。振り向かず、まっすぐに走るの。わかるわね?」
二人は涙ぐみながら頷き、エレナとテスラが開いた血路を抜け、当てのない逃亡を始めた。
振り向かず、まっすぐに……
マシュに立香の腕を振り払うことは出来ない。かと言ってこのままでは座して死を待つばかり。
苦い顔をするマシュに、脂汗まみれながら精一杯の笑顔を向け、立香はゆっくりと立ち上がった。
「私が囮になる」
「そんなっ!無茶です!」
「いやいや、一番生き残る可能性が高いのはこれだね。あいつらは私を追う、そこをマシュが背後から各個撃破。勝ったなガハハ」
理屈はわかる。この旅が始まったばかりのマシュなら、頷いていたかもしれない。
「……ダメです。その作戦には従えません」
「心配してくれてありがとう。でも、マシュだけに任せるよりはよっぽどいい。なーに、私が死ぬ前にマシュが全部片付けてくれればいいんだから」
「ダメです、ダメなんです!治療の方法がない現状で、マスターが更に傷を追う危険性が高い作戦は認められません!」
「マシュなら怪我していいって?怒るよ、マジで」
「そういうことじゃないんです!」
涙を流しながら腕を掴み返す後輩が、自分と同じ思いであることを立香は悟る。
私達は、もうダメだ。
だからせめて、貴方には私より少しでも長く生きていてほしい。
それは
立香としては発言通り、一応は生き残るための提案だった。
ただ、自分より戦いに詳しいマシュがダメだと言うなら、やっぱりダメなんだろう。
こうなったら一蓮托生、二人で仲良く突撃しよっかな。
そんな前向きで後ろ向きな決意を固めかけたその時だった。
―――
「女の人の声……?」
「マスター、盾が発光しています!」
―――因果を辿り、ありえざる道を繋げました―――
―――喚びなさい、彼の地の
「マシュ、盾を!」
「はい、マスター!」
地面に置かれた盾に全身で縋る。やり慣れた詠唱すら出てこない。
「お願い、助けて」
相手が誰かもわからない。この声が届くかもわからない。
「お願いします、助けてください」
ただ、祈りを。切なる想いを。
「お願い、お願いします」
マシュを。世界を。そこに住む皆を。
「助けて、助けてください……!」
果たして、その言葉は―――
[Karma]わかった、今そっちに行く
救世主と呼ばれた誰かに、届いた。